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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
フォーエバーフォールインラブ
79/111

満天

ーーーーーー




日が沈むのが早くなった気がする。


朱美はソファーからゆっくりと起き上がると、時計を確認した。疲れていたとはいえよく寝てしまった。取り敢えず目覚ましにシャワーを浴びる。明日には次週のプロットの話し合いもあるし、今日のうちに少し内容も考えておかなくてはならない。


顎クイからのキスの続きを考えなくてらならないが、その代償はいろんな意味で大きかった。


朱美は唇に触れると、そのまま舌を撫でた。そして徐々に生々しい感覚が甦ってくる。

あー、もう、ますますわかんないっッ!

朱美はソファーに突っ伏しながら、盛大にため息をついた。


あれから吉岡とは顔を合わせていない。昨日だって、原稿を提出するとゆう数分のやり取りを回避した。時が経てば経つほど修正が難しくなるのはわかっているが、気まずいことには変わりはない。

でも次回の打ち合わせはしなくてはならないから、明日には否が応でも面と向かって話をしなくてはならない。どうすればいいのか、自分でももはや良くわからなくなっていた。


朱美は目を深く閉じて、ソファーの向かい側を見つめていた。

いつもの定位置に吉岡がいないだけで、この家はこんなに物足りなかっただろうか……

でも心情的には決して会いたい訳でもない。自分でもジレンマとゆう領域に足を踏み入れてしまったことは、痛いくらいに自覚していた。


朱美がグダグダしていたそんなとき、いきなり盛大な着信音とバイブレーダーが共鳴してスマホが音を上げた。

朱美は思わずゴクリと唾を飲む。くらつく頭をゆっくりと上げて、そして恐る恐るディスプレイを確認した。

相手は……吉岡だった。



「もしもし……? 」


「朱美先生、寝てました? 」


「ううん…… 起きてた…… 」


心臓がドキドキしているのがわかる。朱美は寝起きを悟られないように、少し咳払いをした。付き合いも長くなってきているから、そんな小細工は通用しない気もしたが、少しだけ見栄を張りたかった。



「あの、今日ってこの後、空いてます?


「予定はない……けど…… 」


「30分…… 」


「30分後に迎えにいきます。それまでに出掛けられる服に着替えておいてください。別にお洒落とかしなくていいんで。あっ、ボトムスはパンツの方がいいです。靴はサンダルは止めてください。あと荷物は少な目で 」


「はい……? 」


訳がわからなかった。

まず出掛けるとゆう提案も理解に苦しむし、服装の指定も意図がわからない。朱美は詳しく聞き返そうかと声を出したが、吉岡は用件だけ手早く伝えると、電話を切ってしまった。


全く、訳がわからないんだけどっッ。


朱美は強引な吉岡の態度に憤りつつも、慌てて服を着替え、髪を整え軽く化粧をした。余計なことを考えている暇はないくらい、時間はあっという間に過ぎた。



『下に降りてきて下さい』


吉岡からのLINEはたったの一文で、朱美はマンションのエントランスへと向かった。最近はアニメ化のこともあり、外で吉岡と待ち合わせを機会も少なくはない。わざわざこんな時間に迎えにまで来てくれる用事に、朱美は心当たりがなかった。


エレベーターを降り、オートロックを抜ける。そこではエンジンが響いていた。 朱美は、まさかね、と思いながら外へと向かう。

道路へと出ると、そこにはワイシャツ姿にスラックスで単車に跨がる吉岡の姿があった。



「すみません、部屋まで迎えに行けなくて。駐禁取られそうだったもんで 」


「バイク……? 」


「メット、これつけてください 」


「えっ……? 」


「さっき買ったばっかだから、着け心地の保証は出来ませんが 」


吉岡はヘルメットの保護フィルムを剥がしながら、朱美にそれを手渡した。そして荷物を預かると、慣れた動作で椅子の下に収納する。


「ちょっ、これどうゆう…… 」


「ほら、朱美先生、早くして下さい。そんなに余裕をもって予約しなかったんですよ 」


「予約……? 」


「はい。ところで、先生は単車乗ったことはありますか? 」


「バイク?あるわけ無いじゃん、そんな…… 」


「自転車のニケツは? 」


「……若い頃はね 」


「それなら話は早い。取り敢えず手を離さないで乗ってもらえればオッケーですから 」


「はぁ……? ちょっと、一体どこに行くつもり? 」


吉岡はシールド越しに悪い笑みを浮かべると、朱美の乗車を手伝った。吉岡が何を考えているかは知らないが、あっさりと朱美の胴回りを触り、そして平然としている。こちらは無駄に意識してしまうのに、吉岡は何だかあっさりした態度で、何だか拍子抜けしてしまいそうだった。


「秘密です。わかんない方がワクワクするでしょ 」


「なに、それっ…… 」


「あの、よく運転すると性格変わる人いますよね 」


「えっ……?よく聞こえないっ……  」


ヘルメット越しの会話は、なんだかよく聞こえない。朱美はついいつもの調子で吉岡に対して、大きな声をあげてしまった。吉岡はそんな朱美の態度を見て、少し噴き出すような仕草を見せると、じっと朱美を見てこう話した。


「つまりですね、僕、後部座席に女性を乗せたことはないんで、少し粗っぽい運転になったらすみません。先に謝っときます 」


「えっ、あっ、キャッっ…… 」


吉岡はそう言うと、アクセルを握り勢いよく大通りに向かった。朱美は思わず、吉岡に回した手に力を込めた。

何でこんな状況になっているんだか、思考はまだ追い付いてはないない。

こうなったら、もう何がなんでも振り落とされるわけにもいかない。朱美は歯を食い縛りながら、不可抗力で必死に吉岡にしがみついた。





ーーーーーー



風を切って進む下町の風景は、何だかいつもと違く見える。朱美の自宅の側には隅田川が流れているが、この辺りは河川が多く橋をたくさん越えている気がする。

朱美は横目で素早く通りすぎてしまう、川の水面を眺めていた。

どうゆう話の流れで、いま自分が吉岡の単車の上にいるかはわからない。しかも何故か自分は吉岡に身を預けている。朱美は何とか顔を上げ、吉岡の後ろ姿を直視した。吉岡の体温が服の上からでも熱く感じるのは、夏の終わりだからか、それとも自分が熱くなっているのか、もはやよくわからなかった。


この背中は別に私のものではない。

だけど彼はどうしようもない私に助け船を出してくれている。

その編集者魂とゆうか仕事に駆ける情熱は、感服してしまう領域だ。

独占することは叶わないはず。身から出た錆なのだ。わかっていたはずなのに、今さらこの優しさを手放したくないと思ってしまう。


今日、何個目の信号だろうか。

バイクが停車したとき、吉岡は軽く左手を挙げて前方を指差した。朱美は示す先を、ゆっくりと確認した。


目の前にはスカイツリーがそびえ立っていた。




ーーーーーー





「先生、こっちです。ほら、早く早く 」


「……ちょっ、吉岡?どこいくの……? 」


「プラネタリウムです。次回は豊が単車で海蘊をかっさらって、星を見に行くって展開なんかどうかと思いまして 」


「えっ……? 」


吉岡は朱美の手首を掴むと、グイグイとソラマチの中を進んでいく。彼の手は少し汗ばんでいて、首筋からも汗が流れていた。その手は朱美が驚くくらいに、力が込められている。

吉岡は反対の手でひっきりなしに時間を気にしていたが、どうやら予約とやらには間に合ったようだった。平日の夜だとゆうのに、場内は仕事終わりのカップルだらけだった。


「ここって……?」


「ソファー席を予約してみました。二人で仰向け状態で空を見上げるんです。豊はきっと別のアプローチで、海蘊をもう一度自分のものにすると思いますよ 」


「…… 」


「先生が海蘊になった気分で体験してみてください。一応カップルシートだから隣に僕がいますけど、まぁあんまり気にしないでもらって 」


「なっ…… 」


「ほら先生早くっッ。もう上映開始時間ですし 」


イヤイヤ、そんなの絶対に無理に決まってるでしょ、と朱美は突っ込みたかったが、その気持ちをなんとか無理矢理飲み込んで、ソファー席へと横になった。

さっきから恥ずかしいことのオンパレードで、こうなったらひたすら上を見上げるしかない。

朱美は意を決してソファーに横になると、目を見開いた。すると数秒も経たないうちに場内は徐々に暗転し、やがて真っ暗になる。そして次に瞬きしたときには、目の前には満天の星空が広がってっていた。


作り物の星。でも綺麗だった。

何だかその輝きは痛いくらいに胸に突き刺さる。

何でだろう……

何てことない風景なハズなのに心が落ち着かない。



吉岡のバカ……

なんであんたが好きじゃないヤツと好きな人の役を演じ分けてるのよ。

一体、どんだけ仕事が好きで、グランドフィナーレを飾ろうとしてるんだか。


朱美はちらりと隣の吉岡に目をやった。

暗がりの中だからハッキリは見えなかったが、彼は上を向いたまま静かに目を閉じていた。

朱美は思わずグーで彼を殴りそうになったが、寸前で堪える。本当に眠っているのかはわからない。でも今にも寝息が聞こえてきそうなくらい、穏やかな表情をしている気がする。

そしてその横顔が目に焼き付く。



彼にとってはキスも、意図がよくわからないプラネタリウムも、何てことない仕事の一貫なのかもしれない。

彼は人のものだ。自分のものではない。






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