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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
番外編 夜勤ガールズのお花見
51/111

桜が綺麗ですね 

三月某日 お花見繁忙期

ファミレスケータリングサービスの日常 






春、満開の桜が舞う頃……

花見のシーズンは、ファミレスにとってもある意味書き入れ時だった。

花見といえば酒宴。そしてその場にはツマミが必須アイテムだ。そんな宴会を盛り上げる料理は総菜屋や持参するなどで調達するのが主ではあるが、桜の勤めるファミレスではこの時期だけケータリングで宅配サービスを行っていた。





「遠藤さん、一応しっかりビニールは縛ってあるんですけど、傾けないように注意してくださいね 」


「りょーかい 」


織原はケータリング用のプラスチックに入った出来立ての惣菜を、桜にゆっくりと手渡した。彼のその表情は明らかに不安に溢れていて、桜は思わず吹き出しそうになった。


「あの、気をつけて行ってきてください……。もう日も暮れてますし 」


「……はーい 」


桜は若干やる気のない返事を返すと、苦笑いを浮かべながら、店の勝手口から外へとでた。今日はバイクに乗るから、制服は男子用のウエーター仕様なので、変な恥ずかしさもない。

関連会社からこの時期だけ拝借する三輪の後部ボックスに、手早く荷物を積み込み扉を閉める。久しぶりに単車に乗ることにはなる。だが昔のヤンチャ時代に乗り回してたから、正直趣味を通り越して特技と言っても誇張ではない腕前だと自負はあった。桜は地図を広げ目的の届け場所を再度確認すると、鮮やかな捌きで店を後にした。



ーーーーー




こっから探すの、めちゃくちゃ難儀じゃん……


桜はとある某有名な桜の名所で、端末を手に立ち尽くしていた。辺りはすっかり日が落ち、あちこちで大声でどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。毎年のことだが、こんな大量の宴会客の中から、注文相手を探すのには苦労する。あちこち歩き回り桜はやっとの思いで客を見つけた頃には、料理の重さで腕はパンパンになっていた。


依頼主の団体客、中年男性十数名は既に宴会を繰り広げており、大量の酒と乾きものを肴に、かなり出来上がっているように見えた。ってゆうか、ちゃんと注文するときに区画をキチンと言って欲しいわ……


しかも桜の本能は、この団体は絡んじゃいけない集団だと叫んでいた。彼らは内容のない下ネタで男性諸君は盛り上がり、どんちゃん騒ぎをしている。

桜は本心でそんなことを思いながらも、意を決して若手の幹事らしき人に躊躇いつつも声をかけた。



「お待たせしました…… ご注文の品お待たせしましたー 」


「あっ、すみません……ありがとうございます…… 」


若手の社員は顔を赤らめながら品物を受けとると、他の人にパスをして財布から金を取り出した。そして数万単位の大金を桜に渡すと、領収書を要求した。

不必要にこの空間にいるのは危険な香りしかしない……

桜は手早く金をポシェットにつめると、明細を出力した。


「お待たせしましたー こちら領収書ですっ……って、なっッ…… ちょっと…… 」


客は当たり前だが、酒上戸になっている人ばかりだった。

気づくと桜はの腕は引っ張られ、ビニールシートに着席していた。

彼らのノリは居酒屋で店員に理不尽に絡む酔っぱらいのテンションで、桜は若干もらい事故状態に陥った。


「ちょっ……あの、困りますっッ 」


「いいじゃん、ちょっとくらい。せっかく縁があってここに来てくれたわけだし~」


手を掴んできた相手は、宴会の輪の中でも年長者の部類のように見えた……

イイ年齢してこんなことをする人がいることにもビックリだが、周りの人間も止めようともしない。風通しの悪い会社はいつか痛い目みるぞと思いながら、桜は抜け出すタイミングを見失っていた。



ーーーーー






「参ったなぁ…… 」


大口の注文だったから無下にできないのだが、時間はかなり経過している。


「ねぇ、ねーちゃん…… この後さ、俺と飲みに行こーよ。仕事何時に終わるの? 」


「あのー、私この後も夜勤なので…… とゆうか、仕事中だし戻らないと 」


「お嬢ちゃん、夜勤なんかすんの?またまた冗談いっちゃって。そんなのいいからさ遊びにいこうよ。いいとこ、連れてってあげるからさ 」


なっ、このリーマン、頭大丈夫なのか? 

客じゃなかったら一発殴ってすぐに退散するのに……

桜は怒りを堪えながら、じっとよくわからない宴会の席でひたすらタイミングを見計らっていた。


あぁ、もう我慢の限界かもしれない。

桜はすくりとその場を立ち上がると、本性を滲ませながらセクハラ親父の方の手を払った。

苦情が来るかもしれない。

怒られる……そして最悪クビ?

そんなことを思いながら桜は思いっきりセクラハ親父を睨み付け、その手を振りほどいた。


そのとき、向こう側から知った声が自分の名前を呼ぶ音が聞こえた。



「さくらッ…… 」


「……おりはら? 」


桜は驚きを隠せなかった。

織原は厨房のコックスタイルではなく、ウェイター姿の制服を着ていて、手にはヘルメットを抱えていた。


「すみません、うちのまで混ぜてもらっちゃって。迷惑掛けませんでした? 」


織原は土足でブルーシートを踏みつけると、事務的に親父の手を振りほどき桜の腕を掴んだ。そして小さく桜に「行きますよ」と声をかけると、物凄い勢いで彼女を引っ張った。


「あんた誰よ?俺らは今彼女と楽しく会話をしてただけなんだけどっッ? 」


「僕は…… 」


「ほら、この娘も困ってんじゃん? 」



桜は断じて困ってはなかった。

だが強いて言えば、彼女は突然の救世主にビックリはしていた。


「彼女と僕は同僚です…… この人は僕に取って大事な人なんで 」


「……ちょっ 」


「すみません、彼女は引き取らせていただきます。失礼しました 」


織原は機械のように酔っぱらいたちにそう告げ、桜を強引に引っ張った。

どんな距離感で今このやり取りが繰り広げられているのか、桜にはもはやよくわからないでいた。




この公園の桜並木は、数百メーターと続いていた。織原は桜の腕を掴み、振り向きもせずスタスタと歩いている。情緒も何もないシチュエーションなのに、ライトアップされた桜の花は白くて艶やかだ。そして何故だかドキドキが止まらないのは気のせいなのだろうか。



「織原……? あの…… 」


「あっ、すみませんっッ 」


桜が躊躇しながらも織原に声をかけると、彼は慌ててその手を離した。


「ううん…… ありがと……助かった 」


蹴散らすのは簡単だが、加減はわからない。危うく昔の血に頼って、もしかしたら暴走してしまう可能性もなくはなかった。


「大変でした……よね…… 」


「まぁね…… ほんとお酒の力で強烈だね 参ったわ…… どうして場所わかったの? 」


「店長から配達端末借りてGPSで……。店長はバイク運転できないし、社員いなくなるのもってことで僕が様子見に来ました。ほんと無事で良かったです…… 」


織原はこちらを改めて振り返った。先程は気づかなかったが、まだ若干息を切らし、額はやや汗ばんでいた。

彼はハンカチで顔を押さえると、「戻りましょう 」と言い、今度はゆっくりと歩き出した。




何で私のこと、さっき名前で呼んだんだろ……

それに大事な人って一体どうゆうことなのだろうか……?


桜は織原の少し後ろを歩いていた。

二人してウエーターの制服を着て、桜の名所を歩いている。きっと端から見たら、変な光景に違いなかった。



「遠藤さん…… あの……変な事とかされませんでした? 」


「えっ?まぁ、よくわからないマシンガントークと腕捕まれたりはしたけど、変なところは触られたりとかはしてないから…… 」


「なっ…… 」


「大丈夫大丈夫…… ほんと、大したことないから…… 」


桜は苦笑いを浮かべながら織原に返答した。だが彼はそんな桜の様子を見て、明らかに難しい表情をすると足取りを止めて彼女にこう告げた。 


「大したことない訳、ないじゃないですか…… 」


「えっ…… 」


「あなたは普通に仕事をしただけです。別に男性と話すことを生業にしてる訳じゃないんですよ。もっと怒らないと 」


「…… 」



私は今……もしかして女性扱いされてる……?

何だか照れ臭いとゆうか、むず痒いとゆうか、不思議な感覚に陥った。

少し気になっていたいろんな事は、いっきにどうでもよくなった。



「……ありがと 」


桜は織原の手首をゆっくり持つと、その手を自分に近づけた。そしてゆっくりとその手を腕に持っていくと、触られた部分をなぞるように織原の手で上書きした。



「えっ……? 」


「これで最後に私に触れたのは、おじさんたちじゃないね 」


いちいち腹立ててたら、女子はやってらんない。でも心配してくれたこと、叱ってくれたことは素直に嬉しい、そんな心境だった。



「究さん…… ありがとね、私の代わりに怒ってくれて 」


「へっ…… 」


「さっき私のこと名前で呼んだ仕返し 」


「なっ…… 別にそうゆうセクハラとかじゃなくてですね 」


「わかってるよ、私の上の名前知られないよう配慮してくれたんでしょ 」


「違っ…… 」


「……? 」


桜の壮大な勘違いに、織原はとてもガッカリした。

それなら副長って、声かければ済む話なのに彼女はまるで気づいていない。 

頭に血が昇って咄嗟に下の名前を呼んでしまったとは、とても言い出せそうにはなかった。 


「さっ、お店に戻ろっか…… 」


「ええ…… 」


織原と桜は再び歩きだした。人混みを避けながら、けれども今度は二人で横並びでゆっくりと一歩一歩を噛み締めるように歩き始めた。




「桜……綺麗ですね…… 」


「うん……そうだね…… 」



桜がキレイか……

自分の名前だから、いちいち反応してしまう。 一瞬、自分に向けられた言葉なのかと思いつい恥ずかしくなるのだ。


桜は横目で織原を見た。

彼はこちらを振り向くことはなく、空から降り注ぐ桜の花びらを愛しそうみ眺めていた。


大事な人か……

副長だから自分がしっかりしなきゃならないのに、彼にはたくさん助けられている。

こちらこそ、あなたは大事な相棒だと思っているよ。


駐車場までの道のりはほんの一時……

桜は満開の花びらが舞う並木道を噛み締めるように満喫した。



そしてその数ヵ月後、

桜はあの言葉の真意を知ることになるとは、まだ思ってもいなかった。







 

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