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第一章 1話

 朝。

 アリルは静かに深呼吸を繰り返してから、大きな学園の門に向かって歩いていく。


 ここヴァレーク王国において名門中の名門、一流と一流気取りのお嬢様ばかりが通っているアンアシェン女学園。

 生徒たちは日夜、剣術や魔法の修行を積んでいる。

 そこが今回のアリルの潜入先だ。



 初仕事ということもあって、アリルはかなり緊張していた。

 歩く度に、右手と左足が一緒に前へ出ている。

 背負っているはずの荷物の入った重い袋も、浮き足だっているせいか軽く感じられた。


 門の脇には、銀色の鎧を着込み、騎士の格好をした大柄の女性が立っていた。

 この学園を守る警備の人だ。


 その騎士がゆっくりと動き、アリルの前に立ちふさがる。

 彼女は刺すような視線をアリルへ向けてきた。


「ここに何の用だ? 部外者は立ち入り禁止だ」

 アリルはごくっとつばを飲み込んでから、練習してきたとおりの言葉を口にする。


「きょ、今日からここで雑用係として働くことになったアリルと申します、よろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げる。


 しばらくしてから頭を上げると、まだ騎士は立ちふさがったままだった。

 騎士が声をかけてくる。


「アリルという少女が来ることは学長から聞いているが、君がその少女であるという確認が必要だ。学長からアリルについて書かれた紙を預かっている。いくつか確認させてほしい」

「あ、はい! なんでも聞いてください!」


 騎士がポケットから出した紙を広げ、りんとした声で読み上げていく。


「一つ、アリルは短い赤毛の髪をしている。二つ、彼女はかわいらしく小柄な少女である。

 ――ふむ、合っている。次、彼女の下着の色は白である」

「え、えっと、答えなきゃ駄目でしょうか」

「いや、スルーしてくれ。私が同じ質問をされたら質問者を刺しているだろう。

 次、彼女は朝起きるのが早い。――そうなのか?」


 騎士が相変わらず鋭い視線を向けてくる。こくこくと頷くと、騎士はゆっくりと頷きを返してくる。


「次、彼女は料理が得意である。――合っているか?」

「あ、合ってると思います!」

「ふむ。よろしい。

 だが、はたして自己申告で答える質問に何の意味があるんだろうか。

 いや、意味がない。アホか」


 騎士が読み上げていた紙をびりびりと破く。

 アリルが戸惑っていると、騎士がゆっくりと動き、道をあけた。


「入ってくれ。それと、このあと学長と会うようなら、一発殴っておいてほしい」

「そ、そんな、わたし暴力なんて振るえません!」


 暗殺者として隠密に動くためにも、目立つような行動はしてはいけないと何度も言い聞かされている。

 アリルの返答を聞き、騎士が笑みを浮かべる。

 今までの厳格な雰囲気に似つかわしくないほど柔らかい笑みだった。


「君はやさしいんだな。私の名はロフィだ。ずっとここで一人でぽつんと誰にも声をかけてもらえずに立っている」

「寂しいんですか?」

「まさか。これが仕事だ。それに、私が暇をしていることは、学園が平和だということだ。たとえ長時間ひとりぼっちで話す相手もなく立ちつくしていようが、それは幸せなことだ」

「あの、また時間が取れたら、ここへお話しに来てもいいですか?」


 そう提案すると、ロフィは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「好きにしてくれ。私はいつでもここにいる」

「こ、これからよろしくお願いします! わたし、ロフィさんのことをもっと知りたいです! よろしくお願いします!」

 またぺこりとアリルは頭を下げる。

 暗殺者として活動していく上で、おそらくこの人がもっとも気にすべき相手だろう。

 何か弱点を見つけておきたいところだ。


 頭を上げると、ロフィが感慨深そうな表情をしていた。ぽつりと彼女は言葉を漏らす。


「はじめてだ。長年警備を続けてきて、私のことを知りたいだなんて言ってくれる子は一人もいなかった。生徒たちはみなお嬢様ということもありプライドの高い子たちばかりで、頭を下げる子さえ滅多にいない。そもそもこの学園には――」


 ロフィは目を閉じつつ何か話を続けていたが、約束の時間が迫っていたためアリルはもう一度頭を下げてから、小走りにその場を後にする。


 と、がつんと体がはじかれてアリルは尻餅をつく。目の前には何も壁らしきものは見えなかったが、確かに何かに跳ね返された。


 これがディナーシャから聞いていた『光の障壁』だとアリルは把握する。


 今回の任務でアリルは二つの仕事を任されていた。

 一つはちょっとした暗殺。

 そしてもう一つが、学園を守る『光の障壁』の解明だった。

 この不思議な障壁のおかげでこの学園は守られており、その原理はまったく分かっていないらしい。おそらく魔術なのだろうか、何か増強するための装置が学園内に隠されているのではないかと推測されている。


 ただこれはあくまでディナーシャ個人が気になっただけなので、ついでに調べてくれるだけでいいとも言われていた。

 だが頼まれた以上、アリルはきちんとこなすつもりだった。


 ロフィが手を伸ばし、アリルが起き上がるのを助けてくれる。

「少し待っててくれ」

 そう言うと、ロフィは剣を抜き、なんどか障壁を斬りつける。しばらく待っていると、ロフィが声を上げた。


「今だ、入れ」


 その声に従い、アリルは学園内に飛び込む。今度は障壁に弾かれることなく中へ入ることができた。

 ロフィがゆっくりと剣を鞘に仕舞う。


 障壁のシステムはよく分からなかったが、どうやら自在に解除できる仕組みではないらしい。警備にロフィが立っているからには、障壁自体に何か致命的な欠陥があるのかもしれない。


 そんなことを考えながら、アリルは遅刻しないためにも勢いよく駆け出した。

 

 

          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 学園内だというのに、あたりは多くの花が咲き乱れ、中央には大きな噴水がある。

 風格のある大きな校舎がいくつも並び、この学園の施設をすべて見て回るにはとても一日で済みそうになかった。


 そんな学園内をアリルはひた走る。

 初日から遅刻はしたくなかった。

 暗殺者として暗躍するためにも、まずは周囲の信頼を勝ち取らなければならない。


 急ぐことに全力を注いでいたため、アリルは曲がり角で向こうから来る人に気づかなかった。

 急停止しようとしたが止まりきれず、相手を思いきり吹っ飛ばしてしまう。


 相手は腰まで伸ばした長い銀髪の少女だった。

 少女は倒れ込んだままぴくりともしない。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!」


 慌てて駆け寄り、少女を抱え起こす。

 その子はアリルが今まで見たことのないほど端正で整った顔つきの美少女だった。この学園の制服を着ているところを見ると、ここの生徒だろう。


 軽く揺さぶってみるが、少女からの反応はない。そしてアリルは気づいた。


「し、死んでる……!」


 息をしていない。さっそく一人殺してしまったようだ。

 アリルが慌てて死体を埋める場所をきょろきょろ探していると、銀髪の少女がゆっくりと目を開いた。


「あ、生きてた! よかった、息をしてなかったからびっくりしちゃいましたよ」


 銀髪の少女がすっと手を伸ばして、アリルのほおに触れてくる。

 彼女はじっとアリルの瞳を見つめながら、そっと口を開いた。


「……あなたのかわいらしさに見とれて、息をするのを忘れてしまっていた」

「頭を打ったんですか、大丈夫ですか?」

「名前を聞かせて」

 銀髪の少女が澄んだ瞳で見据えてくる。アリルは笑顔一杯で答えた。


「アリルです! 今日からここで雑用係として働くことになりました、よろしくお願いしますね。――ってそんなことより、救護室へ! 頭を打ったみたいですし、治療しないと。もし手遅れのようなら墓地へお連れしますが」


「大丈夫。どこもケガしてない」


 ゆっくりと銀髪の少女は体を起こす。体についていたほこりをアリルが払うと、彼女は柔らかい笑みを浮かべた。


「あ、あの、本当に大丈夫ですか?」

「あなたが気にすべきは私じゃない。床に落ちていたほこり。以前の雑用係はサボってばかりだった。あなたに期待」

「あ、はい、お任せください! 色々と『掃除』してくるように頼まれてますから!」

「気をつけて。ここの『ほこり』たちは、ときどき噛みついてくるから」


 そう言うと、銀髪の少女は静かに立ち上り、口元に笑みを浮かべたまま立ち去っていった。


 噛みつくとはどういうことだろうか、魔術の暴発により歯が生えたほこりが我が物顔で歩き回っているんだろうかとアリルが小首をかしげていると、あたりに鐘の音が響き渡った。


「あっ、いけない!」


 学長の元へ急いでいたことを思い出す。慌てて駆け出す。

 一度だけ振り返ったが、さきほどの銀髪の少女の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 

          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 事前にこの学園のどこにどんな部屋があるかを入念に調べ上げていたため、アリルは迷うことなく学長室へたどり着いた。


 ノックを四回してから声を上げる。

「おはようございます、今日からお世話になるアリルです!」


「入りなさい」


 静かにドアを開けて、中に入る。


 学長室の中には、若い女性の理事長が、ビキニ姿で仁王立ちしていた。抜群のプロポーションに花柄模様の青いビキニがとても似合っている。


 理事長がりりしい表情で声をかけてきた。


「よく来てくれました、アリル。今日からここの一員として、責任と義務を持ち、誇り高きこころざしを胸に抱きつつ、日々の活動に励むように。

 たとえ雑用係とはいえ、ここは厳格な学園です。常に誰かに監視されている覚悟で、身だしなみを整え――」


「あ、あの、ちょっといいですか?」


「なんでしょう?」

「どうして、その、そんな格好を? 室内ですよね?」

 その言葉に理事長が険しい顔つきになる。


「私たち人間は、常に人生という荒波に揉まれながらも、大海原を泳ぎ続けます。それが人間の『生きる』という意味です」


「じゃ、じゃあその教えをわたしに伝えるために、わざわざ水着姿になってくれたんですか!」

「いえ新作のビキニを見せびらかしたかっただけです。

 さて、話を戻しましょう。

 この学園でどのような仕事をするかはすでに手紙で伝えたとおりです。初日の今日はまずは学園の構造について熟知してもらいます」

「あ、それならもうばっちりです! 安心してください!」

 ディナーシャたちの組織が調達した見取り図は、ばっちり頭に叩き込んである。

 理事長が何度も頷く。


「よろしい。ここへ来るまでに、先に校舎内を見て回っていたのですね。どうやらあなたは私たちが思っていたより優秀なようで安心しました。

 ですが覚えておきなさい。

 この学園のことを分かったつもりになろうとも、必ずや真の学園の姿があなたに牙を向けるときがくることでしょう」


 その言葉にアリルは思わずたじろいでしまう。

「そ、そんなに危険なんですか、この学園って」


「歴史あるこの学園ですが、この百年の間に重傷者が三人も出ています。あなたもくれぐれも気をつけるように」

「わ、わかりました、気をつけます!」

「もし不審者を見つけたようなら、すぐに報告してください」

「目の前に水着姿の不審者がいます!」

「その報告は結構です。ではさっそくですが仕事をお願いします。何から手を付けるかはあなたに任せますので」


 じゃあ暗殺から取りかかりますね、と口から出そうになったが、慌てて引っ込める。

 それに暗殺の決行日はまだ先だ。今は信頼を得て、周りを油断させることから始めるようディナーシャから厳命されている。


 ぺこりと大きく頭を下げてから、アリルは学長室を後にした。

 

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