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第一章 2話

 

 アリルが任せられた仕事は多数ある。

 掃除に洗濯、授業で使った道具の片付けや準備など様々だ。


 それをすべて一人でする必要がある。本来ならあと二人ほど雑用係として雇われるはずだったが、その二人に対してディナーシャが暗躍し、平和的に暗殺をして働けないようにした。


 もっともその暗殺は失敗し、最終的には買収という手段をとったらしい。

 ディナーシャが言うには、


「働くはずだった二人も暗殺を依頼されてたみたいだし、これで邪魔者はいなくなったから、気軽に暗殺してちょうだい」


 とのことだが、そもそもその肝心の暗殺の方法をアリルは指示されていなかった。

 自分で考えるよう言われているが、アリルにはさっぱり何も思い浮かんでいない。ただ毒殺用に特殊な毒はもらっているので、機会があれば飲ませてあげたいなぁと考えていた。


「ま、なるようになるなる!」


 自分にそう言い聞かせて、まずは用意してもらった自分の部屋へ行ってみることにする。

 これからこの学園に住み込みで働くからには、自室を確認しておきたかった。




 アリルに用意された部屋は、一番古い校舎にある屋根裏部屋だった。

 古びた木製の階段を上り、その部屋の前へやってくる。ドアは薄汚れ、隅には蜘蛛の巣が張り付いていた。


 事前に受け取っていた鍵を使い、ドアを開けて中に入る。


「うわ……」


 部屋の中を見て、思わずアリルは言葉を漏らす。その光景はすごいものだった。


 敷き詰められた赤いじゅうたん、天蓋付きの白いベッドに装飾のたくさんついた派手なシャンデリア。どこぞの王族の部屋がきっとこういった感じなのだろう。


 念のため外に出てドアを確認してみるが、そこには誰かが用意してくれたらしい『アリルの根城』と書かれたプレートがつけられていた。根城の部分はあとで消しておこうと思う。


 部屋に入り、おそるおそる歩を進め、きょろきょろしながら試しにベッドに腰掛けてみる。とても柔らかく、弾力のあるベッドだった。


 周りには輝くものばかり。さすがお嬢様ばかりが通う学園だ。


 そわそわ。

 落ち着かない。

 悩んだあげく、持ってきた荷物を適当にあたりにばらまいてみる。

 少し汚れ、以前まで暮らしていた自室にほんのちょっと近づいたような気がした。


 今後どうやってこの部屋を汚していこうかとアリルは思案しつつ、袋から掃除に使う道具を取り出していく。

 まずはこの学園をきれいにすべく掃除をおこなうつもりだった。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 カキン、ガツン、と剣がぶつかり合う音があたりに響き渡る。


 場所は中庭。といってもかなり広く、どれくらい広いかと言えば、アリルが以前まで暮らしていた自室より広い。


 そんな中庭で、十五人ほどの女子生徒たちが剣術の授業をおこなっていた。

 どの生徒もアリルと同じ十五歳ほどの少女ばかりだったが、さすがはお嬢様と言うべきか、剣を扱う動きにもどこか品があるように感じられた。


 今は二つのグループに分かれ、一方がわら人形を相手に、もう一方が二人一組になり剣の練習を始めようとしていた。

 わら人形のグループを担当している教官らしき初老の男性が声を張り上げる。


「これよりわら人形を相手に斬りかかってもらう。だが普通の練習では気合いも入らないだろうと思い、この並べられたわら人形三体にそれぞれ教師の名前を付ける。

 左から順に魔術担当のケルバーク先生、歴史担当のロウンティン先生、そして一般教養のオスルン先生だ。この中から特に嫌いな教師めがけて剣を振るってほしい。――では、始め!」


 その声を合図に、生徒たちが一斉にわら人形に斬りかかる。

 五人の生徒中、四人がオスルンという名のわら人形に渾身の一撃を叩き込んでいく。生徒の一人が教官の初老の男性に斬りかかろうとしていたが、周囲が慌ててやめさせた。


 一方で組みになっているグループは、二人一組になり、剣での攻防を練習し出した。彼女らが剣を振るう隣で、アリルはモップを振るっている。


 廊下の長い通路を往復し、ひたすらモップがけをおこなっていた。通路はとても長く、しばらく往復している内にアリルは汗でびっしょりになる。

 だが掃除をおこないつつ、アリルは本来の任務も忘れてはいない。横目でちらちらと生徒たちに視線を注ぎつつ、ターゲットを発見していた。


 今回のアリルのターゲット、それはヴィオという少女だ。

 事前にその子の似顔絵を見せてもらっていた。その少女へ視線を注ぐ。


 彼女は金髪の長い髪を横で縛っており、剣を振るう度にその髪が大きく揺れ動いていた。生徒たちは美人が多かったが、その中でもヴィオは格が違った。もう、なんていうか、格が違う。どう説明していいのかわからないが、すっごく、格が違う。他の者を圧倒するようなオーラのようなものを発している。


 それもそのはず、彼女はそんじょそこらのお嬢様とはわけが違う。

 なんとこのヴァレーク王国の国王の娘だ。

 そんな彼女が、無防備にこの学園に通っている。彼女を暗殺するのがアリルに命ぜられた任務だ。それもすぐ殺すのではなく、指示があったそのときに暗殺する手はずになっている。それまでは必ず生かしておくよう厳命を受けている。


 ヴィオは白い肌で華奢な体つきをしていたが、その堂々とした動きからはりりしさが伝わってくる。実際に今も彼女はペアを組んで剣を振るっているが、完全に相手を圧倒していた。


 ヴィオの力に負け、押された相手がその場にどさっと倒れる。


「まいった、降参! さすがヴィオ、強いなー」


 倒れた相手は力なく笑みを浮かべるが、ヴィオの動きが止まることはなかった。剣を振るい、倒れた少女ののど元に剣をつきつける。だがそれでも倒れた少女はへらへらと笑みを浮かべていた。


 やがてヴィオは剣を引き、代わりに倒れている少女をげしげしと踏み出す。ヴィオは呆れたように言った。


「もう、ほんとうにリサさんは弱すぎるわ! もっとまじめに稽古を積みなさい!」

「いやーそういうのまじだるいしー」

「そんな弱さのままでここを卒業して、戦場に向かわされたらどうなると思ってるの?」

「もし戦場にでも飛ばされたら、あたしの首が飛ぶだろうね」


 リサという少女がそう言うと、もう一度ヴィオはリサを蹴り飛ばした。


 まだほかの生徒たちは授業を続けていたが、ヴィオは剣を鞘にしまうと、その場をあとにする。彼女は都合良くアリルの方へやってきた。


 よし。まずはヴィオに覚えてもらおう。そのためには良い印象より悪い印象を与えた方が強く覚えてもらえるに違いない。

 そう判断したアリルは、タイミングを見計らい、バケツにつまづいて転んでみせた。バケツに入っていた水がヴィオの足にばしゃっとかかる。ヴィオが足を止めた。


「ご、ごめんなさい! ついちゃっかり転んじゃって!」


 すぐに起き上がったアリルは、申し訳なさそうな表情をしつつヴィオに駆け寄る。ヴィオは鋭いまなざしでアリルのことをにらみつけてきた。


「なんてことをするの!」

「ほ、ほんとごめんなさい!」

「転んだ拍子にどこかケガしたらどうするのよ? ほら、見せなさい」


 アリルがケガをしていなかどうか、足やひじをチェックしてくる。その反応にアリルはきょとんとする。


「え、えっと……」

「まったく、もっと落ち着きを持って行動なさい。今はケガをしてないようだけど、次は大ケガするかもしれないのよ?」

「あ、あの、水を浴びせかけちゃったことに怒ってないんですか?」

 今度はヴィオが不思議そうな表情になる。

「怒る? どうして? こんなのすぐ乾くわ。それよりあなたが元気そうでなによりよ」

「おお……」

 アリルは感動する。てっきり高飛車な人だと思っていたら、そんなことはなかったらしい。殺すまでに友だちになれたらいいなぁとアリルは素直に感じた。


 何かに気づいたヴィオが小首をかしげる。

「あなた、掃除をしているようだけど、ひょっとして新しい雑用係かしら?」

「あ、はい! へんぴな田舎ごときから来たアリルと申します、よろしくお願いしますね!」

「雑用係と馴れ合うつもりはないわ。なれなれしくしないでちょうだい」

「ご、ごめんなさい!」

 ぴょんと後ろに下がる。


 ヴィオはつんとした表情をしたままこの場を去ろうとしたが、ふと足を止めて振り返り、アリルに声をかけてくる。

「あとでわたくしの部屋に来てちょうだい。掃除をお願いしたいの」

「あ、はい、喜んで!」

 アリルは笑みを返すが、ヴィオは澄ました表情のまま立ち去っていった。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 廊下の掃除を終えたあと、アリルはさっそくヴィオの自室へ向かった。ここの生徒たちもアリルと同じく、住み込みで勉学に励んでいる。



 しばらく歩き、迷うことなくヴィオの自室前へ到着する。ほかの生徒たちがどの部屋で暮らしているのかまでは知らなかったが、ヴィオの部屋に関してだけは事前に調べがついていた。


 数度ノックすると、しばらくしてドアがゆっくりと開いた。ヴィオの声が聞こえてくる。


「入ってちょうだい」

「し、失礼します!」


 緊張しつつ部屋の中に足を踏み入れる。

 部屋内を見渡して、アリルは思わず声を漏らした。


「うわ、ぼろい部屋ですね……」


 てっきりアリルの部屋のように豪華な作りになっていると思ったが、そんなことはなく、質素な机とベッドが置かれているだけで、安物の宿のような部屋だった。


 部屋の中央には木製のテーブルと、イスが二つ置かれていた。テーブルの上にはクッキーの入ったバスケットとティーセットが並べられている。

 どこか不機嫌そうな表情をしたヴィオが座るように促してくる。


「早く着席しなさい」

「え、でも掃除しないと」

「そうよ。掃除してちょうだい。クッキーと紅茶が残ってるの。早く片付けて」

「え、えっと?」


 事情が飲み込めずにアリルが困惑していると、ヴィオが怒った様子になる。

「ほら、早くなさい。わたくしは次の授業が控えてるの」


「うーす、来たー」


 と、不意にドアから少女が入ってきた。さきほど剣の授業でヴィオの相手をしていた子だ。名前は確かリサだったはず。


 ショートカットでボーイッシュな感じのするリサは、遠慮なく部屋に入ってくると、イスの一つに腰を下ろし、さっそくクッキーをつまんでぱくっと口の

中に放り込んだ。


 ヴィオが苦言を呈する。

「ちょっとリサさん、そのクッキーはあなたのために用意したものじゃないわ」

「知ってる。その子のためだろ?」


 リサがアリルに視線を向けてくる。

 慌てたようにヴィオは首を横に振った。


「単にクッキーと紅茶が余っていたから、みすぼらしいアリルに恵んであげようと思っただけよ」

「へいへい、新人の子を歓迎したかったんだろ? 素直にそう言えよ、面倒くさいやつだな」

 からからとリサが笑う。ヴィオはむすっとした表情になったが、特に言い返すことはしなかった。


 リサが声をかけてくる。

「ほら、早く座れよ。新人ちゃんはアルリだっけ?」

「えっと、アリルです!」

「そっか、アルリだな。覚えた」

「あ、はい、もうなんでもいいです」

「まあ座れって」

 リサが手招きしてくる。少し迷ってから、アリルは空いていたもう一つのイスにおどおどしつつ腰を下ろす。


 それからどうしたものかと迷っている内にも、リサはぱくぱくとクッキーを食べていく。

 そんな光景を眺めながら、ヴィオが呆れたように口を開いた。


「ほんと、リサさんが来るならクッキーに毒でも入れておけばよかったわ」

「あ、毒ならありますよ、使いますか?」

 アリルがそう提案すると、ヴィオが驚いた表情になる。


「あなた、毒なんて持ってるの?」


 言ってから、しまったとアリルは気づいたが、わりと手遅れだ。適当にごまかしておくことにする。

「え、えーっと、ほ、ほら、ネズミ! ネズミとか嫌いな人をやっつけるために毒を持ってるんですよ!」

「あら、そうなの。なら少し分けてくれないかしら、いま使いたいわ」

「殴った方が早くないですか?」

「それもそうね」

 ヴィオはリサを蹴り飛ばすことにする。だがそれよりも早く、リサがさっと席を飛び退いて攻撃から逃れた。


 リサがにやりと笑みを浮かべる。


「へっ、あたしから簡単にクッキーを奪えるなんて思うなよ。他人が用意したお菓子なら、あたしはいくらでも遠慮なく食べ尽くしてみせる! たとえ殴られてもだ! やれるもんならやってみろ!」

「じゃあお言葉に甘えて」

 すっとアリルは立ち上がり、試しにリサに拳を叩き込んでみる。

 アリルの不意打ちをまったく予想していなかったらしく、リサのみぞおちにパンチが決まる。リサはどさりとその場に倒れ込んだ。

 その光景を見ていたヴィオがパチパチと拍手を送ってくる。


「すばらしい一撃よ、アリル。初対面の相手を遠慮なく殴れるなんて、その卑劣さ、雑用係にしておくには惜しいわ」

「そんなに褒められたら恥ずかしいですよ……」


 えへへとアリルは照れ笑いを返しておく。


 と、倒れていたリサがゆっくりと体を起こす。

「へ、へへ、いいパンチだったぜ……。だが覚えてろよ、たとえあたしが倒れようとも、第二第三の菓子食いたい連中がおまえに襲いかかるだろう……」


 そんなことを言いながらリサはまたイスに座り直し、ぷるぷる震える手つきでクッキーに手を伸ばす。まだ食べたいらしい。


 ヴィオが指示を飛ばしてくる。

「アリル、もう一発殴ってあげなさい」

「あ、なんなら毒を直接飲ませるとか。殴って気絶させて、口から流し込みましょう!」

 笑顔で提案する。

 その言葉を聞いたリサがイスから飛び退き、慌ててヴィオの後ろに隠れてしまう。

「この子、見かけによらずこわいぞ。ああ、こわい。こわくてのどが渇いた。ヴィオ、紅茶をいれてくれ」

「もう、リサさんったら。ほら、しゃがんで上を向きなさい。入れてあげるわ」


 ヴィオはティーポットを手に取ると、傾けてリサの口に流し込もうとする。


「じかかよ!? さすがのあたしでも、それはやけどする!」

「多少やけどするくらいで、がたがた言わないでほしいわね。やけどが嫌なら早く帰りなさい」

「くっ、覚えてろよ! 絶対また来てやる!」

 リサは捨て台詞を吐くと、クッキーを何個か手に取ってから部屋を出て行った。


 ことん、とヴィオがティーポットをテーブルに置く。

「ほんと、騒がしい人ね。迷惑きわまりないわ」

「仲がいいんですね」


 アリルが笑みを投げかけると、ヴィオはうっすらと笑みを浮かべた。


「あの人くらいよ、わたくしに無礼を働いてくれるのは」

「無礼にされたいんですか?」

「まさか。ただ、新鮮なのよ」


 ヴィオがどこか遠くを見つめるまなざしになる。アリルにはヴィオの言葉の意味がよく分からなかったが、とりあえず彼女が無礼をされたいドエムだということだけは分かった。


 あたりに鐘の音が響き渡る。

 ヴィオが小さくため息をこぼした。

「もう次の授業が始まるわ。掃除はまた今度来てくれるかしら」

「あ、はい! その、わざわざわたしなんかを招いてくれて、ありがとうございます。物好きですね!」

「面白い子が新しく来たと、ティから話を聞いていたのよ」

「ティ?」

「それより早くこれでも飲んで出て行きなさい」


 ヴィオはカップに紅茶を注ぐと、アリルに差し出してくる。

 ありがたく受け取り、一気に飲み干す。紅茶は思っていたよりも冷めていたが、心地よい甘さで、アリルの心を温かくさせた。

 

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