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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
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30/111

君は何者なの?

■■■



この辺りなハズなんだけど……


朱美はスマホを片手に、都内のとあるオシャレ街を一人彷徨いていた。この辺りはあの国民的美少女漫画の聖地で、それは朱美のバイブルといっても過言ではないのだが、街自体は今回が初めての訪問だった。如何せん地図を読むのが苦手なので、朱美は駅を降りてから20分近く四苦八苦している。もう一度駅まで戻って、リセットしてから探した方がいいのだろうか。今日は予報では夕立が降ると言っていたが、雲はそれほど広がりはなく幸いまだその予兆はない。だがなんとなく先を急いだ方がいいであろうヤバそうな雰囲気は、ひしひしと感じられた。

朱美が右往左往していると、スマホがブーと震え始めた。朱美は思わずその電話に勢いよく飛び付いた。


「もしもし、吉岡ーー? 助かったよー!」


『ちょっと、センセイッッ!助かったよー(ハート)じゃないでしょうッ!!いま、何処ですかっ!? 』


「いま……ねぇ……。実は自分でも良くわかってないとゆうか、なんとゆうか…… 」


『ちょっ、まっッ……。先生……取り敢えず最低ラインとして、麻布十番にはいますか?』


「うん、一応は……ね…… 」


朱美は気を揉む吉岡の心情など察することもなく、苦笑いをしながら応えた。麻布十番とゆうところは想像していた以上にオフィスビルが立ち並び、セレブが住んでいそうなマンションもチラホラ建っている。かなり余裕を持っては来たが、考えが少し甘かった。朱美は辺りを見回しながら、目印になるようなものを探した。


「えっーっと……、えっと……ここ、何屋さんだ……? 」


朱美は挙動不審な動きを繰り広げながら、行列が出来ているその店が何なのかを探り始めた。朱美は焦りからも、若干マイワールドに入り込んでいた。そしてその瞬間、朱美は勢いよく通行人にぶつかり、その場で軽くよろけてしまった。


「あっ、すみません 」


朱美はもはや反射でその人に謝った。

ぶつかってしまった人は線が細くて、夏場なのにモノトーンで、黒のマスクを着けた如何にも風な若者だった。


「こちらこそ……すみません。あの……大丈夫ですか?  」


「あっ、はい、大丈夫です。すみません……。ちょっと余所見してて…… 」


朱美は思わず口をモゴモゴして、その彼に返事をした。彼は日常生活では、なかなか出会えないような端正な出で立ちで思わずちょっとドキドキしてしまいそうだ。


すると彼は少しだけ体勢を屈めると、朱美に少しだけ近づいてこう呟いた。


「……余計なお世話だったら、すみません。あの行列はパン屋さんですよ 」


「へっ……!? あっ、ありがとうございます…… 」


朱美は声は裏返っていた。そして咄嗟にペコリと頭を下げた。するとその様子を見た彼は少しだけキョトンとした。そして思わずふっと笑みを見せると「じゃあ…… 」と一言残し去っていった。



何だか……

漫画にしたいくらいのトキメキ体験ではなかっただろうか……

しかもダミーヘッドマイクでイヤホン越しに囁かれたような、とてつもない美声を放ってきたではないか……


朱美は一瞬、天国に昇るかの如くな気分だった。しかしその場の余韻を楽しむまもなく、すかさず電話から怒号に近い吉岡の声が響いてきた。



『ちょっ、神宮寺センセっッ!!聞いてます……!?いま何処にいます?集合時間まで、もうあんまり時間ないんですけどっッ 』



……ったく。いま良いところだったのに。

朱美はあっさり現実に引き戻されると、いつもの口調で吉岡にこう告げた。


「いま、行列できてるパン屋さんの前にいる…… お店の名前は……えっと…… 」


『はいはい、わかりました。そしたら今からそちらに迎えに行きますから、先生はそこを動かないで下さいっ。イイデスネっッ 』


吉岡はピシャリとスマホの終話ボタンをタップすると、グッとため息を飲み込んだ。ったく、本当に世話の焼ける作家先生なことだ。

吉岡は鞄から必要最低限な荷物を取り出すと、「今から神宮寺を迎えに行きますので……」と一言告げ、スタジオを後にしてエレベーターに飛び乗った。

こんなことになるなら、やっぱり最初から家まで迎えに行っておくべきだった。吉岡は首を小さく振りながら、足早に目的地に向かった。この辺りは普段はそれほど人通りがある風ではなかったが、稀にいかにも風な女性や男性とすれ違う。いますれ違ったヤツなんて、白と黒のシンプルなスタイルが決まっていて、夏場なのに黒のマスクをしている。それにつけてきっとメチャクチャ美声の持ち主なんだろうから、本当に天は幾つもの才能を一人に集中して与えるものだ。

吉岡は少しだけ世の中の理不尽を心の中で嘆きながら、朱美との合流を急いだ。いくら朱美のミスとは言えどもこの暑さが半端でない時期に、女子かつ一応大事な先生様を暑さの中待たせる訳にもいかない。大体あのパン屋までたどり着けたならもう楽勝なハズなのに、彼女の方向センスのなさは今後は要注意かもしれない。気を付けなくては。吉岡はそんなことを考えながら、一心不乱にその場所を目指した。そして大通りに出たところで、汗を拭いながら佇む朱美の姿を見つけた。


「神宮寺センセ……迎えに……きました……よ……? 」


吉岡は若干息を切らせつつも、いつもの調子で朱美に声をかけた。


「あぁ……吉岡…… ありがとう…… 」


「さぁ、行きますよ。皆さん、続々と集まってますから 」


吉岡は朱美が持っていた荷物の大きめの鞄の方を何も言わずに受けとると、スタスタと歩きだした。そして何となく、朱美が若干上の空であることも同時に察知した。朱美の様子がおかしい。完全にフワフワモードに突入していないか。


「センセ、あの……大丈夫ですか? 」


吉岡は恐る恐る彼女の状態確認をした。


「なっ、何がッ?私はいつも通りだけどっッ 」


いやいや、そんな訳ないだろうと思いつつ、吉岡はその邪念を振り払った。今日はいつにも増して歩くのが圧倒的に遅い。それに足取りも安定していない。あの電話の沈黙が長く続いたとき、何かあったのだろうか。

吉岡は疑念を抱きつつも、朱美のカーディガンの裾を半ば強引に引っ張りながら、彼女をスタジオまで連行した。


「ほら、()()()()()。ここ段差あるから気を付けてくださいね 」


「大丈夫だって……  吉岡、めっちゃ過保護っ  」


いや、あんたさっき普通に、躓きかけただろ。

吉岡はもはや介助人のような行動で、朱美のサポートに回っていた。まったく、これから人様の前で神宮寺アケミとして威厳を発揮してもらうときに、今からこんな調子じゃ先が思いやられる。



ーーーーー


「お待たせしました。神宮寺アケミです 」


朱美はスタジオに入るなり関係者たちにキチンと挨拶をすると、深々とお辞儀をした。アニメ界の重鎮たちを前にしても瞬時にひけをとらないオーラを出せる辺りは、流石スーパー売れっ子漫画家なだけはある。吉岡は朱美の様子を見て少しだけ安堵したが、まだまだ気を許すわけにはいかない状況だった。


「神宮寺先生、吉岡さん、お忙しいところ今日はすみません。オーディション開始まではまだ暫く時間がありますので。もう少々お待ちください 」


「そんな、とんでもないです。このような場にお招き頂き、この上ない光栄です。あの、これ、あんまり量はないんですが…… 」


朱美は吉岡が持ってくれた大きめの鞄の中から箱菓子を取り出すと、プロデューサーに手渡した。吉岡が横目でチラリと箱を確認するときちんと、【恋するリセエンヌ製作委員会の皆様江】と丁寧な自筆で書かれていた。プロデューサーは「わざわざすみません 」と言いながら受けとると、その場を後にした。普段の行動が目に余るだらしなさであっても、社会人経験がある作家の場合は対外的な面の心配をしなくていいのは編集者としては助かる部分の一つかもしれない。



「神宮寺先生…… 今日は海蘊(ヒロイン)(相手役)、それに雫石(ヒロインの妹)や家族のオーディションがメインだそうです。って、聞いてます? 」


「えっ……、あっ、そうね。何人くらい来てくださってるのかなぁ…… 」


「一応、リスト貰ってます。なかなか豪華なメンバーが来てくださってますよ。有難いですね 」


吉岡は言いつつ朱美にオーディション名簿を手渡した。そこには今をトキメく若手の売れっ子声優や中堅どころの声優の名がビシッと並んでいた。


「へぇーー。こんなに沢山……。凄いねぇ 」


朱美はその名簿を見るなり、目を丸くしながらその人数をチェックした。漫画家なのにあまりアニメを見ないので声優さんには疎いのだが、それでも息吹がハマっている乙女ゲーの王子たちなど、 錚々(そうそう)たる面子が揃っているのは理解できた。


「なんだか全員に海蘊(もずく)(ゆたか)もやって欲しいくらいだなー。選ぶなんて恐れ多い…… 」


「まぁ…… これだけ揃ってればそうですよねぇ。まぁ……先生には全決定権がある訳じゃないですし、あくまでフィーリングを中心にって感じみたいですよ 」


朱美と吉岡はそんな話をしていると、暫くしてミキサー室に通された。朱美は難しい顔をしながら席に着席すると、静かにオーディションに立ち会った。吉岡は今まで何回かアニメ化の声優オーディション現場に立ち会ったことがあるが、こんなリアクションをする作家はいなかった。大抵の場合はウキウキしながら嬉しそうな表情を浮かべる作家が大半だ。だから朱美の反応は少し想定外で、吉岡は少し意外に感じた。



ーーーーー


『もしかして、おまえ……海蘊……なの……? 』


『豊くん…… あの……私は…… 』



「はいっ、オッケイ! ありがとうございますー 」



オーディションはヒロインと相手役の掛け合い方式で、淡々と進んでいった。このシーンは序盤のかなり重要なシーンとゆうことで、満場一致でオーディションの台詞として採用されている箇所の一つだった。

今まで特に主人公たちの声を想像しながら漫画家を描いたことはなかったが、いざいろいろな方が演じる海蘊や豊の声を聞くと、こうゆう解釈もあるのかと新しい発見があるものだ。それは隣に座る吉岡も同じことを感じているようで、一人一人細かくメモを取りオーディションに立ち会っていた。


「で、先生……、どうですか?気になった方はいますか? 」


吉岡は機材チェックなどの合間に、朱美に小声で話しかけ随時意見を求めた。


海蘊(もずく)雫石(しずく)は何人かは…… アイドルだから、歌は上手な人だと有難いかなーと思うけど。豊はまだピンと来てないかな。正直なところ…… 」


「そうですね……。豊の包容力は神がかってますから、あれを出すのは至難の技ですよね 」


吉岡は朱美の意見に同意すると、またリストを眺め始めた。ここまで豊役は15人ほどの演技を聞いたが、吉岡もまたピンと来る役者には出会っていなかった。本当はこんなに頻繁に朱美の意見を求めなくとも、編集者として足並みは合っている自負はあったのだが、つい今日は不思議と朱美に話しかけてしまいたくなる自分がいた。いつもダラシナイの固まりで、さっきもあんなにフワフワしていたのに、彼女は急にしっかり者になる。今だって締め切りで隔週でミーミー泣いている姿は微塵もない。ハッキリとした瞳はブースの向こうの役者だけを見つめている。そして自分が知らない顔を、彼女は唐突に見せるのだ。

スタッフからの意見にも朱美はそつなく対応し、オーディションメンバーはさらに絞り込まれてきた。だがやはり、豊に関しては朱美も吉岡もまだぴったりハマる人がいなかった。


「先生……次の方が最後ですね…… 」


「そうだね…… 」


朱美はブース越しに、最後のエントリー者の顔を確認した。




するとそこには……

どこからどう見ても、()()()()()がいた。





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