レイトショーで逢瀬②
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朱美は吉岡に手を引かれながら人気のない日比谷の街をノロノロと歩いていた。
映画館で吉岡に会ったときは 手に触れる勇気もなくて、袖を引っ張るので精一杯だった。なのに吉岡はあっさりと朱美の手を握ると、それを離そうとはしない。朱美が慣れないヒールに苦戦しているのを警戒してか、吉岡は朱美の身体を支えるようにギュッと手を握っていた。
「吉岡、ごめんね 」
「何がです? 」
「結局、殆ど寝てたみたい。気づいたらボスを倒してたし。せっかく誘ってくれたのに 」
「まあ、締め切り明けですしね。僕それを分かってて誘ってるのは申し訳ないし、仕方がないんじゃないですか? 」
「でも、起こしてくれてもよかったのに…… 」
「あんな爆音の中で 気持ち良さそうに寝てたら、声も掛けづらいでしょ? 」
「なに……それ…… 」
朱美が目を覚ましたのは映画のエンドロールが終わり、照明が明転した後だった。
寝顔はしょっちゅう晒してきた。
それどころか寝起きも下着姿も見られている。でもそれでも良しとしていたのは 吉岡のことを何とも思ってなかったときの話で、いつの間にか彼は自分にとって特別な存在になっている。
今さらではあるのは承知している。
だけど出来るならば少しでもよく思われたいし、少しでも可愛く見える状態の自分でいたいのに、急な方針転換は そう甘い話でもないらしい。
「なんか、勿体ないことをしちゃった 」
「また来ればいいじゃないですか。途中から寝てたなら、また続きから見ればネタバレにもならないし 」
「でも…… 」
せっかく吉岡とデートだったのに、と言おうとして朱美は黙りこむ。そういう気持ちは声に出さなくて伝わらないのはわかっているけれど、まだ素直に口に出すのはやっぱり恥ずかしかった。
「次は、いつなら行けそうですか? 」
「えっ? 」
「二週間後。次の締め切り明けでいいですか? 」
「えっ? あっ、うん 」
「この作品は空前の大ヒットだから、まだ映画は終わらないですよ 」
「吉岡、もしかして また付き合ってくれんの? 」
「他に行く人がいるようなら、僕は辞退しますけど? 」
「そんな人は いない…… けど…… 」
吉岡の口調はいつも通りに感じた。
ちょっと冷たくてたまに意地悪な言い方をするけど、それが本心でないのも朱美にはよくわかっていた。
「では 次の締め切り明けも 仕事を入れないようにしておきます。今度は家まで迎えに行きます。それに映画が始まる前にレッドブルでも飲んでおけば、少しは目が覚めるでしょ? 」
「迎え? 」
「はい 」
吉岡はまっすぐ前を見ていた。
街灯も疎らで 暗いから その表情を伺うことは出来ないけれど、返事をしたその声は 心なしかいつもよりも声が小さい気がした。
「あの、そこまでは大丈夫だから。吉岡だって 仕事明けだし 」
「来ない来ないって心配するくらいなら、こっちとしては一緒に行ってしまった方がいいんですよ。そうした方が長く二人でいられるし一石二鳥でしょ? 」
「えっッ? 」
朱美は思わず立ち止まりポッと顔を真っ赤にした。一方の吉岡はというと、腕が急に引っ張られたのか 吃驚して朱美の方を振り返っていた。
「朱美先生? すみません。僕、何か変なことを言いましたか? 」
「ううん。そんなことはないから、っていうか、こっちを見ないで! 」
「はあ? いきなり、殴るなって、 一体、急に何なんだよっ 」
「だから、何でもないんだってばっッ! 」
今宵は真っ暗な空で本当に良かった。
悔しいくらいに、いま自分は目の前の人間にドキドキしている。
この鼓動の高鳴りは、異性と二人で夜道を歩いているというシチュエーションに酔っているから、なんて戯れ言では片付けられそうにない。
こんな些細なやり取りでも動揺してしまう。
多分、こうなったら もう そういうことなのだと 認めるしかない。
繋いだ手から上昇する体温が吉岡に伝わらないといいなと、朱美は胸の内で静かに思ったのだった。




