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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
はじまりの一歩
96/111

君が煽るのが悪い④

◆◆◆




 ったく、匂いが抜けねーーっッ


 吉岡はシャツにパンイチとゆう破廉恥な格好で、一人でリビングの床を拭いていた。

 窓は全開、空気清浄機もハイパワーにしているから この時期の北風はとにかく寒い。想定外の朱美の独断専行のせいで、部屋に充満したアルコールと葡萄の独特の香りはなかなか収まりそうにはなかった。

 そしてこのちょっとした惨劇を引き起こした張本人は、酔っぱって寝てしまっているときた。これは幾らなんでも理不尽極まりない。


 吉岡は盛大な溜め息をつくと、洗濯機の様子を見に洗面所へと向かった。

 あれから直ぐに【ワイン 染み抜き】で検索をして あれこれ試してみたが、恐らくシャツは完全にアウトだろう。朱美の着ていた服だって怪しいところだ。上着を脱いでいたのと ネクタイを外していたのは唯一の救いだけれども、スラックスだけは何とか無事であってくれと願うしかない。

 吉岡は淡々と回る洗濯機を眺めると、再び大きくため息をついた。


 正直なところ、吉岡自身にもだいぶ酔いは回っていた。

 そもそも普段ワインは飲み馴染みがないし、あんな短時間の間に半分近く飲まされたのだ。平常心であるわけもない。なのに洗濯はまだ掛かりそうだし、リビングは凍える寒さときた。


 仕方ない……

 シャツとズボンは浴室乾燥にでも掛けて、明日 回収するか。

 吉岡は腹を決めると、画材が入っているクローゼットの奥の方から、無理矢理予備の着替えを引っ張り出すのだった。



◆◆◆




 時刻はてっぺんを越えて、すっかり深い時間になっていた。


 吉岡は朱美の寝室のドアをゆっくりと開けると、静かに床に腰を下ろした。

 朱美は寝息を立てて、何事もなかったかのように スヤスヤと目を閉じていた。髪や身体に付着していたワインは出来る限り濡れタオルで拭ったつもりではあるが、部屋にも微かに葡萄の甘い香りが残っている。何とか強引に染みだらけのワンピースは脱がしたけど、自分自身も酔いが回った状態では その後にパジャマに着替えさせるパワーは残っていなかった。朱美は今キャミソールにショーツ一枚という軽装で、布団の中に寝かしつけている。


 何だかこのシチュエーションは とてもデジャブを感じる光景なのだが、前とは明らかに違いものがある。

 以前は着替えをさせるにも、とにかく見ないように起こさないようにと自重することが最優先だった。


 でも今回は違う。


 あのときも吉岡は朱美のことを既に意識はしていた。だけどそのときと今では 関係性が大きく変わっている。そう、遅かれ早かれいつかは相手のその姿を見ることになる。だからそのこと自体は、多分お互いに大した問題ではないのだと思う。


 だけど朱美が目を覚ましたとき……

 その後、どう接したらいいのかはぶっちゃけ良くわからない。

 朱美があんな暴挙に出るほどに彼女を追い詰めた責任は自分にある。

 それは重々わかっていた。


「……よしおか? って、あれ?  」


 朱美は目を擦りながら絞り出すようなか細い声で、吉岡を呼ぶ。吉岡はその声に気づくと、中腰で朱美を覗くようにその反応を伺った。


「ったく、手の掛かる先生なことで…… 」


「んっゲッッ! なんで私こんなとこで寝てんの!? それに何か凄くお酒臭っッ 」


「朱美先生が寝落ちしたんでしょ 」


「えっ? そう……なの……? 」


「忘れたんですか? 」


「あれ? うーん、全然覚えてない…… 」


 あれだけのことをしでかしておいて、朱美は記憶が曖昧になっているようだった。

 天は吉岡に味方した。取り敢えず目を覚ましたのなら、朱美はもう大丈夫なのだろう。

 こうなったら細かいことを思い出される前に、今日は一旦退散した方がいい。吉岡はそう瞬時に判断すると、鞄を手に持ちコートを羽織りすくっと立ち上がった。


「帰るの? 」


「はい。また明日顔を出しますから 」


「泊まっていけばいいのに 」


「なっ…… 」


 朱美はさらりとそう言うと、布団を被りそっぽを向いた。

 もしかして、ほんとは覚えてる……のか?

 というかこんな態度をされてしまうと、完全にグレーゾーンな気がさえしてくる。



「朱美先生。あの、それは自分が何を言ってるかわかってんの? 」


「うん、わかってる。一人で寝るのは寂しいもん 」


「えっ……? 」


 たった一言の文章なのに、その背後には朱美の過去の男の影が見え隠れするような気がした。っていうか、そんなことさらっと言って普通に可愛すぎるだろっッ……



「……今日は帰る 」


「なんで? 」


「これ以上、俺も平常心でいられそうもないし、それに今なんかしても朱美は全部忘れるだろ? 」


「……そんなことないもん 」


「いや、間違いなくそうだろ 」


「それって、何の話? っていうか、そんなこと……ない…… って、ちょっ、んっッ 」


 吉岡は再び腰を下ろすと、朱美に優しくキスをした。そしてその唇を離すと、真剣な眼差しで朱美にこう言った。


「あのな、俺は自分のクビを天秤に掛けてんの。本気なんだよ。会社の大事な商品に手出してんだから。だから朱美との初めてはちゃんとしたいの! って、聞いてる? 」


「…… 」


 朱美は驚いたのか、目を丸々として吉岡を見ていた。 

「ったく。人を煽るだけ煽りやがって、ちょっとこっちの気持ちも考えろよ 」


「ひゃっ ちょっ 」


 吉岡はイタズラに朱美の耳に唇を寄せる。それは朱美が無意識に声を漏らすような、甘い甘い口づけだった。


「ちょっとっッ!! いま耳を舐めたでしょッ? えっち! 」


「さっきの仕返し 」


「はあ? さっきって……何? 」


「朱美は知らなくていいよ。じゃあね、おやすみ…… 」



 吉岡はそう言うと、今度は振り返らずに部屋のドアをパタリと閉めた。吉岡は合鍵という本当に都合がいいツールに心から感謝をした。



 いまこの世界にいる誰よりも愛しい人間が 目の前で疲れ果てて気持ち良さそうに寝ていて、睡眠は後にして今すぐ自分に時間をくださいといえる人間がどれだけいるんだよ。


 あの夜、満天の星の下でキスを数えるのは止めようと約束した。もしかしたらそのせいで朱美を縛ってしまっているのかもしれない。

 だけどもう何回したかわからないくらい、こっちはしてるのだ。


 ほんと無自覚バカは、本当に俺をどんどん不健康に陥れてくる。



 朱美はいつも疲れている。

 そんないつも一生懸命な恋人(ひと)を目の当たりにして、自分と一緒に過ごす時間を下さいととても言える勇気を、吉岡はまだ持ち合わせてはいなかった。





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