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魔法少女ムーンライトブラック

作者: 山石 光軍

 天壌市役所、治安維持室。 十数人が慌ただしく動いてるその部屋の奥に、二人の青年がいる。

 「相も変わらず、問題しか起きねぇな。 本当にどうなってるんだよ裕也、帰って溜まったバラエティ見てんだよ」

 先に口を開いた男は、心底嫌そうに溜息を吐きながら煙草へ火を付けた。

 裕也と呼ばれた男はPCから目を外し、負けじと深い溜息を吐いた。

 「僕だって帰りたいよ、なんで野郎の顔なんて見続けなきゃいけないのさ。 家には出来た妻と愛娘が待ってるんだよ。 だいたいなんで役所仕事でこんな残業続きなのさ、定時退社させてよ」

 「俺なんてここで泊まり込んでるんだよ。 それも、どこぞの優秀な参謀の手違いでな」

 「優秀な僕の予測は当たっただろ? 実際昨日からこの事案は動いてたんだし。 それを察知出来ず、問題を表面化させた室長にこそミスがあったと思うんだけどな」

 あーもう、左手で髪を搔き揚げながら紫煙を吐き出す。

 その行為に裕也が苦情を投げようとした所で、事態は動いた。

 「室長! 見つけました! G-7!天壌公園の辺りです!」

 さて、そう呟き吸いかけの煙草を灰皿に押し付けた。

 「じゃあ裕也、行ってくる。 働けよ」

 耳に小型インカムを付け、面倒くさそうにジャケットを羽織る。

 「good luck 気を付けてね、秋山大和室長」



 湊花梨はとても平凡な女子高校生だった。

 彼女のクラスメイトに印象を聞けば元気、少しやんちゃ、騒がしい、優しい、向こう見ず、等と精神的に少し幼いところが目立つが一般から逸脱している事は無かった。

 しかし、それは日常生活での話であって、異常下に置かれた時も一般人としていれる事は出来なかった。

 (達也が……失踪だなんて……)

 小学五年生の弟、湊達也が深夜零時を回っても家へ帰ってこない。 そんな異常事態に際し、彼女は事態を静観していることが出来なかった。

 帰ってこない理由を両親に聞いても言葉を濁すばかりで答えようとはしない。 業を煮やした彼女は友達、近所、SNSをフル活用し事態の存在を知った。

 児童同時失踪事件、それがこの街で起きてる異常だった。

 西天壌小学校からの下校時、無作為に選ばれたように小学生の姿が見当たらなくなったというのが事の顛末らしい。

 本来なら、警察が介入しもっと具体的に調べ事の解決に当たるべきだろう。 その手順が踏まれたならば、花梨だって動いたりしない。 しかし、調べて出てきた物は困惑だった。

 (なんで役所の奴等がこんな所に出張ってるのよ……!)

 今回の件に対し、警察は無干渉。 捜査を行っているのは市役所だと言う。

 (だいたい何よ、市役所なんて働かずお金貰ってるだけの無能集団じゃない。 なんでそんな奴らに私の掛け替えのない弟を任せなきゃ行けないのよ)

 などとドラマで持った偏見も一因となり、彼女は行動に出た。

 書置きを残し、築十五年、街の中心部にある一軒家の二階の部屋の窓から屋根を伝い、街へと繰り出した。

 それが、彼女の運命を動かすこととなった。



 秋山大和はバイクを走らせながらインカムに対し怒鳴りつけた。

 「裕也! 失踪した児童は六人って聞いたぞ! それなのに公園で寝てるのは四人だけじゃねぇか!」

 『見つけたとか言ったのは僕じゃ無いだろ、そんなに怒鳴らないでくれ。 とりあえずどうする? このままバイク走らせてもいいけどすぐに見つかりそうにないなら一度どっかで休憩でも挟んだら?』

 刹那、思考を巡らしすぐに答えた。

 「いや、いい。 公園にいた子供は少しだが確実に弱ってた。 あと十分、二十分なんて事は無いだろうが夜明け前に見つけなきゃ危ないかもしれん」

 『アテはあるの、君まで弱ったらいよいよ戦闘員が底を尽きるって事を忘れずに』

 「千刃がいりゃ少しは楽出来たんだけどな。 頼むから探してくれ、アテはお前だ」

 『無茶を言ってくれるよ、まったく』

 そう言いながらもインカム越しから聞こえてたキーボードの音が早くなった。

 (しかし、確かにアテはねぇ。 実際ここはどっかで少しでも休憩を取るべきか……? くっそ、千刃とは言わずとも本当に戦闘員を外に出してたのが失敗した。 最悪治持室の外の奴に頼むってのもそろそろ考慮に)

 そんな思考は耳からの刺激で霧散した。

 『大和、見つけたよ』

 「手掛かりか!? 一体なんだ!?」

 『今も行方不明な子の一人、湊達也君の姉がいなくなったらしい』

 「失踪か?」

 『部屋に書置きがあった、自分で探すってさ。 十五分前の出来事だ』

 「最近の子供は何考えてるんだよ……! 木乃伊取りが木乃伊になるって知らねぇのか!」

 『僕はこれを逆に扱う。 と言うより、もう少し早く気付くべきだった。 彼女は主人公だ』

 主人公、という言葉を聞き大和はバイクを少し加速させた。

 「まさか、児童が失踪して解決出来る大人が居なく焦れて自分で探しに出た少女が実はこの事件を解決出来る運命の主人公だって言ってんのか?」

 『そうだよ、大和や僕がここまで全力で探しても手掛かりが何一つ掴めないのが何よりの証拠だろ? 忘れてないだろ、ここが天壌市だって』

 大和はとても嫌そうな顔をマスク下から覗かせるも、渋々と言った感じで了承した。

 「わかった、取り敢えずその女子を探す。 主人公云々は俺が見て決めるでいいな?」

 『オーケー。 面白いことにも彼女は僕の近所に住んでる子だから天壌西駅前を重点的に探してくれ。 特徴は今から言ってくから運転しながら聞いてくれ』

 「わかった、頼むぞ」

 そう言い、バイクは法定速度を遥かに超えるスピードで闇の街を疾走した。



 失敗した、花梨がそう思ったのは探し出して三十分ぐらい経ってからだ。 いくら勝手を知る近所と言えど、夜の闇に塗れた街は自分が知っている街とは違い、何か禍々しい物を内包しているようだった。

 手掛かりが無く、我武者羅に探す行為は疲労のみ積もらし何の成果も挙げなかった。

 さらに、

 (四人の子が帰ってきた……関わったのが市役所の連中だなんて)

 自分が不幸の間は周りも不幸でいろ、等という考えを持ち合わせていない彼女は弟が含まれていない事に少し失望はあるものの、子供が見つかり始めたというニュースを喜んだ。

 しかし、無能集団の税金泥棒な市役所の連中が結果を出したのに対し自分が何も出来ていないというのは全く歓迎出来なかった。

 そんな嫉妬の炎も焦燥の前では消え、自分の胸に下げているペンダントを両の手で握りしめた。

 (ばあちゃん……お願い……)

 切実で無垢な願いの前に現れたのは、柄の悪い二人の男だった。

 「キミ、天壌高校のコだよね?」

 「俺ら天壌高校のOBなんだよー。 ちょっとそっちでハナシしね?」

 その眼からは下卑た意思が見える。 だが、一人の高校生である彼女には恐怖の対象だった。

 「や、やめてください!」

 「ハハハ! やめてくださいだってよ! どうする?」

 「こんな夜中に一人で歩いてて誘ってねぇわけがないだろ! 無理やりにでも連れていっちまおうぜ!」

 「全く……マジでこんな夜中に一人でほっつき歩くかねぇ。 若いってのは怖い」

 突然の真後ろからの声に驚き振り向いた時、二人の男は宙を舞っていた。



 「えっと、身長155cm程度、黒い瞳の黒い髪でショート。 見た感じヤンチャそうだし、胸からは赤いペンダント。 そして、こんな時間に一人で街中をほっつき回ってる。 湊花梨ちゃんであってる?」

 花梨にとって、三人目の男への危機感はさっきの二人を上回っていた。 当然である、本名を知られている上に二人の男を軽々と吹っ飛ばしたのだから。 何があるかわからない、夜の街と同じような感想を抱いていた。

 しかし、そのような事があった直後にも関わらず、その男からは爽やかさも漂っていた。 その爽やかさにどこか安心し、口を開いた。

 「え、ええ、そうよ。 私は湊花梨だけど、そういうあなたは誰かしら?」

 相手をビビらせるために尊大な口調を振る舞ったが失敗した。

 「秋山大和、まあ市役所の人間だ」

 市役所の人間、つまりこの男が子供を発見したんだと直感的に理解した。

 「まあ、市役所の仕事とは思えないんだけど外回りしててね。 親御さんから連絡があった、家に帰りなさい。 この街の条例は高校生の深夜外出を禁じているわけじゃないけど奨励しているわけじゃない。 ましてや、君の家には今問題がある。 家族に無用な心配をかけるんじゃない、これは僕たち大人の仕事だ」

 その言葉を聞いた時、彼女に走ったのは驚きだった。

 こんなに読めない腹の中をしているのに、こんなにありきたりな事を本気で言っている。 声音を聞けば、形式上言っているのか本気で帰ってほしいのかがわかった。

 だからか、本気の言葉で返せた。

 「大人の仕事、随分と勝手な言葉ですね秋山さん」

 「市役所仕事だからね、杓子定規で事を進めたいんだよ」

 一度、深呼吸をし言いたい事を一気に吐き出した。

 「大人の仕事、ええそうでしょう。 これは大人の仕事でしょうしそこら辺のゴロツキ二人にアタフタする私は大人じゃないんでしょう」

 胸にかかってるペンダントを右手で握りしめた。

 「でも! 私の弟は私の弟です! 市役所仕事になんか任せられません! だから私は家を出ましたし家に帰るときは達也と一緒しかありえません!」

 言いたい事を言い切り我に返ると、目の入ったのは苦笑いしている秋山だった。

 「うん、そんな感じに答えるってのは何と無くわかってたよ」

 「何ですか、その諦めた言い方は」

 「説得を諦めたんだ、なら口調がそうなっても特別おかしいことなんてないだろ?」

 そう言いポケットに手を突っ込むが、気付いた顔をし頭の後ろへ持ってく。

 「花梨ちゃんは、この街がどういうところだと思う?」

 ちゃん付けされるほど年齢差が離れてない、そんな所でも心に波風が立ち当たりが強くなる。

 「どんな街? どういう意味で言っているんですかそれ。 住みやすくて割となんでもあって都会からもそこまで離れてない、いい街だと思っているって答えればいいんですか?」

 「そういう意味じゃなくてね…… 夜、一人で外出してみてどんな違和感を感じた?」

 違和感、その言葉に少し力が籠っているのを感じた。

 「違和感……えぇと、禍々しい?危ない?何かがあったって感じですけど」

 「ふぅん、なるほどね」

 考えて答えた結果それですか、そう文句を言おうとして振り向くとさっきまでの爽やかさが消え、真面目な顔で思案していた。

 続きを求められている事に気付いた大和は言葉を探すように口を開いた。

 「花梨ちゃん。 この街はね、異常なんだ」



 その言葉の後、唐突に大和は歩き出した。 一瞬遅れて自分の弟を探すためだと理解し、こんな話の流れで別の道に探しに行くわけにも行かず隣に着く。

 「異常、ですか?」

 「そう、異常。 おかしい、狂ってる、馬鹿馬鹿しい、そういう言葉を全部使って三倍したような街だ。 ……うん、説明できてる気がしないなぁ」

 難しい顔をしながら頭を掻く。 説明できない事へのもどかしさが見て取れた。

 「花梨ちゃん、君はアニメとかをよく見るかい? 」

 突然な話題の変更に再び苛立つ。

 「ええ、弟と一緒に。 休日の朝にやってるのとか平日の夕方にやってるのとかたまに見ますけど」

 歩行速度は変わらない。

 「じゃあ、まずバトル物を想像してみて欲しい。 主人公は小学生、敵は世界征服を狙う謎の怪人。 小学生はその怪人を倒す異能を持っている。 まあ、よくある設定だよね?」

 変わった話題がどこへ向かっているのかわからず、返答に詰まる。

 「はい、まあよくある設定なんじゃないですかね」

 目の前に公園が見えてくる。 花梨の家から少し遠い大き目の公園だ。

 「そういうよくある話の設定、それが天壌市、僕が住んで君が住むこの街だ」

 話が飛躍したことに一瞬頭が追い付かず、少し間が空いた。

 「えーーーーーーーーと、つまりこの街にはよくわからない怪人がいて、今回もそいつらの仕業って言いたいんですか?」

 公園の入り口から広場へ向かう。

 「ちょっと違うかなぁ。 さっきのは一例、もっと沢山ある。 要はドラマティックなのさ、人類一人一人が主人公とかそういう言葉が近いかな。 色んなよくわからない奴が色んな事件を起こす、今回のはそのよくわからない奴等の一つが起こした事件なのさ」

 言ってる事が理解しづらく、また本当かどうかも怪しかった。

 「本当に言ってる事が分かり辛いんですが、もうちょっとわかりやすく----」

 気付くと、隣にいた筈の大和は遥か先へ居た。 手には、刀を持って。

 


 彼が向かう先は、周囲に比べて明らかに夜が深かった。 まるで、異物が溜まっているかのように。

 「四刀流[春雨]」

 いつの間にか手にしていた刀をなんの躊躇いも無く投げ付ける。 闇は一点に集まり形を作った。 それは、15m程度離れた花梨にも見えた。

 (犬……っぽくない。 細部はよくわかんないけど、オオカミかな。 知ってるのより何回りも大きいけど)

 深い闇、全長三メートルの化物、そして大和の謎の戦闘能力。 幸か不幸か、立て続けに起きてる異常事態はあまりにも大きすぎて花梨は現実逃避をしなかった。 それが次の行動に走らせる事になる。

 (あそこにいるのは……竹内君?)

 オオカミの脇に弟の友達が倒れているのを見つけてしまった。

 「四刀流[村雨]」

 大和はオオカミの顎を膝で蹴り上げ、さらに左手に創った刀で左足を切り付ける。

 吠えるためにか悲鳴を上げるためか口を開くが、声はまったく出ていない。

 (行ける!)

 その一撃を見て花梨はそう感じた。 今なら竹内君を救って逃げることが出来ると。

 そう思い、駆け出した。

 それに気付いたオオカミは、左足を引き摺りつつも花梨の方へと駆け出した。 負傷して尚人間より遥かに早い速度で。

 必死に横に反れようとするが、もう遅い。 

 「はいはい、動かない動かない。 四刀流[秋霖]」

 しかし、オオカミはあと一歩という所で花梨に届かなかった。 後ろ足二本を刀が貫き、地面と縫い付けたのである。 大和が再び刀を投げた結果だった。

 「オオカミは日本ではもう絶滅してるんだ、今更出てくるんじゃねぇよ」

 その言葉とともにオオカミの足、背中を踏みつけ高く跳躍する。

 「四刀流[時雨]」

 これ以上なく綺麗な踵落としがオオカミにしっかりと決まった。 その一撃で、夜は少し明るくなった。



 大和がスマートフォンのようなタブレットで連絡を取っている間、花梨の心中は色々な感情が渦巻いていた。

 自分の弟じゃなかった、そもそもアレはなんなんだ、隣にいた男はなんであんなに強いんだ、私は今、死にかけた。

 しかし、一番理解出来ないのはそんなことでは無かった。

 (なんで私は、あんな風に突っ込んだのだろう)

 ほっといても大和はオオカミを倒し子供を救うことが出来ただろう。 いや、例えそれが出来なくても自分の弟でもない少年を救うために危険へ飛び込むなんて事はそもそも間違っているっだろう。 行動が正しくても人間として危機管理能力がおかしい。

 (なんで、チンピラには逆らえなかったのに……)

 あの勇気はどこから湧いて来たのだろう。

 「お待たせ、竹内君は僕の部下が引き取ったからこれから安全に家に運ばれる手筈になってるよ。 体力の低下がないわけじゃないけどあれぐらいならほっといても回復しそうだね。 それでどう? 家に帰りたくなった?」

 思考の底に落ちていて、大和が近づいてきている事に気付かなかった。

 「……責めないんですか?」

 「ん、何を?」

 「私が突っ込んだ事ですよ、余計な事したとか邪魔だったとか思ってないんですか」

 「邪魔だった、花梨ちゃんが何もしなくてもあの少年を僕は無傷で救えた、君がやった行動は野次馬と大差はないね」

 そのまま言葉を続ける。

 「まあ、そんな事はわかってたし計算に織り込んでた所もあるからなんでもいいんだけどね」

 「わかってた?」

 「うん、わかってた。 啖呵を切った時点で自分以外の為には居ても立っても居られなくなるタイプの人間だって」

 ただでさえ頭の中には色々渦巻いているのに、さらに難解な事を言われて戸惑う。

 「僕の相棒が言ってたんだ、君は主人公だって」

 そう言い、大和は再び歩き出した。

 「主人公?」

 今度こそ弟に会えると思い、花梨は一歩後ろに付く。

 「そう、さっきの話は覚えているかい?」

 「えっと……この街は色んな話があって色んな物が渦巻いてるって奴ですか?」

 「そうそれ、よく覚えていたね。 僕たち市役所は、こういう事態が起きた時の渦中の人物を主人公って呼んでるんだ。 それが今回、花梨ちゃんなんじゃないかって話だ」

 主人公、さっきの化物を見た以上信じるに値する話だがそれが自分だって言われて納得出来るほど花梨は自惚れてはいなかった。

 「いや、待ってくださいよ。 渦中かどうかは知りませんし主人公なんてものもよくわからないですけどあなたがなればいいじゃないですか。 あんなに強いんですし」

 強い、その言葉に自嘲気味に笑いながら大和は口を開いた。

 「うん、僕もできればそうしたい所だ。 僕の無から刀を創る能力がある、それに四刀流っていう剣術の覚えもあるし他にも幾つか能力はある。 異常揃いのこの街でも僕より強いのはあまりいないだろうし、実際主人公なんかに頼らず事件に介入し無理に解決したのだって少なくない」

 「だったら--」

 路地裏の方へ入っていく。

 「でも、今回僕が介入して何時間探しても一人も見つからなかった。 情報が入って駆け付けても見つかった少年は四人だけだ。 僕は今回、この物語を一人じゃ解決出来ない」

 「だから、条件的に大丈夫そうな私を矢面に立たせようって言うんですか?」

 その言葉には嫌悪感が混ざる。 自分の弟達の為に何時間もかけてくれているっと知った今、市役所への偏見は無くなったが、そんな記号で無理に押し出されても残るのは戸惑いと怒りのみだ。

 「別に、条件を満たしているのは君だけじゃなかった。 そういう意味じゃ君じゃなくてもよかったのかもしれない」

 「……なら、どうして」

 空気が澱んでいるように感じる。

 「君は自分の弟を探すために夜の街に一人で繰り出した、正体不明の男にその行為を否定されたら啖呵を切った。 そんな花梨ちゃんがこの事件の解決に関わらず終わるような街じゃ無い。 現に、君と合流してから適当に公園に向かったらすぐに見つかった」

 「つまり、どういう事ですか」

 話し方が回りくどすぎて意味が伝わらない。

 徐々に路地裏は闇が深くなっていく。

 「花梨ちゃんは立派だって事だ。 誰が見ても憧れてしまう正義の心を持っている。 その心の眩しさがちょっと暗い闇を生み出したって事だ」

 褒められた、そう感じ花梨は返事に困った。 そこへ畳みかけるように言葉を足した。

 「だからこそお願いだ、不甲斐無い市役所の僕らの為にもう少し付き合っておくれ」

 少し大きめの広場に差し掛かり、二人は濃い闇を目の辺りにした。

 さっきよりも深く、禍々しかった。



 花梨が口を開こうとするより先に割り込むように大和が言葉を発した。

 「いいかい、花梨ちゃんは何をやってもいい。 ここでジッとしててもいいし、帰ってもいいし、自分が好きなタイミングで乱入してもいい。 その代わり、全部自分で決めてくれ」

 そういい、さっきと同じように駆け出した。

 さっきより小柄、つまり通常サイズのオオカミが五匹、そして奥には人型のナニカが佇んでいた。

 そして、その奥には

 「達也!」

 十数時間ぶりに弟に会えたという事に喜びで頭が回らなくなる。

 が、数秒で頭を切り替える。

 (駄目、今突っ込んだらさっきと同じ。 秋山さんならオオカミをすぐに減らせるはず、残り一体になったら助けに行こう)

 自分の行動方針を決め、10m先の大和の戦闘の推移を見守る事にした。

 「四刀流[蒼炎]」

 右に鋭角的に飛びコンマ何秒前に居た所に殺到した二匹のオオカミの頭を落とした。 残滓となり、消えていく。

 「散っっっっっっっれ!」

 自由な左手に刀を創り出し突き刺すが、棒状の何かで防がれる。

 短く舌打ちし、態勢を立て直す。 

 (オオカミが三匹……いや、二匹なった。 今なら)

 行ける、そう考えた花梨は胸にかけてるペンダントを握りしめ、勇気を振り絞る。

 そうして、戦闘域から少し離れた弟へと駆け出した。



 「あー!もう!いい加減にしろ! 魔法使いが接近戦に対応すんじゃねぇ!」

 全体的に暗いが近くで見るとわかるローブ、持っている杖、手にいくつもある指輪。 何より、今までの経験から大和がこの影が魔法使いを模しているという事を感じ取っていた。

 (魔法使いへの必勝法、そんなのは詠唱の隙を与えずさっさと力でごり押す事。 なら今俺がやってる事はこれ以上無く正しいだろうが……!)

 しかし、熟練した杖術、オオカミの援護で決定打を決めあぐねていた。

 (が、んなもんオオカミ全部狩れば話は終わる。 追加しようと同じだ、例え詠唱なしで出そうとノーコストで出せるわけがない。 粘れば勝てる)

 そう考え、再び向かってきたオオカミを斬り捨て魔法使いに足刀を向ける。

 悠々と蹴りを防がれるが、その衝撃を生かしオオカミに斬りかかろうとする。

 しかし、最期の一匹は予想していた場所より遥か遠くに居た。

 そのオオカミがどこへ行ったのか、それはすぐに想像がついた。

 「ギャラリーに手を出すのは反則って習わなかったのかよ!」

 近接の利を捨て、倒れている少年へと駆け出す。

 後ろでおぞましい音が聞こえた。



 永遠に思える10mを我武者羅に走り、花梨は弟へと辿り着いた。

 「良かった……本当に良かった……」

 声に出し、頬を濡らしながら呟いた。 しかし、戦闘状況はそんな幸せを見逃してはくれなかった。

 発声器官が無い事が災いした。 後ろからオオカミが寄ってきている事に、花梨は気付かなかった。

 「四刀流[傘]!」

 その声で初めて現実に戻った時、大和の身体は黒い茨に貫かれていた。

 


 花梨が達也と接触した瞬間、オオカミが後ろから襲おうとしているのを理解した瞬間刀を投げた。

 しかし、刀を投げると言っても簡単な事では無い。

 刀の重さは平均1.5kg。 これだけ聞けば大したことないが、それが棒状のもの、更に垂直に投げるとなると話は変わる。

 垂直に投げるには送り出すしかない、身体全体を使って。 戦闘中、そのような大きな行動は隙と言うべきだ。

 オオカミに刀が刺さると同時に、黒い茨が大和の身体を貫いた。

 「畜生! ふざけんじゃねぇぞてめぇ!」

 そう叫びながら茨を斬る、黒い残滓になり消えていく。

 だが、丹田を貫いたその傷は大和を戦闘不能にするには充分だった。

 「あ、秋山さん!」

 「僕はさっき、君に選択を任せるといった」

 花梨が駆け寄ろうとする前に言葉で制した。

 「でも、アドバイスはさせて。 君は今すぐ弟をおんぶなり抱っこなりして逃げるべきだ、ここに居続ける必要はない」

 その言葉には、拒絶の気持ちが込められていた。

 「僕は大丈夫、強いからね」

 「でも、そんな傷!」

 「どーにかなるさ、花梨ちゃんが居ても変わらないけどね。 弟だって危ない、逃げなさいな」

 その言葉の後、大和は魔法使いへと駆け出した。

 しかし、さっきのようには行かなかった。

 「糞が! 隠れてないで姿を見せろってんだ!」

 茨が魔法使いの周りを覆い、大和へと襲う。

 最初の数本、楽に刈る。 次の左右からの十数本、右頬を掠める。 その直後、下から生えた茨が右肩を大きく抉る。 その隙に茨は左側へと殺到し左手首を捥ぎ取る。 確実に大和の戦闘機能を奪った。

 等々その場に倒れこんでしまう、その場にも茨が殺到する。



 花梨は達也をおんぶしながら、事の経緯を見守ってた。

 確かに、このままなら背を向け走り出せば逃げ切れるだろう。 大和の犠牲を引き換えに。

 その後あの魔法使いは何をするだろうか。

 また子供を誘拐するか? いや、オオカミを大量に生み出し人を襲うかもしれない。 あの茨で人を傷つける事だってあるだろう。

 「……私なら、どうにかできるの?」

 そこで一人で戦い続けている青年は私を主人公と言った。 その言葉は昔に一度聞いたことがあった。

 今も必死に握りしめてる、このペンダントをくれた祖母ちゃんだ。

 『花梨、この街はね、誰でも主人公になれるの』

 その時なんて答えたか、花梨は覚えていない。

 『そのペンダント、綺麗でしょ? これ、あなたにあげるわ』

 病床に臥せていた時の話だ、もしかすると死期を悟っていたのかもしれない。

 『本当に何かをしたいとき、このペンダントに気持ちを込めなさい。 必ず、花梨の力になってくれるわ』

 そのペンダントに今、お願いをする。

 「私に、力を!!!」

 その叫びは、大和に向かっていた茨を全て消し飛ばした。



 「大和さん! 大丈夫ですか!?」

 彼女は、大和の前に降り立った。 その眩しさに直視するのに数秒かかった。

 「ああ、無傷だよ……って、なんだいその恰好は。 凄く楽しそうだね」

 恰好、そう言われてから自分が茨を消し飛ばし飛んで来たという事実に気付いた。

 そして、自分の恰好に目を向けて悲鳴を上げる。

 「な、なにこれ! なによこれ! 私、なんでこんな際どいエロい服なんて着てるの!!」

 そこまで発達していない胸だけを隠した水着のような服、所々に宝石が付いたスカート、黒いマントを羽織り、手には握りしめていたペンダントが埋め込まれたステッキを持っていた。

 「なんだいなんだい、アレに対抗して魔法使いになったって事かな? 差し詰め、魔法少女……っていうには高校生は老け過ぎじゃない?」

 「うるさい! 女の子はいつでも魔法少女になれるんです! って!そんな事より!なんでそんな軽々動けてるんですか! 無傷ですし!」

 腹、右肩、左手、頬に至るまで傷は完全に消え去っていた。

 「僕の幾つかある能力の一つだよ、回復」

 「なんであんな絶体絶命の時まで使わなかったんですか!」

 ずっと保っていた大人の雰囲気を投げ捨て、少年のような笑みで応えた。

 「花梨ちゃんがどうするかってのを見たくてね。 僕が試験官だとしたら主人公として花梨ちゃんは百点だ、後はあそこでひたすら茨を量産してる魔法使いを倒しなよ。 達也君の面倒は僕に任せて」

 煙草に火を付け、煙を肺に巡らせながら達也の方向へと歩き出した。

 「ちょっと! そんなに元気ならあんたがやりなさいよ!」

 紫煙を吐き出し口を開いた。

 「花梨ちゃんは何を決心したんだい? 僕や弟を守ってくれるんじゃないのかい? さあ頼んだ、この街の未来は君の双肩に託された」

 未来を託された、その一言が何故か彼女の心を動かした。

 「仕方がないですね、見ていてくださいよ。 超絶美少女魔法少女ムーンライトブラック、その雄姿を!」

 「うん、少女って二回いうのはどうなんだい」

 花梨は再び茨の中へ飛び込んだ。



 意味もなく地面擦れ擦れを飛び、魔法使いへ肉薄する。

 「ムーンライトビーム!」

 そう叫び、杖を前に突き出し先からビームを放つ。

 魔法使いを囲ってる茨を次々と消滅させ、前へ進む。

 「ムーンライトビームって何、てか花梨ちゃん本当にノリノリだね。 見てて楽しそうだよ」

 後ろから笑いながら刀を投げ、左右に溜まっている茨を刈る。

 「気合いですよ!気合い! 今なら何でも出来そうな気がします!」

 「いいけど、前見て前」

 「え……って、うわ!」

 前を見ずに飛行していた結果、魔法使いの目の前まで行ってしまったのだ。

 「間抜けかい、花梨ちゃん」

 大和が笑いながら冷やかす。

 「うるさいですね! フィラメント!」

 そう叫び杖を上に掲げると、ステッキが光り剣へと変わった。 柄にはペンダントが埋め込まれている。

 「食らえ!」

 剣を思いっ切り上段から振り下げる。 しかし、杖術に阻まれる。

 「まあ、ただの女子高生が突然十全に剣を振り回せるなんて思ってなかったけどねぇ。 はてさて、ビームでは撃ち抜けない、接近戦じゃ敵わない。 どうするのかな?」

 「くっちゃべってないで手伝いなさいよ!」

 徐々に杖で押され、焦り気味に叫ぶ。

 魔法使いはローブの中から茨を生み出し、花梨に飛ばす。 近距離過ぎて、かわしきれない。

 「あっ! なにこれ!凄く痛い!」

 少し後退する、その隙を見逃さず魔法使いは茨を飛ばしてくる。

 必死に剣で凌ぐが、押されている。

 ならば、どうする。

 「大和さん! お願いします!時間を稼いで!」

 咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付け、破顔一笑の表情で応じた。

 「時間稼ぎって事は花梨ちゃんが決めるって事でいいんだな? オーケーわかった、引き受けた。 何十時間でも稼いでやるから必殺技でもなんでも決めな」

 全速力で茨の中へ突っ込んだ。



 (なにあれ……さっきまで本気じゃなかったの?)

 達也の上で戦況を見守っている花梨にそう思わせるほど、大和は一方的に戦闘を運んでいた。

 少しでも刀の範囲に入れば斬り、入っていなければ刀を投げ敵を倒す。 その行為を完璧に、澱みなく、綺麗に遂行していた。

 「おい花梨! 後どんぐらいで必殺技撃てるんだ!」

 しかし、余裕は無いようで喋り方は素になっている。

 「あと二十秒ぐらいです! もう少し」

 「戦闘中は二十秒を少しっつわねぇよ! その間に何回死ぬるか考えろ!」

 「う、うるさい!」

 口を動かしながらも大和は茨を駆逐し花梨はステッキの先に力を溜めていった。

 (後十五秒……十秒……五秒……)

 大和の額から大粒の汗が滲み始める。 いくら怪我を消せても、痛みや疲労まで消すことは出来ない。

 二十秒。

 「よし、撃て!」

 「待って!そこいると巻き込むから逃げて!」

 巻き込むってなんだよ、といいつつ直感的に危機を感じ後退する。

 花梨は空高く飛び、先端が光輝いてるステッキを空に掲げる。

 「守りたい気持ちが未来を切り開く! ムーンインパクト!」

 なんだその前口上、なんて口を開こうとしたが喋ることが出来なかった。

 その直後、居た場所が吹き飛んだ。



 「な、なんだこれ……」

 色んな複雑怪奇な事件に巻き込まれた大和でも空いた口が塞がらなかった。

 空から隕石が降ってきて、魔法使いに直撃。 魔法使いは粉砕、そもそも魔法使いよりも隕石の方が遥かに大きかった。

 「いや、まじでなんなんだこれ……隕石の規模に合わないクレーター出来てるし」

 「これが魔法少女ムーンライトブラックの力よ!」

 誇らしげに、背中に達也を背負いながら近づいてきた。 大和の隣に付くと同時に変身は解けるが、誇らしげな表情は消えない。

 その表情を眺め、煙草に火を付け刀を一本創造する。 その刀を花梨に向ける。

 「なんですか、これ」

 「花梨ちゃんがこれからどうするのかを聞こうと思ってね」

 目は鋭く、獲物を射抜くように冷たい。

 「君がこのままその力で我儘をやるようなら、この刀で能力だけ斬る。 僕には、それが出来る」

 「我儘って?」

 花梨にはある種の図太さが備わっていた。

 「悪用、は言うまでもないね。 いいかい、力を持つ者には責任がある。 これからも困っている人がいたら助ける、それが赤の他人であってもだ。 見捨てない、出来る事をする。 それが君が能力を持ち続けるならこなさなきゃいけない義務だ」

 鋭かった目に何処か哀愁が漂う。

 花梨の答えはハッキリとしていた。

 「何言ってるんですか、私は主人公ですよ? 主人公が困った人を見捨てるわけがないでしょう」

 その顔には爽やかさがあった。

 大和は笑いながら刀を消し、煙を吐き出した。



 その後、湊家へ三人で行く頃には夜中の三時を回っていた。

 大和は両親に話すべき事と脚色しながら話し、夜の街へ戻った。 事件の後処理があるらしい。

 達也を含む六人の少年は次の日の朝には元気に起き学校へと向かった。 攫われていたことは誰も記憶に無いらしい。

 そして

 「行ってきます!」

 寝不足を物ともせず湊花梨は元気に外へと駆け出した。 胸には変わらず、赤く輝くペンダントをぶらさげて。

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