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第三章 4話

『敵の大将を、アリルが押し倒して捕虜にした』


 そのニュースは学園中の生徒たちに広く伝わった。



 牢獄などこの学園にはなかったため、今エルスリンはアリルの部屋に閉じ込めている。部屋の外には警備としてロフィに立ってもらっていた。

 学園の外に居たブラバクトの兵士たちは、自分たちの大将が捕らえられたことを知ると、最初はまごまごしていたが、やがて全員で声を合わせ、

「せーの、覚えてろよー!」

 と捨て台詞を吐いて撤退していった。



 コンコンコン、とドアをノックする。

 中からエルスリンの返事はなかった。

 アリルは少し待ってからドアを開けて中に入る。


 部屋の中では、エルスリンがふかふかベッドの上でぽんぽんと弾んで遊んでいた。彼女はアリルに気づくと、そっと座り直し、沈痛な表情になり顔を伏せる。

 アリルはそんな彼女に、お盆に載せた料理を差し出す。

 捕虜にどんな食事を出せばいいのか分からなかったため、ヴィオたちと相談したところ、『草とか石でいいだろ』とリサが言い出した。

 アリルとティは同意したが、ヴィオが強く反対したため、結局用意した料理は、ほかの学生たちが食べるものと同じものになった。


「食べてください。お腹、空いてますよね?」


 ゆっくりとエルスリンが顔を上げる。

「あなた様がこの学園の指揮を執られていると耳にしました。どうしてわたしのような捕虜に、このような豪華な部屋を? 何か企みがあるのですか?」

「あ、そこは気にしないでください、深い意味はないので」


 なかなかエルスリンはお盆を受け取らない。

 仕方がないのでアリルはテーブルにお盆を置き、すっとエルスリンの隣に腰を下ろす。

「あの、何か?」

 エルスリンが困惑した表情を浮かべる。

 アリルはどうしようか迷っていたが、正直に打ち明けることにした。

「あなたに何かしらの罰を与えるべきだと訴えてる生徒たちも居ます。でもわたしがそんな意見は蹴ってきました」

「それはまたどうして……?」


「わたしが、あなたと同じ目的を持っているからです」


 エルスリンは上からの命令だったとはいえ、自分と同じようにヴィオの殺害を頼まれた身だ。アリルはそんな彼女のことを人ごとには思えなかった。

「そんな、まさか……」

 エルスリンが目を見開く。アリルは静かに頷きを返す。

 すっとエルスリンがアリルの手を両手で握ってくる。

「まさかアリル様は、わたしと同じこころざしを……?」

「はい。あ、もちろん誰にも言わないでくださいね?」

 信じられないといった様子でエルスリンが首を横に振る。


「そんな、アリル様がわたしと同じように、ブラバクト王を討つことを考えていらっしゃるなんて……!」


「そうですね、ブラバクト王を――え?」

「わたくしは邪智暴虐のブラバクト王を討とうと動いていました。ですがそのことが知られてしまったのか、今回のように捨て駒にされてしまって。けれどまさか、このような土地で、わたしと同じこころざしを持つ方に出会えるなんて……!」

 感激した様子のエルスリンが瞳に涙をあふれさせる。慌ててアリルは訂正を入れる。

「あ、いえ、そうじゃなくてなんていうか」

「わたしにこのような豪華な部屋を与えてくださったのも、あなた様の思いやりがなせることだったのですね。少しでも疑った自分が恥ずかしいです。捕虜としてわたしを生かせたのも、わたしの心を見抜いてのことだったなんて……。ブラバクト王の命令を聞くくらいなら、いっそ殺されようと覚悟していましたが、まさかそれがこのような運命を迎えようとは……!」

「あのー、えーっとー」

「アリル様!」

「あ、はい!」


 ぎゅっと力強くエルスリンがアリルの手を握りしめてくる。


「わたしはあなた様の巧みな剣術、洞察力、そして相手を思いやる心に感動いたしました。わたしは亡命させていただきます」

「あ、はい、そういうのは好きにしてもらっていいんですが……」

「そしてアリル様、あなた様にお仕えさせてください。あなた様が行く所なら、たとえ戦場だろうとも、地獄だろうとも、お風呂場だろうとも、どこまでもついて行きとうございます」

「こ、困ります、わたしはエルスリンさんが思ってるような人間じゃ――」

「ともにドラゴンに乗り、大空を舞い、世界を渡り歩きましょう」

「ドラゴンですか!」


 アリルが食いつくと、エルスリンが笑みを浮かべながら何度も頷く。


「そうです、ドラゴンです。お好きですか?」

「乗ってみたいと前から思ってたんですよ! ぜひお願いします!」

 アリルはエルスリンの手を握り返す。

「こちらこそ、今後末永くよろしくお願いしますね」

 そう言ってエルスリンは、ふわっと柔らかい笑みを浮かべた。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 アリルはエルスリンを引き連れて廊下を歩いて行く。細身の剣をアリルは返そうとしたが、エルスリンに断られた。

「わたしが武器を持つことで、周囲を警戒させてしまいます。わたしは丸腰のままでいたいと思います」

「でもエルスリンさんなら、手刀で人を殺せそうですね」

 アリルが笑いかけると、エルスリンはいそいそと両肩の骨を外そうとしだした。慌ててやめさせる。


 廊下を歩いて行くと、すれ違う生徒たちがみな驚いたようにアリルたちのことを見てくる。そのたびにアリルは、

「エルスリンさんは味方になってくれましたよ」

 と説明して回った。

 すぐに生徒たちの間に、『アリルが敵の大将を押し倒して籠絡させた』というセンセーショナルな情報が駆け巡った。



 アリルたちはヴィオの部屋を訪れる。

 ノックをすると、すぐに扉が開いた。

「ああ、アルリか……ってその後ろのやつは!」

 リサが驚いて飛び退く。エルスリンはぺこりと頭を下げた。


 とりあえず部屋の中に入り、エルスリンが自分たちの味方になってくれたことをヴィオたちに説明する。

「すばらしい。さっそく彼女を味方にしてしまうなんて」

 とティは感激した様子だったが、一方でリサはいぶかしんだまなざしを向けてくる。

「本当に信じていいのか? 油断したところをばっさり斬りつけてくるんじゃないだろうな?」

「きっとリサさんよりは役立ってくれますよ」

 言葉でばっさり斬られたリサが申し訳なさそうにあとずさる。偵察でまったく役に立てなかったことを少しは気にしているらしい。


「違うんだ、あたしは死人が出たら本気を出す、そういうタイプなだけなんだ……!」


 リサが自分に言い聞かせるようにつぶやいているが、それに構わずアリルはヴィオに声をかける。

「ヴィオさん、エルスリンさんがあなたに謝りたいそうですよ」

「謝る?」

 ヴィオが首を傾げる。


 一歩前に出たエルスリンが、すっとその場に座ったかと思うと、深々と土下座をしだした。

「あなた様の命を狙おうなどという愚行を犯してしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「謝らないでちょうだい、不愉快よ。アリルから聞いたわ、上の命令にいやいや従ったそうね。なら謝る理由はないわ。頭を上げなさい」

 だがそう言われてもエルスリンは頭を下げたままでいる。


 ヴィオがため息をこぼした。


「苦手だわ、こういう堅苦しい子は。まったく。もし本当に謝罪の気持ちがあるなら、わたくしの頼みを一つ聞いてくれないかしら?」

 エルスリンがすっと頭を上げる。

「なんなりとお申し付けください。泥でも食べてくればいいでしょうか」

「それもいいけれど、今回はわたくしに剣技を教えてちょうだい」

 今度はエルスリンが小首を傾げた。

「剣技、ですか?」

「ええ。悔しいけど、剣の腕はあなたの方が上よ。わたくしはリサさんやアリルをかばえなかったどころか、自分の身さえ守れなかったわ。二度とそんなことが起きないように、あなたの剣技をわたくしに伝授してほしいの。構わないかしら?」

 エルスリンがゆっくりと大きく頷く。

「わたしでよければいくらでも指導させていただきます。ですが、わたしごときではヴィオ様のお母様ほどの指導はできないことをご了承いただければ幸いです」


 その言葉にヴィオが失笑する。


「母の名は、あなたにも知れ渡っているようね」

「もちろんです。剣を扱う者なら、知らぬ者はいないでしょう。彼女の剣技に勝る人物は、この大陸には居ないとまでいわれております」

 アリルは初めて聞く話だったが、どうやらヴィオの母はかなりの腕前の持ち主らしい。


 ヴィオがそっと腰にさした鞘に手を添えながら口を開く。

「母がわたくしに指導してくれたことはないわ」

「そうなのですか?」

「あの人は変わりものよ。いつもふらふらとどこかを放浪しながら、ときどき気まぐれで剣技を教えたりしているみたいだけれど。ほんと、ふざけた人よ」

 そう言いつつも、ヴィオの表情はとても柔らかいものだった。

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