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第三章 1話

 アリルの生徒としての学園生活が幕を開けた。


 これはこれで良かったとアリルは考えを改めることにする。

 生徒としてヴィオと同じ授業を受けることになったため、いつでも彼女のことを監視できるようになったからだ。暗殺対象を日頃から観察しておくようディナーシャから厳命を受けている。


 とは言っても雑用係としての仕事もできる限りおこなうことになっていたため、日々がとても忙しくなった。

 学業など放り出してしまえば良いのかもしれなかったが、初めての経験となる授業は、アリルにとってとても有意義で楽しいものだった。




 ある日の夕方。今日の授業をすべて終えたアリルは、ヴィオたちに尋ねた。


「迷宮とかってないんですか?」


「何の話だ?」

 リサが尋ね返してくる。

 アリルはぐっと両手を握りしめて力強く言う。


「だから迷宮ですよ! わたしたち生徒が修練を積むような迷宮があって、そこに潜りこんでモンスターを退治しながらお宝を探すんですよ! そういう授業とかはないんでしょうか!」


 以前どこかでそんな話を聞いたことがあったアリルは、迷宮探索にあこがれを抱いていた。

 リサがからからと笑う。

「あるわけねえだろ、んなの」

「あらリサさん、ご存じないの? 五年ほど前までは迷宮探索の授業はあったそうよ」

「く、くわしく聞かせてください!」

 アリルはヴィオに詰め寄る。彼女はもったいぶるようにしながらも詳細を話してくれた。

「この学園の近くに、今は使われていない炭鉱があったのよ。それを活用して、授業に役立てようとしたらしいわ。通路の先に宝箱を設置して、ほかの迷宮からヘッドハンティングしてきたモンスターたちを雇って、待機してもらって。生徒に重傷を負わせない程度に傷つけるよう契約を結んでいたそうよ。とても人気のある授業だったのだけれど、ある日、重大な問題が起きたの」

「問題、ですか?」

「なんだと思うかしら?」


 うーん、とアリルはしばらく考えてから言葉を返す。


「無様にも死人が出ちゃったとか?」

「いいえ。モンスターたちがね、環境の改善を求めてストライキをおこなったの。生徒たちが迷宮探索に来ても、襲うどころか宝箱まで親切に案内したり、中にはお茶菓子を出してもてなす悪行を働く者まで現れてしまって。迷宮がすっかり憩いの場所になってしまったの」

「環境の改善って、具体的にはモンスターさんたちは何を要求してきたんですか?」

「まず育児休暇の導入ね。それと健康診断を年に一回でなく、二回おこなよう厚かましくも要求してきたわ。さらに恐るべきことに、モンスターたちは、生徒たちと友好な関係を築きたいと、迷宮のアトラクション化を提案してきたの」

「そんな、いつ死ぬか分からないスリルが楽しいのに!」


 アリルが愕然としていると、ヴィオは何度か頷いてから話を続ける。


「当然、学園側はモンスターたちの要望を蹴ったわ。代わりに給料を二倍にする提案をしたようだけれど、モンスターたちは反旗を翻したの」

「ま、まさか学園に襲撃してきたんですか!」

 ヴィオが首を横に振る。

「いいえ、むしろ逆よ。無償で学園内の清掃活動をおこなうなど、ボランティアに精を出すようになったの。そのせいでみるみるうちに学生たちとモンスターたちとの間に友好関係が生まれ、『モンスター=倒すべき相手』という図式が崩れてしまったの。

 それ以来、迷宮探索の授業は授業として成り立たなくなったわ。担当していた教師はその責任を相当重く受け止めたらしく、悲しい話だけれど、放置されていた宝箱を持てるだけ持って国外へとんずらしたそうよ。それ以来、経営難に陥った学園は、二度と迷宮探索の授業を開催しないようになったらしいわ」

「むー、残念ですね。わたしとヴィオさんと、リサさんと、ティさんの四人で迷宮探索ができたら、とっても楽しそうだったのに」


 それを聞いたリサが愉快そうに笑う。


「おいおい、あたしたちで迷宮なんてものに足を踏み入れてみろ、どうなるかなんて明白だろ? まずあたしが死ぬ」

「それは別にいいんですけど、やっぱりみんなで何か力を合わせて困難に立ち向かったりしたいじゃないですか!」

 その言葉にティがうんうんと頷きを返してくる。

「アリル、私もあなたと一緒に、人生という長い困難を乗り越えていきたい」

「ヴィオさんはモンスターと戦ったことはあるんですか?」


 ヴィオは渋い表情になる。


「たくさん相手にしてきたわよ。わたくしの立場を利用しようとして、求婚を申し込んでくる貴族という名のモンスターたちをばったばったとなぎ倒してきたわ」


 そんな話をしながら歩いていると、向こう側から慌てた様子で警備のロフィさんが駆けてきた。

 重い鎧を着ているにもかかわらず、彼女の動きは俊敏なものだった。

「どうかしたんですか?」

 アリルは声をかけてみるが、ロフィはそれどころではないのか、立ち止まらずに駆け抜けようとする。

 仕方がないのでアリルが足を引っかけると、ロフィは簡単にすっころんだ。


「大丈夫ですか、ロフィさん!」


 慌ててロフィに駆け寄り、体を起こす。

「くっ……。すまない、迷惑を掛けた。足が引っかかってしまったようだ」

「いえ、お気になさらず。それより急いでいたみたいですけど、何か急用ですか?」

「学長を見なかったか? 探しているんだが」

「いえ、わたしは見てませんね。みなさんは?」

 アリルはヴィオたちに視線を向ける。だが彼女たちも知らないのか、みな首を横に振った。

 立ち上がったロフィが真剣な顔つきで言ってくる。


「ほかの生徒たちに伝えてくれ、自室で待機を――いや、それよりどこかへ避難した方がいいか」


「な、何があったんですか? ひとまず落ち着いてください」

 そう促すと、ロフィも自分が慌てていた自覚があったのか、静かに深呼吸を繰り返す。しばらく間を空けてから、ゆっくりとロフィは口を開いた。


「今朝、我が家の庭で花が咲いてな。それがとてもきれいで――」

「落ち着きすぎです! もっと慌ててください!」


「すまない、動揺していた。実は少し面倒なことになっている。ブラバクト王国の軍勢が、この学園に向かっているという情報を耳にした」

「えっ! そ、それってまさか、ブラバクト王国の軍勢がここへ向かってるってことですか!」

 アリルたちに緊張がはしる。

 ヴィオが一歩前に出て話に加わってきた。

「どういうこと? まさか宣戦布告?」

「向こうはただのピクニックだと主張しているらしいが、武装した集団がこの学園へ向かっているのも事実だ。光の障壁が守ってくれるだろうが、向こうも何か策があるのかもしれない。生徒たちはただちに避難を――」


「いえ、迎え撃ちましょう」


 びしっとヴィオが言ってのける。彼女の顔は真剣そのものだった。

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