五味さん
道中も三浦はずっとにやにやしていた。結局は他人事なのだ、こいつは俺を見て楽しんでるだけなんだ。いっそ三浦のちんこももげて頭の上に浮遊すればいい。俺のように。
「米倉」
「なんだよ」
「おれ魔女には見えてると思うんだよね、賭けてもいい」
「なんでそんなこと言うんだよ」
「お前がビビると面白いから」
漕いでいる自転車を三浦に寄せ、無言で蹴りをいれる。三浦はそれをうけながらも楽しげに飄々とペダルを回している。落ちろ。今すぐ側溝に落ちろ。
そうこうしているうちに魔女の巣窟であるコンビニに到着した。
「やっぱやめにしねえか?」
「はいはい、ささっと行って来いよ。おれは後から入って見させてもらう」
今さら怖気づいたと思われるのも癪だ。おれは決心して入口へ向かった。
自動ドアが静かに開く。店内を見渡す、とそこに魔女はいなかった。無個性のザ・コンビニ店員が二人、レジと品出しをしているだけだ。
「なんだよ、いねえじゃん」
あとから入ってきた三浦が残念そうに言う。
「また今度だな、せっかくだしなんか買って帰ろうぜ。」
俺たちはアイスを買ってコンビニを出た。
「おや、米倉くんに三浦くんじゃあないか」
「五味さん!」
五味さんはブリキのおもちゃを大きくしたようなおんぼろ原付バイクに跨っていた。おなじみの麻のパンツによれよれのトレーナー、くしゃくしゃの長い髪を目深にかぶったチューリップ帽に収めている。渋谷のスクランブル交差点でもすぐに五味さんを見つけられるくらい五味さんは異質で異端なオーラを放っている。
「久しぶりだねえ、二人とも。相変わらず暇そうだ。」
五味さんは不健康な顔で小さく笑った。
「そんなことよりあれだ、米倉くん。君、妙なもの頭にぶら下げているね」
時が止まった。今日でたしか二回目だ。
「え!!まじ??五味さんにも見えるんですか??」
興奮した三浦が言う。
俺はいたたまれなくなり駐輪場へダッシュし、無事三浦に取りおさえられた。
「おい米倉!落ち着けよ、五味さんなら何か知ってるかもしれないだろ!ちゃんと見てもらえって!」
「いやだ!絶対おもちゃにされる!おれはお前たちのモルモットじゃないんだぞ!冗談じゃない!それに五味さんと関わってろくな目に遭ったことがないだろ!忘れたのかよ!」
あとから五味さんがすたすたと歩いてくる。
「ずいぶんな言われようだなあ。しかしまあ米倉くん、きみにとってはこれ」
俺の頭の上のちんこをピタリと指さす。やっぱり見えているんだ、五味さんは。
「災難かもしれないけど、ぼくにとっては願ってもない幸運かもしれないよ」
「どういうことですか?」
「君のようなモルモットを僕は探していた、ということだよ」
いつから人はあきらめることを覚えたのだろう。俺はこの瞬間も何か大事なものをあきらめてしまった気がする。視界の隅で三浦の笑みがちらつく。五味さんの不敵な笑みの向こうに夕焼け空が迫っていた。