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第五章 1話

 荷物の準備は整った。


 大きな荷物を背負って、しばらく門の近くで待っていると、やがてヴィオとエルスリンが現れた。

 ヴィオは小さな鞄を持っているだけだったが、エルスリンは巨大な荷物を重そうに背負っていた。ひょっとしたらヴィオの荷物まで彼女が持っているのかもしれない。


 門では馬車が三人を乗せるべく出発を待っていた。初めはドラゴンに乗る予定だったが、ドラゴンが極度のホームシックに陥り、里帰りしたため今回は馬車での移動となった。


「忘れ物はないかしら?」

「えーっと、見送りを忘れてますね」

「あら、そういえば」


 少し待つと、慌てた様子でリサとティが駆けてきた。彼女たちは手に何かを持っている。

「悪い、遅くなった! ほら、あたしたちで作った弁当だ。道中ででも食べてくれ」

 そう言ってリサが三つの弁当箱を差し出してくる。

「わ、ありがとうございます! 美味しいですか?」

「だといいな!」

 リサがいい笑みを浮かべる。ティがすっと近寄ってくると、アリルの手を両手でそっと握ってくる。

「元気で。気をつけて」

「ティさんもお元気で。大丈夫ですよ、何もなければすぐ帰ってきますから」

 これからアリルたちは王都へ向かうことになっていた。


 ヴィオが危険な目に遭ったことを知った国王が、ヴィオに帰って王宮で暮らすよう命令してきたからである。

 ヴィオはそんなつもりはさらさらなかったが、王からの遣いが頻繁に来てわずらわしかったため、直接本人に会って説得することにしたらしい。


 そんなヴィオに付き添うため、アリルとエルスリンも共に王都へ向かうことになった。エルスリンは亡命を受け入れてくれた礼を王に直接言いたいそうだ。


「それじゃいってきますね」


 見送りに来てくれたリサたちに別れを告げ、三人は馬車に乗り込んだ。

「確か王都までは丸一日くらいかかるんだよな?」

「はい、でも今回は急ぐために工夫してみたんですよ。前を見てください」

 リサが回り込んで馬車の前を見てみる。

「おお、すげぇ」

「普段なら二匹の馬で引いて丸一日かかるんですが、今回はヴィオさんが金に物を言わせて四十八匹の馬を用意しました。これなら一時間くらいで到着できそうですね」

 リサは顔をしかめる。

「言いたかねえけど、バカだろ。こんなにたくさんの馬に同時に引かせたらどうなるか常識的に考えてみろ。問題が生じるだろ?」

「問題、ですか?」

「馬のエサが足りなくなるだろ」

「ああ、確かに!」

「せめて半分にしていけ」


 リサの指摘に従い、半分の馬を野に帰す。

 手を振るリサやティ、ロフィたちに見送られながら、アリルたちは王都へ向けて出発した。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 丸一日かかりアリルたちは王都に到着した。


 さすが王都と言うべきか、町中に活気があふれ、大勢の人が行き交いをしている。市民だけでなく行商人や、ヴァレーク国の兵士、それにどこかに仕えているらしいメイドの姿も見える。


 門の近くで馬車を降りたアリルたちは、さっそく王が暮らす王宮へ向かうことにした。

 三人で肩を並べて歩いていると、右手を四、五人のメイドたちが何か愉快そうに駆けていく。

 さきほどからエルスリンが妙にそわそわしてきょろきょろしていた。


「王都には珍しいものが多いですか?」


 アリルが微笑みながら尋ねると、エルスリンが恐縮した様子になる。

「も、申し訳ありません。どうにも田舎者でして、こういう都会は落ち着かなくて」

「気持ちは分かります。わたしも何か落ち着きませんし」

 二人の視線がヴィオに向く。ヴィオは頭に茶色の袋をかぶっていた。

 彼女は袋でこもった声を出す。

「さすがに王都だとわたくしが王の娘だと知る人も多いわ。変装していった方が目立たないでしょうし」

 確かに彼女の言うとおり、こんな人を王の娘だと思う人はまず居ないだろう。だがヴィオと同じように考える貴族が多いのか、町中では頭から袋をかぶった人と何度かすれ違った。彼らはみな大衆とは違う華やかな服装を身にまとっていた。


 ヴィオは横着して袋に穴をあけなかったため、前が見えていない。アリルが彼女の手を引いて道案内をする。王宮の場所は分からなかったが、どうせ一番大きくて悪趣味な建物だろうと判断した。

 左手で十人近くのメイドたちがいっせいに洗濯物を干していた。その横をゆっくりとした足取りで通り、王宮を目指す。




 王都の真ん中へやってくる。そこは大きな広場になっていた。十五人ほどのメイドたちが井戸端会議をして盛り上がっている。

 目の前で転んだメイドを手助けしたついでに道を聞くと、このまままっすぐ行けば王宮に着けるらしい。


 しばらく歩くと趣味の悪い大きな建物が見えてきた。きっと王宮だろう。入り口近くでは門番の兵士がメイドと楽しそうに談笑していた。もしかしたら二人は恋仲なのかもしれない。

 と、門番がアリルたちに気づき、敬礼をしてくる。

「これはこれはヴィオ様、お帰りなさいませ」

 分かるらしい。ヴィオが袋を外し、首を振って髪の毛を整える。

「お父様は居るかしら。居ないなんて言わせないわよ、ちゃんとアポイントメントは入れてあるわ」

「国王様はご不在ですが」

 ヴィオが門番をビンタする。門番は「ありがとうございます!」と喜んだ。

「仕方ないわね。中で待ってましょう」

 ヴィオに続いてアリルとエルスリンも中に入り、王の帰還を待つことにした。




 王宮内ではサッカーがおこなわれていた。

「最近、貴族たちの間で流行しているのよ」

 とヴィオが教えてくれた。


 広いホールを利用して、貴族チームとメイドチームが熱い火花を散らしている。ホールが一望できる二階では大勢の貴族とメイドたちが観戦していた。

 メイドチームが果敢にパスを出し合い、壁に向けてシュートし、高価な壺や絵画を破壊していっている。物が壊れる度に観戦していたメイドたちから歓声が上がる。日頃の憂さ晴らしのようだ。


 一方で貴族チームは、イスに座りながら紅茶を飲み、フルーツをつまんで食べている。彼らは自分に仕えるメイドについて嫌みを言いながら、優雅に談笑をしていた。


 メイドの選手たちが的確にシュートを放ち、貴族の体にボールを当てて吹っ飛ばしていく。それに負けじと貴族たちもできうる限りの上品な物言いでメイドたちを侮辱し返す。

「アリルも参加してみたらどうかしら?」

 そんなことをヴィオが提案してくる。面白そうだったのでアリルは飛び入りで参加してみることにした。メイドチームが歓迎してくれる。


 主審がホイッスルを鳴らし、試合が再開する。

 さっそくアリルにボールが回ってきた。

「シュートよ、アリル! 一番左の貴族が以前わたくしを暗殺しようとした人よ!」

 ヴィオから声援が飛んでくる。


 アリルは助走を付け、必殺のバナナシュートを放つ。


 テーブルに置かれていたバナナを左の貴族の顔面にぶつけ、ひるんだところでボールを蹴りつけ、貴族の腹部に直撃させる。貴族は華麗に吹っ飛んだ。メイドたちから喝采が起こる。

 主審が笛を鳴らす。どうやら試合終了のようだ。

 大勢のメイドたちがアリルに駆け寄ってくる。勝利に貢献したアリルはみなに胴上げされた。




「このような所でお目にかかるとは奇遇だね」


 サッカー後、アリルたちが紫色のカーペットが敷かれた廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。振り返るとそこにはブラバクトの士官、バノフォンの姿があった。彼は今日は大剣は持っていないようだった。


 エルスリンが飛び退き、剣に手を掛ける。


「バノフォン、貴様、どうしてこのような場所に……!」

「ふふふ、どうしてだと思う?」

「道に迷ったんですか?」

 アリルが尋ねると、バノフォンは「うん」と頷いた。

「悪いんだけど客室までの道を教えてくれないかい、ここの道はややこしくてね」

 うんうんとヴィオが頷きを返す。

「お父様が無駄に増築して、いろいろと道がおかしくなってるから仕方ないわね。客室ならそこの角を曲がってまっすぐよ」

「これはこれは、親切にどうも。それじゃあまた会おう」

 バノフォンが手を挙げて、さっそうと立ち去ろうとする。エルスリンが足を引っかけて転ばせる。バノフォンはすっころんだ。


「説明してもらいます。なぜあなたがこのような場所に居るのですか? まさかヴァレーク王の命を狙って……!」


 体を起こしながら、困ったようにバノフォンがうさんさくい笑みを浮かべる。

「暗殺するなら、もっと隠れて行動してるよ。堂々としてる暗殺者なんていないよね?」

「ならばなぜここに?」

「前にも言ったよね、ヴァレークとブラバクトは仲を良くしようとしてるって。だから僕がちょっと挨拶に来たんだよ」

「五百万歩譲ってそれが真実だとしても、なぜうろうろ歩き回っているのです? 何かよこしまなことを――」


 バノフォンが気まずそうに視線をそらす。


「答えないと駄目かな?」

「ええ。もし黙ったままでいるつもりなら、あなたのことを斬り捨てます。素直に白状すれば、こちらも穏便にあなたのことを斬り捨てます」

「……ネコが」

「ネコ?」

「かわいらしいネコがうろうろしてたから、つい触りたくなってあとを追いかけちゃって」

 ぽりぽりとバノフォンが頭をかく。エルスリンは鞘から半分ほど剣を抜きながら声を荒げる。

「そのような嘘を信じるとでも……!」

「そのネコの特徴は何かしら?」

 話にヴィオが割って入ってくる。バノフォンはすぐに答えた。

「全身が白くて、所々に黒色の水玉模様があったね」

「ああ、それはアルターファナね。ここで飼っているネコよ」


 エルスリンがいぶかしむ表情になる。


「本当なのですか、ヴィオ様」

「ええ。お父様が大のネコ好きなのよ。この王宮だけでも三百八十七匹ほど飼ってるわ。剣を納めなさい、エルスリン。少なくとも彼から殺気とやる気は漂ってこないわ」

「……承知しました」

 しぶしぶといった様子だったが、エルスリンが剣を納めて後ろに下がる。そのときだった。


 あたりに甲高い女性の悲鳴が響き渡る。


 一同がぎょっとする中で、いち早くエルスリンが駆け出した。

「あちらです!」

 みなでそろって悲鳴のした方へと走っていく。

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