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吉兆

 俺はシャワーを浴びていた。尿ではない、正真正銘、水の、化学式H2Oの温水のシャワーを浴びていた。

 その後のことはあまりよく覚えていない。リビングのフローリングに飛び散った尿を掃除し、尿にまみれた衣服を風呂場で洗い、洗濯機へ突っ込んだ。


 そして今おれはシャワーを浴びている。いつもより入念にシャンプーをし、体を洗った。頭上に浮かんでいる自分の性器も手を伸ばせば容易に届く距離にあるので同様に洗った。その光景はしっかりと鏡に映ったが俺は何も感じなかった。

 

 俺は心を捨てたのだ。


 風呂場を出てバスタオルで髪を乾かす。続けて体の水滴をふき取る。すると脳天に何かが滴ってくる。見上げると自分の性器から水滴が落ちてきていた。


『そうか、これからは頭からじゃなくて、ち○こから洗って、ち○こから乾かすようにしなくちゃいけないな。はは。』

 

 着替えを済ませ、リビングへ向かう。テーブルの上にはトーストとハムエッグが置いてあった。


 こんな状況でも腹が減るのだから自分はつくづく健康だなと思う。性器が頭上に浮かんでいることを除いては。


 今朝は必至で探していた俺の性器は呆気なく見つかった。というよりそれは自ら自分の存在場所を示してくれたのだ。最悪の形で。


 もう学校へはいけない。それどころか外を出歩くことさえ俺は許されない。外に出れば俺はひとたび一流の公然わいせつ野郎だ。吉岡さんとももう会えなくなる。探し物を見つけた代わりに俺は自分がより多くの大切なもの失くしたことに気付かされたのだった。


 トーストとハムエッグをフォークでぐちゃぐちゃにして乱暴に口に放り込む。トーストはバターが染み込んで湿気った触感になっていた。こんなことなら焼き立てのうちに食べればよかったと思ったがすぐに思い直した。


自分の息子を頭の上に浮かべているような息子と、母親が落ち着いて朝食を済ませられるはずがない。別々に食べて正解だった。



『……待てよ?』

 


 シナシナのトーストを噛みしめながら今朝のことを思い出す。確かに今朝母親と俺は対面した。些細な会話も交えた。それなのに母親は気づいていなかった。


『いや、偶然気づかなかっただけか。』


 空になった食器を台所へ放り投げ、自室の姿見の前に立つ。明らかに異様な光景だった。


『こりゃ気づくだろ。』


 しかし今朝は自分も鏡を見ている。学校へ行こうと意気込んで洗顔をした時だ。洗面所へ向かう。すると鏡からの距離と鏡の大きさの関係からそこに頭上の性器はギリギリ映らなかった。

つまり母親と対面した時点で俺の性器が俺の頭の上に存在していた可能性は高い。


『もしかするとこれは、俺以外には見えないのかもしれない!』

 

 俺は急いで家をでた。自転車にまたがり全力で漕ぎ出す。道行く人は俺に一切目もくれなかった。


『これは…いけてるかもしれない。』

 

 しばらく自転車をこぎ続けると大通りに出た。小学生の小さな群れが無邪気にじゃれあいながら登校しているのを発見する。


『よし…』

 

 俺は子どもたちの方へと自転車を寄せた。徐々に距離を近づけていく。20m、10m、5m……


 子供たちは何度かこっちの方を向いたが特におかしな反応はなかった。俺の予想は当たっていた!頭上を確認するとそこにはちゃんと自分の性器が浮いている。公衆の面前において尚、堂々しているその姿は誇らしいくらいだ。

 

 最後は小学生のすぐ脇を並走し、「おはよう」と満面の笑みであいさつをして俺はその集団をあとにした。俺の爽やかなあいさつは華麗にスルーされたがそんなことはどうでもいい。俺の心は満たされていた。あの小便くさいガキ共には見えていないのだ!俺は外に出れる、学校へ行ける。そして、吉岡さんに再び会えるのだ!


「はははは!はははははは!」

 

 股間に感じる風も爽快だった。順風満帆、秋風を袋いっぱいに受けて、俺の自転車はどんどん加速していった。


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