第一章 5話
アリルが目を覚ましたとき、そこは自室のベッドの上だった。
「あら、お目覚めのようね」
隣に目をやると、そこにはヴィオとリサの姿があった。
ゆっくりと体を起こそうとすると、背中に痛みとかゆみが走る。
リサが声をかけてきた。
「まだ治療したばかりだ、横になってろ」
「え、えっと、何がどうなったんですか? 呪いの剣はどうなりましたか!」
ヴィオがテーブルに置かれていたリンゴを手に取り、ナイフで皮をむこうとして、手を滑らせてリンゴを落とした。
ころころと転がっていくリンゴ。
その光景を眺めるアリルたち。
やがてヴィオが口を開いた。
「リサさん、リンゴはあなたにあげるわ。
それで呪いの剣だけど、わたくしが叩き折ったら、影も消えたわ。その後はリサさんがちゃんと処理してくれたから、もう被害が出ることはないはずよ」
「そうですか、よかったです」
ほっと胸をなで下ろすと、ヴィオがこつんと指でアリルのおでこを軽く叩いてくる。
「まったく。わたくしをかばってケガをするなんて、迷惑極まりないわ。二度としないでちょうだい」
「いえ、たぶん次もこうすると思います」
正直にアリルが答えると、ヴィオは面食らったような表情になったが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「その服はあなたにあげるわ」
「服? あ、これって」
いつの間にか着替えさせられていたらしく、アリルはこの学園の制服を身につけていた。サイズは少し大きいが、真新しいものだった。
「あなたが着ていた服は血だらけになった上に、背中がばっさり斬られて、もう着られそうになかったのよ」
「あ、いえ、着ますよ。血まみれファッションとかきっとそういうのもあると思いますし」
「もう処分したわ。ほかの服に着替えさせようと思ったのに、あなたの荷物を漁っても代えの服が出てこなかったの」
「予備の服を用意するくらいなら、ご飯を食べますから」
「アリル、次から食事に困るようならわたくしの所に来なさい。残飯程度のフルコース料理なら分けてあげるわ」
と、リサがヴィオの頭を小突いてくる。
「なーんでこいつは素直に礼が言えないかなぁ。人に迷惑を掛けたんだし、せめて詫びの一つくらい伝えておけよ」
「何かしら管理不行き届きのリサさん」
「ほんとすんませんでした!」
リサが深々と頭を下げる。そんな光景を見てアリルはくすくすと笑う。
と、コンコンコンとドアがノックされた。
「はーい、どうぞ」
ガチャッとドアが開く。
入ってきたのは銀髪の少女、ティだった。ティはたおやかな身のこなしでアリルに近寄ってくると、手をぎゅっと握りしめてくる。
ささやくようにティは言った。
「よかった。あなたが斬られて死んだと聞いて、慌てて来た」
「すみません、生きてて。がっかりさせちゃいましたか?」
「早く傷口を見せて。私が秘伝のえせ薬を塗ってあげる。さあ、早く。脱いで。私にそのきれいな素肌をさらけ出して」
いそいそとティがアリルの服を脱がせようとする。
「え、えっと……」
アリルが困惑していると、ティの首根っこをヴィオがつまみ上げた。
「ティさん、もう治療はリサさんがおこなってくれたわ。セクハラしたいだけなら、アリルが元気になってからにしてあげてちょうだい」
そんな言葉を聞いていないのか、ティオが相変わらずアリルを脱がせようとする。
ヴィオがすぱんとティの頭を叩いて、首根っこを捕まえてずりずりと引っ張り外へ連れ出していく。
そんな光景を見ながら、アリルは自然と笑みを浮かべる。新しい生活が始まってさっそくどたばたしてしまったが、こういうにぎやかさなら、アリルとしては歓迎だった。
これからの生活は、きっとうまくいく。なんの根拠もなかったが、アリルはそんな実感を胸に抱いた。あと背中がかゆい。