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発見


 それは突然俺を襲った。


性器消失という圧倒的な非現実を目の当たりにし、自分なりにあれこれと思案してきたつもりだったが、それでも今までまったく気づかなかった問題。最悪の場合死に至る可能性もある大問題。


 「死に至る」というのは決して「やばい」とか「大変」とかそういった程度を示すものの喩えではない。初めて俺は本当の死を身近に感じていた。


 しかし恐怖すればするほど、その問題の根源なるものが俺に牙をむく。



『ぐ、おしっこしてぇ…』

 


 そう、尿意である。


性器はないのに尿意はくる。それは当然のことだ。逆に考えれば性器以外はあるのだから。肝臓で分解されたアンモニアは尿素になり、その他不純物等を含んだ血液が腎臓でこしだされ、膀胱へたまり排出される。こんなことは中学校の理科で誰しもが知っていることだ。俺は性器をもっていないが、肝臓も腎臓も膀胱ももっている。しかし排出する器官がない、穴すらもないのだ。


 もう一度股間を確認する。何度見でも結果は同じだ。下腹部をそのまま延長した皮膚が続き、情けない陰毛がわらわらと茂っているだけで痕跡すらない。完全なる消失。


 もし仮に尿道が内部で塞がれているのだとすれば、おれの体は代謝機能を失い血中濃度が上昇してよくわからないけど大変なことになるのは容易に想像できる。それだけは確かだった。このまま排出したとしてどうなるのだろう。腹が膨らんで一気に爆発するのだろうか。それとも全身の毛穴という毛穴から高濃度の尿が染み出るようにして噴水のような形で死んでいくのだろうか。


 次から次へとおぞましい死のビジョンが想起される。恐怖に比例して尿意も増大していく。


『このままじゃまずい!』


 俺は起き上がり部屋を出た。この状況を打開しなくてはならない。リビングにかけこみ救急箱を取り出す。


『あった…。』


 自宅にはなぜか医療キットが豊富にそろっていた。俺が手にしたのはメスだ。切れ味は本物で、幼いころそれで悪ふざけをして深く指を切り親に激しくしかられた記憶がある。


 パンツを脱ぎ捨て、メスを恐る恐る近づける。穴を、尿道を作らなければならない。


 メスを持つ手が震える。痛みに耐えるか、死を選ぶか。俺の頭にはもうその二択しかなかった。死にたくはない、ただ痛いのも嫌だ。


『くそ…なんで俺が、なんでおでがああ……』

 

 自分が不憫すぎて泣けてきた。この涙で尿が排出されたらいいんだ。世のスイーツどもは涙で悲しみが溶けて二人がまた結ばれてとかくだらねえポエムに共感してるがそんなものは幻想だ。涙は尿になったらいいんだよ。尿になって米倉竜二という健気な男子高校生の命をつなぐのがロマンスでありリアリズムで、今の俺にとってはそれだけが唯一すがりたいファンタジーだ。


 無情にも涙は数ミリ滲むほどで、のしかかっている尿意は推定でもリットル単位であることは間違いなかった。そしてそれは秒刻みでどんどん体積を増していく。


 その時吉岡さんの顔が浮かんだ。優柔不断な俺は今日何度も自分の決心を揺らがしてきたが、そんな中で正しい方へと俺の背中を押してくれていた原動力、マドンナ吉岡。


 やるしかない、俺は今この手にもつ聖なる剣をもってして、自分の深淵なる部位に一筋の光の道を切り開く。そして、生きて帰ったときは吉岡さん、あなたに想いを伝えに行くよ。


 俺はメスを再び握りしめた。



「うおおおおおおおおおおおー!!!!!!」

 

 




 ……できなかった。うん、できるわけない。痛いに決まっているし、第一、尿道がそれで出てきて無事排泄できる保証なんてどこにもないじゃないか。危うく俺は無駄死にするところだった。あぶねーあぶねー。


 俺はメスを丁寧に救急箱へしまった。あまりの緊張にのどが渇いたので冷蔵庫から麦茶を取り出しコップへ注ぐ。


『…はっ!』


 あわてて飲みかけたコップから手を離す。


『俺は何をしているんだ。今はこの尿意の処理に奔走すべきだろう。それなのになぜ俺は放尿を誘発するようなことを自らしているんだ?狂ったか?いや違う。これは陰謀だ。悪魔が俺を殺そうと思考を操作しているに違いない。冷静にならなくては勝利できない。』


 限界はすぐそこまで来ていた。理性によって制御できる範疇を尿意が越えてしまうのも時間の問題だ。


『考えろ…考えろ…なるべく痛くないようにして尿意を処理する方法。』


 しかしどんなに思考をめぐらせても浮かんでくるのは悠久の大自然の中流れ落ちる滝や、蛇口から勢いよく飛び出す水道水、みずみずしいオレンジやグレープフルーツの断面の映像だった。


『落ち着け竜二!お前はこんなことでは負けない。』


 心を落ち着けようと先ほど出した麦茶を冷蔵庫へ勢いよくしまう。刹那、電撃が走った。

足の小指を冷蔵庫の角にぶつけたのだ。痛みに悶絶した後、全身の力がぬけた。


 俺は思い出していた。海水浴場で人知れず放尿したときの記憶。脳から温水をかぶるような感覚を。


 小指からくる痛みと、我慢し続けた尿意を開放する快感が一度に押し寄せてくる中で、俺は異変に気付いた。


『ん?なんか、くせぇな…わっ、なんじゃこりゃあ!!』

 

 先ほど感じていたあの感覚は喩えなどではなかった。俺は本当に温水を頭からかぶっていた。


 放心状態で頭上30センチほどのところを滞空している物体を眺める。その間も放尿は止まらず、その物体から放たれる尿はしばらく俺に降り注いだ。


 びしょ濡れだったからよくわからないけど、多分俺、泣いてた。


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