エピローグ
明日から、いよいよ政策会議にアリルたちは参加することになっていた。
ヴィオが王になってからしばらくは挨拶回りなどばかりしていたため、本格的に政治に関わるのはそれが初めてになる。
今日も地方へ趣き、挨拶をおこなってきたアリルとヴィオは、王宮にある自室に戻ってくる。
最初はアリルは自分の部屋をもらっていたが、あまりにも広すぎて萎縮してしまい、結局はヴィオと同室に住むことになったのだ。
慣れない挨拶回りで疲れたアリルたちを出迎えたのは、かつての学友だった。
「リサさん、それにティさんも!」
彼女らは客室でアリルたちの帰りを待っていた。リサは手ぶらだったが、ティは王都で商売でもするつもりなのか今日も大きな袋を背負っていた。
「おっす! 二人とも元気そうだな」
「アリル、久しぶり」
すっと近づいてきたティが、アリルのことを抱きしめてくる。
「お二人も元気そうで良かったです。今日はどうしてここに?」
「いや、深い意味はない」
リサが何か含みのある笑みを浮かべる。ティも笑みを浮かべながらこくこくと頷いた。それを見たヴィオが失笑する。
一人アリルだけが小首を傾げていると、近づいてきたリサが耳元でこそっと話しかけてきた。
「悪かったな、最初はおまえのことをヴィオのことを狙う暗殺者かと疑ってた」
アリルはどきりとする。
「ど、どうしてそう思ったんですか?」
「そもそも最初から疑ってたのもあったんだが、おまえがばっさり斬られて、着替えをさせたときがあっただろ? あのときにおまえの鞄を漁ってたら、毒入りらしき瓶を見つけたからな。ちょっと調べさせてもらった。ま、実際はただの水だったから返しておいたんだけど、ほんと悪かった」
「ただの水……?」
ぴょんとアリルから離れると、リサが大きな声を出した。
「ところでおまえらに土産がある。あたしらが頑張って探し出した一品だから、ありがたく受け取ってくれ」
「なんですか?」
「どうぞ、入ってきてください」
珍しくリサが敬語でそう言うと、扉が開き、一人の女性が中に入ってきた。彼女を見てアリルは驚きの声を上げる。
「ディナーシャさん……!」
アリルに暗殺を依頼してきた彼女がそこに笑顔で立っていた。
だが今日は何か気品あふれる服に着替えている。彼女の姿を見てヴィオも同時に声を上げた。
「お母様!」
「ヴィオ、なかなか会ってあげられなくてごめんね」
ゆっくりと近づいてきたディナーシャが、ぎゅっとヴィオのことを抱きしめる。
「お母様……」
「ここへ来るのが遅くなってほんとごめんね。あんたが王になったなんてちっとも知らなかったんだけど、学友の子たちがあたしを見つけ出して教えてくれたの」
どうだと言わんばかりにリサが胸を張っている。ティも満足そうな表情をしていた。
久しぶりに再会した親子。
感動的なシーンなのかもしれないが、アリルは困惑し続ける一方だった。
ディナーシャがヴィオを抱きしめながら、アリルにウインクを飛ばしてくる。
「え、えっと、どういうことなんですか……?」
ディナーシャが笑顔で説明してくる。
「簡単な話よ。私はいつもふらふらしてたんだけど、それでもやっぱりヴィオのことが心配でね。こっそり様子を確かめたかったんだけど、学園は光の障壁で入れないわよね? それでアリルに侵入してもらって、定期的に報告してもらったってわけ」
「じゃ、じゃあ仕事の依頼は……」
「私がでっちあげた話よ。いつまで経っても決行の指示を出すつもりもなかったし、今後も出さないわ」
「あ、あのとき連れて行ってもらったアジトとか……」
「ああ、あれは飲み友だちが集まる場所。みんなノリがいいから付き合ってくれたわ」
「じゃあ、わたしは……ヴィオさんに、ひどいことをしなくて、いいんですか?」
ディナーシャがゆっくりと頷く。それを見たアリルの瞳から、自然と涙がこぼれた。
「よかったぁ……」
次々とアリルの瞳から涙がこぼれていく。
ヴィオから離れたディナーシャが、今度はアリルのことを抱きしめてくる。彼女はそっと耳打ちしてきた。
「ごめんなさいね、暗殺なんて頼んじゃって。あたしの娘を好きになってくれて、ありがとう」
「なんで素直に、監視するよう頼まなかったんですか?」
「気を抜いてほしくなかったのと、あとは――」
「あとは?」
「茶目っ気。その方が楽しいかなって」
「茶目っ気ですか。なら、仕方ないですね」
アリルはそう言って、泣きながら笑った。
その日の夜。
就寝後、すやすやとアリルが眠っていると、誰かに揺さぶり起こされた。
目を開けると、そこにはヴィオと、別室で休んでいるはずのリサ、そしてティの姿があった。
「どうしたんですか、みなさんそろって?」
アリルが尋ねると、リサがいたずらっ子のように無邪気な笑みを浮かべる。
「逃げるぞ」
「え、逃げる?」
ヴィオがしっと声を潜めるよう促してから、ささやくように言う。
「お母様が見つかった以上、わたくしが王になる理由はないわ。お母様がまたふらっと居なくなる前に、全部押しつけてわたくしは学園へ帰るわ。というわけで行くわよ、アリル」
「わたしも一緒で、いいんですか?」
その言葉にヴィオが不思議そうな顔になる。
「当然でしょ? わたくしのそばにいて、守ってくれるのよね?」
「……はい!」
アリルがベッドから抜け出すと、ティが背負っていた袋から長い縄ばしごを取り出す。リサが素早い手つきではしごを窓の外に垂らす。
ヴィオがアリルの手を握って引っ張ってくる。
「さぁ行きましょう」
「あの、ヴィオさん」
「何かしら?」
「これから……よろしくお願いしますね」
「ええ、こちらこそ」
ヴィオは今まで見た中で一番柔らかい笑みを浮かべた。
リサがヴィオとアリルの背中をぐっと押してくる。
「ほら、早く行くぞ」
アリルが先頭になってはしごを下りていく。下りた先ではエルスリンが周囲を警戒しながら待ち構えていた。
「近くに兵士が居ます、静かに。町外れにわたしのドラゴンを待機させてます、急ぎましょう」
みなで協力しながら塀を乗り越えていく。
ちらりと振り返ると、窓際からディナーシャが笑顔で手を振っていた。手を振り返す。
「何してんだアリル、いくぞ」
リサに急かされ、アリルも塀を乗り越え、五人揃って王宮を脱出する。
そのとき急いで駆け出そうとして、アリルはバランスを崩してしまう。転ばないようにリサのことを突き飛ばす。リサが勢いよく地面に倒れる。
「ご、ごめんなさい!」
すぐにアリルは謝る。
「誰だ、そこに居るのは!」
巡回していた兵士がその声に気づき、駆けつけてくる。
「まったく、これだからリサさんは」
ヴィオがため息をつく。
「あたしか? 悪いのはあたしなのか?」
「まあ誰のせいでもないですよ。急いで逃げましょう!」
アリルの言葉に、リサ以外のメンバーがうんと頷く。リサは愉快そうに笑った。
「ほんとおまえらと居ると、にぎやかになりそうだな」
みんな揃って笑い合う。五人肩を並べて駆け出し、追いかけてくる兵士から逃げていく。
更けていく夜の中に、五人の楽しげな笑い声が、どこまでも広がっていった。
おしまい




