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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
はじまりの一歩
95/111

君が煽るのが悪い③

◆◆◆


 結局、本題の話はほんの数分で決着がついてしまった。そしてまた何をするわけでもなく、二人で歌番組の続きを見始める。

 朱美に関しては分からないが、吉岡は最近の流行には少し疎い。流行りの歌ぐらいは知っているけど 新鋭のバンドはよく知らないし、ライブに行くこともあまりない。だから会話が弾むわけでもなく、ただひたすら画面を見る作業が続いていた。

 用件が済んだのならば帰ればいいのに、吉岡はそのタイミングを見失っていた。そのくらい朱美がぴったりと横にいる感覚が妙に心地が良かったのだ。


「あっ、そう言えば…… 」


 吉岡はハッと何かを思い出すと、一瞬躊躇してソファーからゆっくりと腰をあげた。そしていつもの定位置に置いてある鞄の中身を ガサゴソと探り出した。


「吉岡? どうかしたの? 」


「先日のカットのゲラが上がってきたんです。これ、コピーですけど…… 」


 吉岡はそう言って大きめの茶封筒を取り出すと、朱美にそれを差し出した。


「えっ、あっ、そうなんだ 」


 朱美は不精をしてソファーを立て膝で移動すると、吉岡から封筒を受けとる。そしてまた戻るときにも再び似たような体勢を維持すると、四つん這いのような姿勢になった。そういった ちょっとした油断が 朱美の詰めの甘さでもある。


「って、ちょっとお……!? アケミセンセイ!? 」


「何よ、急に大きな声上げて? 」


「ちょっ、ちょっ、ぱ……ぱ……ぱん…… 」


 吉岡はあまりの動揺に同じ音を連呼しながら朱美に注意を促した。あまり見ない方が良さそうな、在らぬものが丸見えだったからだ。


「何? パンがどうかしたの? まだお腹空いてるなら、キッチンに食パンあるから 焼いて食べたら? 」


「なっ 」


 そんな訳ねーだろ、こっちは二食分食ってんだからっッ……

 怒りの感情に言葉を失った吉岡を横目に、朱美は再びその隣にピッタリとくっつくと、封筒の中身に目を通し始めた。


 先日、朱美が尊敬して止まないレジェンド漫画家の橋田かるみ先生がデビュー四十五周年を記念してプラチナコンプリート画集を出版することになり、その一頁にと寄稿の依頼を受けた。そのゲラの一稿が出来上がったのだ。


「ああ…… 突貫工事の粗が出ちゃったらなーと思ったけど、上がってくるとちゃんと出来てるね!? 良かったー 」


「そうですね。その節はどうもすみませんでした 」


「いいのいいの。締め切りが間違ってなくても、どうせギリギリになるのは一緒だから 」


 朱美はあっさりと吉岡の本気の謝罪を受け流すと、中身のチェックを続行する。実はこの原稿は珍しく吉岡がポカをして、締め切りの日にちを間違えるハプニングが起きていた。結局間一髪で気づいたので事なきを得たが、二人でギャーギャー言いながら何とか仕上げた経緯があった。


「吉岡がインク汚したところも、超綺麗に修正できてるね!? さすがぁ、私! 」


「あはは。あのときは、僕も慌ててどうかしてました。すみません 」


「そうだよ。新しいガーゼ真っ黒に染めてくれてさ。外に干すの恥ずかしかったよ。ご近所さんに私が漫画家ってバレちゃったかな? 」


「いや、それはないと思いますけど…… 」


 橋田先生の作風は独特の曲線美が魅力であり、それを取り入れながらキャラクターを描くのは プロの漫画家である朱美であっても一筋縄ではいかない。あのときは微妙な構図の角度が気にくわなくて、何故か二人で モデル人形をグニグニしながら デッサンを描き起こすハメになっていた。ちょうどネームの締め切りとも重なって 日程的には大変ではあったが、吉岡に逐一意見を聞きながら描き起こしたこともあり 作業は何とか滞りなく済ますことが出来た形だった。


「あー、私があの橋田先生の記念本に寄稿する日が来るなんて…… もう、控えめに言って幸せだなー 」


「ええ、そうですね 」


「人生のピークが今だったらどうしよう 」


「それはないでしょう 」


「そう、かな……? 」


 朱美は原稿のコピーを手にしつつ小躍りしながらキッチンへと向かう。そして次にソファーに戻ってきたときには、ワインボトルとグラスが二つ握れた状態になっていた。


「んっ? ちょっ、朱美先生っ? 」


「……どうかした? 」


「あのっ、確認ですけど何を持ってるんですかっッ? 」


「何って、ワイン  」


「ハア? 何で、また急に 」


「だって、祝杯は上げないと 」


 朱美はそう言うと、如何にも ちょっと高そうな赤ワインのコルクを慣れた手つきで処理する。そして背の低い二つのグラスに並々と注ぎ始めた。


「ちょっと、オイコラ。飲んだら原稿が出来ねーだろっ? 」


「いいもん、明日やるから。吉岡も飲めば? 」


 朱美は開き直りながら片方のグラスを吉岡に押し付けると、自分のグラスのフチを合わせた。


「ちょっ、朱美先生っっ、ちょっと待て。そんな飲み方したら…… 」


「んっ、これ美味しいかも! 」


 朱美はまるで牛乳を飲むかのような 明らかに間違ったワインの飲み方を披露すると、悪い顔をして吉岡を共犯にしようと試みた。


「何だよ。つーか、俺はいい。一応、仕事中だし 」


「またまたーっ。そんな優等生みたいなこと言っちゃって。別に誰も見てないのにぃー 」


「見てるとか見てないとか、そういう問題じゃないの。第一 朱美先生は酒飲んで 仕事が出来たことなんか 一回もないだろ? 」


「適度な飲酒は、創作意欲を向上させるもん 」


「何だよ? その持論の根拠は…… 」


ソース(根拠)は私。だから吉岡もちょっと飲んじゃえばナイスアイデアが浮かぶかもよ? 」


 急に何を言い出すかと思えば、ただ飲みたかっただけじゃないか。

 今日は朱美の様子がおかしいような気がしていたが、まさかこんなことになるとは思ってなかった。だいたい朱美が飲みながら描くなんてことをしているのは、一度も見たことがない。

 つまり今日は店じまいということなのだろう。


「だからって、僕まで飲むとか そういう訳にもいかないでしょ。今日は一応僕はあなたを監視しに来てるんですから 」


「監視……ねえ…… 」 


「今度、原稿上がったら食事でも行きましょう。俺、あんまり食に興味ないんで旨い店とかよ分からないんですけど、調べときますから 」


「…… 」


「朱美先生? 」


「吉岡のバカ…… 」


 朱美は一言そう発すると、またワインをゴクリゴクリと口一杯に含んだ。


「バカ? って何だよ。っていうか、ピッチが早すぎだろ。後で具合が悪くなっても俺は知らないから……な……って、んんっ!?…… 」



 吉岡が朱美を諭す言葉は一瞬のうちに掻き消され、声が急に無声化した。


 そして鼻から少しほろ苦いワインの香りがフワリと抜けて、口内が渋味と甘味の共存する液体で溢れていた。


「ちょっ、朱美せんせ? んっ…… 」


 朱美は無言のまま吉岡の正面に回り込こむと、その身体に殆ど馬乗り近い状態になっていた。そしてまた自分の口内にワインを流し込むと、またそれを送り込むように吉岡に飲ませた。


「大義名分、なくなったね…… 」


「ちょっ 」


 何が起きたのかは、すぐに理解が出来た。

 吉岡の口元も朱美の口元も液体がたっぷりと滴っていて、服にもシャツにも鮮やかな赤がしっかりと染み込んでいる。


「そもそも、今日はご飯食べてテレビを見てただけだもん。仕事は殆どしてないし、締め切りもヤバくない 」


「わかった、わかったから。朱美、止めなさいって 」


「私、止めないよ 」


「ちょっ、コラっ、んっ…… 」


 吉岡の言葉は朱美を完全に煽っていた。その勢いはどんどん加速していたが、受け止めきれなかったワインは無情にも重力に吸い寄せられるように落下していく。


「吉岡がその気になるまで、私は続けるから…… 」


「それは、わかった。もう飲むなとは言わないから、()()()止めろ。いろいろ取り返しがつかなくなるから 」


「だって…… こうでもしないと…… 無理なんだもん 」


「えっ? 」


 朱美は吉岡を見下すような視線のまま、グッと歯を食い縛っている。吉岡はその瞳から目が逸らせなくなっていた。


「そしたら、こうするしかないじゃん 」


 朱美はそう言うとまたボトルへと手を伸ばした。急にグイグイ酒を煽ったせいか、その動きは既にだいぶフラフラしている。


「おい、待て待て待て、もう飲むなって 」


 吉岡は自由の効かない腕を動かし、何とか酒瓶を朱美の手の届かないところまで無理やり遠ざける。


「ちょっと、吉岡! なにするのっ、返してっッ 」


「俺は別に怒られるようなことはしてないですっッ 」


「でも、それがないと…… 」


「それがないと、って、何? 」


「それは…… 」


「別に、それは いらないだろ 」


「えっ。ちょっと、まっ、んんっ 」


 吉岡はそう言うと、今度は自ら朱美の唇にキスをした。

 さっきまでの威勢はどうしたのか、朱美はその吉岡の行動に驚いてか大きく目を見開いた。


 散々けしかけといて何で今さらそんな顔をするんだ?

 もう、何だか良くわからなくなってきた。

 この数分の間に突発的な出来事と裏腹に、頭の中は冷静だ。

 今、ここで朱美を離したら、何かが終わってしまうような気がした。そしてそれは時間に比例するようにだんだん濃密なものとなってきて、朱美もそれにぎこちなく応えてる。


 吉岡には何でこんな常軌を逸した事態になっているのかも理解が追い付かなかったし、朱美を落ち着かせる最良の方法が全く思い付かなかった。






「って、えっ? 」


 唇を離すと同時に、朱美は脱力状態で吉岡の倒れ掛かった。


 寝た? いや、それとも…… 酔いが回ったのか?

 朱美の表情を確認すると頬は少し紅潮して、呼吸は少し荒くなっている。吉岡はゆっくりと腕を朱美の背中にまわすと不安定な体勢を立て直した。


 自分も相当飲まされたのか、ワインボトルはいつの間にか殆ど空に近い状態になっていた。

 それにしても部屋の中は、噎せそうなくらいに アルコールの匂いが充満している。あーあー、このソファーは清水買いした革張りの高級品とか言ってたハズなのに、すっかりワイン漬けになっちゃってるじゃないか。


「あの、朱美先生? 」


「…… 」


「生きてる、よね? 」


 朱美の反応は…… なかった。

 何で急に少女漫画みたいなことするんだよ。

 それに、口移しの相場は だいたい水だろ?


 それに、あんなことしなくても……

 普通にキスをすればいいじゃないか……



「朱美先生? 」


「…… 」


「マジで寝てんの? 」


「…… 」


「あーあ、やっぱ、俺のせいだな 」


「…… 」


「あの…… 」


「…………よし……おか 」


「えっ? 朱美先生? 」


 吉岡は朱美の肩を掴んで少しだけ様子を伺う。

 朱美は…… 長い睫毛を煌めかせながらまだ静かに瞳を閉じていた。



「…… 」


「あの…… 起きてるの? 」


「…… 」


「朱美……? 」


「………………だい……すき 」


「えっ? 」


 吉岡の素の反応に朱美は応じることなく、顔をその胸元に埋めていた。怒られたりはしないんだろうけど、さっきからいきなり名前を呼称を付けずに呼びまくっているから、後からギャーギャー喚かれるかもしれない。


「朱美先生、あの…… 」


 吉岡は何かを言い掛けたが、直ぐに口をつぐんだ。

 そしてビチャビチャに湿った朱美の髪をゆっくりと撫でると、その頬に触れる。


「まあ、俺も同じこと思ってるんだけど……って、全然聞いてないね 」




 吉岡はそう呟くと、朱美の表情を今一度確認する。


 この微妙な距離感が苦しいのは、お互い様かもしれない。

 つーか、この状態はかなり辛い。

 というより最悪だ。



 吉岡は今、このワインの香りが充満する異質な空間で、間違いなく強靭な精神力を求められていた。










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