痛過?台湾!
五分ほど車を走らせ細い路地を進んだ先に、目的地はあるようだった。
自分一人では絶対に立ち入らないような雰囲気の場所ではあるが、不思議と現地のガイドが側にいるとなると心の持ちようも変わってくるものだ。
「ここって…… 」
「足つぼマッサージ。知り合いの店なんだ。胃腸や身体が疲れているときには、これが一番の健康法だよ 」
「えっ、あの……ちょっと…… 」
林は店の引き戸を開けて茜に入店を促した。日本のリラクゼーションの店は薄暗くてヒーリングサウンドが流れている印象だが、この店はガラス張りで中の様子がバッチリ見える上に、蛍光灯が煌々としていて周囲に異彩を放つ存在だった。林は店員たちと何やら親しげに会話を交わすと、少し笑みを浮かべて店の奥のタイル張りの足洗い場のようなところに茜を手招きした。
「はい、まずは足をこの薬湯の中に入れて…… 台湾は外気と室内の温度差がかなりあるから、これだけでも足がポカポカしてきて気持ちがいいよ 」
「う……うん…… 」
茜は何が何だかよくわからないままサンダルを脱ぐと、ゆっくりとたらいの中の薬湯に足を沈めた。漢方のような独特の香りが辺りには充満していてお世辞にもいい匂いとは言いがたかったが、本能的に身体に効くような気はした。少し汗ばむくらいになったところで薬湯から足をあげると、次は茶色のガッチリした椅子に座るように促され、茜は言われるがままにそこに腰かけた。
「リンリンも、マッサージ受けるの? 」
茜は不思議そうな表情を浮かべながら、隣の席に座るリンリンに声をかけた。彼は無理やりチノパンを捲りあげて、準備万端なように見えた。
「もちろん、俺もやってもらうよ。一応、プライベートな観光だし 」
「プ、プライベートって…… 」
プライベートとゆう単語が、いまの茜にはむず痒く感じた。彼の行動一つ一つがよくわからない。そしてその一つ一つの意味が気になって仕形がない。
この気持ちはいったい何なのだろう……
んっっッッ?
いたっいっっッッ!
茜が気を取られていたのもつかの間、すべての神経が足裏に集中しのか!?と言いたいくらいの痛みが身体に走っていた。
叫んでも施術者のお姉さんはケラケラ笑いながらそれを止めてはくれないし、茜は反射で体をモジモジさせながら痛みを堪えていた。
「……いったッッ!そこ、何のツボッッ!」
茜は少し怒鳴り散らすようにギャーギャー言ってはいたが、頭の半分は理性が保たれていたようで、その痛みの理由を聞いた。こんなに痛いのならば、間違いなくその箇所は不健康に違いがない。その様子を見た林は涙を浮かべながらゲラゲラ笑うと、茜の施術者に話しかけてこう通訳をしてくれた。
「御堂さん、リアクション良すぎっッッ。そこは目のツボなんだって。寝不足とかだと痛くなるんだってさ 」
「目?って……昼夜逆転生活を普段してるから、まぁビンゴなんだけど…… ってゆうかリンリンは……どこも痛くないの……? 」
「まぁ、声をあげるまでは…… 俺はちょくちょく来てるからね」
林は余裕綽々な笑顔を見せながら、曇った表情ひとつ見せずに気持ち良さそうに足つぼマッサージを受けていた。その間にも茜はどこを刺激されても痛い以外の感情がわかないくらい、ギャーギャー喚いては店員の笑いの的になっていた。
「痛たたたっッッ!そこ、何のツボッッ!痛っ」
「……そこは胃腸だって。そこ念入りにやってもらうように言っとくよ 」
「なっ、そんな、別にいいからっッッ!」
「いや、その方が胃の疲れには効くでしょ 」
「リンリン……! ちょっと後で覚えといて
っって、イ゛タ゛ーィッッ!! 」
こんなに我を忘れて騒いだのは一体いつ振りだろうか。
そんなことを思ってしまうくらい、茜はずっと素の自分になってはしゃいでいた。そして周りの人も大爆笑していた。夜にも関わらず、店の中では悲鳴と笑い声が暫くの間続いていた。
「スッキリした……気はするけど、叫び疲れた…… 」
茜は冴えない顔をしながら、サンダルに足を通した。マッサージも最後の方は痛気持ちいいくらいの感情で受けることが出来るようになり、気持ちばかり足裏がスッキリして靴に余裕ができたような気もしなくはない。
「あの……リンリン、お店のお金は…… 」
靴を履きながら、茜は林に支払いの確認をした。相場はわからないが、体感では長い時間施術を受けていたような気がする。すると林は手のひらを茜に見せて、こう答えた。
「ここは大丈夫。俺が誘ったわけだし、実は招待券の期限が迫ってたのもあるんだ。普段この店はうちのツアーで使ってるからよくもらうんだ 」
「えっ、あっ、そうなの……?ありがとう…… 」
林はそう答えると優待チケットを取り出し、あっさりと支払いを完了させた。だいたい林に誘われた訳だから、支払いを求められても困る話なのだが、取り敢えずモヤモヤは晴れたので茜はほっと肩を撫で下ろした。
「さてと……今ので少しは目が覚めた? 」
「うん、まぁ…… 交感神経はかなり刺激された気がするよ…… ありがとう。 日本に帰っても暫くは健康でいられそうな気がするよ 」
茜は苦笑いを浮かべながらリンリンにお礼を述べた。
すっかり素の自分になっていた。いつもいい人でいたい、よく思われたいと思って自分を押さえ込んで失敗をする。人間は余裕がなくなればいつでも本来の自分に戻ってしまうらしい。でもここでは本来の自分であっても不都合は生じない。 この感覚は朱美たちといるときに似ているような気がした。 だけどそれはここが異国だから、とゆう理由だけなのだろうか……
二泊三日しかない短すぎる異国の地の訪問で、しかもその一瞬の出来事の間しか自分らしくいられないなんて……
私はどうかしてるのかもしれない。




