複雑?台湾!
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「よし…… 取り敢えずはOKと。ほんと、台湾は何を食べても美味しい 」
「それなら……良かったです。取材予定の店は全部回れましたしね 」
魚のつみれスープを皮切りに、茜はピーナッツクレープや芋園のスイーツなど様々な店を周りB級グルメを堪能していた。最後の方は林にヘルプしてもらったが、お腹は既にはち切れそうな勢いだった。
「里岡さんが来るまでは、もう少し時間が掛かると思います。僕の馴染みの店で良ければ、台湾茶の店に案内しますけど 」
「えっ、あっ、うん。お願いします…… 」
茜はひとつ返事で林の提案を受け入れると、小走りでその後に続いた。林の歩くスピードは決して早くはなかったが道が狭くて横に並ぶこともできないので、悠長にしていると今にも見失いそうだった。
来た道を少し逆走すると、そこには趣のある看板で茶屋と書いてある店の前にやって来た。
「ここは席が一つ一つ半個室みたいになってて、穴場スポットなんです。インテリアもいい 」
林はそう茜に説明すると、店員の案内も待たずにさらりと入店した。
そして彼は真っ先に店のベランダを目指すと、茜に目で合図を送り付いてくるように促した。
「凄い、絶景だ……! 」
茜は柵から身を乗り出しながら、食い入るように風景を見つめていた。下の方には提灯通りが広がり、上の方は日本ではあまり見慣れない水に濡れたような鮮やかなビリジアンの木々が広がっていた。空は低くて、雲には今にも手が届きそうだ。
「御堂さん…… こちらの席、どうですか? 」
「えっ、あっ、うん 」
林は茜を手招きすると、席に彼女を誘導した。通された席は堀り炬燵のようなスタイルでクッションが置かれており、薄いカーテンが取り付けられており簡易的に目隠しが出来るようになっていた。
「時間があるときは、よくお客さんを連れてくるんです。茶葉はこれがオススメで…… 」
「……なかなか良いお値段だね 」
「ええ、そのぶん味も格別ですから 」
林は茜の意見をろくに聞かずに店員に注文をすると、ほんの数秒で店員が店頭の壺の中から茶葉を掬い上げてこちらに運んできた。まだ茶葉の段階なのに香りは十分漂ってきて、フレッシュな甘味を感じる香りがした。
「なんか、私の知ってる烏龍茶とは違う香りがする…… もっと爽やかな香り…… 」
「台湾の茶屋で出す烏龍茶は青茶とゆうのが多いんです。これは僕がお勧めの高山茶。きっと御堂さんは少し驚くかもしれない 」
林は慣れた手つきで複雑な茶器に湯をかけたり茶葉をかけたりすると、急須の中の茶の色を茜に見せた。
「ほんとだ…… 色も緑茶とかカミツレ茶みたいに、薄くて黄色に近い 」
「一回湯を茶葉に潜らせて、その湯を捨ててから改めて茶をいれるのが台湾茶のスタイルです。茶葉を洗って、綺麗な状態の茶葉を楽しむんです 」
林は言いながらお茶を入れると茜の前に一杯のお茶を差し出した。
「どうぞ…… 二杯目以降はご自分でお湯を入れて飲んでみてください。5杯分くらいは楽しめますから 」
林はそう茜に告げると、席を立ちその場を離れようとした。
「ちょっと、待って…… リンリンどこいくの? 」
「僕がいるとリラックス出来ないでしょ。ゆっくり楽しんでください 」
「いや、そんなことは…… 」
ある……
リンリンが側にいると緊張するし、気は許せない……
だけど今ここで置いていかれるシチュエーションの方がよっぽどキツイ……
「リンリンも休憩しなきゃなのはわかるんだけど。じゃあせめて、私の視界に入るところにいて欲しい…… 流石に初めてのところだし、ちょっと不安だから 」
茜は素直に自分の心中を告白していた。その内容を聞いた林は無表情で聞いていた。
「……わかりました 」
林はただそう一言だけ告げると、茜の向かいの席に腰掛けタブレット端末を手に取った。
茜はお茶を飲みながら、いろいろなことを考えていた。
Wi-Fiが使えないこの場所では、スマホを弄ることもできない。財布とパスポートと最低限のメイク道具しか持ち合わせてはいないし、こうなると必然的に考え事をするしかない。そしてだいたい暇なときとゆうのは、大抵つまらない昔の話ばかりを思い出す。
昔の自分の……愚かだった頃。
本能に抗えず、理性を失っていた頃……
彼とは未来は描けない。
それは理解していたハズだった。
日の当たるところを一緒に歩くこともなく、ただひたすら自宅で体を合わせて少しだけいい酒を飲む。
情事に更けた翌朝に窓から眺める景色は、罪悪感を抱いてしまうくらい美しくて眩しくて直視ができなかった。
だからもっと素敵な風景をたくさん目に焼き付けて、辛かったあの記憶を少しでも薄めたい。
台北に来てから感じている感情は、きっとこの私の苦い部分を少しでも忘れさせてくれるのではないか……
「御堂さん…… 御堂さん? 」
肩が揺れている……
御堂さん、なんて他所他所しい名前で私を呼ぶのは誰だっけ?
そっか、私は今、台湾に……
「……あっ 」
「もうすぐ里岡さんたち、いらっしゃいますよ 」
「えっ、あれ、わたし……? 」
お店で寝てしまっていた……の……?
今日何度目の寝落ちか、もはや数えたくもない。
気づくと肩には申し訳ない程度に、バスタオルのような物が 掛けられていた。
「……ここは僕の知人の店だから、別に気にしないで大丈夫。カーテン閉めてたし 」
「あの、ごめんなさい…… 迷惑かけて 」
「迷惑なんかじゃないから、別に気にしなくていい 」
林はそう一言だけ発すると少し乱れた茜の髪を手櫛で無理やり修正して、バスタオルを回収した。茜にドキドキさせる余裕もなく、林はテキパキと体裁を整えると、慌てて店先に小走りで向かっていった。
「御堂ちゃん、悪かったね…… 疲れてるのにこんなことになっちゃって 」
林の誘導で里岡と峯岸は両手いっぱいに機材を担ぎ、慎重に店の通路を抜けて、茜の元へとやって来た。
「里岡さん、あの…… 」
茜は咄嗟にここまでの気の緩みの件について、里岡たちに詫びをいれようと口を開いた。するとそれを遮るように、林が素早く横から割り込みを仕掛けた。
「予定してた店の取材…… 一通り終わったんで、ここで待ってました 」
「えっ? 」
「それより御堂さん、テープを里岡さんに確認してもらったら?取材やり直しなら、店が閉まる前に行かないとならないし 」
「あっ、うん…… 」
茜は鞄からほぼむき出しのまましまわれたビデオカメラを取り出すと、里岡に手渡した。すると里岡はイヤホンをカメラに繋ぎその片方を峯岸に渡すと、食い入るようにビデオの確認を始めた。
「ちゃんと回せてて良かった良かった! これから一応僕らも外観とかシズルは回し直そうかと思ってたんだけど、御堂ちゃんのシーンはそのまま生かせそうだわぁ。……林さん、もう少し御堂ちゃんこのままここにいさせてもらうことは可能かな?彼女、もう24時間近く起きてるから…… 」
「ええ、構いませんよ…… 」
林はビックリするくらいの営業スマイルを里岡に振り放っていた。
「御堂さん、貴女は少し休んだ方がいい。ずっとあちこち動き回ってたんだから 」
「リンリン…… 」
「何かあったら、ここに電話してください。これ僕のスマホ置いときますから。ロックはこれで解除して、この番号が会社携帯です 」
「……あのっッ 」
そんなプライベートなものを、他人に預けていいの?と茜は聞こうとした。
すると聞いてもいないのに、林は茜を見透かしたようにこう答えた。
「別に問題はありませんよ。御堂さん、台湾語は読めないでしょ 」
「うん……、まぁ、そうだけど 」
「じゃあ、御堂さん。悪いですけど、もう暫くここで待っていてください 」
林はそう一言茜に告げると、里岡と峯岸と共に再び先程の店に逆戻りをし始めた。
待っている……か……
本当は休んでいてくださいが正しいのに、私に気を使わせないために、敢えてその言葉を選んでくれた……
本当に今日はよくわからない一日だ。
私はこんなにも人の優しさに左右されやすい、脆い人間だったのだろうか……




