12 二人の過去と今
「お姉さん……」
「ん?何かな伊波さん。あ、お礼は良いよ」
「なんで私を助けたんですか?助けなくて良かったのに……」
伊波は千夏を睨み付けて、呟いた。
しばらく沈黙が続いた。
「あのー……私はそろそろ帰ってもよろしいでしょうか……」
この空気に耐えられなくなった警察官が、千夏と伊波を窺うように声を発した。千夏は、警察官が居たことを今思い出したような顔をした。
「あ、すみませんもう大丈夫です。ありがとうございました」
「それでは、気をつけて帰ってくださいね」と警察官は言い、交番に戻っていった。
「……で、なんで伊波さんを助けたのかだっけ?決まってるじゃん、ゆうのためだよ。せっかく、ゆうに初めての友達ができたのに簡単に失いたくないからね」
この人はなにを言ってるんだ?と言いたそうな顔をしている伊波に千夏は微笑みかけて続けた。
「昔のゆうのこと教えてあげるから伊波さんも昔のこと私に教えてくれないかな。伊波さんのこともっと知りたいから」
「別に……ゆうのことなんてもう興味ないし……」
そっか……と言って帰ろうとしている千夏、と、あることに気づいた。
「あれ?そんなこと言ってるのに伊波さんの手は私の服の裾を握ってるよ。どうしてかなぁ」
わかりましたよ……と言って伊波はしぶしぶ過去に何があったのかを語り始めた。
「確か2年くらい前だったかな……中学生の少女が下校中友達と別れてから変な男の人に追いかけられて、必死で逃げたんですけど迷ってしまって結局捕まっちゃったんですよね。車に乗せられて。そこからが地獄でした」
ふーっと息を吐いて伊波は続けた。
「毎日変な男の人とたぶんその友達があた……じゃない、その少女にスクール水着とか露出度が高い服とかを着せて写真を撮ってそれをたぶん売って稼いでたんですよね。写真を撮るくらいならまだ良かったんですけどね……それから要求がひどくなっていって、法律的にアウトなビデオとか撮らされそうになったり性交迫られたり、その時だけはその少女も逃げようとしたんですけどね。鍵かけられてて逃げられなくって、男達がいないときは泣いてました」
伊波の話はそれから30分ほど続き、その内容は幼い少女が受けるにはあまりにも過酷すぎるものだった。
「3ヶ月くらい経った頃、その男の人の家の近所の人が散歩中偶然少女の泣き声に気づいて警察に通報して、無事少女は保護されて、男達は逮捕されてめでたしめでたしだったんですけどね……」
伊波は千夏に向かって無理にニコッと笑った。だが、その目には涙が浮かんでいる。そんな伊波の様子を見て千夏はあることに気づいてしまった。
「ごめん、思い出したくなかったよね。伊波さんが少女って呼んでたのは自分の身に起こったことだって自覚したくなかったからでしょ。無理させちゃってごめんね」
ぎゅっと伊波を抱き締めて、耳元で言葉を続けた。
「お姉ちゃんがいるからもう大丈夫だよ……ほら、涙を拭いて一緒に帰ろう。ね?」
「うん、お姉ちゃん……」
そこまで言って伊波は、はっとして千夏から離れた。
「ど!同情なんていらないです。それより、ゆうのことを聞かせてくれる約束でしたよね。別に私は興味無いんですけど私のことも教えたし教えて下さいよ、ゆうの過去を」
「いいけど、伊波さんが落ち着いてからね。ほら、深呼吸して、涙もちゃんと拭いて。あと、伊波さんって処女?」
「この流れでそんなこと聞きますか……そうですよ、まだ処女ですよ!って恥ずかしいこと言わせないでくださいよ!」
それから数分して、千夏による昔話が始まった。
「ゆうはね、実は私と血が繋がってないの。弟じゃなくて義弟、あの子はその事は知らないけどね」
「いきなり凄い秘密暴露しましたね……良いんですか?私、ゆうに言うかもしれませんよ」
「大丈夫大丈夫、ここからの話を聞いたら、伊波さんはきっとゆうに言えなくなるよ」
千夏はフフッと笑って話を続けた。
「10年くらい前にあの子は家に来て、それからずっと一緒なんだけど、実は記憶喪失なんだ。自分の名前も何も覚えてなかったんだ、ゆうって名前を付けたのは私。あの子が女装にはまったのも私がそうなるようにしたの。妹が欲しかったからさ。だから、今のあの子の9割は私が作ったんだよ」
「記憶喪失……?お姉さんが今のゆうを作った……?なら何で記憶喪失のゆうがお姉さんの家に?」
「一目惚れで、引き取るの即決したんだ。あの子、親に捨てられて児童保護施設に入れられてたらしいから、私が頑張ってゆうを手に入れたんだ…」
ここまでで他に何か質問ある?と千夏は聞いた。
特にないですと伊波は返した。
「じゃあ、続けるね。それから気づいたんだけどあの子施設に入れられる前の記憶が無いって。親の虐待の影響で、きっと記憶が封印されたんだろうな……って思ってるけど」
さて……と言い、ニヤっと笑って、伊波に一言告げた。
「記憶喪失ってことゆうに言っちゃたら、思い出そうとしてストレスでおかしくなっちゃうかも。あの子意外とメンタル弱いから。私も、ゆうに思い出させないように女装をさせたんだから。だから、言わないことを推奨します。私も今のゆうの方が好きだからね」
伊波は手を震わせながら千夏を見た。
「ゆうが女子校に来たのにはそんな理由が……ってだいたいお姉さんのせいのような気がするんですけど」
「いやー、私もゆうがあそこまではまるとは思ってなかったから。ごめんね、ゆうは頑張って別の学校に転校させるからそれで良い?」
「……です」
「え?」
「嫌です。ゆうと離れるのは嫌です」
「男嫌いなんでしょ。いいの?」
伊波は顔を赤らめて、首を縦に振った。
「今まで一緒にいたし、ゆうにはたぶんもう慣れたし、とにかく一緒に居たいんです。お姉さんの話を聞いて決めました。部屋は別の人通り変えて欲しいですけど」
「じゃあゆうのところに帰ろっか、かなちゃん」
「かなちゃんですか……まあ、良いですけど」
お互い手を握って、ゲームセンターの裏から出てきた2人、空は薄暗くなっていたが、少し星の光が見えた。
「あ、今日は2人の部屋に泊まらせてもらうね。ちゃんと姫乃ちゃんに許可は貰ってるから」
「は?」




