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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
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感情の対義語


■■■■■■



「もしもし、茜?昨日、大変だったんだって?ごめんね、電話出れなくて 」


「あぁ、いいよ気にしないで。なんか意外と大丈夫だったから…… 朱美こそ徹夜?締め切り前だったとか? 」


「いやー、そのぉー、まぁ、そんな……感じかといえば、そんなところかなぁー 」


朱美はまさか泥酔して記憶がなかったともいえず、茜に対して壮大な虚偽を働いた。

目が覚めて吉岡が隣で寝ている事情を思い出すのには、少し時間が必要だった。そして起きて早々、大量の着信とラインを無視していたことに気付き朱美はギョッとした。


朱美は台所で味噌汁を作りながら、片手間に茜に電話をかけていた。これに卵焼きと干物でも焼いておけば、十分な朝食の完成なのだが、ほぼブランチに近い時間ではあった。 昨晩始発で帰るからと言っていた誰かさんは、ベッドを独占状態で起きる気配は全くなかったが、起こしたら昨日の泥酔睡眠の説教とネームの進行の監視をされそうだし、それはそれで朱美の胸中は穏やかではなかった。




「そんなことより、桜ねぇの今の具合は……? 」


「うん、昨日は私の家泊まってもらって。疲れてたみたいだから、割りとお互いすぐ寝落ちした感じで。今朝は普通にシリアル食べたよ 」


「そう……、それなら良かった…… 」


「だからもうほんと全然気にしないでー。うん、じゃあ、またねー 」


茜は明るい声で電話を切ると、洗面所に足を運んだ。泣き疲れたのか桜はまだ本調子とはほど遠いい状態で、目は赤く充血していた。


「ごめんね、朱美にも心配かけちゃって…… 」


「いやー、あの感じだと朱美は昨日の晩はただ飲んでただけみたいだねー。桜ねぇ、気にやむだけ無駄だよ 」


茜はそう言いながら洗濯機から服を取り出すと、はいと桜に手渡した。それは桜が昨日着ていた洋服と浴衣で、まだ少し濡れていた。


「ってゆーか、今さらだけど桜ねぇ胸半端なくデカイね。私のTシャツぱつんぱつんじゃん 」


「……それは茜が小柄で、服のサイズが私と違うからでしょ 」


桜は茜の発言をさらりと受け流すと、受け取った洗濯物一式をトートバックの底に押し込んで、身支度を整えた。茜は今晩は当直らしいから、あまり長居もしてられない。


「茜、ありがと…… いろいろ助かった…… 」


桜はサンダルを履きながら茜に礼を言った。 すると茜はクスクスと笑うと、すぐにこう返答した。


「いいえ、こちらこそ。私の方がいつも介抱ばっかさせてるからね 」


「今度、ちゃんと話す。決着ついたら…… 」


「だから、別にいいって 」


「そーゆー訳にはいかないから。私もちゃんとしたいからさ。じゃあ…… またね 」



桜は最後に少しだけニコリと笑うと、そのまま茜宅を後にした。部屋を出た瞬間、昨日の雨で湿度が上がったのか外の蒸し暑さは尋常ではなくて、思わず日差しを腕で避けた。



茜は4人の中でも妹キャラ的な立ち位置で甘えん坊だと思っていたが、それはただの固定概念だった。そもそも彼女はキーの局のアナウンサーだし、ここまで血の滲む努力と天性の美貌でのしあがってきた才女だ。だが不道徳の先駆者であったのは、意表を突かれた。



ーーーーー



昨日は浴衣を着て子どもたちと外に出たと思ったのも束の間、予報よりも房総では雨が早く降りだし、夏祭りは開催されることなく中止となった。取り敢えず子どもたちを抱えて風呂に直行し、体を吹き上げた頃には、桜はすっかり疲労困憊だった。桜は電話を片手に取りながら、愛郁と美羽の浴衣をハンガーに掛けて部屋に吊り下げていた。


「もしもし…… 凌ちゃん?」


「桜……? そっちは雨大丈夫だった? 」


「うん、こっちはすぐ引き返したから。びちょ濡れになったけどね。子どもたちはしゃぎすぎたのかな、いまソファーでぐっすり寝ちゃってるところ。凌ちゃんの方は?まだ雨凄いでしょ? 」


「こっちは取り敢えずは大丈夫なんだけど、機材とか食材がびっしょびしょ。撤収しようにも、車は一旦店に置いてきてるからなぁ…… 」


「じゃあ、私……、車持ってくよ…… 」


「いいの?それなら助かる……けど……


「うん…… スペアキーの場所と現在地教えて…… 」


雨は本降りだった。子どもたちは熟睡しているから、取り敢えずは留守番でいいだろう。桜は支度を整えると、すぐに店の裏に止まっている軽自動車まで小走りした。久しぶりの運転なのに、雨が酷くて視界はかなり悪かった。桜は緊張しながらも、カーナビを頼りに数分で凌平と合流した。


「桜……サンキュー、助かった…… ちょっと車で待ってて 」


凌平は言いつつ後部座席を開けると、ビニール袋の束を足元に積み出した。調理器具やら食材は既に雨避けが施され、少しでもダメージ軽減がされているようだった。その様子を見た桜は運転席から外に出ると、凌平の作業に加勢した。


「桜……、大丈夫だよ。君まで濡れるから…… 」


「……いや、平気平気。今日は暑いしね。それに二人でやった方が、早いし 」


桜は少し苦笑いを浮かべながら、テキパキと作業をこなした。桜だって飲食店の名ばかり管理職なのだ。こうゆうときは、少しでも人員は多い方がいい。

二人で作業をした分だけ若干は早く片がついたが、撤収が完了した頃には二人はだいぶ雨を受けていた。




「ありがとな……、ほんと、いつも助けてもらってばっかりだ…… 」


凌平はエンジンを掛けながら、改めて桜に礼を伝えた。桜はその声に反応すると、雨を拭うその手を止めて凌平に振りなおった。


「困ったときは、お互い様だから…… 」


「お互いって…… 俺まだ一回も桜に迷惑かけられたことないな。いっつも俺が一方的に、いろいろ頼ってて…… 」


凌平はハンドルを握りながら、真っ直ぐ前を見ていた。桜は横目で凌平をチラリと振り返った。


「まぁ、一人で仕事して子育てもして、いろいろ大変だよね。凌平は凄いと思うよ。私は普段は自分のことしかしてないもん 」


「いや…… まぁ、俺の場合は不可抗力だからね。それにやっぱ一人はキツイ…… いろんな意味で 」


いろんな意味って何だ……?

桜は敢えてそこは深追いしない方がいいと感じていた。


「……凌ちゃんは、めっちゃ頑張ってる。私もたまにだけど、助っ人としてなら来るし。また何かあったら声掛けて。愛郁や美羽に会うのも楽しみなんだ…… 」


「助っ人……ねぇ…… そうだな…… 」


「私も仕事があるから……ね…… そんなしょっちゅうは難しいけど 」


「俺は…… ずっといて欲しいと思ってるよ。 桜には…… こぶ付きの身で言うのも、おこがましいけど 」


「また、そんなこと言って…… 凌ちゃん、疲れてるんでしょ…… お店もお客さん入るようになったんだから、人雇えばいいのに 」


「…… 」


「ほんと凌平は休まないよね。店休日とか作ればいいじゃん。凌ちゃん倒れちゃったら、愛郁も美羽も路頭に迷うんだから 」


「路頭ねぇ…… まぁ、俺は今が一番宙ぶらりんだと思ってるよ 」


「……どうゆう意味? 」


「…… 」


凌平はそういいつつ急に車線を変えると、勢いよく交差点を右折した。


「凌平……? どこ行く……の……?コンビニに寄るとか…… 」


「…… 」


凌平は無言だった。

この辺の道は桜でもヤンキー時代にはたまり場にしていたから、何となくは把握している。そちらは店の方角じゃないし、何となくヤバそうな予感がした。


「ちょっ、凌平? どこ行くの? 」


「……どこって。人気の無さそうなところ 」


「はぁ……? ちょっと何言って…… 」


「前にも言ったろ。俺、桜のこと本気だって 」


「はっっ?何言って。だから、凌平は万由利がいるじゃん…… 」


「あいつとは終わってる……とっくに。クスリから抜け出せなくて、子どもほったらかして夜の街でほっつき歩いて、依存性から抜け出せない女、一緒に暮らせるわけねーだろ 」


「なっ…… でも万由利は凌ちゃんの家族でしょ? 」


「アイツはもうどっかに行っちまった。ムショから出てきても、すぐにまたそこに戻る…… 俺たち家族にも原因はあるかもしれない。けど手の届かないところにいるアイツは、もう俺にとっては死んだのと一緒なんだよ 」


車は着実に山道へと進んでいた。凌平は言いつつ、車を人気のない石切場のような場所に駐車した。今まで修羅場は潜り抜けてきた。だけど桜はそうそう感じることがない、自分の鼓動の早さを自覚していた。



「俺は手に届く温もりが欲しい、優しさが欲しい。俺の一方的なワガママなことはわかってる。けど、そう思うのは駄目なことなのか? 」


「……駄目でしょ。普通に考えて 」


「…… 」


「あなたは、私のものじゃないから…… 」


「じゃあ…… 行動で示す…… 」


「はいっ?」


「俺のものになればいい…… 」


「なっッ…… 」


凌平は桜の方を振り向くと、シートベルトを外し桜の方に身を乗り出した。


「いや……ちょっ、凌ちゃん…… 」


けしかけたつもりではなかったが、完全に仇となった。

桜は思い切り抵抗したが、やはり力では敵わない。

周りには何もない、そして大雨……


目の前にいるのは生活に疲れ、欲求のたまった元彼。

誰がどう見ても最悪のシチュエーションだった。


唇が重なり、段々と深い口づけに変わる。

長いっッ、止まらない、こんなの今すぐ止めなきゃならない。力では勝てない。けれど無下にも出来ない。


私はどうしたらいいっ……?

自業自得?そんなことはないハズだ。

私は困っている人を助けたかっただけ。

車を回すのが下心だなんて、私にスキがあったとでもいうの? 


やがて彼の冷えきった手は桜の身体のあらゆるところに触れ始め、桜は必死に呼び掛けた。彼が自分のベルトに手を掛けて、金属音が響く音がした。



「凌ちゃん……お願い止めてっッ…… 」


桜は塞がれる唇から、何とか必死に思いを伝えていた。今の桜は本能に打ち勝ち、理性を相棒としていた。


「…… 」


声は届かない……

彼は誰を見ているの……?

私……それとも…… 




「りょうちゃんッ……!!!それ以上は引き返せなくなるっッ! 」


「なっ…… 」


自分でもビックリする大声を張り上げていた。凌平はハッとした表情を浮かべると、グッと瞳を閉じて桜の体からゆっくりと身を剥がした。


理性が呼び戻った……のか……?

それとも拒絶されたと思ったのか……

いずれにせよ桜には彼の感情を汲み取ることはできなかった。





それから車内では、終始無言だった。雨音だけが、ただただ響いていた。

永遠のように、時が止まったように、移動距離は長く感じた。

凌平はただただ前を見ていて、桜はずっと滴だらけの窓を眺めていた。


そして木更津駅についたとき、桜は一言も発することなく車を降りた。

凌平も…… ただただ前を見つめていた。


桜は振り返らなかった。



バイバイ……凌ちゃん……

もう二度と会わない……



私はあなたと最後まで適切な距離が保てなかった。そしてそう思った瞬間、桜は視界に違和感を感じた。


周りから見たら、雨と区別はつかないだろう。



だけどそれは……

止まることのない涙だった。






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