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三浦

 

 漠然とした嫌な予感が俺のまわりを包んだ。


 今日一日の流れからしても、いいことの後には必ず予想もしない悪いことがアポもなしに次々と俺を訪問してくるのだ。

 一瞬迷ったが4コール目で俺は電話にでた。


「あ、もしもし俺だけど?」

 一昨日会ったばかりなのになぜか妙に懐かしい声だ。

「なんだよ、今忙しいんだよ。」

 余計なことにならないよう俺は極力愛想のない応対を心がけた。

「嘘つけ。どうせオナってたんだろ?」

「はぁ?お前と一緒にすんな。」

「あそう?じゃあ何してたんだよ。」

 こういうときの三浦はなんていうか、すごく面倒くさい。

「勉強勉強」

「へぇ、米倉が?その感じだと図星か」

「うるせえなー」


 ついつい相手のペースに乗せられてしまう。三浦にはそういう不思議な力があっ

た。


「まぁそうカッカするなよ、オナニスト君。そんなことよりさ、俺もうお前の家着いたんだけど。」

「オナ…え?はい!?」

 窓のカーテンを開け玄関の方を見下ろすと三浦がニヤニヤしながらこちらに手を振っていた。

「なんで?え?なんでいるのお前?」

「なんでじゃねぇよ、昨日メールしたろ、午後からお前の家でゲームするって。」

 しまった。…完全に忘れていた。

「三浦、5分待て。」

「ん?いいけど完全に証拠隠滅しろよ?おれイカ臭い部屋でゲームするの嫌だぜ?」

 俺は無理やり通話を切り、急いで三浦に言われた通り証拠を隠滅した。ティッシュをリビングのごみ箱の奥底へ埋め込み、部屋全体に消臭スプレーをかけた。

「おう、もうバッチリか?」

 思わず飛び上がってしまった。

「てめえ、勝手にあがってくるんじゃねえよ!」


 三浦は悪びれた様子もなく部屋の中を見渡していた。

『やっぱりそうか、三浦も。』


「ん?どうした米倉」

 三浦も俺と魔女を除くその他の人と同様に俺の性器は見えていないようだった。

「いや、なんでも。まぁとりあえずゲームすっか。」


 それから俺たちはしばらくゲームに没頭した。


 親父が単身赴任で留守な上に、母親も仕事で日中は出ているため、三浦はよく俺の家に遊びに来る。本人いわくあまりもてなされない方が気兼ねなく、のびのびできていいのだそうだ。失礼な話だが確かにそうだなと俺も思う。

 

 三浦とは時々こうして学校をさぼって一日中ゲームをして遊ぶことがあったので、性器をとんでもない位置にぶら下げている状態でもそれなりに自然体で接することができていた……が事件は起きた。

 俺たちはゲームにも少し飽きてきて、休憩がてら家にあるお菓子をむさぼっていた。そんな中、三浦の放った一言が事件の引き金となったのだ。


「あのさ、米倉。」

 ポテトチップを食べた指をなめながら三浦が言う。

「なに?」

 すかさずおしぼりを三浦にパスする。三浦は指先をおしぼりで拭いながら続ける。

「お前さ、なんで頭の上にちんこぶら下げてんの?」


 時間が止まった。


『こいつは何を言っているんだ?ち○こ?ち○こってなんだ?頭ノ上ニブラサゲテイル?オレハナゼチ○コヲ頭ノ上ニブラサゲテ…え?…え??』

「いや、冗談」

 そういって三浦は再びコントローラーを手に取りディスプレイの方へ向き直った。

「いやいや、三浦、三浦君?いやいやいやいやいや!!!」

「なんだよ?」

 けだるそうにしている三浦の肩を俺は思い切りつかんで揺らす。

「お前…おまお前三浦お前、おい三浦ぁあ!三浦お前三浦ぁああ!!!」

「なんだよ、落ち着けよ!」

「うるせえよ三浦!お前あれか?お前もか?お前もなのか三浦?ああん?三浦ぁあん?」

「だから何がだよ!」

「お前もこれが見えてんのかって聞いてんだよ三浦あ!この…俺の…頭の上の…ちんこ三浦あああああ!!!」

 俺は三浦を突き飛ばし、発狂したままトイレにかけこんだ。


 何分か経過してドア越しに三浦の声がした。

「米倉。」

「帰れ。」

「いや、お前さ、」

「帰れ。」

「いや話聞けって、マジで頭の上にちんこぶらさげているわけじゃねえだろ?おかしいよお前」


 こいつは俺のことを馬鹿にしているんだ。そうに決まっている。そうとしか考えられない。三浦はすべてを知った上で、あえて俺の口から言わせようとしているんだ。「そうです、ぼくは頭上に性器をぶらさげた変態オナニストです」と。

「オナニストは関係ねえだろ!!!」

「おい……どうしたんだよ米倉、お前まじで変だぞ。」

「黙れ!」

「……」

「三浦、お前本当はわかってんだろ?今日この部屋に来たときから俺の頭の上盗み見てはずっと笑いこらえてたんだろ?なぁ、なんとか言えよ三浦ぁ!」

「そんなわけねえだろ!だいたい、そうなこと有り得ないっていうか、俺はただ…」

「黙れ!」

「どっちだよ」

「……」

「俺はただ、ゲームやってる時もそうだったけど、今日ずっとお前が自分の頭の上ちらちら気にしてるもんだから冗談で言ってみただけだよ。」

「……それは本当か。」

「本当だよ。ていうかお前こそ本当なのかよ、その……」

「三浦君。」

「はい」

「僕が合図したら扉をあけてくれ。いいね?」

「なんだよ急に」

「いいから」

「わかったよ」


 百聞は一見にしかず。見えないというなら、診せてやるよ。俺の抱えるこの病を。俺が背負ったこのカルマを、三浦、貴様のカルテに記してやる。


 俺はゆっくりと準備を整えそれを放った。洋式トイレの滝つぼに、山吹色の滝落つる音が静かに響く。


「三浦君、入りたまえ。」

「は?お前だって今小便してんだろ?いくら俺でもそんな性癖ねぇよ。」

「いいから早く」

「……じゃあ入るぞ」


 背中の後ろでドアの開く気配を感じる。


「どうだね三浦君」

「米倉……」

 俺は四つん這いの姿勢をとり、頭上の性器を便器の方にひれ伏すような形で傾けて放尿している。

『どうだ三浦。これが今俺の背負っているカルマだ。お前にこの重みがわかるか?』



 排泄を終え振り返ると三浦が床の上で笑い転げていた。


 俺の脳内でゴングが鳴った。三浦、殺ス。


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