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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
長い長い夜明け
12/111

動揺する二人

◼◼◼



自宅に戻るなり、朱美は玄関先で靴も脱がずに腰を下ろした。電気をつけないと6月でもこの時間は既に少し暗い。

動悸が酷いし、上手く呼吸もできない。朱美はハンカチで口元を押さえると、ニ三回大きく深呼吸をした。そんなことで今のドキドキが治まるとも思えないが、とにかく今は苦しくて仕方がない。一体何が起きたのか、いまいち状況がよくわからなかった。


朱美はそのままパタリと横になると、おもむろに鞄をあさり始めた。手探りで無理やりスマホを手に取ると、液晶を立ち上げる。取り敢えず息吹と吉岡には、今日は新宿には行けないであろうことを伝えなくてはならない。朱美はため息をつきながら、スマホのロックを解除する。するとそこには不在着信と一件のラインの通知があった。

桜ねぇ……? から……? 


桜から着信があるなんて珍しい。それにラインも……。朱美は取り敢えずラインを開くと、そこには短い文章でこう書かれていた。


『事情はよくわかないけど茜からの伝言。今日は家から出ないで、だって 』


『茜、携帯なくしたみたいで、私の店経由で連絡来たみたい 』


『くれぐれも気を付けてね。何かあったら連絡して 』



……遅いよ ……バカ

朱美は、もう泣きたい気分だった。タイムスタンプを見ると、丁度自分がマスコミに囲まれていた時間だった。

あと十分……

あと十分早ければ、回避できたかも知れない。

朱美は悔やんでも悔やみきれない気持ちになりながら、


『わざわざ伝言ありがとう。私には意味わかったから大丈夫 』


と返事を打つと、読み返しもせずに返事を送った。本当は今この状況を泣きついて相談したいけれども、他人を捲き込むわけにもいかないし、自分は無意識に見栄を張っているのかもしれない。茜のことを気遣う余裕は今の自分にはないけれど、彼女は彼女で今大変なことになっているのだろう。


朱美は息吹とは吉岡に、


『急用が出来て今日は新宿には行けそうにないです。ごめんなさい。皆さんで楽しんでください。キャンセル料は、立て替えといてください。後日、必ず払います 』


と文章を打つと、深い深いため息をついた。

こんなときでもお金の心配ができるなんて、案外自分は冷静なのかもしれないと思った。


ーーーーーー



「ったく、あの野郎…… 電話に出やしない…… 」


吉岡はいきり立って終話ボタンを押すと、アイスラテを煽った。それは当然の報いだろう。何たって発起人が、急に理由も告げずにドタキャンすると言い出したのだ。

チーム吉岡の面々は既に新宿に集まっていて、丁度カフェのテラス席で、男四人でコーヒーブレイクを始めたところだった。


今日のメンバーは、元々吉岡が専攻していた動画作成チームを主体としたメンバーで、半ば非リア充の後輩や同級生を動員したのだが、如何せん面識がない者同士がいたので、先に作戦会議をする予定……だった。他のメンバーは冷静を装っているが、内心不安そうな表情を浮かべているものもいる。


「あの……吉岡さん?その幹事の方……体調でも優れないんじゃないですか? 」


そう吉岡に声をかけたのは吉岡よりもだいぶん若いのに、しっかり者の野上だった。若手の音効見習いだが、既に大口の仕事もこなしている努力家だ。


「いや、正午過ぎに連絡したときは、元気そうだったけどね……。ほら、写メ送ってきたし 」


吉岡はそういうと、スマホを野上やその他のメンツに見せた。そこには朱美がニコニコとしながら、何かを片手に自撮りをしている朱美の姿があった。


「つーか、この女性、可愛いっすねー 」


そう声をかけたのは、吉岡の大学時代の後輩の峯岸だった。


「へっ……? いま、これ見て可愛いとか言った? 」


吉岡は目を丸くして、峯岸に再度確認をした。峯岸は逆にその吉岡の態度に驚き少し魚棹した。


「えぇ…… 目もぱっちりしてて、睫毛長そうで…… 」


「そぅ…… それ、あの人の中身を知らないから、魔法にかかってる部分がデカイよ 」


「……? 」


吉岡はスマホを弄ると、再び朱美への連絡を再開した。今度掛ければ、十回目くらいの呼び出しだ。女子チームとの待ち合わせの場所は決めているし、朱美がいなくても会は始められるのだが、こうまで電話にでないのは珍しいし逆に気がかりでもある。少し暑いがカフェテラスを選択したのは、結果的に良かったのかもしれない。


五コール位したところで、プツリと呼び出し音がきれる。


「神宮寺先生? あのー、吉岡ですけど…… 」


「………… っッ」


「……? 神宮寺先生? 」


電話の向こう側からは、声が聞こえてこなかった。若干の雑音が彼女の嗚咽だと気づいたのは時間差で、吉岡は思わず席を立つ。足取りは自然と早まっていく。道路の方まで移動するころには、胸騒ぎがしていた。何だか嫌な予感がする。


「神宮寺先生っ、神宮寺センセっ!」


吉岡は人目も憚らず、ひたすら電話の向こう側に向かって声を圧し殺しながら荒げていた。電話の先には今にも泣き出しそうな、自分の天敵とゆうか、神様とゆうか、少なくとも自分の存在意義を肯定してくれる人の微かな声しか聞こえない。


「……ごめん、私、幹事なのに、今日はそこには行けなさそう……。マンション出たら……マスコミの人が…いっぱいいて……。怖かった…… 」


朱美は、声を振り絞るように有声音にすると、また何かを堪えだした。


彼女は涙を堪えている……

吉岡には、それがすぐにわかった。


「……ってゆうか、そんなことは今はどうでもいいですっ。それよりっッ、先生は、いま何処にいますっッ? 」


「……いまは、自分の部屋…… 電車乗るつもりだったから、ちょっと歩いたけど、物凄い勢いでついてこられちゃって…… 10メートルでギブした 」


「はぁ…!?素人相手にっッ……いまのマスコミは、ホントゴミ野郎ばっかりだなっッ 」


吉岡は普段なら絶対に使わないであろう乱暴な言葉で敵を罵ると、深いため息をついた。そして直ぐに我に返る。ただでさへ朱美が動揺しているところに自分まで冷静を失ってしまったら、完全に負けてしまう。

吉岡は受話器の口元を覆いながら、野上達のいるカフェに歩いていくと、着席するなり一気にアイスラテを飲みこんだ。


「あの…… 先生…… マスコミに追っかけられる、何か心当たりはありますか? 」


「……そんなのあるわけないじゃん。私、自分で言うのもなんだけど、青色確定申告だし、アシさんたちにも、ちゃんとお給料払ってるもん……。原因は……  」


「……何ですか!?……理由、わかってるんですか? 」


「揉みくちゃになりながら、御堂アナウンサーとか…… 」


「あの… もしかして、それって……スパンキー須藤と御堂さんが、うんちゃらかんちゃらのヤツですか? 」


「多分、それビンゴ。ってゆうか、何で吉岡知ってんのよ!? 」


「そんなの、いま先生に説明してる時間はありません。先生こそ、御堂茜と()()接点あったんすか? 」


「もちろんよ。あれから、茜とは友達だもん。そんなことより、今日…… 」


「取り敢えず、その事は後です。ってゆうか、まずマスコミ(そいつら)巻くこと考えないと 」


吉岡は一頻り頭をかき乱すと、野上たちに背を向けて、クラッチバックから手帳を取り出した。その不可解な行動の一部始終を見ている野上たちは、キョトンとした表情で吉岡をみている。


「先生、いまから…… 僕も…… 」


「へっ、なっ、吉岡…… そしたら、吉岡も今日…行けなくなっちゃうんじゃ…… 」


「……先生、僕の心配は後です。いまは、取り敢えずマスコミを巻くことに集中しましょう 」


「でも、これは私の個人的な……プライベートの問題だし、その……、吉岡に迷惑を掛けるわけには…… 」


その言葉を聞いた瞬間、吉岡は更に態度を硬化させた。


「先生、急に他人行儀になるのは止めてください。対処しないと、奴らはずーっと張り込んできます。先生だけじゃなくて、他のマンションの住人にもかなりの迷惑を掛けちゃうんですよ 」


「うっ…… 」


「とにかく、先生のご友人の連絡先を私に教えてください。僕らは抜きで、取り敢えず会を始めてもらいましょう。それしかありません 」


吉岡は朱美から息吹の連絡先聞き出しメモを取ると、電話を切って はぁ……、と一息ついた。

朱美はたかだか合コンだが、それを励みにこの数日間頑張ってきた。何も今日じゃなくても良かったじゃないか、と吉岡は感じてしまう。だがそう思うことは、同時に昔の自分の忘れたい傷を抉るようなもので、複雑な気持ちになった。


「吉岡さん、どうしたんですか?顔真っ青っすよ? 」


野上がすかさず吉岡には声をかけたが、吉岡は急に覇気がなくなって大人しくなっていた。


「あぁ…… ちょっとね…… 」


吉岡は言葉を濁すと、財布からニ万円を抜くと、野上に手渡した。


「悪い、俺ちょっと今から仕事行くわ。ちょっと、急用ができちゃって…… 」


「えっ、へっ!?ちょっ、幹事いないと、会えないじゃないっすか!? 」


「ごめん、相手さんの連絡先はこれ。息吹さんって人らしい。俺なんかにいなくても、バブルの時代じゃあるまいし、会おうと思えばすぐに連絡くらい取れるっしょ。金足りなかったら今度渡すから。じゃあっ…… 」


「はぁ!?先輩、俺たちを置いていかないでくださいよぉ~ 」


吉岡は少しだけ物悲しい表情を浮かべると、野上たちに手を軽くあげて会釈した。


取り敢えず、新宿三丁目駅から向かうのがスムーズだろう。それから駅の売店で例の週刊紙は絶対に買い求めなくてはならない。

吉岡は足早に野上たちの元を離れると、決して振り返ることはなかった。



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