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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
夜行性ガールズの日常
5/111

私は私 

◼◼◼




桜が台所に立つのは、市原家に来たときだけかもしれない。

仕事から帰ったら酒とツマミしか口にしないし、朝ごはん(といっても、夕方出勤前に取る食事だが )も大体カフェラテとパンを少しかじる程度だ。桜は慣れた手つきで冷蔵庫から食材を取り出すと、玉ねぎから順にあっという間に下ごしらえをこなしていく。


「ねぇ、桜ねーちゃん、今日のごはんは何? 」


最近五歳の誕生日を迎えたばかりの姉妹の姉の愛郁(あいく)が、桜のマキシワンピースの裾をグイグイ引っ張りながら訊ねた。その横には妹の美羽もぴったりくっついて、桜から離れようとしない。


「今日はねー、オムライスだよ。もうすぐ出来るからねー。ってゆうか、包丁使ってるから引っ付いてると、二人とも危ないんだよねー。ちょっと、あっちに行っててくれないかな? 」


「えーッッ!美羽、さくちゃんの近くがいいー! 」


「ほーら、我が儘言わないっ…… 今日も明日もずーっと一緒なんだから、今だけ我慢してっ 」


桜は包丁をシンクに一度置くと、二人を居間に追いやる。さっきまではなかなかな勢いで遊んでいたし、今日はもうオママゴトもお人形さんも飽きているのだろう。桜は居間のテレビをつけると、幼児向け番組のDVDをプレーヤーに差し込んだ。


「じゃあねー、愛郁も美羽もお利口さんにしてたら、オムライスにウサギさん描いてあげる。だからちょっとの間だけ待ってられるかな? ほら、ニャンゾウとポロッピのお歌始まったよー 」


桜は二人の頭を優しくポンポンすると、ほらっ、と言ってテレビの中を指差した。するとグズっていた二人の目が、徐々に画面に釘付けになっていく。昔の自分ならニャンゾウもポロッピの名前すら知らなかったけれど、今の自分の立場からすれば彼らは大きな戦力といって過言ではない。棚にあるDVDを見せればすぐに落ち着くことを、桜は最近やっと活用できるようになったところだった。


「うーん、わかった。愛郁、美羽といいこにしてる 」


「美羽も、いいこいいこする! 」


二人はテレビの前の座布団にちょこんと仲良く着席すると、あっという間にその画面の虜になった。どうやら二人の興味を逸らすことには成功したらしい。

その様子を見た桜は、思わず苦笑してしまう。


「よーし、二人とも偉い偉い! よーし、桜ねーちゃん、頑張って美味しいお夕飯作るからね 」


「うんっ!」


桜は二人に小さく声をかけると、ゆっくりと居間のすりガラスを閉じた。子どもの興味は目移りやすい。その単純さに助けられることは沢山あるが、少しがっかかりすることも同じくらいにある。


桜は「ふぅ……」とため息を漏らしつつも再び包丁を手にすると、下ごしらえを再開した。あとはニンジンを細かく切れば、順にフライパンに突っ込むだけだ。食事の準備中に二人が桜の邪魔をしにくるのは、ここ最近毎度のお決まりのパターンだった。普段いない若い女性が台所にいる風景に、興味が沸くのだろう。二人が大人に甘えたくなる気持ちもわからなくはない。


 

ーーーーー




愛郁は五歳、美羽はもうすぐ四歳を迎える年子の姉妹で、日中は近所の公立保育園に通っている。 中華料理店店主の凌平が毎日店の昼休み、といっても限りなく夕方に迎えにいって帰宅してからは、二人きりで店の裏で留守番をしている。パパはいつも仕事が忙しいし、ママは事情があって病気で遠くの病院に入院しているという()()だから、二人は母親の顔は写真でしか見たことがない。美羽にいたっては物心ついてから母親に会ったことすらなかった。おばあちゃんにはたまに会うらしいが、やはり母親くらいの年齢の女性とゆうものに憧れがあるのだろう。桜が遊びに行くと愛郁も美羽もパパそっちのけで、ベタベタと甘えてくるのだ。

 



腐れ縁……

自分と凌平との間にはそんな言葉だけではいい表せない、複雑な関係性があるのはわかっている。


桜とは絶縁状態に近かった凌平から、こんな中途半端な子守りを引き受けるようになって、もうすぐ一年が経とうとしている。どのツテから電話番号を仕入れてきたかは知らないが、あの日も確かジメジメした、梅雨の湿気が鬱陶しい六月だった。


凌平が男でひとつで良く姉妹の面倒を見ているのは、桜には手に取るようにわかった。愛郁も美羽もいつも髪の毛をキレイに二つ結びにしているし、洋服だって年子だと使い回しが出来ない分、安くて着まわしができるものを、いくつも準備しなくてはならない。自分の身なりには無頓着なくせに、二人はいつみてもピンクや黄色の可愛らしい服を着ている。店が忙しい凌平のことだからネットをうまく利用しているのだろうが、母親不在を感じさせない小さな愛情がいくつも感じられた。


私もあのときグループと決別なんかしないで、上京してなかったら……

今ごろは家庭を持ったりして、こんなふうに子育てとかしてたんだろうか。



桜は一瞬手を止めた包丁を見つめると、ハッとして首を横に大きく振った。

私は全うな人間になりたくて、誰も自分のことを知らない場所に行きたくて、房総で生きる道を捨てて上京までして、時間はかかったけどファミレスのアルバイトから正社員になって副店長まで任されるようになったのだ。今更たられば論を並べるなんてらしくない。それは自分が一番良くわかっていることだ。






桜は出来上がった料理をダイニングテーブルに並べて、姉妹を呼んだ。姉妹はDVDに後ろ髪を惹かれていたいたが、桜がまた後で見ればいいからと一時停止すると、納得したのか各々のイスによじ登った。


「いただきまーす! 」


「はい、どうぞ。召し上がれ 」


愛郁のオムライスにはハートと星のモチーフを、美羽のオムライスには彼女が好きなうさぎのモチーフを描いた。愛郁は端からキレイに食べていくが、美羽はケチャップの模様をぐちゃぐちゃにしてスプーンを豪快に卵の中心に突き刺す。同じ姉妹でも、いつも一緒にいて年齢もあまり変わらないのに、ちょとした性格の違いを見つけるのは何だか面白い。

桜はぬるめに入れたミルクコーヒーを片手に、温かな眼差しで二人が食べる様子を眺めていた。すると桜は、妹の美羽が小さく切ったはずのニンジンを全く口に運んでいないことに気がついた。



「ほら、美羽。ちゃんとニンジンも食べなきゃ駄目だから 」


「えー、だってニンジンにがいー 」


「苦いもへったくれもないよ。ちゃんと食べなさい。明日、遠足で会いに行くヒツジさんもヤギさんも好き嫌いしないで、ちゃーんとニンジン食べてるからね。美羽だけ食べられなかったら、明日ヒツジさんたちに笑われちゃうかもしんないぞ 」


「えっ…… それは…… イヤだッ 」


妹の美羽は、うっすら目に涙を浮かべながら、オムライスに入っている小さな小さな人参を口に運び出した。愛郁も美羽も全く血の繋がりのない他人の子どもだが、駄目なことを駄目と叱りつけることが出来るくらいには信頼関係が出来上がっている。


こうゆう子どもの健気な様子を見ると、結婚や旦那さんはいいから子どもは欲しいなー、とか飛躍した考えが、ふと頭をよぎる。 

そしてその後は、いつも姉妹の母親で自分の元親友の顔を思い出しこんなことを考えるのだ。



万由利(まゆり)

何故、こんなにかわいい子達を差し置いて、あんなことをしたのだろうと……。








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