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第三章 2話

 ヴィオは率先して生徒たちを集め、みなに問うように声を張り上げた。


「もうすぐここへブラバクト王国の軍勢が来るわ。何が目的かは分からないけれど、わたくしたちは何も手を打たなくていいのかしら? いえ、自分たちの手で、この学園を守りましょう」


 その言葉に周囲から喝采がわき起こる。

 みなやる気満々なのか、さっそく武器と防具の準備を始め出す。

 ロフィは生徒たちの行動に反対を唱えていたが、実際に生徒たちが動かなければこの学園を守る者が居ないのも事実だった。教師たちはすでに逃げた。


 生徒たちがどたばたと行動する中で、アリルとリサ、そしてティの三人はテラスで紅茶を楽しんでいた。

「いや、だってあたし非戦闘員だし」

 リサがらからと笑う。

 ティも防衛にはあまり興味がないのか、涼しい顔をしてクッキーをつまんでいる。


 一方でアリルは、どうすればヴィオを少しでも危険から遠ざけることができるのかを考えていた。

 とりあえず土に埋めようかとアリルが結論を出したとき、ヴィオが三人に近づいてきて声をかけてきた。


「偵察部隊を結成することになったの」

「おう、がんばってくれ」

「リサ、アリル、一緒に来なさい。ティはここの指揮をお願いするわ」


 リサが飲んでいた紅茶を噴き出した。


「ちょ、ちょっと待て! あたしはほんと戦闘は駄目だって言ってんだろ!」

「だからこそよ。戦えないのなら少しは役に立ってみなさい」

「か、回復魔法が使えるしー! 衛生兵だし! 死人が出てから本気出すし!」

「あなたの丈夫さを頼りにしてるのよ。あなたなら矢の二十、三十本くらいが刺さっても大丈夫でしょ」

「人をゾンビみたいに言うな! あたしはか弱い乙女だ!」

 その言葉にヴィオとティが失笑する。

 なんだかかわいそうになったアリルはフォローを入れることにする。


「リサさんはちゃんとした乙女ですよ! 昨日だって、自分の結婚相手の理想は白馬に乗った王子様だと浅ましく語ってくれましたし!」

「その話は内緒だって言っただろうがー!」


 慌ててリサがアリルの口を押さえてくる。

 そんなリサの首根っこをヴィオがひっ捕まえると、ずるずると引きずって連れていく。

「え、まじで? ほんとにあたしも行くのか?」

「四の五の六の言わずに来なさい。アリル、行くわよ」

「は、はい!」

 偵察程度なら、たぶん大丈夫だろう。

 そう判断したアリルは、モップを持ってヴィオについていくことにする。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「壮観ね」

「壮観だなー」

 ヴィオとリサが言葉を漏らす。


 三人がやってきたのは小高い丘の上だった。ここからなら遠方も見渡せる。

 そして彼女たちが目撃したのは、ブラバクト王国の国旗を掲げた兵たち、百人程度が行進している姿だった。彼らは迷うことなく一直線に学園の方を目指している。兵士だけではなく、彼らは攻城兵器も引き連れていた。


「これならもう、確実に攻め滅ぼせちゃいそうですねー」

 初めて見る兵士の大群に、アリルは感嘆の息をこぼす。

 兵士たちの先頭では、緑色の大きなドラゴンが低空を待っていた。遠くて良くは見えないが、その背中に誰かが乗っている。


 三人がどうしたものかと考えていると、不意にドラゴンが進行方向を変えた。こちらへ向かって飛んでくる。

「おっ、まるであたしらに気づいたみたいな飛び方だな」

「そうね」

 しばらくドラゴンの飛行を見守る。

 ドラゴンはすばらしい加速を上げ、一気にこちらへやってきた。

 ぽつりとアリルは言葉を漏らす。


「これって、ほんとにわたしたちを目指してるんじゃ?」


「まさか。リサさんが、ちゃんと隠れるための魔法をかけておいてくれてるわ」

「え?」

 ヴィオとリサが見つめ合う。

 ヴィオは一度目をそらしてから、もう一度リサへ視線を注ぐ。リサはきょとんとした表情をしていた。

 気を取り直してヴィオがもう一度口にする。

「リサさんが、隠れるための魔法を使ってくれているわ」

「いや、そんな指示は受けてないし、何もしてないんだが」

「……何のために連れてきたと思ってるの!」

 ヴィオが声を荒げる。リサも負けじとすぐに言い返した。

「先に言っておいてくれっての! それにそもそも、あたしはそんな魔法なんて――」


 あたりに突風が吹き荒れ、リサの言葉が止まる。一気に近寄ってきたドラゴンが急停止した。

「ドラゴン、いいなぁ」

 ぽつりとアリルは言葉を漏らす。


 乗っていた人物がドラゴンから飛び降り、アリルの目の前に着地する。

 降り立ったのは青を基調とした鎧を着込んだ女性だった。長い髪を後ろで縛ったその女性は、アリルたちより少し年上のように思えた。


 彼女は鞘に入った細い剣に手を掛けたまま、アリルたちに声をかけてくる。

「そこの方々、少し道を尋ねてもよろしいでしょうか。哀れな私に、アンアシェン女学園がどの方向にあるか教えてもらえれば恐悦至極です」

 アリルたち三人は、いっせいにばらばらの方向を指差す。それを見て女性が困惑する。

「はて、三人とも違う所を指差していらっしゃいますが。どれが正しいのでしょう?」

「アンアシェン女学園は三つあるのよ」

 ヴィオが適当に答える。すると女性がとても驚いた様子を見せる。

「それは知りませんでした。では質問を変更させていただきます。国王の娘であるヴィオという少女が通っている学園は、どちらにありますか?」

「ヴィオが狙いなのか」

 思わずリサがつぶやくが、とっさにヴィオがひじ打ちを食らわせて黙らせる。ヴィオは澄ました笑みを浮かべて女性に話しかける。


「ヴィオという少女が通っているのは、ここからずっと遠い、反対の方向にある所よ。そちらを目指してはどうかしら」


「なるほど、承知しました。ご親切に誠にありがとうございます。もし今後ブラバクト王国に立ち寄る機会がありましたら、そのときはぜひお礼をさせてください。わたしはあちらに見える隊の隊長を務めているエルスリンと申します。覚えておいてもらえれば幸いです。それでは、これにて失礼を」

 ぺこりとエルスリンが頭を下げてくる。

 彼女はさっと身を動かし、ドラゴンに飛び乗った。ドラゴンが翼をばたつかせる。突風が起こり、バランスを崩したヴィオが転んでしまう。


「だ、大丈夫ですかヴィオさん!」


 アリルは慌ててヴィオに駆け寄る。

 するとドラゴンのはばたきが止まり、慌ててエルスリンが下りてくる。

「誠に申し訳ありません、ケガはありませんか? あと気になったのがですが、今『ヴィオ』という名前が聞こえたような気がしたのですが……」

 体を起こしたヴィオが作り笑みを浮かべながら答える。

「わたくし、ヴィオーナルという名前なの。だから国王の娘であるヴィオとは一切、これっぽっちも、少ししか関係はないわ」

「少々お待ちください、実はヴィオ様の似顔絵が描かれた手配書を預かってきていますので。ええと、確か手配書はここに――」

「逃げるわよ」

 ヴィオはそうつぶやくと、リサとアリルの手を取ってその場からダッシュで離れようとする。だがそれより早く、先回りをするようにドラゴンが動き、行く手を遮ってくる。


「ど、どうすんだよ!」


 慌てるリサに、ヴィオがまじめな顔つきで言葉を返す。

「こうなったらリサさんがエサとなって囮になった隙に、わたくしとアリルは逃げるわ。貴い犠牲よ」

 どんっ、とヴィオはリサを前へ突き飛ばす。

「ちょ、まじでそういうのやめろ! アリル、へるぷ!」

「大丈夫です、来世があります!」


 そうこうしている内に、手配書を確認したエルスリンが、ゆっくりと首をかしげる。

「ここに描かれている方と、目の前にいらっしゃる方が、とてもうり二つに見えます。これは、もしかすると、まさか……」


「仕方ないわね」

 ヴィオは鞘から剣を出して構え、エルスリンに向き直る。だがヴィオが剣を構えられたのは一瞬だった。

 エルスリンの振るった剣が、ヴィオの剣をはじき飛ばす。飛んでいったヴィオの剣がどさりと地面に落ちる。


 エルスリンはすっと細い剣先をヴィオへ向けると、申し訳なさそうな表情で言った。

「あなたがヴィオ様だったのですね。では大変心苦しいことなのですが、どうか死んでください」

 前屈みになったエルスリンが、目にとまらぬ速さで剣を振るう。自分の剣がはじき飛ばされ呆然としていたヴィオは一歩も動くことができなかった。とっさにリサがヴィオの前に立ち、彼女の体を抱きしめてかばう。


 エルスリンの放った一撃が、リサとヴィオに届くことはなかった。

 二人の前に躍り出たアリルが、モップでその一撃を受け止めたのだ。


 エルスリンが後ろに飛び退く。

「これはこれは、大変驚きました。まさかわたしの剣が、モップに止められるなんて」

 アリルは苦笑いを返す。

「あ、いや、もう限界ですよ。ほら」

 少し力を加えると、アリルの持つモップは真っ二つに折れてしまう。だがモップの根元の方を持ち、ゆっくりと構えをとりながら後ろのヴィオたちに声をかける。


「ここはわたしが渋々食い止めておくので、その間にお二人は逃げてください」

「で、でも!」

「嫌なら代わってください、わりと無理です」

 そう言いつつもアリルはヴィオとリサを押し飛ばし、早く逃げるよう促す。


 こんな所でヴィオに死んでもらうわけにはいかなかった。彼女はわたしが殺すんだ、と自分に強く言い聞かせる。


 ヴィオは動こうとしなかったが、リサが彼女の手を取り、強引に引っ張って彼女を連れて行く。

 一人残ったアリルは、静かに息を吐く。モップが半分になった以上、一瞬の油断が命取りになる。アリルは覚悟を決める。

 一方でエルスリンは不思議そうに小首を傾げながらアリルに近づいてきた。

「とても興味があるのですが、どのようにしてモップで剣を受け止めたのでしょうか?」

「あ、えっとですね、受け止める瞬間にモップを横にずらして力を逃がすんですよ」

「横にずらすということ、こうですか?」


 エルスリンが試しに剣を横に動かす。アリルは笑みを浮かべながら首を横に振る。


「ちょっと違いますね。こうです」

「こう、ですか?」

 なかなかエルスリンが要領を得ないため、アリルは近づいて彼女の剣を動かす。

「いいですか、こんな感じですね」

「なるほど、こう、でしょうか?」

「はい、そんな感じですね! じゃあ試しにやってみましょう。武器を交換して、と」

 アリルは剣を受け取り、代わりに半分に切れたモップを差し出す。エルスリンはモップを受け取ると、先ほどのアリルと同じように構えてみせる。


「じゃあいきますねー!」


 遠慮なくアリルは剣を振るう。エルスリンはどっしり構えて受け止めようとしたが、あっけなくモップは切れてしまう。

 しょんぼりした表情になるエルスリンに、アリルは笑顔で声をかける。

「何度か練習すればきっとうまくなりますよ! あ、行進してた兵士さんたちが止まっちゃってますよ。エルスリンさんを探しているんじゃ?」

「そのようですね。わざわざわたしごときにご指導してくださって、誠にありがとうございました。またご縁がありましたら、ぜひお会いしましょう」

「はい、それじゃあ!」

「……何かを忘れているような? 確か、誰かを追おうとしていたような……」

 エルスリンが小首を傾げる。

「気のせいですよ、早く行ってください。兵士さんたちが待ってますよ」

「あ、はい、そうですね。それでは、またいつか」


 エルスリンは軽やかな身のこなしでドラゴンに乗ると、あっという間に飛び去ってしまう。アリルは手を振って見送る。

 そのときふと自分がエルスリンの剣をまだ持っていることに気づく。


「あ、剣を忘れてますよー!」


 慌てて呼び止めるが、まったく聞こえていないらしく、ドラゴンに乗ったエルスリンは戻ってくることなく、兵士たちの元へ飛んでいってしまった。

 一人残されたアリルは、どうしようかと迷ったものの、また今度会ったときに返せばいいと判断して、剣を持ち帰ることにした。

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