04 : 魔王を倒す手段
にしても、魔王を倒す手段って…。
現代日本に転がっているはずがない。私は大きくため息をつくと、今日入荷した本を陳列していた。
私のバイト先は大学近くの小さな本屋で、基本的に主な購買者である大学生向けの本ばかりを置いている。アルバイトも当然大学生が多く、次から次にメンツが入れ替わるため連帯感はないが、ぎすぎすした感じもないところが私には合っていた。入学したのころに始めたバイトも、もうそろそろ4年目になる。こんなに長く続けたバイトはこの店が初めてだった。
仕事も慣れてきたもので、考え事をしながらでも手は動く。しかし仕事中にぼうとしすぎてしまったことに気付いた私は、大きく頭を振って雑念を取り払った。
「みどちゃんセンパーイ!お疲れ様でぇす。どうしたんですかぁ?キョドーフシンなんですけど」
明るく元気な声が聞こえてきて顔を上げた。そこには、最近の女子大生を具現化したようにおしゃれに余念の無い後輩のリカちゃんがいた。
「お疲れ。ちょっと魔王の倒し方を考えてた。」
「魔王ー?勇者にでもなっちゃったんですかぁ?」
「残念惜しい。聖女なんだな。」
「さすがみどちゃん先輩!かっちょいー!惚れ直します!」
「はいどうもありがとう。」
半分自分がやりますんで、と陳列を一緒に始めるリカちゃんの指先はいつも深爪だ。これだけばっちりおしゃれに決めていて、今からデート?と聞きたくなるような見た目をしているリカちゃんだが、仕事中はネイルを外してある。一度本を傷つけてしまったことがあったのだ。その本はリカちゃんにこっそり注意をし、店側には報告せずに内密に私が買い取った。あれから、一度だってつけてきていないことを私は知っている。
「けど聖女に魔王って、『聖女降臨』みたいですねぇ」
ここ2日で聞きまくった『聖女』と『降臨』という単語に無条件で反応した私は、首を傾げてリカちゃんに話の続きを促す。
「先輩ゲームに興味ないから知らないかなぁ。えーと、先週入ってた“ゲーム王”の表紙に載ってたようなぁ…あったあった。これですぉ。」
陳列を中断して反対の棚に回っていたリカちゃんは、ポップな絵の描かれたゲーム情報誌を持ってくると私に見せるように肩を寄せてきた。
「最近発売したばっかりなんで、たくさん特集組んでるんですよねぇ。」
「リカちゃん全然興味なさそうなのにゲームアニメ詳しいよね…」
「はい、もうバリバリっす。ゲーマーな兄貴のせいで小学生からオタクっす。このゲーム、復活した魔王を倒すための旅っていう王道の設定が懐かしさを呼んで、珍しく古参ユーザーからも評価が高いんですよねぇ。」
聞いたことあるような話だなぁと思いつつ、表紙に映っている男の子と女の子をじっと見る。男の子は今日の朝にカレーをよそってくれた我が家の新ペットと同じ配色をしていた。
「話も長すぎず短すぎずで上手くまとまってるらしくってぇ。私今やってる格ゲー極めたら次これやる予定なんですよねぇ」
「へぇ~」
「特に主人公のアルフォンスの声優に最近はまってて」
興奮するリカちゃんが、聞いてはならない単語を口にした気がして一瞬思考が止まる。
「…なんて?」
「? あ、海野ナツキです!」
「いや、ちがう。主人公の名前。」
「アルフォンスです。アルフォンス・ティガール。海野情報なら任せてくださいね!デビュー当時からずっと追ってるんで!興味あるならラジオとか着ボイス結構スマホに入れてあるんで聴きますかぁ??それとそれと、おすすめのドラマCDがあってこれの受け声が―――」
「リカちゃん。そのゲーム、どこに売ってるの?」
リカちゃんの肩を掴みながら凄んだ私は、今日中にでもお兄ちゃんにSOSメールをしようと決意した。
***
「アルフォンス・ティガール。性別男、年齢16、身長165㎝、ティガール国第三王子。第二王女と同じ妾腹に生まれる。文武の才に恵まれていたことを正妃に疎まれ、幼少時より王城から遠く離れた僻地にて隔離されて過ごす。魔法塔を最短の2年8か月で卒業した後、王命により従軍する。指揮官としてその才を遺憾無く発揮し、その功績を認められ王城に復帰する。白騎士団の副長を歴代最年少で務めた経歴を持つ。」
バイト帰りに連れて行ってもらったゲーム屋さんで、教えてもらったゲームを買った。はやる気持ちを抑えられずに、路上でパッケージの封を切った私は『みどちゃんセンパイ、小学生みたいですよぅマジ笑える』とリカちゃんに爆笑された。笑いながらも、ゲームに付属されていた説明書を開き、ゲーム初心者である私にリカちゃんは色々と指導してくれた。
説明書には登場人物の紹介イラストのようなものも載ってあり、そこにその人物の特徴や経歴なども書かれていた。アルフォンスはリカちゃんが言っていた通りゲームの主人公で、でかでかと『冷静沈着、孤高の王子様』と書かれていて今度は私が爆笑するのをリカちゃんが不思議そうに見ていた。
そして私は家に帰ってくるなり、玄関で説明書に載っていた人物紹介文を勢いよくアルフォンスの前で読み上げた。
「…翠様?おかえりなさい。お風呂沸いてますよ」
「おのれは新妻か―――ただいま。」
温めなおしていたカレーの火を止めてこちらに走り寄ってきたアルフォンスに、結局出迎えられながら靴を脱いだ。俯いた拍子に抑えられなかった笑顔を浮かべる。帰ってきたら温かい家や沸いているお風呂。そしてカレーのいい匂いに感動する。人が待ってくれてるって、ちょっとばかりいいかもしれない。
「それより、これ、あってんの?」
残念ながらイケメンに縁のなかった私は、イケメンは何を着てもイケメンだということを知らなかった。
そのことを身をもって実証してくれたアルフォンスは、花柄のエプロンというおよそ16歳の少年が全力で拒否しそうな物を身に着けていた。
それは一人暮らしを始める際に母が用意してくれていたエプロンだった。ちなみに言えば、ずぼらな私は一度だってそのエプロンに袖を通したことがない。
「っていうか、16ってマジか。」
それにしても、若いだろうとは思っていたが5つも年下だとは思わなかった。外国人は年齢不詳だって本当だったんだなぁと唸ってしまった。以前出してあげたホットミルクに、落ち着けるようにと、少量とは言えブランデーを入れてしまったことを思い出す。まさか未成年…しかも去年まで中学生だった子に出すにはちょっと褒められたものではない。アルフォンスも何も言わずに飲んでいたから気にしなかったが、本当は飲みにくかったんじゃないだろうかと不安になった。
「はい。16で間違いありません。それと、先ほどの経歴についてですが、寸分違わずその通りです。そこまで申し上げてはなかったと記憶しておりますが、それも翠様の千里眼によるものでしょうか?」
「トコヨにはすこしふしぎはありませんっ。それより―――あ、ルー多めね!!ガラムマサラも多めで!福珍漬けはしょうが入れないで!それよりこれ見てよ。」
既にご飯を食べる用意をして炬燵に座っている私に、アルフォンスがカレーをよそってくれる。この至れり尽くせり感たまんないな。と同居2日目にして既に馴染んでいる自分に気付く。
「これは…なんでしょうか。綺麗な姿絵ですね。」
二人分のカレーを炬燵に置き、二人で手を合わせて『いただきます』と言った。
「これのね、ここ。これね、アルフォンス・ティガールって書いてるの。」
「…私の名前でしょうか」
「そう。着てる服はこっちに来た時のとはちょっと違うんだけど」
「この姿絵の意匠は白騎士団副長の制服です。肩にラインが2本入っているので間違いありません。兵卒はなし、役持ちは1本、副長が2本、隊長が3本となります。そして私がこちらに来た時の服は、王族としての責務を負っていた為に、また違う意匠となります。」
「服一つとってもなーんかややこしいのね。んで、次のページの…この子。カチュアって知ってる?」
「―――カチュアは乳兄妹です。ハーベルディング男爵家の三女となります。」
「そう。じゃあこの人は?オーディン・バスチェ」
「我が国の王太子の近衛隊長の名です」
「この、コンラートってのは?」
「同じ白騎士団に所属する部下です」
「―――とりあえず、これやってみるしかなさそうね。」
説明書を捲りながら登場人物紹介を一通り見た後、私は長い溜息をついた。
次々と自分の知っている人間に当て嵌めていくアルフォンスの回答に、私は悪い予感のような、漠然とした不安を抱えたのだ。
「この薄い本のようなものは…なんなのでしょうか。聖書なのですか?それとも、預言書?」
神妙な顔をしてポップなゲームの説明書を睨んでいるアルフォンスに、どうしてもこれが“ゲーム”だということを告げられなくて、曖昧に笑って誤魔化した。
***
とは言っても、これまでの人生でゲーム等やったこともない私の部屋にゲーム機が存在しているはずがない。
スマートフォンでちゃちゃっと検索したゲーム機の値段に慄いた私は、さすがに今月の予算を考えて購入は無理だと判断した。
「そこで、頼りになるのがこの、スマホ様である。」
「スマホ様…それはどのような物なのでしょうか」
「これ、ほら。昨日のドラマで出てきたでしょ。携帯電話。説明したの覚えてる?」
「遠くのものと音声や文章で意思の疎通が出来るカガクのケッシュウ」
「一度で覚えるなんて、さすが王子様。なんちゃら塔を最年少で卒業しただけあるね」
一度聞けば覚えてしまう頭の良さに腹を立てた私が皮肉を込めてそう言うが、アホンス王子はそのまま照れてしまったので嫌味が続かない。
「これで、お兄様に連絡をします。はい、今からお口チャックね。ひとっこともしゃべっちゃだめよ。裏声か女声でならおーけー。」
指を左から右にスライドして、スマホを操作するようにアルフォンスの口を閉じさせた。アルフォンスは生真面目にも両手で口を押え、首を縦に振った。
時間を確認すると、10時前だった。この時間ならもう家に帰ってきているだろうと、履歴をタップして電話をかける。コール中に、『あーあー』と声の高さを調節しておく。その様子を、アルフォンスが不思議そうに見ていた。
『はい、もしもし』
「おにい~!今暇っ??」
私の甘えた声を聴いたアルフォンスがぎょっと目を見開いたが、睨みつけて黙らせた。
『なんだ翠ーどうした』
久しぶりに聞く兄の声はのんびりとしていた。私はその兄に合わせ、兄の好きな“妹”全開の態度を取る。
「あのね、もうすぐ4回生が卒業でしょ?日ごろお世話になってた先輩達にお礼を言って回ってたらね、その、ちょっと懐が心許無くなってきちゃって…」
『なんだお小遣いか。翠はいつも一生懸命頑張ってるから、そのぐらい気楽に言ってこい。いくらほしいんだ?』
「ううん。お金はいいの。ただね、ちょっとお願いがあって…」
『どうした?兄ちゃんに何でも言ってみろ』
「ありがとう!お兄ちゃん、あのね、友達が『聖女降臨』っていうのをやりたいって言ってて…」
『翠がゲーム?珍しいな…最近発売したやつだったか。男友達か?』
「ううんっ女の子なんだけど。それで、ソフトは買ってきたんだけど、本体がいるって知らなくって…どれ買えばいいのかもわかんないし…」
『ははは!翠はいつまでたってもおまぬけさんだなぁ。そうだなー…よし!兄ちゃんが買ってやろう』
「ううん!買ってまでくれなくっていいの!お兄が使ってないなら貸してほしいなぁって思って」
『なんだ?俺のでいいのか?』
「うん。お兄のがいいの」
『しょうがないなーよし。明日持って行ってやろう。』
「ほんと!?わーい嬉しい!一緒にご飯食べる時間ある??お兄と久しぶりにゆっくり話もしたいなぁ〜!あ、けど明日学校終わってすぐにバイトなんだ。何時に帰れるかわかんなくって…」
『なら大学まで持ってってやるよ。俺の昼休みでいいか?』
「もっちろん!お兄ちゃんありがとう!だーいすき!」
『はっはっは。任せろ。じゃあ明日また連絡するから』
「うん!本当にありがとうね!じゃあおやすみなさい」
『おやすみ』
最後はとびっきり甘えた声と、見えないだろが笑顔を添えて、通話終了のボタンを押した。
・ゲーム機本体のレンタル
・取りに行く暇も金もないので兄に持って来させる
・アルフォンスがいるので家には近づけさせない
という最初に定めていた条件をクリアしたことにほっとする。この様子だと、明日ちょっとお小遣いもくれるだろうし、お昼ご飯も美味しいところを奢ってくれるに違いない。持つべきものは、日頃妹に懐かれないことを嘆いている妹大好きな兄だ。
その時、ふと横から視線を感じて顔を向けると、胡乱な目をしているアルフォンスと目が合った。
「なによ。苦情は受け付けないわよ。」
「女性とは、かくも恐ろしい…」
ぶるぶると震えながら、アルフォンスはカレーをスプーンでお上品に掬って口に入れた。
***
「どうよこれ!私の戦利品!」
「さすが翠様です。それだけの手腕があれば、我が国でも外交官として重宝されること間違いなしです」
「え、外交官って。まじか。私そんな大物になれるの?ちょっと進路変更しようかな」
次の日、大学から真っ直ぐ帰ってきた私は昼間に兄という名の愛の奴隷から借りてきたゲーム機を高々と掲げて見せつけた。
「そういえば、本日もバイトだったのではないのですか?」
「え?あんなのウソに決まってんじゃん。」
何言ってんの?と首を傾げれば、再びアルフォンスに胡乱な目で見られた。
今まで同じぐらいの年齢だと思っていたからざっくばらんにしていたのだが、5つも年下だと聞くとあんまりこういうのは教育上よろしくないのかと不安になってしまう。
「恐ろしい…女性とはかくも恐ろしい…」
「はいはい。これ配線するの手伝ってよ。私さっぱりなんだから。」
「申し訳ございませんが、私もさっぱりでございます。」
「なによ!男のくせに電気に弱いとかモテないわよ」
「それは精進いたしましょう。」
「あ、それと。臨時収入も入ったってことで、バイトのシフトちょっと無理言って減らしてもらったから、しばらくはこれに専念できると思うよ」
本日のお兄様はいつにも増して神がかって見えた。
ゲーム機本体に加え、“女の子が二人で遊べるようなゲームソフト”を数本。自分のお金じゃ入れないイタリア料理のハーフバイキングランチに、『お父さんとお母さんには内緒だぞ』と言って握らされた諭吉さん5人。この最後の5人だけでも、兄に会った価値があるというものだ。
姉の為に都会での仕事を止め地元に帰ってきた兄とは、私が一人暮らしをしていることもありあまり会うことが無い。大抵盆と正月には会えるのだが、今年の年末は兄が恋人と旅行に出ていた為に会えなかったのだ。
その為、年の離れた妹をたまに会う機会には目一杯に甘やかしてくれる。推測だが、多分ほとんどこういった交流を取ることなくもう会えない場所に旅立ってしまった姉への愛情分も含まれているのだと思う。
あまり交流を持たなかった姉の代わりに、可愛がってくれようと、甘やかしてくれようとしてくれている。兄が姉に、姉が私にできなかったことを、全部自分がしてくれようとしている。だから私は、兄から差し出されるものは何でも受け取る。遠慮するような間柄じゃないし、受け取っておいたほうが兄が喜ぶことを知っているからだ。
だから諭吉さんが5人も手元にいることは、決して悪いことではない。もちろん悪いことではない。お年玉とお小遣いが混ざった金額だ。女子大生がもらう金額として、多すぎるということはないはずだ。だけど、絶対に両親には秘密だ。
この線がこうで…これが?あれ?やっぱりアルフォンスを叩き出しておいて、兄に配線までやってもらえばよかった!と憤慨する私に、アルフォンスが申し訳なさそうに俯く。
「予定まで変更していただき…本当になんと言っていいのやら…」
「ありがとう、でしょ。それ以外になんて言うつもりなの。」
「ありがとうございます。私にできることなら、何でも。」
「なーんにもできないくせに。いいからあんたは早く家事覚えて私を楽させてちょうだい。」
「はい、翠様」
しょぼくれてるアルフォンスをなんとか慰めてあげたいが、優しい言葉など私のレパートリーには無く、ついつい不必要にバカにした言葉で返してしまう。だが、それにもアルフォンスは嫌な顔一つせず従順に頷く。これはいかんな、と頭から危険信号が発されるが、何がいけないのかが全く分からなかったので良しとしよう。
「えーと、CDをここに入れて…よし、スタートボタンはこれね!いくわよアルフォンス!」
「お供いたします。」
お前は桃太郎の犬か。いや、ピィちゃんだからキジだな、キジ。と心の中で突っ込みながら、私はスタートボタンを押した。
***
「あっ…あ、あーーーーーーーー!!!し、死んじゃった……」
私の無残な悲鳴が部屋に響いたのは、ゲーム開始後、10分のことである。
懇切丁寧に説明してくれるテレビ画面の指示に従ってボタンを押していたつもりだが、私がボタンを押す回数が多すぎたり、つい焦って違う場所を押してしまったりしたために、私が操作していたキャラクター…テレビの中のアルフォンスは死んでしまったのである。
ゲームパッケージのイラストではあまりアルフォンスと同じには見えなかったが、テレビ画面の中で3D映像で動くアルフォンスはアルフォンスとよく似た見た目をしていた。アルフォンスもテレビの中に現れた自分に驚き、私の横で真剣に画面を見つめていた。そんな時に起こった惨劇である。
「あれ…なんで?こういうのって、最初は簡単なんじゃないの??」
アルフォンスは絶句している。
それはそうだろう。説明書に自分の自己紹介ページのようなものがあり、その後も自分の知人ばかりが出てきたら、到底自分とは無関係のものとは思えないに違いない。特に、画面の中のアルフォンスはアルフォンス自身も驚くほどアルフォンスと似ていたのだ。その自分が目の前の可愛らしいリスのようなモンスターに破れ、膝をついて崩れ落ち、真っ暗な画面の中で俯せに倒れている姿を見るのは、あまりにも無情というものだろう。
「え、えっと。なに?C…O…N…TIN…UE?こんてにゅー?ちょっと待って!何そのカウントダウン!怖い!怖いんだけど!どうしたらいいの!」
待って、待ってと大慌てで説明書を読もうとページを開くが、目当てのページを開く前にカウントダウンが終わってしまい、画面が真っ暗になる。
「あぁぁああぁーー…あ?最初の画面だ。あ、なんだ。最初からやり直せるのね…」
「なんとも恐ろしいものですね…こちらの心の臓も止まるかと思いました…」
「もうなによ!そういうこと言うなら次はアルフォンスがしてよ!」
はい!と手汗でべとべとになったコントローラーをアルフォンスに渡すと、困惑した表情を浮かべるもアルフォンスは素直に受け取った。
「壊さないよで。すぐ壊れるんだからね。やさしくよ!鳥の雛を触るようにやさしく!」
「ひ、雛鳥ですか…」
タイトル画面まで戻ってしまっていたゲーム画面を見て、『START』を選ばせようと十字キーを押させるが、テレビ画面に何の反応も現れない。
「あれ?壊れた?」
アルフォンスが持っているコントローラーの十字キーを押すと、今度は素直に動いた。
「押しが弱かったのかな?もちょいぐっと押してもいいよ。」
「はい」
アルフォンスは素直に言われたとおりにボタンを押すが、やはり画面の中の矢印は一向に動こうとしない。
「うーん?壊れたのかな??」
首を捻ってコントローラーの接続を確認する私に、アルフォンスは神妙な声で言った。
「翠様、この預言書はもしや聖女の家系に連なる者しか動かせないのではないでしょうか」
んな馬鹿な。全国何十万人の人が既にプレイしとるっちゅーねん。
未だに姉のことを聖女と信じ、その妹の私にも特別な力が宿っていると思い込んでいるアルフォンスは、炬燵をつけただけでも大騒ぎだった。冷凍庫からアイスを取り出してやった時なんか、目をキラキラさせながら『これが天上の食べ物ですか!』とかわけのわからんことを叫んでいた。アルフォンスのテンションがこんなに上がったのを見たのは初めてだったので、若干引いてしまった。だって6本300円ぽっちの棒アイスでそんな喜ぶとか思わないだろう。
「あぁそうか。アルフォンスが、扱えないんだ…」
あまりにもぴったりとピースが当てはまった気がした。アルフォンスは、この物語に深く関係しているから、干渉ができないのだ。私はアルフォンスを見つめた。
彼がこの世界の人間じゃない、という言葉を信じていないわけではなかった。だけど、どこかでそんなわけがないと思っていたのかもしれない。それをこんな風に動かぬ証拠として突きつけられてようやく、心の底から納得することが出来た。
「お役に立てずに申し訳ありません。」
「いいよ、役立たずなのは今更だし。死んでもやりなおせるっぽいから、心臓に悪いけど許してよ」
「もちろんです。」
アルフォンスの力強い返事に勇気をもらい、私は『START』ボタンを押した。




