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プロローグ


 街での買い出しを終え、アリルが上空を見上げると、そこでは今日も大きな赤いドラゴンが空を舞っていた。


 昔は危険視されていたドラゴンだったが、その性格が大人しいことが徐々に判明し、今ではすっかり人間に使役される存在になり、こうしてドラゴンによる空の旅が富裕層の間で流行している。

 人なつこいドラゴンに甘噛みされ、年に三百人ほど死傷者が出ているそうだが、それでもアリルはいつかドラゴンに乗って空を駆けてみたいと思っていた。


「そこの小柄のお嬢ちゃん、ちょっといいかな?」


 声がした方にアリルが顔を向けると、腰に細長いサーベルを携えた、髪の長い女性が笑みを浮かべながら近寄ってきた。


「はい、なんでしょう?」


「まず名乗らせてちょうだい、あたしの偽名はディナーシャて言うの。

 お嬢ちゃん、その大量の荷物、買い出しに来たのよね?

 よかったらついでにちょっと稼いでいかない?

 いい仕事があるのよ。高給で、アフターサービスもばっちり。

 大丈夫、怪しいものじゃないわ。うまくやれば処刑されないですむから」


「どんなお仕事なんですか?」


 アリルが尋ねると、ぐっとディナーシャが顔を近づかせ、耳元でささやくように答えた。


「とっても簡単な仕事よ。ちょっと暗殺にチャレンジしてみない?」

「暗殺……? あ、暗殺ってあの暗殺ですか!」


 大きな声を出すと、慌ててディナーシャがアリルの口元を押さえてくる。


「ちょっとお嬢ちゃん、声が大きいよ。誰かに聞かれたら、まるであたしが暗殺の依頼をしてるみたいじゃない」

「違うんですか?」

「合ってるわ。それでどう、やってみない?

 アフターサービスもばっちりよ、お墓とか遺族への対応とかなら任せて。慣れてるわ」

「で、でも、暗殺って、誰かが死んじゃうんですよね?」


 ディナーシャが顔をしかめる。


「あー、お嬢ちゃん、そういうの気にしちゃうタイプ?

 でも安心して、そのあたりのフォローもバッチリだから。

 あたしたちは善人が集まった暗殺者集団だから、たとえターゲットを殺しても、あとでばっちり生き返らせてるの」

「わ、すごいですね!」


 素直にアリルが感心すると、ディナーシャが満足そうな笑みを浮かべる。


「あたしたちの仲間に、腕の立つネクロマンサーが居るからね。

 それでどうお嬢ちゃん、試しに暗殺してみない?

 とっても人気の仕事で、富裕層に尋ねたアンケートで『気になる職業』第一位に輝いたくらいなの」

「で、でもわたし、一度も人殺しなんてしたことがなくて」


 ぱんぱんとディナーシャがアリルの肩を叩いてくる。


「大丈夫、誰だって最初は初心者よ。それに給料だけど、ほら、これを見て」

 ディナーシャが懐に忍ばせていた札束を取り出し、見せつけてくる。アリルが今まで目にしたことがないほどの分厚い札束だった。


「そ、そんなにいただけるんですか!」

「ええ、もちろん」

 アリルは思わず札束に見入ってしまう。


 これだけの大金があれば、病で伏せることを目標に自堕落な日々を送る両親を養うことができる。

 それにいつもお腹を空かせている弟にお腹いっぱいにご飯を食べさせてあげられる。

 弟は美食家気取りの偏食家で、安物の料理を毛嫌いしていた。


 にやっと笑みを浮かべたディナーシャが、小声で話しかけてくる。

「それにね、暗殺って世間では陰口をたたかれることもあるけど、とてもやりがいのある仕事なのよ」

「そうなんですか?」

「だって暗殺って、依頼者が居るわけだし、誰かの役に立ってるってことじゃない。

 自分は働いて大金をもらうと同時に、依頼者を幸せにすることができる。

 まさにウィンウィンの関係ね」

「殺される側の人にとってはウィンなんですか?」

「そんなささいなことより、暗殺はとてもやりがいがある仕事なのよ。

 誰かのために働けること、それはすなわち『生』を満喫することだと思うの。

 生きることは何よりも大切なこと。

 その『生』を存分に味わうためにも、ちょっと人殺しをしてくるだけよ」


 うんうんとディナーシャが頷く。

 その話に強く感銘を受けたアリルは、ぎゅっとディナーシャの手を握る。


「あ、あのディナーシャさん、わたしにも暗殺ってできるでしょうか!」

「ええ、できるわ。あなたからは笑顔のまま人を殺せる風格が漂ってきてる気がする。

 十年に百人くらいの逸材じゃないかしら。

 詳しいことはあたしたちのアジトで話しましょ。

 大丈夫、安全な場所よ。それほど死人が出ない所だから。

 さ、早く行きましょ」


 ディナーシャがまるで運良く見つけた生け贄を逃さないかのように、急かすべくアリルの背中をぐいっと押してくる。



 こうしてアリルの暗殺者としての人生が幕を開けた。


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