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第四章 4話

 しばらく飛び続けると、国境沿いの場所で砦を見つけた。


「あれか!」


 リサが声を上げる。

 道中で馬車は目撃できなかった。もう到着してしまったのだろう。

「これ以上は目立ちます、あとは歩いて近づきましょう」

 エルスリンの提案に従い、ドラゴンに降下してもらい、アリルたちは地面に下りた。




 近くの茂みに隠れ、作戦会議をおこなう。

「それでどうしますか? 正面から突入しても、きっと返り討ちに遭うだけですし」

 アリルが尋ねると、自信満々といった様子でリサが胸を張る。

「あたしに案がある。なあエルスリン、砦の中へ続く抜け道の一つや二つくらいあるだろ?」

 エルスリンが首を横に振る。

「抜け道自体はあるのですが、兵士たちがよく持ち場を抜け出してそこでさぼっているため、危険でしょう」

「くそっ、万策尽きたか!」

 リサが地面を強く殴る。


「あの、わたしが囮になります。そのあいだに、みなさんは砦内に侵入して、ヴィオさんを助け出してください」


 アリルが提案すると、ほかの三人が驚いた表情になる。

「危険すぎる」

 反対してくるティに、アリルは笑みを投げかける。

「大丈夫ですよ。こちらが無防備をアピールし続ければ、きっと兵士たちも良心が痛んで攻撃しにくいと思いますし」

「駄目。囮は、私がする」

 ティが珍しく強い口調で言ってくる。

 続けてエルスリンも口を開いた。

「私に囮役を任せてください。亡命した私が近づけば、兵士たちも注意を集めるでしょう」

「それも駄目。本当に殺される」

 みなが自分が囮になると言い出す中で、ためらっていたリサが勇気を出して言う。

「あ、あたしにやらせてくれ。みんなと違って戦闘もできねえし、囮くらいしか役立てそうにない」

「分かりました、じゃあリサさんが囮役で決定で」

 ティとエルスリンも頷きを返してくる。


 満場一致で囮が決まった。


「即答かよ! おまえら最初からあたしに囮をやらせる気だっただろ!」

「早く行動に移しましょう、ヴィオさんが危ないです」

 みなでリサの背中を押しながら、茂みから出て砦に近づいていく。




 しばらくリサは文句を言い続けたが、やがて覚悟を決めたらしく、囮になるべく一人で砦の門へと近づいていく。

 門には軽装をした二人の兵士たちが警備に当たっていた。アリルたちは茂みに隠れ、リサの様子をうかがう。


「そ、そこのお兄さんー」


 兵士たちに近づいたリサが、精一杯色っぽい声を出す。

「なんだ?」

 兵士たちがいぶかしむ表情になりつつリサに近づいていく。

 リサは自分の服をひらひらとさせながら、上目遣いを意識して口を開く。

「ちょ、ちょっと見てほしいものがあるのー」

「行商人か?」

「そ、そうじゃなくて」

「なら何なんだ?」

「そ、そんな恥ずかしいこと、あたしの口から言わせないでー」

 リサがくるっとその場でぎこちなく一回転する。


 しばらく不思議そうな顔をしていた兵士たちだが、やがて何か思い至ったらしく、ゲス顔で手を打つ。


「ははーん、さてはあれだな」

「そ、そうよー」

「兵士希望か」

「なんでだよ!? かわいらしい女の子が誘惑してきたらちょっとはだまされろよ!」

「かわいらしい女の子……?」

 兵士たちがきょろきょろとあたりを見回す。

 リサは兵士の一人に近づくと、彼のみぞおちに強烈なパンチを叩き込んだ。殴られた兵士がその場に崩れ落ちる。慌てたもう一人の兵士が逃げだそうとしたが、リサは足払いをして転ばすと、兵士に馬乗りになり、腹部にパンチを一撃叩き込む。鈍い悲鳴を上げて兵士は気を失った。


 立ち上がったリサはしばらく肩で息をしていた。やがてくるっと振り返ると、笑顔でアリルたちに声をかけてくる。

「よし、片付いたぜ! 武器もほら!」

 リサが兵士たちの腰にかけていた剣を奪い取る。


 茂みからアリルたちが姿を現す。

 リサのことは絶対怒らせないようにしよう。

 三人はそう心に刻み込んだ。




 砦の中はさすがに警備が厳しいだろうと警戒していたが、なぜかまばらにしか兵士たちはおらずどこも手薄だった。

 兵士たちは何かドタバタしていた。

「いつもこんな感じなのか?」

「いえ、さすがにもっと兵は多いはずなんですが……」

 エルスリンが不思議そうに小首を傾げる。


 途中何度か兵士と出くわしてしまい、見つかりそうになったが、兵士が声を上げるよりも早く、ティとエルスリンが一撃を浴びせ黙らせた。

「きっとヴィオ様は独房です」

 エルスリンの案内に従い、みなで地下の独房を目指す。




 背後から守衛に一撃を食らわせ、気絶させる。

 独房に居た警備はそれだけだった。

「人材不足みたいだな」

「おかしいですね……」

「それより早くヴィオさんを探しましょう!」

 独房はとても小さい規模で、三つしか檻はなかった。

 手前から順に中をチェックしていく。

 一つ目、二つ目の檻は空だった。

 そして三つ目。


「あっ!」


 思わずアリルは声を上げる。向こうもこちらに気づいたらしく、驚いた表情になる。

「アリル、どうしてこんな所に」

「それはこっちのセリフですよ、ロフィさん!」

 檻の中に居たのはロフィだった。

 彼女は脱走を試みていたのか、小さな石で地面を削っているところだった。

 ロフィが這うようにしてこちらへ近づいてくる。

「アリル以外にも、ティやリサも居るのか! まさか私を助けに来てくれたのか?」

「いえ、違いますよ。どうしてロフィさんはここに?」

 気まずそうにロフィは答える。

「うむ……実はヴィオがここへ連れ去られたと耳にしたんだ。それで助け出そうと馬でここまで来て、一人で乗り込み、兵士たちをあらかた倒したんだが。さすがに数が多すぎた。激闘の末、ついに兵士たちに捕まり、さっきこの独房へ放り込まれたところだ」

「そのヴィオさんはどこに?」

「客室に連れて行かれるところを見たな」

「分かりました、ありがとうございました!」

 アリルたちは礼を言い、さっそく客室へ向かうことにする。


「待て待て待て!」


 慌ててロフィが呼び止めてくる。

「なんですか?」

「何か忘れてるだろ?」

「……ああ! すみません、そこまで気が回らなくて」

「いや、分かってくれればそれでいいんだ」

 アリルはポケットを漁り、たまたま入っていたスプーンをロフィへ差し出す。

「はい、どうぞ」

「そうだな、脱走するため地面を削る際にスプーンは役立つ――っていやいや」

「私たち急いでいるので、それじゃあ!」

「待て待て待て!」

 またロフィが呼び止めてくるが、アリルたちはそれは気にしないことにする。


 ロフィは気づいていないようだが、ここの兵士たちが施錠に失敗したらしく、扉が少し開いており、独房の鍵はすでに開いていた。

 その内に気づいた彼女が、勝手に一人で脱出するだろう。




 兵士たちに見つからないよう気をつけながら、砦の中を進んでいく。

 やがて客室が見えてきた。入り口付近に兵士たちの姿は見えない。

「罠くさいな」

 リサが言葉を漏らす。

 アリルは一歩前に歩み出た。

「わたしが様子を探ってきます。みなさんはここで待機してください」

 とっさにティがアリルの腕をつかんでくるが、それをそっとほどく。アリルが笑顔で頷くと、ティもやがて静かに頷いた。


 周囲を警戒しながら、アリルはこそこそと扉に近づいていく。

 扉の前まで来ると、そっと耳を近づけてみる。中から話し声はしない。

 試しにそっとドアノブを回してみる。

 扉は開いた。

 覚悟を決めたアリルは勢いよく扉を開け、前転しながら部屋の中に入る。


 室内の光景を目の当たりにして、思わずアリルは目を見開く。

 そこでは、中年のおっさんが着替えをしていた。


 慌ててアリルは目をそらす。

「す、すみません! まさか着替えてるだなんて思わなくて! てっきりここにヴィオさんが居るとばかり!」

「ああ、彼女なら隣の部屋だよ」

 おっさんが教えてくれる。彼の体は筋肉質で引き締まっていた。

「ありがとうございます、お邪魔しました!」

 急いで部屋から出て、ドアをバタンと閉める。


 気を取り直して、隣の部屋に近づく。

 今度こそ、と気合いを入れ直し、ドアを開けて室内に侵入する。


 部屋の中央に、大の字になり横たわるヴィオの姿があった。


「ヴィオさん!」

 すぐに駆け寄る。ヴィオは苦しそうに首を動かすと、アリルに視線を向けてきた。

「アリル……どうして、ここに?」

「大丈夫ですか、しっかりしてください! どこかケガでも……!」

「違うの。あまりにも豪華な食事でもてなしてもらったから、食べ過ぎで、お腹が苦しくて」

 アリルは遠慮なくヴィオの腹部を叩く。ヴィオが鈍い悲鳴を上げた。

 それからすぐに彼女が体を起こすのを手伝う。

「早く逃げましょう」

「無理よ、あなただけでも逃げて」

「断ります。絶対にヴィオさんには、今は生きていてもらわなきゃ困るんです」

「アリル……。あなたは何度わたくしを救ってくれるの」

 感動からかヴィオが瞳に涙をにじませる。


「悲鳴が聞こえたぞっ、大丈夫か!」

 慌てた様子でリサたちが部屋に突入してくる。だがアリルとヴィオ以外に人影がないことが分かると、不思議そうに首を傾げた。


 ヴィオの体を支えて立たせる。

「早く行きましょう、誰かに見つかったら――」

「おやおや、逃げ出すつもりかい?」

 不意に男の声がする。

 入り口に目を向けると、そこにはさっき着替えをしていた中年のおっさんが立っていた。

 彼は今は鎧姿で、手には自身の背丈ほどはあるだろうという大きな剣を持っている。柔らかい表情をしていたが、何か言いしれぬ威圧感を放っているようにアリルは感じた。


 エルスリンが苦虫をかみつぶしたような表情になる。

「バノフォン……!」

「おやおや、僕の名前を覚えてもらっていて光栄だよ。亡命したエルスリン殿」

 すっとエルスリンが剣を構える。

「まさかこいつが言ってた士官か?」

 リサの言葉に、こくりとエルスリンは頷いた。

「あなたのことを忘れるはずがありません。バノフォン、なぜヴィオ様をさらったのですか? やはり殺害が目的?」

「これはこれは、何か誤解があったようだね。僕はただ仲直りの印に、彼女を招待したかっただけだよ」


 バノフォンがうさんくさい笑みを浮かべる。


「仲直り? 何の話ですか?」

「知らないのかい? ここ最近、ヴァレーク王国とブラバクト王国の仲が悪かったからね。それで仲を良くしようという動きがあるんだよ。だから僕は彼女を親善大使として説得したくて、招待させてもらったわけさ」

「……たとえその話が事実だろうと、問答無用でヴィオ様を誘拐するようなまねをしたことは事実です。無理やりに豪華な食事を与えるなどといった非道な行為を許せるわけがありません。あと、あなたの笑みはうさんくさいです。信用できません」

 ばっさりと斬り捨てる。

 ショックだったのか、バノフォンは大剣に自分の顔を写し、笑みをチェックし出す。その隙に窓から逃げ出すようエルスリンが指示を出してくる。


「窓からなんて無茶だって!」


 リサが戸惑うが、ほかのみんなでそんな彼女を引きずって窓際へ連れて行く。

「大丈夫ですよ、多少のケガなら自分で治せますよね?」

「運動神経のないあたしには無理だ、おまえらだけでも先に行け!」

「で、でも!」

「いいから行けって!」

「でも、ここは一階ですよ!」

「そういうことは早く言え」

 全員で窓から外へ飛び出る。近くに三人ほど兵士たちが居たが、すぐさまティとエルスリンが剣を食らわせ気絶させた。


「おおー、華麗な剣さばきだ」


 窓際でバノフォンがぱちぱちと拍手を送ってくる。そんな彼のことをエルスリンはにらみつけた。

「あなたから受けた屈辱、いつか必ず晴らさせてもらいますから」

「いつでもおいで。お茶菓子の一つでも出すよ」

 バノフォンが笑顔で手を振ってくる。

 アリルたちは全速力で砦から逃げ出した。バノフォンは追いかけてこなかった。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 砦からの帰り道。

 ドラゴンに五人で乗りながら、エルスリンにさきほどの男について尋ねた。

 彼女はなかなか口にしようとしなかったが、やがておそるおそるといった様子で語り出す。

「あの男は……本当に恐ろしい男です」

「何者なんだ?」

「バノフォン――世が世なら王となっていたかもしれません。策略家で、いつも何かの事件で暗躍し、美味しいところだけをかっさらっていく。それに武術の腕もたけ、練習試合でもわたしと互角の勝負を繰り広げました。けれど彼の真の恐ろしさはそんなことではありません。彼は、彼は――」

 エルスリンの言葉が途切れる。

 みなが注目する中で、彼女は重苦しい様子で続きを口にした。


「彼は、恐ろしいほどの――倹約家なのです。軍事費、医療費、教育費、なんでも国の予算を減らそうと躍起になっています。さらにあろうことか、兵士たちがお菓子を食べるために浪費を繰り返していたことを突き止めると、無駄な費用が出ないよう、自分でお菓子を作り、兵士に振る舞うようになったのです」


「それが毒みたいにまずかったと?」

「いえ、とても美味でした。そのおかげで、私の体重はみるみる増えていく一方で、気づけば大惨事に……!」

 エルスリンが怒りからか、それとも恐怖からか、身を震わせている。

 はっと気づいたヴィオが、自分のお腹に手を当てる。

「わたくしも彼の作ったお菓子を食べてしまったわ。確かに美味だったわね」

「ああ、ついにヴィオ様までバノフォンの毒牙に……!」

 一人騒ぐエルスリンを無視して、アリルはちょんちょんとヴィオの腕を引っ張る。

「どうかしたの?」

「あの、わたしの作ったお菓子と、どっちが美味しかったですか?」

 ふっとヴィオが柔らかい笑みを浮かべる。

「もちろんアリルの方が美味しかったわ。アリルの作ってくれたお菓子からは、いつも温かい味がするの。気持ちがこもってるのかしら」

「えへへ、ありがとうございます!」

 アリルは自然とにやける。いつもお菓子には、いつか殺してあげようという強い想いを込めていた。喜んでもらえたようで嬉しい。



 無事にヴィオを救出できたアリルたちは、ドラゴンに乗り、悠々と帰路を進んでいった。

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