1万回「好き」といい続けたら、彼女と付き合えた話
純愛&かっこいい主人公が書きたくて…
(はあー、今日も綺麗だなー、ナツは)
俺、高校一年の天城ハジメは、教室の隅から奈々星ナツを見ていた。
奈々星さん……
いや、俺は心の中でナツって名前呼び捨てにしてるんだけど。
彼女は優しくて、笑顔がかわいくて、髪も綺麗で、オマケに陸上部でスタイルもいい。
目の保養になる。
美少女だ。
(ナツと付き合えたらなー)
俺はぼーっと思っていた。
「おい、また次郎丸先輩が、綺麗な女子つれてるぜ」
「ほんとだ。今度は別の女子か」
周りで騒ぐ男子。
窓の外から中庭を見ている。
俺もひょいっと視線を向けると…
次郎丸先輩が綺麗な女子といた。
次郎丸先輩とは、学校一モテル男子だ。
3年生の先輩。
見た目は普通だけど、何故か異様にモテル。
俺にはとても不思議だった。
別に金持ちでも、歌が上手いわけでも、運動が出来るわけでもない。
でも、何故か女子にもてるのだ。
(なんでだ………)
(うーん)
(もしかしたら、何か秘密があるのかもしれないな)
(よし、聞いてみよう)
(そしたらナツと付き合えるかもしれない)
俺は決意する。
(そうとなれば準備だ)
(確か、次郎丸先輩はパイナップルが好きらしいからな……スーパーで買って持っていこう)
■2
そして次の日。
放課後。
俺はパイナップルの缶詰を持って、次郎丸先輩の元に向かった。
この時間、次郎丸先輩はいつも、学校のうさぎ小屋の世話をしているのだ。
「次郎丸先輩」
「んん?誰だ?」
「俺、一年の天城ハジメです」
「そうか、よろしく」
「はい。うさぎの世話大変ですね」
「まぁ、好きでやってるからな」
「その、お腹がすいてないかと思って、パイナップルの缶詰持ってきました」
「あれ?俺がパイナップル好きって、知ってたのか?」
「はい、噂で」
「そうか。ありがと」
「あっ、ここで食べますか。今、缶きりであけますか?」
「そうだな。手を洗ってからでいいかな。ちょうど掃除も終わったし」
「分かりました。水道のとこでまってますね」
俺は水道の傍に移動する。
そして、次郎丸先輩が来ると、缶きりでパイナップルの缶をあける。
「先輩、パイナップルです、どうぞ」
「おう、ありがとう」
先輩がおいしそうにパイナップルを食べる。
「それで先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「パイナップル上手いな。うん、なんだ?」
「その…先輩、いつも女子と付き合ってますよね?」
「そうだな」
「その、秘訣か何かあるんですか?お金払って付き合ってるわけじゃないですよね?先輩の家は普通の家だと聞きましたし」
「当たりまえだ。それに俺は運動部でもないし、バンドもやってない」
「その、どうやったんですか?今も学年で3本の指に入る子と付き合ってますよね。誰でもいいから付き合うって訳じゃなくて」
「だなっ。俺は好きな女以外とは付き合わないよ」
ビシッと決める次郎丸先輩。
(か、かっこいいな…)
「どうしたら、そんなことができるんですか?」
「簡単だよ。気持ちを伝えるのさ」
「気持ち…ですか?」
「そうだ。コツがあるんだよ」
「コツですが…先輩、そのコツ、俺に教えてくれませんか?」
「うーん、いいけどー」
ちょっと迷う先輩。
俺はすかさず鞄からもう一個のパイナップル缶を取り出す。
「先輩、もう一つどうぞ。今、かんきりであけますね」
「おっ、気が利くね」
「なに、大したことありませんよ。先輩にくらべれば全然です。どうぞ」
俺は蓋を開けたパイナップル缶を献上する。
「ありがとさん」
先輩は再びパイナップルを食べる。
「それで先輩、そのコツというのは?」
「そうだね。コツは一つだよ。でも、その前に質問して良いかな?」
「なんですか?」
「ハジメ君は、好きな人がいるんでしょ?コツを聞きたいってことは?」
「はい」
「で、その相手に好きっていったことある?」
(それは……)
「少しだけですが。遠くから聞こえない声でいったことはあります。又、誰もいない部屋の中で、よく呟いています」
「そ、そうか……」
(あれ、先輩が黙る……)
「ちょ、ちょっと先輩、ひかないでくださいよ」
「悪い。でも、それでもいいよ。ハジメ君はスタートラインには立っているわぇだから。後はその上位互換になるだけさ。つまり上にさっ」
「上?」
「そう。今の君をレベルアップさせればいいんだ」
「はぁー。ゲームみたいですね」
「そんなものかな。攻略目標は一つ。相手に1万回好きっていうことだけだよ」
「一万回の好き?」
「そう。相手に聞こえるように1万回言う。そうすれば、誰だって落ちる」
「はぁー?」
(本当だろうか?)
(なんだか怪しいな)
「昔のドイツの独裁者もいっていたろ。嘘をいいまくれば真実になると。それと同じさ。好きっていいまくれば、相手も自分のことを好きになる。確実にね。俺が証拠さ」
(確かに…。失礼だけど、こうして話していても、先輩はとりたてて特別な魅力があるようには思えない)
(なら、そうなのかもしれない)
(1万回の好きか……)
(うん。効果はあるのかもしれない)
「先輩、なんだか自信がでてきました。俺もできそうです」
「ハジメ君。頑張ってくれたまえ」
「分かりました。先輩、ありがとうございます。今日から頑張ってみます」
「何かあったら聞きにくるといいよ。放課後は、ここ、ウサギ小屋にいるから」
「はい。ありがとうございます。パイナップル持ってきます」
「偶にはチェリーもね。さくらんぼっ」
「はい。失礼します」
俺は先輩の下から去った。
そして思う。
(よーし、分かったぞ。女を落とす秘訣が)
(一万回好きか……それだけ)
(ふふふっ、これでナツは俺のもんだっ!俺の女だっ!)
(明日が楽しみだぜっ)
俺は陽気に家に帰ったのだった。
■3
次の日の学校。
休み時間。
俺は席に着きながら、クラスを観察する。
ナツは女友達と話している。
(よし、さくっといってくるか)
(ナツに好きって一万回っ)
俺は席から立ち上がろうとするが…
(……)
(って、できるかー!!!)
(そんなことっ!!!)
周りに他の生徒がいる中で「好き」っていえるわけない。
無理だ。
絶対無理だから。
そんなこといったら、一瞬で俺とナツの関係が終わる。
まだ何も始ってないけど、終わるからっ!
(うん、今思ったけどこれ、めっちゃ難易度高くないか?)
(ベリーハードじゃん)
立ち上がろうとした俺は、席に着く。
(こまったな……)
(最初から無理難題だ)
(でも、ちょっと小声でいってみるかな)
キョロキョロ
俺は周りに誰もいないことを確認して、自分の席に座りながら呟く。
「な、な、なつ…す、好きぃ…」
「…………」
反応はない。
(誰にも聞こえてないな)
(ならっ、もうちょっと、大きな声でいってみようかな)
「な、なつ…好き…だよ」
(どうだろう?)
(今のは、ほんの少し聞こえたかも)
俺がナツの方を見ていると。
「ハジメ君、何を言ってるんですか?」
(ひょええええええっーーっ!)
いきなり後ろから声をかけられた。
「だ、誰だ!?」
振り返ると……一人のクラスメイト。
(あっ、なんだ。友達のエルか)
「エルです」
「いや、見れば分かるよ。毎日会ってるだろ」
「そうですね。それでハジメ君、どうしたんですか、驚いているようでしたが?」
「なんでもないよ」
「そうですか。私の耳には、確かっ、な」
「ば、ばかっ。口を閉じろ。ナ、ナッツ好きっていったんだよ。俺はピーナッツ好きなんだよ。悪いか?」
「別に悪くありませんよ。ピーナッツ好きを迫害する気はありません。それよりハジメ君、何騒いでるんですか?」
ひょこっと顔をあげるエル。
俺の目線の先、ナツを見る。
そして何かを察したように、ニヤリと笑う。
「ふんっ。ハジメ君。私の推測を話しますと、今、ハジメ君がいった言葉を正確にいうならば、ナツ、す」
「エル、もうやめてー、俺のライフはゼロよっ」
(ほんと無理だ。恥ずかしい)
(死ぬほど恥ずかしい…)
「しょうがないですね。推測を口に出すことはやめましょう。でも、奈々星さんのどこがいいんですか?」
エルはナツをじーっと観察しながら、心底不思議そうに聞く。
本当に魅力が分かっていないようだ。
「どこって、かわいいだろ。天使みたいなとこだ」
(リアル・マイエンジェル、ナツっ!)
「そうですか。客観的に容姿、性格を判断するなら、学年で総合12位といったところでしょうか。上に11人います」
(12位だと……まったく、エルは女を見る目が無いな)
「いいんだよ。俺にとっては一番さ」 キリッ
「そうですかね。私にとっての一番はこれです」
ポケットからチョコを取り出して、俺の手のひらの上にピタッと乗せる。
コンビニで売ってる、黒い稲妻みたいなチョコだ。
(エル…いつもポケットにチョコいれてるな)
と思っていると。
エルは自分の分のチョコを取り出して食べる。
俺もエルから貰ったチョコを食べる。
モグモグ モグモグ
(うん、美味しいな)
(でも……)
「エル、チョコが恋人って寂しくないか?」
「クラスメイトをみながら、好きっと呟いて、もんもんとしているハジメ君よりは100倍程マシです」
「くっ、」
(聞こえとったんか、われえええっーー!)
(って、落ち着け俺)
(エルに心の中で叫んでる場合じゃない)
(それに、まぁ、いいだろう)
(エルは俺と同じくらい頭が良いが、恋人がいないからな)
(学年の主席の俺と、学年2位のエルに恋人がいないとは、世も末だな)
(まったく、学力が正統に評価される時代になってほしいものだ)
(しかしまぁー、俺より下がいてよかった)
「ふん。エルは女の扱い方をまるでわかっちゃいないんだよ」
「ハジメ君よりマシです」
憮然と答えるエル。
チョコを食べている。
「はぁ?俺には妹がいるんだぞ。しかも中学生で美人。はぁ、どうだ?凄いだろ?ビビッタか?」
「ハジメ君の成果ではないですね。ご両親の成果です。それに、そんな美人さんがいながら、ハジメ君の恋愛力は低すぎます」
「エル。誰の恋愛力が低いって?」
「ハジメ君のです」
(いってくれる…)
「俺の恋愛力はめちゃくちゃ高い。筆記試験なら満点とれる自身がある」
「実地はどうなんですか?まず、恋人がいないと評価すらできないと思いますが」
「・・・・実地は後回しだ。俺は理論を入念に抑えるタイプなんだ」
「そうですか。悲しいことを聞いてしまいましたね。すみません」
ペコリと頭を下げるエル。
「謝るな。本当に悲しくなるだろ」
「そうですね。それよりなんで「好き」って呟いていたんですか?とうとう頭がおかしくなったんですか?」
「違う。これには綿密な理由があるんだ」
「そうですか。ハジメ君、聞かせてください。私も興味があります」
「いいだろう。実はな……」
俺はエルに、学校一の持て男子、次郎丸先輩に聞いた話をした。
「一万回の好きですか…」
「そうだ。一万回好きといえば、ナツを俺の女にできる。俺は今、そのプロジェクトに挑戦している。常人では難しいだろうが、俺なら出来るだろう」
「ハジメ君。少し良いですか」
「なんだ?」
「一万回の好きという言うことは、
それを1ヶ月、30日で達成しようとすると、1日333回好きという必要があります。
3ヶ月の場合は、1日111回。
半年の場合は、1日55回。
1年の場合は、1日27回です」
「エル、何がいいたい?」
「つまり無理です」
「はぁ!?」
「常識的に考えてください。先輩にかつがれたんです。それか好意的に意味考えるのなら、1万回告白するぐらい、強い想いをもてということですね」
「ふふふっ、はははっ、ははははっ!」
思わず笑ってしまう。
(エルよ、甘いな)
「どうしたんですかハジメ君。だめだとわかってショックだったんですか」
「違う。エルの浅はかさに笑っているんだ。これが笑わずにはいれるか。エル、これでも俺の下、学年2位なんだから、少しは頭をつかってくれよ。まったく」
「はい?」
キョトンとするエル。
俺の考えが予想もつかないようだ。
(まぁ、しょうがない。説明してやるか)
「甘いんだよ、エルは。俺もその仮定は勿論考えた。そこで止まってしまうから凡人なんだよ。小さな常識の枠組みに囚われてしまうからこそ、エルには恋人が出来ないんだ」
「ハジメ君もいないじゃないですか」
「俺は今までいなかったんじゃない。つくらなかったんだ。そこんとこ、よろしくっ」
「それを言い出したら、人生終わりですよ」
(だな。知ってた)
「まぁ、話を戻そう。お互い傷付け合うのはよくない」
「そうですね」
エルはぱきっとチョコを食べる。
もぐもぐと口の中で噛み砕く。
「つまりだ、普通にいえば、1万回の好きは伝えられない。それぐらいは俺も理解している」
「よかったです。ハジメ君の頭がまともで。少し心配してました」
「だがしかし、普通じゃない手段をとればどうかな?エルなら思いつくんじゃないかな」
「そうですねー。1万回好きと伝えれば良いだけなら……何個か」
(ふん。さすがエル。俺の友達だけのことはある)
「そういうことだ。例えばナツを監禁し、俺が1日中耳元で「好き」と唱えればどうなる?」
「ハジメ君が、拉致監禁で警察に捕まります」
「違うっ!そういう意味じゃない。あくまで過程の話だ」
「そういう危ないことは考えないほうがいいと思います。薄い本だけにしてください」
「だから、仮定の話だって…。まぁいい、説明すると。
5秒に1回好きというと、1分間で12回。1時間で720回。10時間で7200回になる。
喉の渇きによる給水タイムをいれても、1日で終わる。
ほら、どうだ?人間本気になれば1日でできる」
「そうですねー。捕まりますけど」 (棒声)
(エルめ、まったく信じてないな)
「まぁ、今のはちょっと過激な話だったが、俺の頭脳をフル回転すれば、この計画を日常に落とし込むことも容易だ。エル、恐れ入ったかな?」
「過激なのはおいといて、確かに、例えばスマホに録音して、「好き」の音声を彼女に聞かせるのはいいかもしれませんね。音楽の用にループ再生すれば、1万回もいけるでしょう」
「だろ。さすがエル、良いアイデアだ」
「ハジメ君、試しに「好き」と言ってみてください。私が録音します」
俺の口元にスマホをよせるエル。
録音する気だろう。
「いいだろう。いくぞ」
「はい」
俺は声を整えて呟く。
「好き、好き、好き……」
俺の声をスマホで録音していくエル。
……【録音中】…………
(うーん)
(いや、なんだか恥ずかしくなってきた)
(スマホに言ってるんだけど、目の前にはエルがいるからな)
(これじゃーまるで、エルに好きっていってるみたいだ)
「エル、やっぱりやめよう」
「そうですね。私もブルッときました」
「だな」
(他の方法にしよう)
録音をやめ、俺がどんな方法がいいかを考えていると…
エルが俺の顔を見る。
「でもハジメ君、妙なことして捕まっても、私の名前はださないでくださいね」
「ふんっ。ひよっこが。エルは用心深いな」
「私は慎重なんです」
「エル、良いことを教えてやろう。リスクなくして…得るものはなしだ」
(そうだ。俺は今まで守りに入りすぎていたんだ)
(だから恋人がいなかった)
(でも、今日から俺は変わる)
(変わるんだっ!)
そう決意するが……
エルがまだ俺の顔をじーっと見ていることに気づく。
「どうしたエル?」
「本当にやるのかなと思いまして?本当に1万回の好きをやるんですか?」
「あぁ、俺はナツを手に入れる。俺の女にする」
「そうですか。頑張ってください。面白そうなので、私は後ろから見てます」
「ふんっ。観客か。偶には自分でも動いたらどうだ、エル」
「いえ、私はいいです」
「そうか、まぁいい。エルはじっくりみてるといい。ナツが俺の魅力に気づき、メスの顔になっていく様をなっ。はははっ!」
「ハジメ君、メスの顔とか、恥ずかしいこと言わないで下さい」
エルはチョコを取り出して、もぐもぐ食べる。
「メスは比喩だ。さてと、ということだエル。今からさっそく俺は話しかけてくる。そこでみていてくれ」
「はい。ハジメ君の勇士を観察します」
「アディオス」
俺は想い人、ナツの元に向かった。
■4
ナツは女友達と話していた。
(話の内容は・・・好きな音楽らしい)
(これはちょうどいいな)
「やぁ、奈々星さん」
俺はスマイルで話しかける。
一応、普通に話せる関係ではあるのだ。
皆からの評価は、学年主席の真面目君だ。
消してマイナス評価ではない。
「天城君?」
「ごめん、割り込んじゃって。でも話が聞こえちゃってね。今話してた曲、俺も『好き』なんだ」
「そうなんだ~。天城君、音楽とか聴かないかと思ってた」
「それがね、時々聞くんだよ。『好き』だから。その音楽もすっごく『好き』でね」
(よし、今ので3回好きを消費した。良い調子だ)
(この調子で攻めていくか)
「へぇー。以外」
「ほんと『好き』なんだ。『好き』なものは『好き』だよ。奈々星さんは、何が『好き』なの?」
「私はねー」
こうして俺は会話を続けた。
遠くでエルが椅子に座りながら、俺を見ている。
(くくくっ、どうだエル、これが俺の実力よ)
(ガンガン奈々星さんに、好きっていってるぞ)
(お前にこれができるかな?)
そうこうしていると……
キーン コーン カーン コーン
授業前の予鈴がなった。
(ちっ、タイムアウトか)
(まぁ、いい。今の短い会話でで21回も好きといえた)
(これで少しは、奈々星さんも俺のことを好きになっただろう)
「奈々星さん、じゃあ、授業だから」
「そうだね。席につこっかっ」
俺は自分の席に戻る。
少し離れた席のエルが、俺をじーーっと見ている。
俺はエルに親指をたててやった。
そして指で合図する。
俺が好きといった回数だ。
右手で、2を。
左手で、1を。
両手を動かして表示する。
―――21
口パクで伝える。
(トゥウェンティ~ワ~ンっ!)
ドヤ顔で決める。
(どうだっ?みたかエル、俺の実力を)
(好きって21回いってやったぞ)
(これでナツは、もうすぐ俺の女よっ)
(くくくっ)
ニヤニヤがとまらない。
エルは俺の顔を見ると、プイっと顔を背けた。
(ふん、負けたとなったら敵前逃亡か。情けない)
(負けという現実を受けいられない、哀れな子羊よ)
(だからエルは1人なのだろう)
こうして俺は、良い気分で次の授業を受けたのだった
【天城ハジメ 1万回好き計画】
【残りの好き発言回数 9979回】
■5
授業後。
俺は満ち足りた気分でエルの元に向かう。
「エル、どうだった俺の勇姿は?」
「ハジメ君。あの好きに意味があるのですか?というかずるくないですか?」
(ふん)
「なんだ、負け惜しみか?」
「違います」
「ならどういう意味だ?」
「音楽が好きで、別に奈々星さんが好きという意味ではないかと」
「手段など選んでられん。それに恋人というものは、同じ趣味も持つことが多いんだ。前にネットでみたことがある」
「確かにそうですが」
「まぁ、男女の始まりはこんなもんだろ。よくあるだろ、一緒の部活、一緒に趣味で付き合うことぐらい」
「はい……今回はハジメ君の考えが正しいのかもしれません」
「エル、わかればいい」
エルの隣の席の椅子が空いたので、俺は座る。
その姿を見てエルは。
「あれ、ハジメ君、また話しにいかないのですか?」
「エル、少しは考えろよ」
「?」
「毎回授業の間に話しにいくのはおかしいだろ。余程仲が良いもの同士ぐらいだ。カップルとかな。それにナツと話すと緊張する」
「あれで緊張してたんですか?」
「少しな」
「そうですか。まぁ、妙なことしなくて、常識があって安心しました」
「俺はいたって常識的な人間さ」
(そう、超常識人さ。学校一といってもいいかもしれない)
エルはチョコを食べる。
パキパキ食べる。
それをみていると、俺も食べたくなってくる。
「エル、俺にもチョコくれ。緊張するとお腹が減った」
「いいですよ。はい」
「ありがと」
俺もチョコを食べる。
(うん。当たりまえだけど、甘いな)
モグモグモグ
チョコを食べ終わると、
「さて、この調子でどんどんナツと仲良くなろうかな。もう恋人みたいなものかもしれないしな。デートプランでも練るか。やっぱり女の子が好きなのは、お魚いっぱいの水族館かな」
「ハジメ君、気が早いですね。後9900回以上あるんですよ」
「分かってる。だが、何でも準備は必要だ」
「まぁ、頑張ってください。後、水族館は受けが悪いと思いますよ」
「なんで、俺はかなりの魚を暗記している、一匹一匹、生産地から歴史、体の構造まで詳しく説明するつもりだ」
「・・・・ハジメ君。お魚好きなんですね」
「動きがかわいいだろ。ヒレをふったり、お尻を振るのが。実は自分の部屋に水槽があるんだ。グッピーを飼っている」
「そうですか。今度見に行きます」
「いつでもこい。いや、俺の女がいる時は遠慮してほしいかなっ。愛の巣には入らないで欲しい」
「安心しました。いつでもいけますね」
軽く答えるエル。
俺に女が出来ないと思っているのだろう。
「ふんっ。強がっているといい。恋人無しのエル」
「今はハジメ君も同じです」
「ふんっ、どうかな。俺は既に21回好きといった。1万回いえば付き合えるなら、少しは付き合っているといえる。0とそれ以外は違うよ。大きな差だ」
「ハジメ君がそう思うなら、それでいいです」
「はははっ。なに、エル。俺に女が出来たら、ナツに良い人を紹介させてやるよ。エルに会う奴をな」
「期待せずに待ってます」
「任せろ。はははっ」
俺はポンポンとエルの肩に触れた。
エルはチョコをばりっと食べた。
■6
次の日から。
俺は積極的にナツに話しかけることにした。
とにかく、会話で「好き」という単語を使いまくった。
そして。
ちょうど一週間で800回程言った時。
ナツの態度がちょっと変わってきた。
で。聞かれた。
人気のない廊下で。
「ハジメ君、好きな人とかいるの?」
「俺にかい?」
「うん」
「そうだね~。いる…といえるかな」
「そうなんだ~。ねぇ、誰?教えて。私、気になるなぁ」
(ふん、ナツ、君だよっ。き~み)
だが言葉には出さない。
「それは秘密」
(まだ、今はいうべきではないだろう。なぜなら、800回しか好きといってないからな)
(ためが足りない)
(焦ることはない、じっくりいこう)
(後9000回程好きっていってからだ)
「え~、秘密なの~?」
「プライベートなことだからね」
「そんな~。ねぇ、私に教えてよぉ。誰にも言わないよぉ、私。信用してっ」
「はははっ、それは困ったな」
(なんだ?ナツはやけに強気だな。俺のことが好きなのか?)
「天城君、いいでしょ?ねぇ?教えてほしいなぁ~私」
「そうだな。そんなにお願いするんなら、特別にヒントをあげようか?」
「ヒント?」
「そう。答えを得るための、ヒントさ」
「うん。お願ーい」
「じゃあいくよ。ヒントは、俺の近くにいる人かな」
(すっごく近くにね。今目の前にね。つまり君さ、ナツっ)
ナツは「う~ん」とかわいく考える仕草をしてから。
「友達とか?」
「まぁ、そうかもしれないね」
(君だよ、ナツ。好き)
「そうなんだぁ。あー、私、分かっちゃったかもっ」
恥ずかしそうに俺を見るナツ。
顔が赤い。
(やれやれ、ナツに俺の想いが届いてしまったか…)
(困ったな)
(もうちょっと時間をかけて2人の仲を進めようかと思ってたんだけど)
(でも、ナツは凄く嬉しそうだ)
(これは脈有り決定っ~!)
(いぇいっ!)
俺は歓喜に震える。
だが、喜びは心の中に抑える。
まだナツに悟られてはいけない…まだ今は…
まだナツが俺を好きだと言う核心はないのだ。
(焦るな……俺っ!)
で。
気を取り直して。
「そうか。分かっちゃったか。俺の想いが」
「うん。天城君、仲良いもんね」
(うん?まぁ、俺とナツは仲が良いといえばそうだけど…)
(最近よく話しているし)
「そうかな」
「そうだよぉ。お似合いだよ。ぴったり。恋人みたい。ベストカップル。私、そう思うよぉ」
(おっ、こ、これはまさか……付き合ってください宣言?)
(大胆だな、ナツ。俺の魅力にメロメロか?)
(なんだ。それに俺に早く告れってことか)
(しょうがないなー。まったく、回りくどい女だ)
(だが、俺の女としてはこれぐらい強引でもいいかもしれないな)
(ナツ、彼女試験合格だっ!)
そしてここに確定した。
ナツが俺を好きだということが。
つまり……
(恋のチェックメイトっ!)
俺はファサッと前髪をがきあげ、キリっとナツを見る。
「分かった。ナツ。君の想いは確かに受け取ったよ。この俺がっ」
「うんっ。…えっ、うん?そ、そう?」
ナツは緊張したのか、妙な表情をする。
(まったく、かわいい奴だ)
(自分で告白して、自分で動揺しているようだな)
(じゃあ、ここは俺がリードしてやるか。俺の女だからな)
(優しく最後まで導いてやるよ。甘美なる絶頂になっ)
(全身で震えるが良いっ)
俺はナツを見つめて彼女の両肩に優しく触れる。
すると、ビクッと子リスのように震えるナツ。
だが俺は、ガシっと男らしく肩を握る。
そして宣言する。
ナツが待っている言葉を言ってやる。
――「ナツ、俺が付き合ってやるよ。今から、俺の女になれっ。永遠になっ」
「…………」
「…………」
(…………)
(…………)
(あれ、反応がおかしいな)
ナツが固まっている。
告白をまってたはずなんだけどな……
催促もされたし。
(おかしいな……)
すると。
「ハジメ君。ごめんなさいっ!」
「そうか、俺の女になってくれる……って、うええええええええええええええええええっーーーっい!!!」
(えっ?)
(なんで、ちょ、俺のこと好きじゃないの?)
(え、ど、どどど、どういうこと?)
(ナツ、どういうことだよ?)
(俺の女でしょ?彼女試験受かったし?)
「ちょ、ナツ、どういうことだよ?俺のこと好きなんでしょ」
「好き?え、ナツ?わたしのことナツってよんだ?」
「ナツ、俺のこと好きなんだろ?」
「な、なんで?いや、その、友達としては好きだよ。天城君のこと。でも、恋人としては…それに………」
「それになんだよ?仲が良いったじゃん。いったよね?俺ちゃんと聞いたよ」
「そう。ハジメ君とエルちゃん仲がいいよね。エルちゃんに悪いよ」
「………」
(え、エルーーー!?)
(確かにあいつは女だけど)
(女だけど…友達で)
「え、まさか、仲が良いってのは?」
「そう、ハジメ君とエルちゃん、とってもお似合いだよ。いつも2人で仲よさそうに話しているし。2人で一緒にお菓子を食べてるでしょ」
「それはエルがお菓子好きで…」
「それに誰も近づけないよ。先週なんか、教室の中で2人が見つめ合って、『好き』って何回もいってたでしょ。ビックリしちゃった」
「いや、あれは、その……」
「エルちゃんすっごくかわいいし。学年でも5本の指に入るしね。私なんかより、全然良いよっ」
(そうだろうか…まぁ、確かに見た目はいいかもしれないが…)
(ずっと傍にいるので分かりにくい)
「お似合いだよ、ヒューヒュー。じゃあねーー、ハジメ君、バイバイ~♪」
慌ててさっていくナツ。
俺が放心して、彼女の後姿を見つめていると。
視界の隅から現れるエル。
スカートが揺れている。
長い黒髪も揺れる。
胸もちょっぴり膨らんでいる。
紛れもない女の子。
「ハジメ君。やっぱり振られましたね。私の予想通りです」
冷静に告げるエルを見ていると、なんだかムカムカしてきた。
(お、お前のせいで、俺はナツに……)
「エ、エルーーっ!。お、お前せいだああああああああああああーー!」
俺はエルの肩を掴んで揺さぶる。
グラグラと。
ナツに振られた思いをぶつける。
「や、やめて下さい、ハジメ君。わ、私、これでも女の子ですよ」
「うるせぇー。俺は、俺は…ナツは…ナツは…ナツは俺の女になるはずだったのにぃいいいいいっ!……エルのせいでぇえええっ!くぅううううう~~。俺は恋人無しはいやなんだよおおおぉおおーーー!!!!」
「ちょっ、ハジメ君、ほ、ほんとに、やめて、くださいっ」
「黙れ、エルっ!俺は彼女が欲しいんだよっ!すっごく、色々やりたいんだよ。2人で登下校とか、相合傘とか、放課後デートとか、胸が焦がれる青春イベントをすごくやりたいんだよおおおおおお!!くぅううう~~~!!!」
(くっ、なんで俺の完璧な計画が…………)
(俺の希望の高校生活が………)
(薔薇の色の青春生活が……)
(今、砕けちった……塵となって消えた)
(永遠に………)
チーン ポン ポン ポン
(アーメン……)
(………………)
意気消沈すると同時に、エルを揺さぶるのをやめる。
力がぬけたのだ。
虚しさがこみあげてきた。
(くっ、こんなことをしてもしょうがない)
(よくよく考えれば、別にエルも悪くないしな)
そんな俺を見るエル。
「ハジメ君。そんなに一人が嫌ですか?」
「当たりまえだろ、皆がいちゃついてるなか、ポツンと一人でいるのがどんなにつらいかっ。ボッチのクリスマス、ボッチのバレンタインデー。骨身にしみるぜ」
(しみりすぎて、ズキズキ痛む)
「そうですね。私もよく分かります」
「エルはいいだろ。チョコがあれば満足なんだろ。だから分からないんだ。好きな人に好きになってもらえないのが、どんなに辛いか。エルに分かるか!?」
「よく分かります。痛いほどに分かります。私も好きな人に好きになってもらえませんでしたから。ずっと傍にいて」
「え?」
(エルに好きな人?んん?チョコのことか?さすがにチョコは無理だろ。人間じゃなくて固体だし)
「ハジメ君、私が恋人になってあげます」
「え、え、うえぇ…エルが?」
(んんっ?どういうこと?)
「いつも2人で一緒にいるんです。そう変わりません。客観的にみたらカップルです」
「そ、そうだけど……」
(いや、そうかもしれないけど……)
「ハジメ君。私といて楽しくないのですか?」
「いや。エルといるのが一番落ち着くし…楽しいけど…」
「よかったです。それに次郎丸先輩のいう通りですね」
「はぁ?」
「私、ハジメ君に1万回好きっていわれましたから」
「えっ?」
エルはポケットからスマホを取り出す。
それで音声ファイルを再生すると。
「好き、好き、好き」と俺の声が流れる。
(これは、数日前にエルがふざけて録音したやつ)
「おい、エル。これ?えっ?」
(もしかして…エル…)
「はい。私はハジメ君のこと好きですよ。家でこの録音を何回も聞きました。ずっと、登下校中も聞いていましたし、寝るときもです。数日ずっと耳にしてました。1万回の好きを聞きました。私、ハジメ君のことが大好きですから」
「エ、エル…まさかお前、今までずっと俺のことを…」
「はい、大好きでした。1万回好きを聞けば、恋人になれると思いました」
「で、でもそんなこと…1回も…」
「成功する確率もないのに告白しません。いいましたよね、私は臆病なんです。今の関係が壊れてしまうリスクを犯せません」
「ならっ、なんで…」
「ハジメ君はいったはずです。凡人の発想では恋人は出来ないと。だから実践しました。恋人をつくるなら、リスクを負わないといけないと」
「え、エル……」
俺はエルの想いに動かされた。
エルの行動に心を動かされた。
突然、胸が動いたのだ。
それまでは友達としか思っていなかったエルだけど……
今はちょっと違う。
目の前のエルは綺麗な女の子だった。
そして絆された。
「そうか……エル……負けたぜ」
「はいっ」
「エル、そんな想いをぶつけられたら、俺の完敗だ」
「ですね。私の計画通りです」
「エル、大好きだっ」
「私もです」
「じゃあ、付き合うか……とでもいうと思ったか、ボケええええっーーー!!!!」
「えっ!?」
キョトンとするエル。
大きなクリクリトとした目を見開いて驚いている。
「1万回俺の声聞くとか、冷静に考えたら気持ち悪いわぁああっーー!!!」
「ちょ、え、んっ、そ、そんなぁ……じょ、常識の枠を超えた発想で……」
ちょっと涙目になるエル。
普段冷静なエルが戸惑っている。
「何が常識の枠だ?冷静に考えろ。それはただのキチガイだろっ!」
「え、その、うえぇ、いや、ハジメ君、その、うん、え?……」
激しくキョドルエル。
ちっこい頭を揺らしている。
冷や汗までかいて、モゴモゴしてる。
困った子リスみたいになっている。
だが俺は、そんなエルの頭をポンポンと撫でる。
子リスエルを慰めるのだ。
「でもなエル、俺はそんなちょっとオバカなお前が、嫌いじゃない」
「えっ。ハジメ君?」
「エル、友だとして一歩進もう。いきなり恋人はきついけどなっ」
「いいのですか?」
「あぁ、エルの気持ちを知ったからな。それに一緒にいると楽しいだろ」
「はい。とっても楽しいです」
「俺もだ。じゃあ、まずは水族館に行くか。俺が一匹一匹魚の説明してやるよ。実は年間パスポート持ってるんだ」
「そうですね。私も勉強します」
「ふんっ。じゃあ、まずは年間パスポートの購入からだな。俺の紹介だと安くなるぞ」
「分かりました。経済的ですね」
「魚知識ついては俺が教えてやる。はたしてエル、俺の魚スピードについてこれるかな?」
「ハジメ君。大丈夫です。私はそういうのは得意です」
「だといいなっ」
「はい」
こうして、俺とエルは歩き始める。
二人並んで歩き出す。
俺の青春が始ったのだ。
でも俺は、とある事に気づいた。
「エル、悪い、俺の服の胸ボタン、とめてくれるか?」
何かスースーするなと思っていたら。
いつの間にか制服の第二ボタンが外れていたのだ。
「いいですよ」
「頼む」
エルがボタンを留めるために近づいてきた時。
バサッ
俺はエルを胸の中でぎゅっと抱きしめた。
「きゃっ、は、ハジメ君っ!」
胸の中で硬直し、暴れるエル。
「動くなエル。勇気を出して告白したご褒美さ。これからも、よろしくなっ」
「は、はいっ」
俺はエルを抱きしめながら、ポンポンと頭を撫でた。
こうして俺とエルは、友達のような恋人になった。
一万回好きといったら、彼女が出来たのだ。
※ただし、好きといったのは録音した俺の声だが
ハッピーエンドです。
身近なところに…花は咲く。