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第二章 3話

 対戦相手の二人組は、今がチャンスとヴィオのバスタオルをひったくった。

 ヴィオが脱落となり、開始早々にして試合が決まったと誰もが思った。


 続けて対戦相手は、余裕の表情を浮かべながらアリルに襲いかかってくる。

「もう、しょうがないですね」

 アリルは持っていたモップを構える。


 その一瞬後。


 対戦相手二人組のバスタオルが吹き飛んだ。

 あまりの早業に、誰もが何が起こったのか分からなかった。ただ一人、解説のロフィだけが淡々とした様子で声を上げる。

「勝負ありだ。勝者、ヴィオ・アリル組」

 遅れるようにして、観客から今までで最高の歓声が上がる。


 アリルは散乱していたタオルの一枚を手に取り、ヴィオに近づいて彼女の体にかける。彼女は目を見開いていた。

「アリル、あなた一体、いま何を……?」

「適当にモップを振るったら、何か起きちゃったみたいですね。偶然ってすごいですね」

 そう言ってアリルは柔らかい笑みを浮かべた。



 その後の試合でヴィオは転ぶことなく、一人で対戦相手を倒していった。自分の出番はないと分かったアリルは、対戦中にも関わらずモップで掃除を頑張った。

 そうしてヴィオ・アリル組は順調に勝ち上がり、あっという間に優勝をつかんだ。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 試合後。

 ヴィオの部屋で祝賀会がおこなわれることになった。ヴィオとアリルのほかに、リサとティもやってきている。


 みなで乾杯をしてからジュースを飲み干していく。

「にしても圧勝だったな」

 リサはまるで自分のことのように喜んだ様子をしている。裏切りや頭を踏みつけ事件が起きたが、わりと誰も気にしていないようだった。


 焼いてきたケーキをアリルが切り分けていると、ヴィオが口を開いた。

「それにしてもアリル、あなた、一体どこであんな技を身につけてきたの?」

「メイドとして働いていたことがあるんですよ。そこでばっちり掃除のコツは学んできて」

「そうじゃなくて。剣技の方よ。とても素人の一閃とは思えなかったわ」

「なんのことですか?」

 アリルはとぼけてみせるが、ヴィオだけでなくリサとティもじっと見つめてくる。言い逃れできそうにないと感じたアリルは、言葉を選ぶようにして答える。


「えっと、わたし、実は両親と血が繋がっていないんです。捨て子だったわたしを、我が子同然に両親は育ててくれて。それでせめてもの恩返しがしたくて、近くの貴族の屋敷でメイドとして働いて給料をもらっていたんです。でも、正直な話、ほんとちょっとしかお金はもらえなくて。でも、何ヶ月も貯めて稼いだお金を、悩んだ末に、全額両親にプレゼントしたんです。そしたら、両親が急に泣き出しちゃって。どうしてそんなに泣くのって尋ねたら、『悔しい』からだって言われて。子どもにお金の心配をかけるなんて、親として心から悔しいって。それから謝られちゃって。そうしたらわたしも、なんだか涙が止まらなくなっちゃって」


 アリルの瞳にうっすらと涙がにじむ。その話を聞いてリサは号泣していた。

「おまえ、ほんと苦労してたんだな……」

 ティがすっとアリルの両手を握りしめてくる。

「これからは、私があなたの配偶者として養ってあげる」

「ありがとうございます、お気持ちだけ受け取っておきますね。さあ、そんな話より今は祝賀会です! もっと楽しく盛り上がっていきましょう!」

 笑顔でアリルがそう言うと、リサとティは大きく頷いた。


 ただ一人、ヴィオだけが首をかしげている。


「それでアリル、剣技の腕前についてだけど、今の話と何の関係が」

「あ、ティさん、ケーキならわたしが取り分けますから。おとなしく待っててくださいね」

 まさか暗殺者として活躍するために、剣技はディナーシャに教わった、なんてことを口にするわけにはいかない。

 とりあえず作り話でお茶を濁しておくことにする。ディナーシャの腕は確かで、アリルは短期間にみるみる実力を付けていた。


 と、さっそくケーキにかぶりつきながらリサがこんなことを言ってきた。

「なあ、アルリってよく授業中の教室に掃除しに来るよな。もしかして授業に興味があるのか?」

「え、あ、はい、そんな感じですね」

 確かに興味もあったが、それよりはヴィオの様子を監視していたことがほとんどだった。ただ正直に言うわけにもいかず、とりあえず肯定しておく。


 するとリサがぐっと身を乗り出して、アリルの肩に両手を乗せてくる。

「おまえ、雑用係なんてやめて、ここの学生にならねえか? 一緒に青春しようぜ!」

 その言葉にガタッとティも身を乗り出してくる。

「すばらしい提案」

「だろ?」

 アリルは苦笑いを返す。

 暗殺者として暗躍したいのに、生徒になって時間を縛られるわけにはいかなった。適当に理由を付けて断ることにする。

「無理ですよ、わたしはお金もないですし」

「あたしみたいに特待生になりゃいいだろ。そうすりゃお金の問題もなんとかなる」

「で、でも、何の特技もないですし」


「そこはわたくしに任せてちょうだい」


 ヴィオが話に割って入ってくる。彼女は真剣な表情で言葉を続けた。

「アリルはわたくしの命の恩人よ。そんなアリルがここの学生になりたいというのなら、必ずやその願い、かなえてみせましょう。学長に直談判してくるわ」

「そ、そんな、悪いです!」

 アリルはやめさせようとするが、ヴィオは本気なのかさっそく部屋を出て行こうとする。だがそれよりも早くばたんと勢いよく扉が開いた。


「話は聞かせてもらいました」


 そこに居たのは学長だった。

 彼女は今日はメイドの格好をしている。突然の来訪にアリルたちが困惑していると、学長は力強い口調で言葉を続けた。


「今日までのアリルの働きぶりを観察していましたが、仕事はきちんと要領よくこなす上に、人斬り事件では、ヴィオを命がけで守ったと聞いています。さらにさきほどの模擬戦におけるあなたの活躍を、私はこの目で見させてもらいました。一瞬で二人のバスタオルを吹き飛ばすそのすばらしきモップさばきは、特待生として迎えるには十分すぎる理由でしょう。――ですが、一方で雑用係をこなすが居なくなると困るのも事実です」


「え、えっと……」


 どう答えたものかとアリルが弱っていると、深々とヴィオが頭を下げた。

「雑用ならわたくしたちが協力するわ。だからどうか、アリルを生徒に」

「ふむ。アリル、あなたの希望はどうなのですか?」

 やっと反対できるチャンスが来たと、アリルは内心で喜ぶ。

 アリルはすぐさまはっきりとした声で答えた。

「わたしは雑用係のままで構いません! 遠慮させてください!」

 その言葉に、学長がゆっくりと頷きを返す。

「わかりました。あなたのその謙虚さに、本当に心を打たれる思いです。いいでしょう、アリルを特待生として我が学園に迎え入れます」


 その宣言と同時に、ヴィオたちから歓声が起こる。

「よし、なら祝賀会改め、さっそくアリルの歓迎会だ! ほかのやつらも呼んでくる!」

 リサが部屋から飛び出していく。ヴィオとティは何度も学長にお礼を言っている。

 思わずアリルは言葉を漏らした。


「この空気……! もう断れません……!」


 すべてを察したアリルは、それ以上の思考をやめ、ケーキを取り分けることだけに意識を注ぐことにした。

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