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第二章 1話

 アリルが学園にやってきてから一週間ほどが経った。

 仕事の経過は半分は順調で、半分はいまいちだ。



 以前どこぞの貴族の屋敷でメイドとして働いたことがあったアリルは、掃除や洗濯は大の得意だった。

 この広い学園中を一人で担当するとなるとかなりの労力となったが、アリルはこつこつと一つずつ確実に手を抜きつつ手を付けていった。

 一方で暗殺業の方はというと、正直まったく何も進展はない。

 むしろマイナスだ。

  なにせディナーシャから渡されていた毒をなくしてしまったからだ。

 『毒入り』というラベルを貼っておいた瓶ごとどこかへいってしまったのだ。

 ちゃんと荷物袋の中に入れて置いたはずなのに、いつの間にかなくなっていた。

 瓶に足が生えて勝手にどこかへ行ったか、あるいは瓶に翼が生えて勝手にどこかへ飛んでいったとしか考えられない。


 それに光の障壁についても、何度かロフィに話を聞きに行ってみたが、すぐに別の話に脱線してしまい、なかなか聞き出せないでいた。


 もうすぐ一回目の定期連絡をおこなうことになっている。それまでになんとか成果を上げないと。

 アリルは気合いを入れ直し、さっそく動き出す。



 まずは毒殺に備え、その練習をおこなうことにした。

 なんとアリルは凶悪にも手作りのクッキーを焼き、恐るべきことにヴィオへ冒涜的にプレゼントしたのだ。クッキーからは吐き気を催すほどの香ばしい匂いが漂ってくる。自分の置かれた立場が理解できていない愚かなヴィオは、哀れにも残虐なクッキーを口に入れた。


「あら、おいしい」


 ヴィオは顔をほころばす。

 今回は毒など入っていなかったが、いつか彼女は毒入りのクッキーを口にすることになるかもしれない。そのためにもまず逃げ出した毒を見つける必要があったが。

 隣に居たリサが「あたしもー」と言いつつクッキーをつまもうとしたが、アリルは強い剣幕でそれをやめさせる。


「これはヴィオさんのために作ってきたものです。代わりにリサさんはこれでも」

 落ちていた石を差し出す。リサは吠えた。



 アリルの暴虐な行動はそれだけでは留まらなかった。

 『立ち入り禁止』とされている部屋に無断で入り込み、なんということだろうか、掃除をおこなったのだ。

 ほこりだらけの部屋を精一杯掃除していく。光の障壁に関することが何か分かるかと思って侵入したが、それよりも先にまずは汚い室内をきれいにすることから始めた。


 それから一時間以上かけて、室内をぴかぴかに仕上げる。掃除の途中で、魔力の影響からか自我を持った綿ぼこりたちが襲いかかってきたが、アリルは難なくそれらを駆除して清掃を完了させた。


 見違えるほど清潔になった部屋を見渡し、アリルが満足していると、不意に扉が開いた。入ってきたのは学長だった。彼女は今日はシスターの服装をしている。

「物音がしたので来てみれば、なんということでしょう」

「も、申し訳ありません!」


 とっさにアリルが頭を下げると、しばらく間を空けてから学長が口を開いた。


「無断でこの部屋に立ち入ったばかりか、これほど見事に美しくしてしまうとは。あなたは本当に仕事熱心なのですね。あなたほどの人を雇えて、この学園は今後より良い方向に向かうことでしょう」


 学長はぽんぽんとアリルの肩をやさしく叩くと、それ以上は何も言わずに部屋から出て行った。

 ほっと胸をなで下ろしたアリルは、もう一度きれいになった部屋を見渡してから、達成感に満ちた心持ちで自分も部屋から立ち去った。

 何か忘れている気がするが、きっと気のせいだろう。



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 とある日の昼下がり。

 次は大浴場の掃除をしようとアリルが考えていると、慌てた様子のヴィオに声をかけられた。


「アリル、ちょっとわたくしの部屋へ来なさい。緊急事態よ」

「き、緊急ですか! 分かりました、大浴場の掃除が終わったらすぐ向かいますね!」

 ヴィオは構わずアリルの腕をつかむと、問答無用で引っ張っていく。


 

 ずるずると引きずられ、アリルはヴィオの部屋を訪れた。さも当然といった様子でリサも入ってこようとしたが、すぐに閉め出された。

 アリルが着席すると、ヴィオがこんこんと机を指で鳴らしながら口を開いた。


「明日、生徒全員が参加する剣術の模擬戦が開かれることになっているの」

「あ、そうなんですね。がんばってください、心持ち応援してます!」

「けれど困ったことになってしまって」


 ヴィオの顔が曇る。


「何かあったんですか?」

「必殺技が決まらないのよ」

「はい?」

 小首をかしげるアリルに、ヴィオがため息をつきつつ説明をする。

「剣技自体に問題はないわ。必ずわたくしが一番になるに違いないんだけれど。新しく編み出した必殺技の名前が決まらないのよ」

「名前なんて必要なんですか?」


 ヴィオが渋い表情をしつつ頷く。


「剣技を放つ際には、かっこいい必殺技名を叫ぶこと。それがこの国の王が決めたことなの」

「面倒くさい人ですね」

「ほんと、お父様にも困ったものよ」


 その言葉にはっとアリルは思い出す。

 そういえばこの国の王とは、ヴィオの父親のことである。失言だった気がするが、あまりヴィオが気にしていないようだったので、アリルは話を流すことにする。


「それで技の名前が思いつかなくて、困ってるんですね」

「ええ。ほかの子たちは自分の技に『黒き動乱の一閃ナイトメア・カオス・フラッシュ』とか『闇よりのナイトメア・ドリーム』や『悪夢に与えられし滅殺の一撃ナイトメア・クラッシュ・アタック』といった感じで名付けているようなんだけれど」

「ナイトメア、人気ありますね」

「わたくしには少しも思いつかなくて。アリル、何かいい案はないかしら?」


 うーん、とアリルは考える素振りを見せてから、とりあえず思いついたことを口にしてみる。


「やっぱり必殺技は、叫びやすいためにも短い言葉で、かつインパクトがあるといいと思うんですよ。それでいて覚えやすく、さらに理想としては相手をひるますことができれば最高です。となると――」

「何かあるかしら?」

「『ハゲ』とかどうでしょうか」


 ヴィオの表情が渋いものになる。


「さすがに短すぎるわ。もう少し長くできないかしら」

「それじゃあほかの人のを参考にして、『黒き動乱のハゲ(ナイトメア・カオス・ハゲ)』とか、『ハゲに与えられし滅殺の一撃ハゲ・クラッシュ・アタック』とかでどうでしょう?」

「なるほど。斬新でいいわね」


 さっそくヴィオは紙にその必殺技名を書き留めていく。ただやがて彼女は動かしていた手を止めた。


「どうかしましたか?」

「本当にこれでいいのかしら」

「安心してください、技名を叫んで恥をかくのはわたしじゃなくてヴィオさんです」

「ちなみにアリルは何か必殺技を持っていないの? たとえば掃除をするときに技を発動させて叫んだりしないのかしら?」


 アリルは苦笑する。


「そんなこと、たまにしかしませんよ」

「どういった技なのかしら? 興味があるわ」

「それよりもわたしはヴィオさんの剣技が気になります。以前も練習でリサさんに圧勝してましたけど、こしゃくなくらいお強いんですね」


 アリルとしては褒めたつもりだったが、ヴィオはなぜか表情を曇らせる。彼女は少し迷うにしてから言葉を口にした。


「わたくしの強さなんて、しょせんお飾りよ。実戦に出ればすぐ化けの皮がはがれるわ」

 どこか自虐的にヴィオが笑みを浮かべる。

「実戦なんてそう機会はないですよ」

「どうしてわたくしたちお嬢様が、剣の修行を積んでいるか、アリルには分かるかしら?」

「えーっと、それはやっぱり、没落して戦地に投げ捨てられたときに、すぐには死なないようにとか?」

「惜しいわね。正解は、剣を振るう者たちを従えるからには、剣を振るうとはどういうことであるかを理解する必要があるからよ。あとはそうね、自衛かしら」

「やっぱりヴィオさんとかお嬢様たちはよく命を狙われたりするんですか? たとえば暗殺者を仕掛けられたりとか」


 アリルが少し緊張して尋ねると、ヴィオはどこかはかなげに薄い笑みを浮かべる。


「わたくしの命を狙う物好きなんているのかしら」

 すぐさまアリルは言い返す。

「きっといますよ! ヴィオさんほど素敵な人を、野放しにしておくわけないじゃないですか! 必ず命を狙いに来ます、必ず!」

 アリルの強い口調に、ヴィオは少し驚いたようにしていたが、やがて嬉しそうに目を細めた。


「あなただけよ、そんな風に言ってくれるのは。ありがとう」


「あ、いえ、わたしは正直に言っただけですし……」

 何か照れくさくなったアリルは、思わずヴィオから視線をそらしてしまう。


 少し間を置いてからヴィオが口を開いた。

「明日の模擬戦、見に来なさい。わたくしが華麗に勝利を収めるところを、あなたに見せてあげるわ」

「はい、楽しみにしてます! 今度は転ばないでくださいね!」

「何のことかしら」

 そう言いながら、ヴィオは露骨に視線をそらした。

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