06 : 志を共にする者
アルフォンスとゲームをしていて、申し訳なく思う時がある。それが、こういう場面に出くわした時だ。
『これで彼奴奴が失敗してくれればなんとでも理由をつけて断罪できよう。よいな。決して逃がさぬよう、努々目を離すでないぞえ』
『はっ、御意にございます。―――ティガール国王妃エレオノーラ殿下』
「あー…えーと…」
私はそれ以上続ける言葉を見つけられずに押し黙った。
ゲームの操作にもそこそこ慣れてきた頃、ようやくゲームタイトルでもあり、アルフォンスにとっての岐路とも言える『聖女降臨』と言う単語が、チラホラ出てくるようになってきた。
物語が進むに連れ増えて行く単語やキャラクターにてんてこ舞いになりながらもなんとか進めて行く。申し訳ないが、ゲームが指示する通りに動かしてはいるが、ストーリー面について難しいことろはほとんど理解していない。アルフォンスに情勢などを要約してもらっても、目まぐるしく変わる状況について行けずに、理解する気力を手放した私は悪くないと思う。学生である私は、500年後くらいに教科書にまとまったら覚えるとしよう。
そんな私は今、非常に気まずい空気の中に身を投じていた。
テレビ画面の中で繰り広げられる光景は、いわゆる密会と呼ばれるものなのだろう。物語の展開からして、きっとここはアルフォンスを嫌っているティガール国正妃である彼女の私室のようだ。声だけの登場人物にはイラストがついていなかったが、アルフォンスは声から誰だか判明したようだ。その顔付きが冷たくて、私はスッと視線を逸らした。触らぬ王子に祟りなしである。
そもそも、密会中に名前なんて呼ぶんじゃねえよ!ゲームの演出?演出なの??と私は心の中で涙目になる。気まずいにも程がある。
顔すら描いてもらえないそこらへんの下っ端と違い、正妃であるエレオノーラは白雪姫の継母のような意地悪そうな顔で描かれていた。
その表情に見合ったあまりにも不穏なアルフォンスへの言葉に、私はなんと言って良いのかわからずに気まずい沈黙の中コントローラーを握り締める。彼はそんな私を認めると、いつもの様に美しい笑みを称えて涼しい顔で『かねがねこのようなお方ですのでお気になさらず。』と言った。
「元より、この任を命ぜられた時に覚悟はできております。」
「…こういうこと、他にもあるの?」
「こういうこと、とは?」
「なんていうか。足引っ張ってやろう、みたいな」
「足どころか、些少でも失敗をすれば嬉々として首を刎ねにくる奴等で溢れかえっておりますよ。王城は。」
足程度ならいくらでもくれてやりましょう。と、続けるアルフォンスはどこか自嘲的な笑みを浮かべていた。私はハッとしてそこに続く言葉を飲み込んだ。辛くない?そんな言葉、聞けるはずもなかった。
こういう場面や、他の登場人物が独り言を言う場面。言葉にせずに飲み込んだ感情を文字として表している場面。その全てがアルフォンスの世界と共通しているのかはわからないが、きっと共通している部分もあるのだろうと思うほどに遣る瀬無い。こういうのは人間関係において秘する部分であって、人に知られたい部分ではない。アルフォンスだって、知りたくないこともあるだろう。それら全てを暴いて白日の下に晒しているような、この瞬間がたまらなく嫌だった。
「見るの辛いなら、私がレポートに纏めてあげるけど…」
「翠様…私を慮ってくださっているのですね。お心遣いだけ受け取らせてください。ですが、ご心配には及びませんよ。」
確かに、アルフォンスに要約してもらっても意味を理解しない私では頼りなかったかもしれないが、頑張るつもりではいた。
そんなアルフォンスに逆に労わるような笑みを向けられて、私は言葉無く黙り込んでしまう。心配に及ばないのは、慣れているからなのだろうか。慣れるほど、こんな言葉や視線を向けられてきたのだろうかと思えば思うほど、アルフォンスがかわいそうになってきて、そんな心境を察されないためにも深く俯いた。
「このような愚昧な女狐風情、取るに足りません。」
その言葉に、座っているのにずっこけそうになる。
「あっそう。」
「はい。」
「最近、あんた結構いい性格してるわね。って思うことが結構あるわ。」
「お褒めに預かり光栄です。」
***
ゲームの中のアルフォンスは、既に5人の仲間を自軍に加えていた。
あまりにもポンポンと立て続けに入ってきたので、順調すぎて心配になった私はリカちゃんに相談までしてしまった。しかしこのゲーム、最終的には16人仲間に入るらしい。その中から、局面によってタイプの違うキャラクターを使い分けつつ、スタメンとベンチを決めていくのだという。
それに戦闘の性質上、最初にそこそこの人数を仲間に入れておかないと戦闘が面白くないらしい。なるほど。確かに将棋も碁もチェスも最初からバンッとたくさんの駒を使っている。納得はしたが、歓迎はしない。戦闘に楽しみなど求めていないから、本を読むようにもっとサクサクストーリーが見たいのだと言ったら、リカちゃんに『ゲーマーの敵ですね』と言われた。
ゲームのストーリーはまだ『聖女降臨』に至っていない。その為、今入っているキャラクターたちは当たり前だが全員アルフォンスと面識があった。
王太子付き近衛隊長のオーディン・バスチェ。
厳めしい表情に太い手足。顔に大きく走る傷も歴戦の将には相応しく、敵も味方もびびらせる彼の威厳に一役買っていた。
甲冑姿でなければ、どこぞの山賊のような見た目の彼であるが実は涙脆く非常に正義感溢れる口髭がキュートなおじさまだ。任務に忠実で、ストーリー中でも王子であるアルフォンスに献身的だ。
大柄な斧を使うオーディンは、移動範囲こそ少ないがその破壊力たるや他の人達とは一線を画している。また防御面にも優れていて、防御面に弱いキャラクターを守らせる為に軍営の傍に置きつつ、前衛としてうちの軍師様は働かせている。
続いて、同じく攻撃タイプのコンラート・オズワルト。
アルフォンスと同じ白騎士団に所属している騎士で、中々のイケメンお兄さんだ。いつも笑顔でノリが軽く、飄々としていて掴み所がない風のような男だった。女性の尻を追いかけまわしているかと思えば、戦闘になった時の表情は真剣で、これをギャップ萌えと言うのだとリカちゃんが私に力説してくれたキャラである。ちなみに彼女の推しメンではないらしい。
槍を使う彼は馬に跨っており、機動力と攻撃力に長けている。3人いる物理攻撃タイプの中では、一番バランスが取れているキャラクターでもあった。ざっくばらんに言えば、突出して良いところもなければ悪いところもない。平凡的な、けれども一番使いやすいキャラである。
アルフォンスは、彼をもっぱら単騎で独走させて離れた場所から遠隔攻撃をしてくる敵を仕留める戦法を取っている。私的に言わせてもらえば、カメレオンの舌攻撃だ。苦情は受け付けない。
更に騎士が続く。ロイ・コルレア。
非常に整った顔立ちは中性的で、仲間に入った瞬間『本物の宝塚きた!!』と興奮して叫んでしまった。
私の直感は正しくて、彼は本当は女性であった。魔物に殺されたお兄さんの敵討ちをする為に立ち上がったらしい。魔王討伐軍の噂を聞きつけたロイは、兄と共に幼い頃から磨き上げてきた剣の腕を持って志願してきた。纏っている騎士の制服は、魔族に殺されてしまった兄のものだという。なので、実際には騎士ではなく、騎士の見た目をしている男装の麗人というのが正しい。
何故それを知っているのかと言うと、アルフォンスに速攻でばれてしまったのだ。しかもばれ方は水浴びシーンに出くわしてしまうという王道もの。しかし画面版冷静沈着無表情アルフォンスは、明らかに女性の体つきをしているロイを一瞥すると、そのまま引き返してスルーしようとしたのだ。そんなアルフォンスに秘密をばらされては敵討ちが出来ぬと、裸同然の格好で組みしきロイは脅しをかけてきた。アルフォンスは女の命である髪を切り、野心のためなら自国の王子の殺害も厭わないその心意気を買って彼女の正体を不問にしている。
彼女は女性ならではの身軽さと素早さで剣を扱う。ちなみに、私はロイの必殺技が凄まじく好きだった。剣を使って舞うように敵を倒すのだ。その時に真紅の薔薇がハラハラと舞って、本当に宝塚のステージのようで格好いいのだ。私は彼女を密かにロイお姉様と呼んでいる。
槍や斧、剣など物理的な攻撃しかできない彼ら“騎士”と違い、アルフォンスは魔法も武器も、ちょっとした回復魔法さえ使えるオールマイティな“王子”だった。基本的な武器は双剣で、これは一応王家代表として旅に出るアルフォンスに国王陛下がお情けとして下賜した国宝だった。
“王子”という役職は、他の武器も持てるのだがこの剣が非常に使い勝手がよく、しかも序盤にしては相当攻撃力も高いので、ずっとこれを愛用している。現実版アルフォンスが『私魔法も使えますよ?よ?』とこっそり自慢してくるが、スルーしている。魔法を使うにはお金がかかるのだ。
アイテムや武器には“耐久度”と言うものがついていて、使用したり攻撃したりする度にこれが減っていく。この数値が0になった時に、そのアイテムや武器は使えなくなってしまう。すべての武器やアイテムにこの耐久度がついているのだが、例外もある。それが、アルフォンスの腰にはいている双剣―――シア・グローディス。光と影と言う意味らしい。
耐久度がついていない…つまり、何度攻撃しても折れずに刃こぼれ一つしない剣なのだ。しかも攻撃力がそこそこ強い。倹約節約がモットーな我が軍に、不必要な出費はいらない。私はアルフォンスの訴えを完璧に無視していた。
次は魔法が得意なフリッツ・クリック・リッツくんだ。
『ギャグ?』と聞いたら、『本名ですよ。』と真顔で答えられた。ここでも名前で苦労して良そうな人物を発見してしまった。多少の親近感が沸く。フリッツ・クリック・リッツ略してフリクリは我が軍で唯一の魔法攻撃職だ。もう一度言おう。ゆ・い・い・つ・だ。
遠距離からの魔法攻撃に優れていて、基本的にオーディンの陰に隠れてせっせこ魔法を撃っている。フリクリは純朴そうな真面目を絵に描いたかのような少年で、何事にも一生懸命なその姿が凄まじく可愛らしい。現在は魔法塔で魔法の修行に励んでいるらしく、魔法塔の魔道士たちも挙って優秀だと褒め称える優等生くんだ。だが、そんなフリクリにも汚点はある。それは、塔卒業期間最短記録を誇るアルフォンスをまるで神様のように崇めているところだ。しかし汚点だと感じているのだが、何かにつけて『アルフォンス様、アルフォンス様』とついて回る姿は大変可愛らしい。
そして最後に―――カチュア・ハーベルディング。ちょいちょいアルフォンスといい仲な乳兄妹だ。
「貴族のお嬢様も戦争に出たりするもんなの?」
「彼女は優秀な癒し手でもあります。癒し手は非常に貴重な存在ですし、何より本人の希望です。他に立候補者がいなかった為、彼女が従軍することになりました。」
「なるほどねぇ」
気を引き締めているつもりでも顔がにやけてしまう。そんな私に、アルフォンスが眉根を寄せて反抗する。
「なにか?」
「いやいや。好きな相手が手の届かない場所で大変だろうってわかってたら、手の届く場所に行って助けようとするわなぁ」
「彼女とはそのような関係ではありません。生まれた時から共に育ち、本当の兄妹のように―――」
「うんうん。わかってるって。いい娘さんじゃん。楽な旅じゃないってわかってるのに。私奥さんはこういう尽くしてくれる子がいいと思うな~。」
「翠様っ」
「わかってるって、うんうん。」
にやにやと緩んだ私の表情に珍しく怒ったような表情をしたアルフォンスが、拗ねてそっぽを向いた。
「ごめんごめん。ほら行こう」
コントローラーのスティックをかちゃかちゃ言わせて画面の中のアルフォンスを走り回らせていると、現実のアルフォンスも少し気が逸れたのか、溜息をつきながら苦笑した。
「翠様には敵う気が致しません」
「私もアルフォンスには負ける気がしないわー」
***
かくして、聖女降臨は成された。
は?とお思いかもしれない。私も思った。は?と。
あまりの呆気無さに、私はしばらくの間口をポカンと開けてテレビ画面を見ていた。
「…アルフォンス」
「はい。ここに。」
「聖女って、アルフォンスが使者になって迎えに行くんじゃなかったの?」
「おっしゃる通りです。この預言書の私も、そうなるように動いておりました。覚えておりませんか?」
「覚えておりますけれども…じゃあなんで、アルフォンスが前に言ってたみたいにパァーーって明るくなって、なんか女神みたいな聖女が降臨してんの」
「何故でしょう。細部まで見ることが適いませんので魔法陣を読み解くことが出来ないのですが、魔力の流れを読み取った聖女様が自ら御出でになられたのかと」
「…ごめんなさいね現実には魔力の流れを読み取れる聖女がいなくって。」
「私は翠様にお会いできたことを、女神に感謝しております」
「あらそうありがとう。うーん。ここから先はアルフォンスの知らないことになっていきそうだから、ノートにでも纏めていこうか。覚えきれないでしょ」
「あ、私は―――はい。覚えられません。」
「あんたほんっとうに腹が立つ。」
どうせ覚えれないのは私だよ!と力任せにクッションを投げつける。クッションキャッチも慣れたもので、アルフォンスは片手で軽々とそれを受け止めて笑っている。
「私が書いてたら預言書進まないし、アルフォンスが持って帰って考えるようにとっておくんだから、あんたが書きなさい。」
買い溜めしておいたシンプルなノートにシャーペンを渡すと、恭しい手つきでそれを受け取る。アルフォンスは未だにシャーペンを国宝だか神具だかと思っている。持って帰れるのなら、帰るときにそれも持って帰っていいと伝えたら、文明の超越はよくないのでとかなんちゃらとか遠慮しながら、視線はしっかりシャーペンに釘付けだった。
アルフォンスがノートを開いて文字を書いた。『よげんしょより』一番上に書かれた文字はひらがなだった。
「なんで日本語?」
「持ち帰ることを前提に書き留めるのなら、どんな人間が目にしても不都合がないようにしておきたかったのです。」
「なるほどね。未来を知ってたりしたらそりゃまずいか。」
「用心に越したことはありませんから。」
淡々と告げるアルフォンスはすでに目線をテレビにセットしていた。私はそれを確認すると、ストーリーを進めるために○ボタンを押した。
「なるほどう?結局、この“召喚の間”にいるあんたと、オーディン、コンラート、フリクリに聖女様が祝福を授けてくれて、任務完了?」
「その様です。私が帰還した際に預言書の通り聖女様が現れるといいのですが…翠様は…ついてきてくださいませんもんね」
「なにそのちょっと拗ねたような言い方。いーい?アルフォンス。さっきの聖女様の顔を思い出しなさい。私に見える?ちなみに言えば、お姉ちゃんにも見えない。よって私たちは無関係!はい、復唱して!無関係!」
「ムカンケイ」
「なによあんたちょっと生意気ね。ピィちゃんのくせに!」
「わっ」
頭をわしゃわしゃと掻き乱してやっても、アルフォンスは文句の一つも言わない。私は何もできないとわかってるくせに、それでも私にウツシヨについてきてほしいのは、それほど真剣に国のことを考えているからだろう。この責任感の強さは、王族と言う立場に付随する重責に比例するのだろうか。
「聖女様の祝福により、私に新しい特技が加わったようです。」
「あ、そうなの?ちょっと待って。えーと、特技は…□ボタンの後に…横を押して…」
「そこで○ボタンです。翠様、Lボタンを二度押していただけますか?」
「操作してる私よりもコントローラーに詳しくなってるってちょっとどうなの!」
「はい、ありがとうございます。増えてますね。『祈り』という特技だそうです」
「ふんふん。えーと。読むよ?『使用者のHPが8%以下の場合、全メンバーのHPを全回復する。1戦闘につき1回のみ使用できる。』ん?多分すごいよねこれ。」
「使いどころは難しそうですが、これほど強力な切り札を授けて頂いたのです。全力でお応えして見せます。」
片手を背中に、もうひとつは胸の前にあて、アルフォンスはテレビ画面に向かって深くお辞儀をした。前に見せてもらった偽執事だ。どうやら、これが彼の世界の礼の形らしい。テレビのイラスト相手に何をしているんだと呆れる気持ちと、そのイラスト相手にでさえ敬意を払いたくなるほど尊い存在なのだと見せつけられたようで居心地が悪い。何もしないのもどうかと思い、私もテレビに向かって二礼二拍手一礼をする。
その形式を見たアルフォンスが、驚きに目を見張った。
「何?」
「翠様、それを、どこで。」
「どこでっていうか、実家で?神棚に毎日家族全員でやるのが朝の習慣だったし…」
あまりにも驚いているアルフォンスに居心地の悪さを募らせた私は、いつもの皮肉を言う余裕もなく素直にそう告げた。私の返事に、アルフォンスは満足げに頷いた。
「やはり貴方は、聖女様の縁者であらせられる」
「は?まだ言ってんの?あの絵、どう見てもお姉と一寸も被んないじゃん!仏壇の写真毎日見てるでしょ??」
仏壇にご飯とお線香をあげるのも今のアルフォンスの大事な仕事だ。アルフォンスが手入れするようになってから、仏壇はいつ見ても埃ひとつないぐらい綺麗に磨かれている。何だか私が不精していたように感じ、姉に申し訳なく思う時もある。
「いいえ。今はっきりと確信いたしました。」
「なんでよ。」
「その尊き儀礼は、我が世界にも存在します。」
「…え?」
「教会の頂点に君臨する教皇にのみ許される、女神様の御意志を受け取る際の儀礼です。」
アルフォンスのまたよくわからない説明に、私は『なるほどー』と棒読みで応えた。気の無い返事に気付いたのか、アルフォンスは苦笑する。
「つまり、やっぱり翠様がすごいってことです。」
「あぁなるほどね。それなら理解できるわ。」
よっし続き行くわよーとテレビ画面に視線を戻せば、アルフォンスもシャーペンをぎゅっと握りしめた。