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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
番外編 夜勤ガールズのお花見
50/111

倍倍返しのExpression of affection

山辺息吹(水道局漏水修繕夜勤明け)年上彼女

×

野上道也(音響効果見習い)年下彼氏



お花見 温泉宿でのお話









「息吹……息吹…… 夕飯の時間だよ……  」


「……んんっ 」



その声は世界で一番私の名前を優しく呼んでくれる。

だけどアラサーの体力で完徹明けで温泉宿は失敗だった。頭は起きているのに、身体が全く言うことを聞いてくれない。息吹は声にならない声を絞りだし、何とか目を覚まそうとしていた。


「息吹…… ほら、もう六時だから…… ご飯食べに行くよ 」


「えっ?もう……そんな時間……? ごめんなさい、私ずっと寝てて…… 」


「別に気にすることないよ。息吹は元々この時間は、いつも寝てるんだから…… 」


「それは……そうなんだけど…… 」


息吹は野上の手を借りながらも、何とか起き上がり辺りを見回した。畳の上で横になっていたはずなのに、いつの間にか床には座布団が敷かれ、胸元にはドテラが掛かっていた。



「息吹、浴衣はだけてるよ。ほらここ、ちょっと引っ張って 」


「うん…… 」


野上は顔色ひとつ変えることなく、てきぱきと息吹の胸元を修正すると、ついでに彼女の髪の毛も結び直した。確かに自分は年度末かつ夜勤明けだ。だけど野上だって連日のハードワークで疲れているはずなのに……

息吹の頭の中は何だか惨めさと、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。



ーーーーー




食事中、野上の態度は至っていつも通りには見えた。何ヵ月も前から野上は何とか連休を確保する努力をし、二人で無理矢理予定を合わせてわざわざ伊豆までやって来た。しかも今回は少し奮発して離れのちょっといい部屋を予約したのだ。それなのに自分としたことが、宿に着いて早々にどこにも出掛けずに寝てしまうなんて……


きっと怒ってる……よね……

せっかく遠出したのに、悪いことしちゃったな……




夕食を終え部屋に戻る頃には、すっかり真っ暗になっていた。二人は間接照明でライトアップされた石段を、ゆっくりと降りていた。庭に植えられた桜は七分咲きといったところで、個人的には一番美しい状態に思えた。



「ごめんね、みっちゃん、私ずっと寝ちゃってて 」


「……息吹、まだ気にしてたの? 」


「それはそうでしょ。せっかく二人で過ごせる貴重な時間なのに…… 」



本当に勿体ないことをした。

息吹は心底反省しながら野上を振り返ると、彼は目を見開いてこちらを見ていた。



「……息吹、それもう一回言って? 」


「えっ……? 何の話……? 」


「せっかく……の後、なんて言った? 」


「…………?」


息吹には野上の言っていることの意味が、良く理解できなかった。野上は真剣な顔をしてこちらを見ている。何だかよく分からないが、取り敢えずリクエストにはこたえるしかなかった。



「せっかく二人で過ごせる時間だったのに、ごめんって言ったケド…… 」


「むふっ…… 」


野上はもはや反射の領域で思わず吹き出していた。

そんな彼の様子を見た息吹は、訳がわからず思わず動揺した。


「へっ……?なんか私、変なこと言った? 」


「だって息吹、僕のことちゃんと気にしてくれてるってことでしょ? 」


「へっ? それは……勿論そうだけど……? 」


「僕にはその気持ちだけで十分だよ。ありがとう 」


「……えっ? 」


息吹は足取りを止め、野上の顔を見上げた。照明が暗いから表情まではよくわからなかったが、彼は微笑を浮かべているように見えた。


「息吹からそうゆうこと聞くの、あんまりないからさ 」


「あっ…… 」


「息吹、本当はそんなに僕に興味ないんじゃないかって思うこともあるんだ。僕の気持ちが先行しすぎて、一方通行だったらどうしようとか…… 」


「……なっ、みっちゃん、そんなふうに思ってたの!そんなことないから、絶対…… 」


「ごめん、ごめん…… 僕……変なこと言っちゃったね。でも息吹の気持ちわかったから、ちょっと安心した 」



野上は片手で息吹を抱き寄せた。息吹は思わず彼の胸のなかに顔を埋めた。

なんだ……全然怒ってなんかないじゃない……





今から……

彼の腕の中なら……

ちょっとだけ本音を口に出来るかもしれない。


息吹は顔を埋めたまま、恐る恐るこう切り出した。



「あのね……ちょっと恥ずかしくて 」


「へっ……? 」


「他のことは大丈夫だけど、私自分の好きとかそうゆう気持ちを上手に言葉にできなくて…… 」


「別に大丈夫だよ。そうゆうのは言葉にするだけが全てじゃない…… 」


野上は息吹の頭にぽんと手を置き、優しくポンポンとした。そしてその手をあっさり離すと、また暗い桜道を歩き始めた。



息吹は立ち尽くしながらも、強くこう思った。



私はまだ彼に何も返せてない……





「…… 」


「……息吹? ちょっ、立ち止まってどうした? 部屋戻るよ…… 」


野上が立ち止まる息吹に気付き、彼女に近づこうと戻り始めた。

そしてその手を彼女に差し出したとき、息吹は何とか声を振り絞って、本能のまま彼にこう告げた。



「……すき 」


「……へっ? 」


「……私はみっちゃんのこと好き……だから…… 」


「…… 」



野上はフリーズして声を失っていた。

彼はとても驚いているように見えた。


本当はもっと恋人らしい言葉で、気持ちを伝えた方がいいと思う。

だけど今の自分にはこれが限界だ。


まだまだ勉強が足りなさすぎる……

どうすれば……

私の気持ちは彼に伝わるのだろうか……




息吹が俯きかけたそのとき、野上はゆっくり彼女に近づいていた。

そして耳元でこう囁いた。


「……息吹、急にそれは……反則だよ 」


いい終わるか終わらないかのところで、野上は彼女の耳を甘噛みしていた。

彼の吐息は全身を駆け巡り、息吹は今にも火を吹きそうな真っ赤な顔をして硬直状態に陥っていた。


「えっ、きゃっッ…… ちょっ、みっちゃん? 」


もう恥ずかしくて目を開くことは出来ない。そんな様子の息吹を野上は構うことなく、彼女の髪をかきあげながら更に彼女にこう呟いた。


「もう今夜は寝かせない…… 正直さっきだって寝てる息吹をスルーするの、スゲーキツかったから。だから……覚悟しといてね 」



野上は悪い表情を浮かべながらゆっくりと、息吹の頬にキスをした。そして顔を離すと彼女の手を取り、またゆっくりと歩き出した。





こんなに自分のこと、好きでいてくれる人には出会えそうもない。

そして今の出来事は、ずっと私だけの秘密にしておきたい……


息吹はそんなことを思ったが、今は恥ずかし過ぎてコクコクと頷くので精一杯だった。









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