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第二章 2話

 翌日。

 年に一度だけ開催される、剣技を競う模擬戦がいよいよ始まろうとしていた。



 この模擬戦は学園の伝統にしたいらしく、学長の提案で三年ほど前からおこなわれている。

 決闘の舞台は広い闘技場の隣にある大浴場だ。

 参加者たちはみな裸にタオルを巻いた姿になり、柔らかい素材で作られた剣を武器にして戦う。先に相手チームのタオルをはずした方の勝ちという決まりだ。

 自分の動きではタオルが落ちないよう、教師たちが十三年掛けて編み出した魔法がタオルに施されている。


 ルールはタッグ戦だ。

 生徒が二人一組となり、トーナメント方式で競うことになる。

 生徒たちは全員参加する決まりだったが、棄権は認められており、腕に自信がない者たちはこの時期になるといっせいに体調を崩す。

 リサもそんな内の一人だ。


「いやーあたしも元気なら参加したんだけどなー、ちょっと右腕を痛めちまって、残念だ」


 リサは笑顔で左腕を押さえながら、試合を観戦すべく湯船に入ってくつろいでいる。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 参加者は全部でちょうど五十名。

 棄権した生徒の中には、リサのように図太く浴槽で観戦する者もいたが、多くは仮病をこじらせ自室で待機している。


「さあいよいよ模擬戦が始まろうとしています。はたして勝利の栄光をつかむのはどのチームになるのでしょうか! わたしは正直、興味ありません!」


 特設の解説席で声を張り上げるのはアリルだ。

 雑用係ということで、今回の戦いの司会を任せられた。


 隣の席には解説として、雰囲気は凄腕の騎士、ロフィが招かれている。

 彼女は最初は鎧姿のままここに入ろうとしたが、周囲から総スカンを食らったため、今はみなと同じように裸にバスタオル姿だ。彼女のすらっとした抜群のプロポーションに、あたりに居た生徒たちが感嘆の息をこぼしている。


 同じくバスタオル姿のアリルは、張り切って司会を務めていく。

「解説のロフィさん、いよいよ試合が始まるわけですが、今回の戦いの見所はずばりどこでしょうか」

「やはり前回、そして前々回の優勝チームであるヴィオ・ティ組に注目が集まるのは当然だろう。だがほかのチームも何か対抗策を見つけ出してきたはず。どのような卑怯な手段が用いられるのか、目が離せないところだ」


 さっそく最初の対戦が始まろうとしていた。

 歓声が上がる。

 いきなり優勝候補のヴィオ・ティ組の登場だ。二人とも余裕のある表情をしている。王者の風格といったところだろうか。


 彼女たちの対戦相手は、そっくりな容姿をしたツインテールの二人組だ。おそらく双子だろう。彼女たちは何か不敵な笑みを浮かべている。


 すっとヴィオが剣で双子を指す。

「わたくしたちと初戦で当たったことを後悔なさい。今日はわたくしが苦心の末に編み出した新技を――」

「あ、そういうのいいので、ちゃっちゃと始めてくださいー」


 時間が押しているため、アリルはヴィオの話をぶった切る。


 ごほん、とせき払いをしてからヴィオは剣を構える。バスタオル姿だったが、何かさまになっているようにアリルは感じた。


 開始を告げる鐘の音があたりに響き渡る。

 さっそく動いたのはヴィオだ。

 彼女は一気に対戦相手へ詰め寄ると、素早く剣を振り下ろす。とっさに双子たちは後ろに飛び退いたが、片方の子が体に巻いていたバスタオルがはらりと落ちた。裸になった子は慌てて自分の体を腕で隠しながらその場にへたり込む。


「まずは一人」


 ヴィオが口元に笑みを浮かべる。

 そのあまりの早さに思わずアリルは声を上げる。


「これは素早いヴィオ選手、さっそく一人倒してしまいました! 解説のロフィさん、今のは一体? 剣がタオルに当たっていたんでしょうか?」

「いや、違うな。ヴィオは風圧だけでタオルを落としてみせたに違いない。この模擬戦における戦い方を熟知している彼女だからこそできた芸当だ。さすが『バスタオルの女王』の称号を持っているだけのことはある」

「なるほど。ちなみにロフィさん、さっきからここに居ますけど、警備の方は放っておいて大丈夫なんですか?」

「今日は非番だ。代わりに私の後輩が警備に当たっている。彼女は度胸こそないが、腕前の方は抜群に悪い。……心配だ、様子を見てこよう」


 立ち上がるロフィの腕をアリルはがっちりとつかむ。


「大丈夫ですよ、いざとなったらあきらめましょう。それより戦いの方ですが――」

 ヴィオ・ティ組の圧勝。

 誰もがそう思っていた、そのときだ。


 ティの振り下ろした剣が、ヴィオのタオルを吹き飛ばそうとする。ヴィオがとっさに飛び退きタオルを守る。

「ど、どういうつもりよ、ティさん!」

 抗議の声をヴィオが上げる。ティは不敵な笑みを浮かべていた。


「ふふふ、私は買収された身。アリルの赤裸々な個人情報と引き替えに、裏切るよう双子に頼まれている」


 続けざまにティが連撃を放つ。

 ヴィオは必死にそれらを剣で受け止めていく。


「おおっと、ここでティ選手がまさかの裏切りだー! あとわたしの個人情報だったらわたしが高値で売りつけるのでいつでも聞いてください! ちなみにロフィさん、ヴィオさんとティさんの二人だったら、どちらが強いんですか?」


 ふむ、とロフィが少し考えてから答えを口にする。


「普段ならヴィオの方が強い。だが今のティはよこしまな下心が全開だ。そうなってくると、力は拮抗、五分の勝負になるだろう」

「と、ここで双子の片割れが何か妙な動きを――」


 彼女はどこから調達したのか、大量の石けんを手にしている。そしてそれらを一つずつヴィオの足元めがけて滑らせていく。

 気配でそれに気づいたヴィオが、ティの剣をかわしながら足元にも注意を払い、石けんを踏まないように華麗なステップでかわしていく。

 観客からやんややんやの歓声がわき起こる。


 だが防戦一方のヴィオはじりじり下がり、もうすぐ浴槽という所まで追い詰められた。

「ヴィオ、破れたり。浴槽に落ちても、失格」

 ティはそうつぶやきながら、最後の一撃をヴィオに叩き込む。

 ヴィオはそれを受け止めたものの、バランスを崩し浴槽の方へ倒れ込んでしまう。

 絶体絶命のピンチ。

 だがヴィオはあきらめなかった。


 近くに浴槽に入っているリサの姿を見つける。

 ヴィオはとっさに彼女めがけて跳躍した。


「へ?」


 リサが間の抜けた声を出す。

 ヴィオはためらうことなく、そんなリサの頭を踏んづけ、踏み台にした。勢いよくジャンプし、ヴィオは浴槽の外側まで跳躍する。と同時に、ヴィオは後ろめがけて思い切り剣を振るった。


 大きな水しぶきが上がる。


 観客から、「おお!」と歓声がわき起こった。ヴィオの放った一撃の風圧により、ティのタオルがはらりと舞い落ちたからだ。

「そ、そんな……」

 ティはつぶやくようにそう言うと、わざとらしくばたりとその場に倒れた。

 しばらくして浴槽に一人の少女がうつぶせに浮かび上がってくる。

 リサだ。


「詰めが甘いわ、ティ」


 涼しげな顔でそう言ってのけたヴィオは、浴槽の外側に着地していた。それからゆっくり歩いて、一人生き残った双子の片割れに近づいてく。


 片割れは苦し紛れに石けんを何個もヴィオの足元へ滑らせていくが、動揺のせいからかどれも明後日の方向に飛んでいく。

「こ、降参!」

 やがて片割れは万歳して白旗を揚げる。だがヴィオはためらいなく近づくと、剣を振るい、彼女のバスタオルをばさりと吹き飛ばした。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「ほんと、ティさんにも困ったものね」

 試合後、勝利者インタビューでヴィオがそんなことを口にする。


「勝利、おめでとうございます! まさに一人勝ちでしたね」

「次からの試合は、わたくしは誰とペアを組めばいいのかしら。――そうだわ、アリル」

「はい、なんでしょう?」

 インタビューをおこないつつ、戦い後の浴場をモップで清掃し整備していたアリルに、ヴィオが視線を注いでくる。

「あなた、わたくしとペアを組みなさい。この大会は飛び入りが参加しても構わないのよ」

「え、わたしは無理ですよ! 司会に整備まで担当してるのに、さらに試合に出るだなんて」

「立ってるだけでいいわ、わたしが一人で勝ってみせるから。もし付き合ってくれたら、この国の半分を上げるわよ」

「そんなものいりませんけど、分かりました、立ってるだけですね? もしヴィオさんが転んでも、わたしじゃ何もできませんよ?」

「そうそうわたくしが転ぶわけないでしょ」


 ヴィオとアリルがペアを組んでから初めて迎える一戦。

 開始五秒で、ヴィオがすっころんだ。

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