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ガールズ!ナイトデューティー  作者: 高城 蓉理
如何なるときも全力で!
110/111

ちょっとだけ素直になる金曜日②

◆◆◆


 時刻は深夜一時を廻っていた。

 外の雪はまだまだ止みそうにもなかったけれど、それはだいぶ些細なことになっていた。


 今日は 色々なことがあった。

 元々は吉岡の自宅に朱美が転がり込んだのは 雪が招いた副産物だったはずだけど、それ以外の強烈な要素が重なり過ぎた。耳を塞ぎたくなるような恥ずかしいことも沢山あったし、吉岡の昔のことにも触れてしまった。そして何よりも生活感が見えなかった彼の日常に、少しだけ近づけた気もする。


「朱美先生はベッドで寝てください 」


「えっ、私は大丈夫だよ? 夜行性だから寝ないし…… 吉岡こそ パーティーとかの準備で最近は忙しかったんじゃないの? 」


 吉岡はそう言うと寝具の体裁を整えて、ポンポンとマットレスを叩いた。


「朱美先生は 徹夜明けなんだから、寝なきゃ駄目です。ほら、うちのベッドシングルだから、二人は寝らんないの。ほらっ 」


「ちょっ…… 」


 吉岡は無理やり朱美をベッドに誘導すると、

布団の中に沈め込む。朱美はされるがままに毛布を被ると、ひょっこりと顔を覗かせた。


「朱美先生、おやすみなさい 」


「えっ、あの、その、おやすみ…… 」


 おやすみ?

 って、おやすみっッッッ!?

 なんか…… 随分あっさりじゃない?


 朱美は思わず吉岡を二度見すると、彼は既に こちらに背を向けて床に寝転んでいた。本当に自宅に人を招き入れることはないようで、吉岡は床の上に座布団を並べて毛布にくるまって丸くなっている。ガッチリした大人も 寒かったらこんなふうにして寝るんだなと思うと、あまり見ない吉岡の姿は何だか新鮮に感じられた。


 街灯が微かに差し込む暗がりの部屋の中、朱美は見知らぬ天井を眺めながら考えていた。

 素直にあのままホテルに泊まっておければ、吉岡にこんな窮屈な思いをさせずに済んだかもしないと思うと、何だか申し訳ない気持ちになる。こんなふうに床で寝る羽目にもならなかっただろうし、巴さんに弄られる明日以降の未来もなかっただろう。


 いや、それにしても……

 いつも以上にさっぱりとした夜だな。

 

 普通彼氏のご自宅に初お泊まりなんだし、キスの一つや二つするよね!? とも思ったけど、何も起きない宣言をされている手前、それはあまり期待は出来ない。自分はあくまでも転がり込んだ身の上だ。さっきイタズラはされたけど、あれはお仕置きみたいな感じだった。 

 正直、男性の真相心理は良くわからない。

 少なくとも今は仕事中ではない。

 仕事の延長線ならば、吉岡は何もしないと思う。彼がそういうところに律儀な性格なことはわかっている。

 でも今はあくまでもプライベートタイムのはずだ。だから二人っきりのシチュエーションなら、少しくらいはイチャイチャしたくならないの? と思ってしまうけど、どうやら向こうはそうでもないらしい。それ以前にこの一連の流れに、吉岡は本当は立腹しているのかもしれない。


 っていうか、やっぱり私って魅力ない?

 でも付き合ってはいるハズだし、自分から何か仕掛けて怒られるのはもっと嫌だ。


「吉岡…… 」


「…… 」


 朱美は振り絞るように吉岡を呼んでみるが、返事はない。朱美は布団から這い出して、吉岡の様子を今一度確認する。

 そして一息つくと、今度は彼のことをこう呼んだ。



「夏樹 」


「……急に名前なんか呼んで、何ですか? 」


 また無視されるかなと思ったけど、今度はそんなことはなかった。吉岡は面倒臭そうに寝返りを打つと、朱美のほうへ振り返った。



「名前を呼んだら駄目なの? 」


「……こっちが この前お願いしたときは恥ずかしい無理の一点張りで、最後の方に一回二回呼んでくれただけでしたよね? 」


「それはっ…… だって、あんな状態で名前呼ぶの恥ずかしかったんだもん 」


「そうですか 」


 朱美は布団を抱え込み、体育座りをするように膝を抱えていた。今までずっと上の名前で呼んでいたのに、そんなに簡単に切り替えることは朱美には難しい注文だった。だがら今も振り絞るように下の名前を呼んでみたけど、どうやら裏目になってしまったようだ。


「あの…… 」


「何ですか? 」


「吉岡って、やっぱり私にあんまり興味ないでしょ? 」


「えっ? 」


「今日、何かちょっと不機嫌じゃん 」


「それは…… こっちにもいろいろ事情があるんだよ 」


 吉岡はぶっきらぼうに答えると、床から這い上がった。

 明日から巴にめちゃくちゃ弄られることを考えると気が萎える。下手したら教育的指導が入るかもしれないし、面倒なことこの上ない。それに朱美が褒められまくっていたことだって 決して面白くはなかった。興味がないなんてことはない。むしろ自分でもこの気持ちに収拾がつかなくて困っているくらいだ。 


「別に不機嫌じゃありませんよ。ただちょっといろいろ気になっただけです。朱美先生が今日一日いろんなところで人気者だったから……」


「やっぱり そうなんだ。そうだと思ったよ。いいじゃん、滅多に可愛いとか言われないんだから。そう言うときくらい調子に乗ったってさ 」


「……そういう問題じゃないんだよ 」


「はいはい。それも言うと思った。一語一句、予想通りの回答だよ、全くっっ。まあ、吉岡はこんな我が儘バカのこと相手にしてくれるだけで感謝だし、中身を見てくれてる方が嬉しいけどね 」


「はい? 」


「ごめん…… やっぱり、今の忘れて 」


「朱美…… ちょっ 」


 朱美はそう言うと、プイと壁の方を向いて布団にくるまった。


「…… 」


 中身を見てくれてるか。

 珍しく、最後のほうだけは褒められたような気がする。でもその言葉は、そっくりそのまま朱美に返してやりたい。無自覚ツンデレは本当にタチが悪い。吉岡はそう思った。


「吉岡、おやすみ 」


「……あのさ、朱美 」


「なに? 」


「お願いだからあんまり煽らないで 」


「えっ? 」


「朱美に俺が不機嫌に見えてるなら、それは全部朱美のせいだから 」


 吉岡はそういうと床に立て膝をついて、朱美の前に顔を突きだした。


「ちょっ 」


 朱美は思わず顔を背けたが、吉岡はそれを許してくれない。そして朱美のおでこの辺りをツンと指でつつくと、呆れたような口ぶりでこう言った。


「少しは自分のポテンシャルを自覚しろよ。あと少しは鏡を見たらどうだ? 」


「何よ、それ!? さっきから鏡見ろって、同じことを言ってばっかり! やっぱ私の容姿のクオリティの低さに苛ついてんでしょ? バカバカバーカ! 」


 朱美は吉岡の手を払うと、ベーと舌を出す。いつもの吉岡ならばそんな子供騙しな挑発に乗ることもないのだけれど、今日はどうやら事情が違ったらしい。


「はっ? そんなこと、あるわけないだろ 」


「じゃあ、なんで機嫌悪いの? 」


「ヤキモチだよ、ヤキモチ! 」


「やき……もち? 」


「今日一日中いろんな人間に朱美が可愛い可愛い連呼されて、ヤキモチ妬いてるの! 悪かったな、こっちこそこんな小学生みたいなちっせーーー男でさ。わかったら今日はもうとっとと寝てくれ 」


「はあ、何それ? 」


「えっ? 」


 いや、いま自分はかなり恥ずかしいことを告白したハズなんだけど…… 

 普通ヤキモチを妬く恋人が目の前にいたら、喜んでくれてもよさそうなのに、吉岡の想定に反して朱美は意外にも塩対応を見せている。


「吉岡も、もしかして可愛いって言われたかったの? ってことは、実は●●●の趣味があったんだ? 」


「……なっ 」


 吉岡は朱美の発したパワーワードを聞くなり、無言でその頬をぎゅーと押した。そして体を震わせ、息を殺しながら拳を握っていた。


「痛ったーっッ! 急に何すんのっッ!? 」


「だから何でそう突き抜けた発想しか出来ないんだよ? 何だよ、●●●って!? 大体この部屋にそんなアイテムなんて一個もないだろっッ!? しかも語彙力っッ! 話の流れと空気を読めば、冷静に考えてわかるだろ? 」


「はあ? 」


 吉岡は一人でゼーハーゼーハー息を切らしながら、朱美に言って聞かせる。そして朱美を再びベッドに横たわらせると、今度はその手を掴んだまま吉岡は再び床に寝転んだ。


「もうだいぶ慣れましたしたけどね。少しはその鈍感を治したらどうですか? 」


「あの…… 」


「何ですかっッ!? 」


「そんな体勢だと、腕が痛くなるよ? 」


「別に良いですよ 」


「バカじゃないの……? 」


「朱美先生にだけは、言われたくありません 」


 吉岡はプイと向こうをみていたけど、その手はとても熱く感じた。


「…… 」


 自分はこんな吉岡しかもう知らない。

 もしかしたら最初に出会ったときはもう少し尖っていたかもしれないけれど、そんなのは昔のことだからもう思い出せない。


 さっき巴さんに、いつかは教えてくれたらそれでいいって言っちゃったけど、本音ではそんなことは微塵も思ってない。思い出さないで良いのなら、それならそれでいいのだと本気で思っている。

 朱美はゆっくりとベッドから起き上がると、静かに床へと移動する。そして殆ど手探り状態で吉岡に覆い被さると、その頬を包み込むように撫でた。


「ちょっと、朱美先生? 」


 朱美の奇行に 吉岡はだいぶ耐性がついてはきているが、さすがに驚いたのだろう。その手こそ払わないが、慌てて声を掛けて 状態を起こそうとする。だけど朱美はほぼ馬乗りみたいな状態で吉岡に跨がっていて、吉岡の動ける余白は殆どなかった。


「……えっ、ちょっ 」


 朱美は静かに自分の唇を吉岡に接近させると、その上唇を噛むようにキスをした。そして今度は下唇に移動して、もう一度同じことを繰り返す。その柔らかな感触を刻むように、何度も何度も往復する。この人は自分の物だと言わんばかりに、朱美はその唇をいつまでも離さない。

 肝心の吉岡はというと、完全にされるがままの状態になっていた。部屋の電気は豆電球も点けずに全消ししてしまったから朱美の表情なんて分からないのだけれど、目を閉じることすら忘れてただただびっくりするしかなかったのだ。


 酔ってもいない朱美の方からキスをされたなんてことは……

 いままで一度もなかった。


 いつもならキスを始めたらどんどん盛り上がって、もっともっと先を求めてしまうものだと思う。だけど今日はそうしてしまうことすら、勿体ないことのように感じてしまう。

 ただキスをされただけなのに、唇が触れているだけのそのシンプルな行為が、吉岡には嬉しくて嬉しくてたまらない。どこか頭の片隅にあった一抹の不安が晴れやかになっていく感覚がして、同時に何か得体の知れない確信がこの気持ちを加速させている。


 朱美は温もりを惜しむようにゆっくりと唇を離すと、最後に吉岡の額に今一度キスをした。


「私も…… 今日は床で寝る 」


 朱美がポツリと呟いた言葉に、吉岡はあたふたと我に返る。


「いやいや、ちょっと待って。床は寒いし、それに身体痛くなるから…… 」


「吉岡に引っ付いて寝るから平気 」


 朱美は吉岡からゆっくりと降りると、隣に座ってピタリと体を寄せた。


「ちょっと待てちょっと待て、だからそういうの素でするの止めてって言ってんだけど 」


「仕方ないじゃん。好きなんだから 」


「えっ? 」


「多分、私の方が好きだもん 」


「……それはないな 」


「えっ? って、んっッ…… 」


 吉岡は驚く朱美のリアクションもそこそこに、その背中に腕を回すと、今度は自分のターンと言わんばかりに朱美を溺愛し始めたのだった。



◆◆◆



 寝たのかな? 

 こんな秒で落ちるくらい疲れていたのなら、さっさと寝てしまえば良かったものを。

 朱美は吉岡に引っ付くようにして、スヤスヤと眠っていた。


 この寝顔は、何の事情も知らない。

 それにも関わらず、こんなバックボーンがよくわからない人間に対して、よくもまあ朱美は心を許してくれるものだ。


 嫌われるのが怖いし不安だ。

 切り出す勇気もないし、昔の自分を肯定することはできない。頭のなかで考えていても行動に移せない。それなら一層のこと脳内が思考を開始する前に、心が思っていることを声に出してみようか。

 吉岡は一瞬息をつき脳内をまっさらにすると、間髪いれずにこう切り出した。


「朱美先生…… 」


「…… 」


 朱美は目を瞑って、相変わらずスヤスヤと寝息をたてている。吉岡は優しくその頬を撫でると、そっと髪に触れた。


「俺、あなたにちゃんと言わなきゃならないことがあるんです。だけど今はまだ、勇気がなくて。でも、ちゃんと……そのうちキチンと説明しますから 」


「…… 」


 吉岡はそう告げると、また朱美の髪を一回二回と掻き分けた。

 朱美は才能を努力で開花させた稀有な存在だ。でもそんな貪欲でストイックな面は周りには決して見せなくて、目が離せなくなるくらいチャーミングな一面を持ち合わせた、芯の通った女性だと思う。たまに真面目な顔をして 変なことをしでかすけど、そんなところも飽きなくて面白い。一緒にいて自分まで元気になるし、もっと頑張りたいと思える。

 気づいたときには 自分の生活は彼女中心になっていた。でもそれが妙に心地がいい。振り回されて振り回すその日常が、今の自分には不可欠なものになっている。


 だから もし許されるのであれば……

 その興味を いつまでも自分に向けていて欲しいと思ってしまう。

 吉岡は朱美の髪にざっくりと触れると、その頬に優しく口づけをした。


「朱美、ごめん。ありがとう…… 」


「別にいい 」


「えっ? 朱美、あの、起きて…… 」


 朱美は目を閉じていたが、頬の辺りにあった吉岡の手を取ると、ゆっくりとこう呟くように静かに囁いた。


「言いたくないことは言わなくていい。全部を共有することだけが、私たちの全てじゃない 」


「朱美? 」


「……  」


 朱美は吉岡の声掛けには応えることなく、瞳を閉じていた。規則正しく吐息が漏れて、たまに手にその甘い温度が溶け込んでくる。


 ……彼女は知っていて、知らない振りをしてくれている、のかもしれない。

 というか、たぶんそういうことなんだろう。

 自分が逆の立場だったら、同じことが言えるだろうか。

 答えは一択、恐らく否だ。

 言いたくても怖くて踏み出せなかったことを、朱美は既に知っていて、それを拒否することもなく無理に言わなくていいと……


 救われるって、こういうときに使う言葉なのだろう。

 ああ、だから自分は彼女に惹かれたのか。 もちろん今さら誰かにくれてやるつもりなんかさらさらないけど、やっぱり彼女は自分には勿体ない。


「ありがとう…… 朱美先生…… 」


 吉岡は再び朱美の額に優しく触れると、その隣で静かに目を閉じるのだった。






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