ときめきモーニング①
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都内某所・御堂茜宅
暦の上では初夏真っ盛りなはずなのに、今年はまだ雨が降る日ばかり続いていた。
この日は珍しく完徹同盟は宅飲みで開催されることになっていた。六本木に程近い立地にある御堂茜宅には、早朝からメンバーが集っている。
朱美と桜は既に茜宅に到着していて、鍋の準備に取りかかっていた。
せっかく都心のど真ん中の一等地、しかも25階とゆう最高の立地なのに、朝っぱらからパシャリと遮光カーテンを引いている光景は、まさに夜勤女子のあるあるともいえる光景だった。
「でさ、茜…… 週刊誌大丈夫だったの? 」
すき焼き用のお肉や少しお高めのスーパーで購入した総菜パックのラップをはがしながら、その話題に切り込んだのは桜だった。
「うん…… まぁ…… アウトだったね。10ページの始末書と1ヶ月の早朝外食禁止令…… 」
「っつーことは、禁酒? 」
朱美が尋ねると、茜は間髪入れずにこう即答した。
「まさかぁ…… そんなの絶対嫌だもん。ホトボリ覚めるまでは宅飲みに徹する…… 」
茜はそういうと弱めの缶酎ハイをグイッと飲んでため息をついた。
こいつ、本当に反省しているんだろうか……?と朱美は若干の疑いを抱きつつも、それがただの強がりなことも同時に理解していた。
茜はあの日以来、局と自宅をタクシーで往復するだけの生活を送っているらしく、いつまた撮られるかわからないので外食はもちろんのこと迂闊にコンビニすら寄れず、毎日ウーバーイーツに頼る日々を送っていた。
それにあの翌日、茜は泣きながら朱美に謝罪の電話をかけてきた。
あんなことやいろいろなこともあったが、関係各位の協力もあり三日程度で朱美は晴れて自由の身だった。
今日、茜宅飲みになった最大の原因は、何を隠そう茜が週刊誌にすっぱ抜かれたことが原因だった。
なにせあの有名週刊誌に、
「関東放送アナウンサー御堂茜、お昼間大泥酔に遭遇!」なんて一面でスクープが書かれて、しかも中吊りにもバッチリ顔写真付きで、でっかく載ってしまったのだ。
どうせなら熱愛とかで世間を騒がせたかった……
しかも、よりによって泥酔、それも一面とは……
ってゆうか、他にもっとネタはなかったのっッ!?と、声を大にして主張したい。
茜は兎に角、この一週間ただただ恥ずかしいとゆう感情だけで生きているようなものだった。
「みんなには、ってゆうか特に朱美には……迷惑かけてごめん…… 朱美んちに運ばれてくのバッツリ撮られてるなんて…… 」
「いいよ、別に気にしないで。私なんか顔は写ってないしシルエットも…… まぁ、ボヤボヤだったから 」
「朱美…… 」
朱美は苦し紛れに茜を励ますと、カセットコンロにボンベをセットした。朱美が食らった具体的な被害内容に関しては、桜と息吹と相談して、しばらく茜には黙っていることにする手筈になっていた。
週刊誌には茜が赤坂で一人で24時間営業の定食屋でやけ酒をしていた模様と、朱美の仕事部屋に担がれて運ばれている写真が載っていた。
その醜態だけでも充分に恥辱の極みなのに、その後茜に立ちはだかったのは、ラジオの生放送かつ、事の元凶のスパーキン須藤の目の前でリスナーに公開謝罪することだった。もちろんスパーキン須藤からのイヤミも連日フルコースで続いていた。
そんなこんなで今回は茜を励ます意味で、この会が企画されたのだった。
茜の部屋はさすがは現役の局アナとゆう感じで、品の良い家具でまとめられていた。落ち着きのあるシックなガラステーブルには無理やりすき焼きセットを並べて、子洒落た空間にある対のソファには全員は座りきれず、クッションを敷いて適当な床座り状態となっていた。
もしかしたら4人で宅飲みなんて初めてのことかも知れない。
「だから、私言ったじゃん。茜の家まで送ってけって…… 」
桜は言いつつ発泡酒を勢いよくあけると、茜宅に常備してあるトマトジュースと割り始めた。
「だって六本木までだと、タクシー代、結構かかるんだもん…… 」
「あんたさぁ…… 単行本何万冊売れてんのよ…… 」
「そっ、それは…… そのぉー。それだけじゃなくて、起きれないかなーとか、もろもろ…… 」
朱美は思わず言葉を濁した。確かに今の自分の収入と、茜の名誉を天秤にかけて倹約したのは、後から思えば失敗だったのかもしれない。
あのときは桜の命令を無視して、朱美は茜を彼女の自宅ではなく自分の仕事部屋に連れて帰っていた。
理由としては茜があまりに酔っていて、また晩から仕事なのに一人じゃ起きれず遅刻するだろう、と思った朱美の優しさで……とゆうのは完全な建て前だった。本当のところは自分も泥酔していて、六本木まで送るのが面倒になった、というのはとりあえず否定してしたいところだが本音はこちらが主な理由だった。
もちろんその優しさがなければ、茜はその晩の生放送をすっぽかしていただろうことは言うまでもない。
だがまさか赤坂からパパラッチにつけ回されていたのは想定外だったし、茜の部屋に連れていっても撮られていた可能性は十分にある。
ただ一人身のときに茜がスパーキン須藤の悪口を言っていなかったのは、唯一の救いだった。だがベロベロ状態で赤坂だの東京駅だの徘徊しているところを、出勤途中の雑誌社の小暮美和子に見つかり、尚且つ朱美邸までついてきていたとゆうのが事の全容だった。
「でも、まぁ…… 茜を潰したの、あたしだからね。そこは私は謝らなきゃいけないし…… 」
桜はすかさず話に割り込むと、鍋の中に牛脂を置き肉をポンポン広げはじめた。
「いや…… ほんとあの日は潰してもらって良かった。桜ねぇには感謝しかないよ…… あのまま起きてたらスパーキンの悪口ばっか言って、もっと大事になってただろうし…… 」
「まぁ、別に私はそんな深く考えてなかったけどね。ただゆっくり飲みたかっただけ…… 」
桜ねぇ、素直じゃないな……
これも桜ねぇなりの優しさってこと?
朱美は横目で桜を二度見して、さっそくジュージュー音を立てる肉に割り下をかけ始めた。
朱美が翌朝、桜や息吹に連絡を取ったとき、桜の口数は多くはなかった。しかし今までに聞いたことがない優しい口調で、良かった心配してたんだよと言ってくれた。(息吹は電話しづらかったからラインにした)
朱美は何本目か、もはやわからない状態で次の発泡酒にてをつけた。
するとその様子を尻目に、茜が伏し目がちにこう切り出した。
「ちょっとハメ外した私がバカだった…… 私にとってはアフター5でも、周りからすれば朝な訳だし。酔っ払いがいたら、そりゃぁ目立つよね…… 」
朱美は思わず手元から目を離し、思わず茜を振り返った。
返す言葉が咄嗟に思いつかなかった。
朱美と茜は、夜に働く命題が自分とは違うのだ。
それに茜には、いま早朝番組を担当しているのには、いろいろな事情があった。正直言って前回のことを加味すると、今はなかなか苦しい状態なのだ。
好き好んで昼夜生活をしている自分とは事情も立場も違う。それに夜に活動すること自体、精神的な部分でも肉体的な部分でも自分とは根本的に状況が異なるのだ。
どうしよう…… なんと言えばいい?
朱美の思考は一瞬ショートした。
だが次の瞬間、桜はあっさりと茜にこう切り出した。
「まぁ、それがうちら夜勤女子の宿命っしょ。うちらみたいな人間だって、いないと日本の経済廻んないから 」
桜は言いつつブラッディマリーを少し煽ると、ふっと息を吐いた。人の家とゆうことで煙草を自主的に遠慮して、少し手持ちぶさたなのだろう。
すると桜のその言葉を聞いた、茜は少し俯きながらこう切り出した。
「桜ねぇ…… 私さぁ…… 」
「何?」
「私この世界が、どんどん息苦しい…… 普通に暮らしたいだけなのに、朝とか昼とか夜とか時間の固定概念が私をおかしくする…… 」
「茜、あんた、精神的に参ってるね…… 」
桜は少しビクリとしつつもそう言うと、肉を茜のトンスイに乗せてやった。
「安心しな。有名人のあんたがあんなに酔っぱらって徘徊してたら、夜でも朝でも撮られてたよ」
えっ、それ?フォローになってる!?
と、朱美は壮絶に突っ込みを入れたかった。だが話の流れ的に、そこを掘り下げるのは野暮な気がして堪えた。
茜を見ると彼女の表情は納得しているように見えた。
「そうかな…… 」
「そう。夜勤とか関係ない。確かに夜勤が半年以上続くと気も滅入ってくるけどさ…… 」
桜がそう言いながら発泡酒に手を伸ばしたとき、オートロックがピンポーンと鳴り響いた。
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「お邪魔します…… 」
「息吹…… 先始めちゃってるよ…… 」
朱美が姿勢を反らして、息吹がいる玄関の方に向かって話しかけた。
「ごめんごめん、ちょっと寝坊しちゃって…… 」
到着したのは息吹だった。
レモン色のチュニックに、クロップト丈のデニム。髪を下ろした姿は息吹にしては珍しい。今日は日曜日で息吹は仕事が休みだからか、服装が休日モードのようだった。
「これ、差し入れ…… 」
「あっ、ありがとう…… 」
息吹は手土産にコンビニの高級カップアイスを茜に渡すと、趣に席についた。茜はそのまま冷蔵庫に向かうと息吹に声をかけた。
「何……飲む?今日は、一通り何でもあるよ…… めっちゃ仕入れたから 」
「…… 」
「息吹、どうかしたの? 」
「今日は、この後予定あるんだよね…… お茶あったらそれがいいな…… 」
「……息吹が飲まないなんて珍しいね 」
茜は不思議にキョトンとした顔を浮かべて、冷蔵庫からキンキンに冷えたルイボス茶を取り出すと勢いよくグラスに注いだ。
「うん…… 今日はちょっとね…… このあと予定があって…… 」
息吹がいつもとは違う、一瞬難しい顔を見せた。
そしてその仕草を朱美は見逃さなかった。
「なんか…… 息吹 怪しいくない? いつもなら予定も何もお構いなしにパコパコ飲んでるじゃん? 」
「そんなこと、ないよ…… えっと、その…… CADの講習会があるのよ、この後に。だからシラフじゃなきゃいけないのよ、今日は 」
「ふーん。講習会ねぇ…… 」
朱美が空返事をしながら桜を見た。
今日の息吹は文章の語順もメチャクチャだし、何より目がちょっと泳いでいる。だいたい講習会なのに、オフショルダーなんか着るか?
すると桜は息吹の持ってきたカバンの方向に視線をやった。今日の息吹のカバンは、ノート一冊すら入らないような小振りなものだった。
これ…… 裏があるな……
朱美と桜は目を合わせて軽く頷く。
そして二人はついついニヤついてしまう。それは息吹を吐かせるまでは絶対玄関の敷居跨がせない、とゆう暗黙の合図だった。
「ってゆうか、どっちにしろ朱美はもっと外でて出会いを探さないと。そもそも家から出なきゃ、出会いもクソもないわよ 」
桜が言いつつ鍋の野菜をよけながら、肉を追加で入れ始めた。
すると朱美が少しプイとした表情を浮かべてこう反論し始めた。
「ってゆうか、私も最近…… 努力はし始めてんのっ! 」
「努力?なんの? 」
桜がすかさず、朱美に突っ込んだ。その様子を他の二人も、覗き込むように見つめてくる。
「それは…… っッ…… そのぉ…… 」
朱美はそう言うと、思わず息吹をふりかえった。
先日の一件に関しては、正確に表現すると、努力はしたがその場に行けなかった、とゆうのが正しかったからだ。しかし朱美はすかさず、この桜のキラーパスを反撃の狼煙にすることにした。
「ところでさぁ…… 息吹、先週合コン行くとか言ってたじゃん 」
「えっ…… はっ、へっ、あたしっッ……!?」
息吹は突然の話題すり替えに、ジロリと朱美を睨みつける。
「へっ、息吹が合コン?珍しっッ…… どうだったの!? 」
すると桜が知らない体でその話題にあっさりと乗り、息吹はたまらず朱美を凝視した。
「どぉって…… 別にどうもその…… 」
「新宿で…… そのぉ…… 幹事のドタキャンで3対3になったりして…… 男子チームと女子チームの連絡がグダグダになったりしてさ…… もう滅茶苦茶だった…… 」
息吹がチラリチラリと朱美を振り返りながら、言葉を選ぶように話しを始めた。朱美はアタフタする息吹をみて、内心腹を抱えて笑ってやりたい気持ちになった。
そのドタキャンって私と吉岡じゃん……
事情が事情で、ここじゃ口が避けても理由は言えないけどさぁ……、と朱美は心の中で突っ込みながら、発泡酒片手に耳を澄ましていた。
だがここで事情を知らない茜がパシャりと、正論で突っ込みをいれた。
「……幹事不在って、それはまた無責任な話だね 」
息吹はひっッー、と声を出さんばかりの勢いで、思わず軽く咳払いをした。
茜、今あんたの発言は短機関銃並みの殺傷能力あるよ、冗談抜きでっッ……!!
もう恐ろしくて、息吹は朱美を直視できない。
息吹は見る人が見れば引きつったようにしか見えない笑顔で、恐る恐るこう続けた。
「まぁ、私も事情はよく知らないけどぉー、まぁ…… 仕方ないって感じだったみたいなんだよねぇーー 」
息吹は話しながら朱美をチラ見する。
朱美は静かに硬直し俯いている。
朱美は自分の体から出かけている邪気を清めるべく、無心で発泡酒をひたすら体に注ぎ始めた。
「で、なんとか私と友達と、相手の男子チームと合コン始まって…… 」
「で、どうだったの?イイ人いた? 」
桜の発した言葉を聞いて、息吹は一瞬ビクッと体を震わさせた。
素面なのに顔はみるみるうちに紅くなり、表情はどんどん固くなっていった。




