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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
番外編 夜勤ガールズの年越し
29/111

年の瀬ダブルドッキリ

■■■




「あのー、吉岡さんーーッッ? 今日は…… いつまで、うちにいるんですかねぇー? 」


「神宮寺センセ…… あのですね…… 」


改めて朱美に向き直り、鋭い視線で彼女を見つめた。そして相変わらずの大きなため息をついて、数回深呼吸をしてこう続けた。


「今この状況下において、いつまで居るのかって、それ僕に聞きますっッ!? 」


吉岡はほぼ半ギレ状態で朱美に返事をすると、手元の作業に専念した。


そう、何を隠そう……

朱美は毎度お馴染みのピンチを、年の瀬を迎えても放っていた。


原稿が終っていなかった。



吉岡は年末だからと原稿の進行具合の監視も兼ねて、朱美の元に気軽に挨拶をと訪ねたものの、蓋を開けたらこの有り様が広がっていた。甘えさせたい訳ではないが見捨てることも出来ず、つい伝家の宝刀で原稿を助ける羽目になっていた。



「つーか、マリメロンさんと伊藤さんは、どうしたんですかっ? ただでさへスロータッチな先生が、お二人の力なくして原稿上げられる訳ないじゃないですかっッ 」


「あぁ……彼女たちは……コミケ……だからね。彼女たちはコミケ(あっち)が本業だし、明日は元旦だし…… 」


朱美は半ばふて腐れながらテレビの方に視線を向けて、気まずそうに口を開いた。

相変わらず彼女はワンマイルウェアにエプロンといった出で立ちで、髪を無造作に束ね、顔面蒼白状態で原稿に向かっている。テレビではBGM状態で紅白が流れているが、ゆっくり蕎麦でも食べながら鑑賞するような余裕は微塵もない。


「はい、ここトーン貼りましたよ。次、どこですか? 」


「あぁ、超感謝。ありがとう。後は……取り敢えず大丈夫…… まだ枠すらペン引いてないから…… 」


「枠って…… ちょっ、まだあと10ページもあるんですか? 」


「大丈夫だって。下書きは終わってるし、寝ないでやれば何とかなる。まだあと3日あるしさ。吉岡はあっちでゆっくりしてなよ。ほら、チャンネル回していいからさぁ。それにもう帰っても大丈夫だよ。私、ちゃんと一人でも頑張るし 」


「でも……先生一人で出来る量なんですか? 」


「平気平気…… 素人時代は会社と平行して描いてたんだから。それに年越しの瞬間まで、仕事させちゃうのは……いくらなんでもねぇ 」


朱美はいま出来る最大限の笑顔を吉岡に向けてこう話した。今時、朱美の原稿はオールアナログでペンも効果も全部手作業で行っている。その癖描き込みも多いものだから、とにかく時間がかかる。もっとアシスタントを多く雇えばいいのに、本人は人見知りだからと拒否して信頼の置ける二人しか雇っていない。だがそれはあの朱美の性格を考えると建前なのは見え見えで、本音として技術や緻密さが高過ぎて、そのレベルについていける人材が少ないとゆうのが実情だった。


その言葉を聞いた吉岡は「それじゃあ 」と言いつつアームカバーやらを外してコートを羽織った。



「じゃあ、センセイ。今年もお世話になりました。では…… 」


「うん、こちらこそ、大晦日までごめんね。ありがとう。よいお年を 」


朱美は机に座ったまま、一瞬だけ吉岡の方を振り向くと少しだけニコリとした。

吉岡は朱美に一礼だけするまと、それは以上なにも言わずに部屋を後にした。

吉岡は一瞬だけ朱美の本音を垣間見た気がした。



ーーーーー




お腹すいたかも……


紅白も終盤に差し掛かった頃、朱美は空腹に襲われていた。アニメ化の話もあり本業以外でのイラスト作成やら設定や脚本の確認にも終われ、こんなに息の詰まりそうな正月を迎えるのは初めてだった。仕事があるのは有難いことなのだが、流石に自分でもこれは心が折れそうな苦行だ。

大晦日と元旦だけは実家にも帰るつもりで奮起していたので冷蔵庫に食材も殆どないし、コンビニに行くのもこの冷え込みを考えるとかなり億劫だ。


流石にこんなに連続で下を向いていたら、わたしも疲れてしまう。


朱美は一息つこうと、席を立った。

するとその刹那、玄関からガチャリとドアが開く音がした。


何っッ!?


朱美は自分の鼓動が早くなるのを感じた。

そうか、さっき吉岡がいなくなるとき、ドアの鍵を閉めていなかった。作画中はいつもマリメロンか伊藤ちゃんがいるから、戸締まりは任せきりにしていたのが仇となった。


どうしよう……

不審者は律儀にスリッパ音をパタパタさせてこちらに向かってくる。年の瀬に強盗?うちには金目のものは、パソコンくらいしかないのに……

朱美は咄嗟に近くにあったスケッチブックを手にして応戦の構えを繕った。



んっッ? スリッパ音……?



すると廊下のドアがガチャリ開き、見慣れたいつもの顔がリビングに入ってきた。


「朱美センセ…… いくらオートロックマンションだからって、ちゃんと戸締まりはしなきゃ駄目ですよ 」


「へっ…… よし……おか……? 」


朱美はその場で体勢を崩すと、よろよろとその場でしゃがみこんだ。一瞬だけ、人生が終わったと思った。


「なっ……何でまた戻ってきたの!?帰ったんじゃないの?? 」


「何って、年越し蕎麦買いにいってました。ほら、これ 」


吉岡はコンビニのビニール袋を持ち上げると、中からはあの有名な蕎麦のカップ麺を取り出した。


「ほんとは、レンジでチンしてできる蕎麦を買ってこようかと思ったんですけどね。流石に売り切れてて、在庫はスッカラカンでした 」



「…… 」


朱美は無言で手渡されたカップ麺を見つめた。何だか視界が霞んできた。


「……ったく、一瞬誰かが侵入してくるから、マジで死んだと思ったんだから。ピンポンくらいしてよね。ってゆーか、オートロックどうしたの? 」


「あぁ、オートロックは僕お得意のアレで何とかしました。さっ、神宮寺センセ、お湯沸かしましょ。あと30分もありませんよ 」


吉岡は悪い顔を浮かべながらキッチンに向かうと、慣れた手つきで鍋を取り出し水を張り始めた。

朱美はそんな吉岡の背中を見ながら、自分が一筋の涙を溢したことに気がついた。


怖かった。

本当に怖かった。

本気で一瞬覚悟した。


朱美はそれをすぐに拭うと、

「ちょっ、吉岡ーっッ。それ、お湯少なすぎっ。もうちょい足さないと…… 」

と応戦した。



怖かったのだ。

本当に怖かったのだ。

本気で一瞬覚悟したのだ。



だからこの涙は、吉岡に知られたら悔しいのだ。今だけは沸き上がる邪念を封印してでも、涙の意味をそう思いたいのだ。



朱美は認めたくない感情を圧し殺しながら、カップ蕎麦の出来上がりを心待ちにした。














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