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魔女


 仮説実験とは、ある事象に対して仮説を立て、それを立証するために実験をする。そしてその実験から再度仮説を立てる、あるいはより詳細なものにそれを仕上げていくという肯定の繰り返しである。

 我々の生きる世界におけるあらゆる法則も偉大な科学者の仮説実験によって発見されてきた。そして俺も今まさにこの仮説実験によって一つの怪奇現象のメカニズムを解き明かそうとしている。

 

 

 俺は近所のコンビニエンスストアの前に自転車を停めた。

今のところ自分の頭上に浮かぶ性器を視認することができる人間は俺一人。逆に視認できない人間は母親と先ほどの小学生たち、そしてここに着くまでにすれ違った何人かだけで、これだけではまだ俺以外の全員が見えないことを証明したことにはならない。

 

 実験を重ね、データをより多く集めることによって俺はこの仮説をより真に近いものにできるのだ。

 コンビニのドアが開く。次に行うのは買い物をするという実験だった。こんな奇怪なものを頭の上にぶら下げた客に悲鳴をあげない店員はいないだろう。無論、それが見えていればの話だが。

 

 俺は毎週購読している週刊誌と昼食のカップラーメンを手にとりレジへと向かった。店員が悲鳴をあげようものならダッシュで逃げるだけだ。事実俺は何も悪いことはしていない。悪いのは世界の方であるのは明白だ。

 

 レジではアルバイトの及川さんが待ち構えていた。及川さんは中学のときひとつ上の学年で、面識はなかったがポニーテールがよく似合う女性で、ひそかに俺は憧れを抱いていた。たしかバスケ部だったと思う。

 今は髪を金色に染めていたがそれでもあの時と変わらず小さく後ろでひとつに束ねた髪は彼女の魅力を引き立てていた。及川さんは本当にポニーテールがよく似合うのだ。


 俺は少しの緊張を抱いていた。少なからず好意を寄せている女性の前でおれは一物をさらしているのだ。何とも言えないこの感覚。これでは世に露出狂が絶えないのもうなずける。


「お願いします。」

 

 クールに決めようと思ったが声が少し上ずってしまった。週刊誌とカップラーメンをレジ台の上に置く。

 及川さんは俺の顔を見ることもなく淡々と商品をスキャンした。


『及川さん、それじゃあなたに俺の性器が見えているのかどうかわからなじゃないか、こっちを向いてくれ及川さん、及川さんおい!』

 

 俺は半ば躍起になって前かがみになった状態で待った。頭上にある怪異を見せつけるように。

『さぁ及川さんよ、見るんだ。これが俺に取りついた悪魔だよ。その造形に恐怖の悲鳴をあげるがいい!』


「二点でお会計、439円です。お箸おつけしますか?」

 及川さんの視線が俺を完全にとらえた。


『さぁどうだ!』

 

 一瞬見つめあったあと及川さんは割り箸をレジ袋につっこみ少し乱暴に俺によこした。途中舌打ちのようなものが聞こえた気もしたが幻聴だろう。頭上に浮遊するこれも幻視だったらよかったのだが。

 

 とにかく俺は満足だった。及川さんにも俺のち〇こは見えていないことがこれでわかった。その上、妙な快感も同時に味わうことができたのだ。俺は笑顔で会計を済ませ店を出た。



 外に出ると別のコンビニ店員がごみ箱を掃除していた。


『……魔女だ。』

 

 魔女というのはコンビニ店員の西川さんのことだ。偏見かもしれないが彼女はコンビニ店員にしてはかなりの高齢で腰も少し曲がっていた。髪もくしゃくしゃで、いつも虚ろな目をしている。そして彼女はジブリ映画のキャラクターにでてきそうなほどの立派なかぎっ鼻だった。魔女と呼ばれる所以はその風貌にもあるが、それにまつわるエピソードも多くある。夜な夜な墓を暴いているとか、カラスと会話していたのを見たという根も葉もない噂や、カードゲームのパックを魔女のところで会計すると必ずレアカードが出るなどのような伝説もあった。

 

 とにもかくにもこの魔女こと西川さんがただならぬ雰囲気を醸し出していることは誰から見ても明らかなのだ。

 

 魔女は振り返ると力のない声で「ありがとうございました」と俺に向かっていった。

 

 刹那、全身から鳥肌が立った。俺は直感した。こいつはやばいと。


 魔女は気のせいか俺の頭の少し上の方を見ていた。しかもその表情にはうっすら微笑をたたえている。

 

 『こいつ、見えている……!!』

 

 俺は逃げるようにして自転車へダッシュした。手が震えてチェーンの鍵のナンバーがなかなか解除できない。一刻も早く、あの恐ろしい魔女から逃げなくては。

 

 チェーンを外している間も魔女が後ろで俺の性器を見ながら笑っているビジョンが浮かぶ。凍てついた手で心臓を鷲掴みされているような感覚だ。

 

 俺は鍵を外すと転げ出すように自転車を走らせた。叫びたい衝動をとこらえながら、俺は自宅へと急ぐ。



 ほぼ確信へ変わりかけていた仮説が一瞬のうちに打ち砕かれた。俺以外の人間には見えないと思っていた頭上の性器は、魔女の目にも映るのだ。


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