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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
キラキラした世界
27/111

アクアラインの向こう側

■■■






現実は物語の主人公のようにはいかない。


他人と心から分かり合うには信頼関係が必要だし、それは単純に付き合いの長さに比例するものでもない。


逃げ出したところで都合良く自分を救い出してくれる人もいないし、そうゆう関係性を今まで自分自身が他人と構築してこなかった。誰にも言わずに、このだらしない関係を凌平と続けるのだって、潜在意識で後ろめたいと思っているからだし、それに気づいておきながら今も自分は見て見ぬ振りを続けている。


桜はルーティーンの如く、高速バスのカーテンを少しだけ開けて空を仰いだ。川崎の上空は厚い雲が広がっていて、気分もどんよりするようなくすんだ色で覆われていた。個人的には夜勤明けのピーカンほど堪えるものはないのでこのくらいの天気は好きなのだが、今日はそうゆう訳にもいかない。東京湾を越えるから房総の天気はまだわからないが、是非夏祭りの間は雨は降らないで欲しいものだ。桜は目的地までの間に僅かな仮眠を取ると、先を急いだ。 僅かな移動時間も無駄にせずに休息するのは、夜勤従事者においては鉄則だ。鞄にある河相の本の出番は、今日はないであろうことは確定事項だった。


未だに事情はイマイチ理解しきれていなかったが、今日は近所の夏祭りの露天の売り子と子どもたちのお世話係を頼まれていた。



「あっ、桜ねーちゃんっッ! 」


「おっ、愛郁ー!浴衣似合ってるねー! 髪も可愛いじゃん 」


桜が市原家の勝手口を開けると、いきなり凌平の娘の愛郁が物凄い勢いで飛び出してきた。祭りは夕方からと聞いてはいたが、もうすっかり準備万端といった様子だった。桜は愛郁にグイグイ引っ張られながら、居間を目指した。そこでは慣れた手つきで、妹の美羽の髪の毛をセットしている凌平の姿があった。


「キャッーー!桜ちゃんだぁ! 」


美羽は髪を押さえつけられているからか、こちらを振り向くことは出来ないが、大きな声を上げるとその場でバタバタと地団駄を踏んだ。


「おい、美羽っッ…… 大人しくしとけって。あっ、桜、思ったより早かったな。今日は悪い。ありがとう……  」


「凌ちゃん、ホントにそう思ってる?それを言うなら、今日もでしょ。 まぁ、いいけどさ…… 」


桜は東京駅で購入した弁当の山をダイニングテーブルに置くと、愛郁に引っ張られるがまま、リビングのソファーに腰かけた。

愛郁も美羽の髪型も凝った編み込みが施されていて、桜はあまりのクオリティの高さにビックリした。


「で、今日は私は何をすればいいの? 」


「あぁ、今日は俺の代わりに、こいつら夏祭りに連れてってやって欲しくて。屋台は俺一人で問題ないないから 」


「って……? 売り子とかは……いいの……? 」


桜は相変わらず愛郁に引っ張られていたが、思わず凌平を振り返って尋ねた。


「別に儲けるとかじゃなくて、宣伝兼ねて賑やかしで参加するようなもんだからさ。多少手間取っても、かなり良心的な価格でやるから平気だろ 」


「一体、いくらで何を売るの? 」


「中華風五目焼きそば、一パック400円。ほぼ原価 」


凌平は相変わらず美羽の髪を結いながら答えると、次は浴衣の着付けに取りかかった。桜はそれ以上は何も言えずだんまりする。てっきりバリバリ商売するのかと思っていたが、損して得を取る方法もあるのかと思うと、店を持って一人で稼ぐ自営業者はなんとも逞しいと思った。


「こいつら、夏祭り楽しみにしててさ。一人で二人の面倒見てもらうのは、かなり負担かけるんだけど…… 」


凌平は手慣れた捌きで美羽に浴衣を着せると、あっという間に帯を結んだ。


「露天とか始まるの17時過ぎだから、桜はそれまで少し休んどいて。まだ二時間くらいはあるし。俺は仕込みあるから、ちょっと店に戻るけど 」


「あっ、私……手伝うよ 」


「大丈夫だって。桜は少し休んでて 」


凌平はそう言うと足早に席を立った。今日は臨時休業だが、屋台の仕込みは店でしているらしい。凌平はいつもは身につけないエプロンを装着すると、足早に店に戻っていった。夏祭りの露天と言っても町内会で行われるものだから、周りの雰囲気的にもエプロン姿のパパとして出店するほうが、先々の愛郁や美羽の立場を考えて良いと考えているのだろう。桜は愛郁や美羽と凌平を見送ると、ソファーに体を落とした。愛郁や美羽は浴衣を着てとてもテンションが上がってはしゃぎ回っているが、こちらはとてもそんな気分にはなれない。とゆうか彼女たちの浴衣は、本番の夏祭りまでに原型を留めることは出来るのだろうか?

桜は少し不安を抱きつつも、うつらうつらしながら一人ソファーで目を閉じた。やはりこの時間は、睡魔的にはピークだった。いつもは大体14時頃には寝ている。いま一般人の感覚の朝7時起きの場合と仮定するなら、今の桜の状態は夜中の4時まで起きているのと同じ疲労が溜まっていた……





ガタッッッ!


物凄い音がして、桜の睡魔はぶっ飛んだ。

時間差で美羽の大きな鳴き声が聞こえてきて、自宅は一気に地獄絵図状態に一変した。


「ちょっ…… どうしたのっッ!? 」


桜が慌てて現場に向かうと、美羽が足の小指を押さえて大号泣をしていた。


「美羽がね、ここで転んだの…… 美羽、大丈夫? 」


姉の愛郁が桜に事情を説明しつつ、美羽を心配した。どうやら騒いだ拍子に足を部屋の柱に強打したらしい。


「桜ちゃんー! ワーァァァン!痛いよっッー!! 」


「おっ、どうしたどうした?痛かったね。よし、よく揉んどこうねぇー 」


桜は美羽を抱き上げると、膝に抱え込んで彼女の足を擦ってやった。小さな小さなその足はあまりに華奢で、一瞬今にも壊れてしまいそうな錯覚に陥った。


「美羽ね、何かね滑ったの!!ツルッと。そしたらぶつけたの!痛いのッ! 」


美羽は泣きながら、自分が滑った方を指差した。するとそこには大人用の浴衣が一着、綺麗に畳まれた状態で置いてあった。


「愛郁…… これ、何かわかる? 」


「これ? これは桜ねーちゃんの分の浴衣って、パパが言ってた! 」


「浴衣……? 私の……? 」


桜は美羽を抱きながら、浴衣のある場所まで這いつくばるように移動した。

そこには自分にはとても似合わなそうな桜色がベースの生地に、美しい風鈴が描かれた綺麗な浴衣と帯が置かれていた。


どうゆうこと……だろうか……


夏祭りの付き添いで、浴衣を着るのはかなり想定外な出来事だった。着付け自体は多分出来る。だがこの浴衣が持つ凌平からのメッセージが、今の桜には全く読めなかった。



「おーい、騒がしいなぁ…… 何があったんだっッ、っと。おい、美羽、大丈夫かぁ? 」


「パパあぁっッー! 」


騒ぎを気づいた凌平が店から裏へ戻るなり、物凄い勢いで美羽が桜の元から駆け出した。もう駆け出せるくらいなのだから、美羽の足の小指は回復したのだろうが、こうゆうちょっとしたことが、今の桜の立場にはいちいち堪える。



「桜…… ごめんなぁ…… 美羽のフォロー助かったわ 」


「いや、私は何にも…… 」


桜は凌平に返事をすると、チラリと目線を反らした。

駄目だ…… 今は美羽の心配をすべきときなのに、あの浴衣の存在が気になって仕方がない。桜は無意識に浴衣がある柱をチラリと向くと、また不自然に目線を反らした。



「あぁ、それ……  一応、準備したんだ。夏祭りだから、桜の分の浴衣…… 」


「へっ……? 」


「仕事明けで着てもらってるし、窮屈で疲れるだろうから、無理にとは言わないけど…… 」


凌平は美羽を抱えながら、それを手に取ると桜の前に差し出した。


「私はいいよ…… 浴衣だと、身動き取りづらいし。いざってときね……  」


桜は適当な断り文句をつけると、また浴衣から目を反らした。その浴衣が持つ意味はもはや勘の領域ではあるが、今の桜には抱えきれない代物のような気がした。


「そっか…… 了解、そうだと思ったよ 」


凌平も深追いはしなかった。凌平は浴衣をポイと奥に追いやるとまた美羽の介抱を続けた。


危機は脱した……のか ?


桜はあからさまに安堵した表情を浮かべた。

自分の本能が、深みに嵌まるなと叫んでいるような気がしていた。


助かった……


だが桜の受難は、まだ逆サイドから続いていた。



「ねーねー、桜ねーちゃんも浴衣着ようよーー!愛郁も桜ちゃんとお揃いしたいーー 」


「えっっッ……? 」


桜はビクリとして、愛郁を振り帰った。

そんな桜の様子を感じとってから、すかさず凌平がフォローを入れた。


「愛郁…… 桜ねーちゃんは今日は疲れてるてるから、浴衣は止めとくって。本当、来てもらってるだけで大感謝なんだぞ 」


「えーっッ!! 愛郁、桜ねーちゃんと浴衣着て、一緒に歩きたいー!あるきたいーーっ! 」


愛郁は珍しくワガママを言うと、ぷいと桜にしがみついた。母の温もりから離れて暮らす彼女にとって、大人の女性と特別な装いで近所を歩くことは幼心にも憧れがあるのだろう。


「……わかった。愛郁…… そしたら今日だけは…… 私も一緒に浴衣着よっかな 」


「やったーっっッ!桜ねーちゃん、ありがとっッ! 」


愛郁は喜びのあまり、顔を桜の胸元に押し付けるとキャーと悲鳴を上げた。その様子を不思議そうに見つめていた美羽も、いつの間にか空気に飲まれたのか泣くのを止めて、歓喜のフィーバーを轟かせた。


「桜…… いいのか? 」


凌平は恐る恐る桜に問題はないのか声をかけた。

大体自分で用意しておいて今更確認を取るなんて、凌平の真意が桜にはさっぱり理解できなかった。


「別に。浴衣着るのなんて、そんな大したことじゃないでしょ? 」


桜は自分自身に言い聞かせるように、そう凌平に返事をした。

そう、別にどんな服装になろうと、着る行為自体には何ら問題はない。







だが敢えては桜は聞かなかった。

何より、端から聞く勇気もない。

そして多分、そうであっても凌平はきっと答えない。




この浴衣の本当の主は、きっと万由利だとゆうことを……















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