君が煽るのが悪い①
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何だか、この一歩を踏み出す気にならない……
吉岡は手土産の百回堂のクリームプリンを片手に、朱美宅の前で立ち尽くしていた。
先日ほぼ勢いで自分の気持ちを伝えたときに、どさくさに紛れてマンションの合鍵を貰ったから 物理的にはいつでも朱美の部屋には入れる。以前は 深夜 早朝あらゆるタイミングで閉め出しを食らっていた。それを考慮すれば現在の関係性は大きく進展しているはずなのに、そのアイテムを使う気にならない辺り自分はまだまだ臆病者だ。
吉岡はウーンウーンと暫くの間迷った挙げ句、普通にインターフォンを鳴らすことにした。
ーーーピンポーン
「はーい、って吉岡? 」
「……はい 」
「合鍵を忘れたの? 」
「いや、そういう訳じゃ…… 」
「じゃあ 自分で開けて上がっちゃって。玄関まで迎えにいくの面倒だから 」
「はあ…… 」
吉岡は朱美のいつも以上に素っ気ない態度に少しガッカリしつつも、ポケットに手を突っ込み合鍵を手にする。
朱美は本能のままにしか動かないし、悪気がないことも重々承知している。それはわかりきっているはずなのに、心のどこかで恋人スイッチを入れて待っていてくれるのではないかと どこかで淡い期待をしている自分もいて、何だかとても惨めになってくる。
吉岡がゆっくりと玄関を開けると、室内には何だか美味しそうな匂いが広がっていた。もしかして何か料理でもしているのだろうか……
吉岡は廊下を抜けてゆっくりとリビングへと直行する。いつものソファーに彼女が居なかったので、吉岡が部屋のなかを覗き込むように確認すると、朱美は見慣れぬ花柄エプロンを身に纏い 鍋の前に張り付いていた。
「朱美先生? 何を…… してるんですか? 」
「何って…… 見ればわかるでしょ? 晩ご飯を作ってるの 」
「……晩飯? 」
「そう。今日は急に寒くなったからポトフを作ってたの。簡単に作れるから 」
朱美はそう言うと、えらく上機嫌に鍋の中身をかき回していた。沸々と湯気が上がる鍋からは、コンソメのいい香りが立ち込めている。
「吉岡は、夜は食べてきたのかな? 」
「あっ、僕はその…… まだです 」
本当は会社を出る前に社食でかけ蕎麦を食べてきたのだが、あれは昼飯だったのだと吉岡は咄嗟に自分に言い聞かせた。
だいたい作り置きが出来るポトフをチョイスして作ってくれているあたりが憎らしい。これなら断られても互いに嫌な気分にならない。意外と 朱美はちょっとした気配りの出来る人なのかもしれないとも思えた。
「……そっか。じゃあ 一緒に食べようよ。お野菜いっぱい入れたから栄養満点だよ? 」
朱美はいつになく嬉しそうな顔をすると、吉岡の方を見てニコリと笑った。
こんなふうに彼女が自分を出迎えるなんて珍しい…… というか、初めて見たような気さえする。普段の朱美のからは想像出来ない意外な女子力の高さは、今の吉岡には堪えるものがあった。
「ええ、じゃあお言葉に甘えて…… 」
吉岡は何とか振り絞るように返事をしたが、朱美の目を見るまでには至らなかった。




