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第四章 3話

 最初こそ戸惑ったものの、次第にアリルは教師としての仕事も慣れていった。

 調理実習の授業でも、アリルは生徒一人一人に丹念に声をかけていく。


「あ、完成したんですか? おめでとうございます! でも見た目が悪いので不可です、最初からやり直してください」


 笑顔で一人一人を刺し殺していく。生徒たちの間では、『アリル病』というものが蔓延し出し、『アリルにののしられないと生きていけない』という症状に陥るドエムの重病患者が多数生まれた。


 一方でエルスリンの授業も好評だった。

 剣を持つときとは違い、柔らかい雰囲気を放つ彼女が、ドラゴンやネコのぬいぐるみ作りを教えていく。

 ときどき『嫌いなあいつのぬいぐるみを作って、燃やしてやりたい。作り方を教えてほしい』というお願いをされることもあったが、エルスリンは面倒見がいいのか、そういう生徒一人一人に対して熱心に指導をおこなった。


「嫌いな人のぬいぐるみを作るのではありません。その人が好きな物のぬいぐるみを作って、その人の目の前で燃やしてあげなさい」


 エルスリンの適切な指導により、数多くの生徒たちが救われた。




 そしてそんなある日。ついにアリルは光の障壁の真相にたどり着くことができた。

 たまたま掃除をしていた際に、隠し階段を見つけたのだ。空の本棚の後ろに、地下へと続く階段が隠されていた。

 念のためにモップで警戒しながら地下へと進んでいく。あたりは暗く、一歩一歩を慎重に下りていく。


 しばらく下り続け、とある部屋の前にたどり着いた。部屋の扉には『光の障壁を頑張って発生させる部屋』と書かれたぼろぼろのプレートがかけられていた。

 ごくりとつばを飲み、覚悟を決めて、そっとドアを開く。

 中を覗くと、そこには驚きの光景が広がっていた。


 アリルが見たこともないほどの巨大な装置が、音を立てて動いている。その装置はときどき強烈な光を放つ。装置の周りには五人の男たちが居た。彼らはぼろぼろの服を身にまとい、必死に各自が大きなレバーを回している。


 アリルに気づいた一人の男性が声をかけてくる。

「危ないから入ってこない方がいいぞぉ」

「ここで何をしてるんですか? この装置は何なんですか?」

「なにって見りゃ分かんだろ、レバーを回しとる。こりゃ古代の遺産の兵器だぁ」

「兵器?」

「防御兵器だ。昔は自動で動いてたんだがなぁ、今は壊れて人力でしか動かねえ。俺たちがレバーを回すことで、動かしてるってわけだ。ずっとこの部屋から出ずに二十四時間交代制で働いて、このあたりに光の障壁を作っとる。それが俺たちの仕事だ。なあ兄弟!」


 男が声をかけると、周囲の男たちから明るい声が返ってくる。


「じゃあこの学園を守るために?」

 アリルの問いに、男が渋い表情になる。

「俺たちは先祖代々、この土地を守っとる。地上に何が建造されようが、関係ねえ。ずっと前はここには貴族の屋敷があったし、その前はここはただの畑だったなぁ。何があろうが、俺たちがすることはかわらん」

「まさか奴隷としてここで強制労働を?」


 それを聞いた男たちがげらげらと笑い飛ばしてくる。


「お嬢ちゃん、目は大丈夫かぁ? こんなすばらしい仕事を、奴隷なんかにさせるわけねえだろ? ただレバーを回しているだけで給料がもらえるんだ、これほど楽で幸福な仕事はどこ探したって見つかりっこねえ。学園の学長が、自動で動かす魔術を開発してるらしいが、とんでもねえ! 俺から仕事を奪おうとしやがって!」

「給料は誰からもらってるんです?」

「国さ! 俺たちは国家公務員ってやつだ。まったく、俺たちはなんて幸福なんだ」

 ほかの男たちから歓声が上がる。

 と、その中の一人の男がばたりと倒れた。


「おいおい、また門の所の障壁を担当してるやつが倒れたぞぉ。誰か代わってやれ」


 男たちは倒れた男をずるずると引きずってどこかへ連れて行くと、しばらくして代わりの男が現れ、再びレバーを回し出した。

 彼らは子どもが初めて宝物を手に入れたときのように瞳をきらきら輝かせながらレバーを回し続けている。


 アリルはそんな彼らにぺこりと頭を下げてから、その部屋をあとにした。ここを訪れることは二度とないだろう。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 青空が広がる、とある休日。

 今日はみなで町に出かけることになっていた。アリルはみんなのために朝からお弁当を作った。


 出発時刻ぎりぎりでアリルが門に到着すると、すでにヴィオ、リサ、ティ、エルスリンが集まっていた。

「本当によろしいのですか? わたしなどがお供させてもらっても」

 エルスリンがいつにも増してかしこまっている。

 リサがからからと笑う。

「だっておまえ、着の身着のままで亡命してきたから、生活用品も着替えも足りないだろ? 町で買おうぜ。あ、でもドラゴンは置いていけよ。町中までついてきたら迷惑だからな」

「ご安心ください、わたしのドラゴンはとてもおとなしく、三回に二回程度しか町を破壊しませんから」

「よし、それじゃ出発だ。いくぞー! せーの、おー!」

 一人気合いを入れるリサ。みなはそんなリサを置いて、四人そろって出発する。リサも慌てて走って追いかけてきた。




 訪れた町は、交易路にあるということもあり、大勢の人で賑わい、そこかしこにお店が並び、どこも活気にあふれている。はずだった。


 だがアリルたちが到着すると、町の人々はみな嘆いていた。あちこちからむせび泣く声が聞こえ、露店の店主たちもみな一様に沈痛な面持ちをしている。

「何かあったんでしょうか?」

 不思議がってアリルが尋ねると、ティが説明してくれた。

「今日は『嘆きの日』だから」

「なんですかそれ?」

「ここはいつもは活気のあふれる、とても賑やかしい場所。だから国王が、たまにはみんな嘆くべきだと言い出して、年に一度、どんなことにも嘆かなければいけない日が成立した。それが今日」

「へぇー、そんな日があるんですね」

 町を五人そろって歩いて回る。通行人たちはみな悲嘆にくれた表情で今日の天気や最近生まれた赤ん坊のことなどについて語り合っている。


 露天で美味しそうな食べ物をリサが見つけ、五人分を購入する。店主は、

「一気に五人分も売れちまうなんて、なんてことだ。これじゃ黒字になっちまう」

 と涙をこぼした。


 町の中央にある教会では結婚式が挙げられていた。出席者一同が泣き続け、花嫁と花婿もずっと嘆いている。

 神父が泣き崩れながら二人を祝福した。

「今日というこの嘆かわしい日に、あなたたちが夫婦になりさがろうとは。神も尻から涙を流していることでしょう。二人の末路が悲惨になることを心から祈ります」

 そんな中、一人の若い男が、明るい笑顔を振りまきながら叫びつつ歩き回っていた。

「もっとみんな笑おう! 楽しむ心こそが大切だ! どんなときでも、笑って喜び、楽しもうじゃないか!」

 すぐに二人の憲兵が現れ、若い男を拘束し、引きずって連行していく。

「この男は処刑になるだろう」

 憲兵が悲しそうに言葉を漏らす。

「処刑だって! やった、一度体験してみたかったんだ! なんて楽しみなんだ!」

 若い男が嬉しそうに笑顔でそう語った。

 そんな彼を見送って、アリルたちは買い物を続ける。



 みなで「この色がいい」、「これはエルスリンに似合ってる」などと言い合いながら、彼女の服を選んでいく。

 アリルたちは落ち着いた雰囲気の服をすすめてみたが、エルスリン本人はどうやら可愛らしいフリルのついた服などを買いたいようだった。購入したどの服も、ティが安く値切ることに成功したため、とても経済的に済んだ。


 ある程度必要な物を買いそろえ、いったん広場で休憩を挟むことにする。

「何か飲み物を買ってくるわ。一人で行くけど大丈夫、心配しないで。帰ってきたら美味しいジュースでも一緒に飲みましょう」

 ヴィオがそう言って離れていく。

 彼女の姿が見えなくなってから、アリルは誰に言うでもなく声を出す。

「町の人たち、ヴィオさんを見ても驚きませんでしたね」

「あいつはあんまり表に出たがらなかったからな。みんな王の娘だって知らないんだろ」


 リサはそう答えながら、買ったばかりの串刺しされた鶏肉にかじりつく。


「そういえばどうしてヴィオさんは、名門とはいえ、学園に通ってるんですか? 王宮なら、専属の家庭教師が面倒をみてくれるような気がしますけど」

「そりゃあの母親の血を継いでるからなぁ。変わり者なんだろ。王族として豪華に暮らすより、学生として細々と生きてる方が楽しいみたいだし」

「やっぱり将来は、ヴィオさんが王女になるんですよね?」

 リサが顔をしかめる。どうやら苦い部分を食べたらしい。

「どうなんだろうなぁ。兄貴や姉も居るし、そっちが有力なんじゃね?」

「え、そうなんですか? てっきりヴィオさんが第一王女の候補なんだとばかり……」


 そのとき急に周囲がざわざわと騒がしくなる。何人か走って逃げている市民たちも居た。

 気になったリサが走ってきた男を呼び止め、何があったのか尋ねてみる。男はおおげさな様子で言ってみせた。

「ブラバクトの兵士が今朝からうろうろしてたんだが、やつら、さっき女の子を一人捕まえて、馬車に押し込めやがった! さらに兵士の連中ら、あろうことか馬車の中で、女の子に豪華な食事を突きつけて、丁重にもてなしやがった! なんておそろしい!」

 アリルたちの表情が険しくなる。

「おい、まさか」

 リサが声を上げると、エルスリンが急に駆け出してヴィオの姿を捜しに行く。アリルたちも慌ててヴィオを捜索しに動いた。



 それから一時間ほど周囲を探し回ったが、ヴィオの姿は影も形も見えなかった。

 また聞き込みの結果、ブラバクト兵士たちが連行した少女の容姿は、ヴィオの特徴と一致した。

「あのバカ、簡単に捕まりやがって! 今度こそ殺されちまうぞ!」

 リサが動揺した様子で声を荒げる。


 エルスリンにティが尋ねた。

「ヴィオがどこへ連れて行かれたか、心当たりはない?」


 少し考えるようにしてからエルスリンが答える。

「きっと兵士たちは、ここから一番近いブラバクトの砦にヴィオ様を連行したのでしょう。ちょうど今ごろなら、そこに士官が滞在しているはずです」

「よし、追いかけるぞ」

 すぐさまリサが駆け出そうとするが、慌ててアリルが腕をつかんでとめる。

「待ってください、走っても追いつけませんよ! 向こうは馬車を使ってるんですから」

「ならあたしたちも馬車で――って同じ乗り物じゃ追いつけねえ。もっとスピードの出る乗り物は何か……」

 リサとアリルは頭を捻る。少しして、二人は同時に手を打つ。


「ドラゴン!」


 二人の声がハモる。

 エルスリンに視線を注ぐと、彼女は力強く頷いた。

「ドラゴンの操縦ならわたしにお任せください。ならばいったん学園に戻って、わたしのドラゴンに――」

「そんな暇はない、近くのドラゴンを借りるぞ」

 きょろきょろとリサは周囲を見渡すが、当然のようにドラゴンなど見当たらない。だがドラゴンの咆吼は聞こえている。頭上を見上げると、遊覧中の赤いドラゴンが空を舞っていた。

 リサが空に向けて大きな声を張り上げる。


「そこの赤いドラゴンの、バーカバーカ! おまえの父ちゃん、勇者ごときに倒されたドラゴン野郎ー! 悔しかったら下りてきてみろ!」


 その挑発に乗り、すぐさまドラゴンが降下してくる。リサの目の前に下り立つと、ドラゴンは激しい咆哮を上げた。乗っていた客が驚いて逃げていく。

 リサはすかさず土下座して謝罪した。

「すまん! あとでいくらでもあたしを食ってくれ。けど今は緊急事態なんだ、力を貸してほしい、頼む!」

 必死にリサは頭を下げる。

 ドラゴンは鋭いまなざしのまま、俺に任せろと言わんばかりのりりしい表情で、ゆっくりと頷いた。アリルたちが乗りやすいように背を向けてくる。

 エルスリンが慣れた様子でドラゴンに飛び乗り、先頭に座って手綱を握る。

「ほんとサンキュー!」

 礼を言いながらリサやアリル、ティが続けてドラゴンに乗り込む。

 エルスリンがぐっと手綱を引くと、ドラゴンは咆哮を上げながら一気に飛び上がった。

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