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03 : 何もできない王子様

 足の長さのせいで不格好な正座のまま、つむじが見えるほど頭を下げるアルフォンスは、全身で誠意を表していた。王家に恥じない姿だったといっていいだろう。懇願しているその姿でさえ威風堂々と見えるのだから、出自とは恐ろしいものである。


 さて、そんな男に頭を下げられている私は非常に困っていた。薄いブロンドのつむじを見て、アルフォンスも外国人だからもうすぐ禿げ始めちゃうのかな~なんて差別的なことを考えていた。現実逃避である。


「帰る方法って何…」

「聖物を媒体にするに当たり、不安点もございました。それは、現世(うつしよ)で指折りの大国である我が国でも把握できないほど遠い地で、この技術が悠然と闊歩しているかもしれないということです。そうだった場合、聖物の持ち主は聖女ではなく、遠い地にいる無関係の人間です。その場合、私は自力で帰還せねばなりません」

「じゃあ、この腕時計を媒体?にした時点で何処かに飛ぶことは決定してたってことよね?」

「当初はそうでした。その為、我々はその不安点を取り除くために厳しく条件付けをしたのです。ひとつ、聖物の持ち主が正しく聖女である場合に限り、術式が作動することとする。ふたつ、その際に送還される目標は聖女である。みっつ、意思疎通の便宜を図る事。よっつ、条件を揃えることにより自力での帰還を可能にすること。」

「ちょっと待ってよ。聖女であることって…お姉が聖女だって言うんだったら、なんでここに来たのよ。ここにお姉はいないんだけど。」

「それは定かではありませんが…条件として、姉君の遺産等も当てはまったのかもしれません。ここに、姉君の遺されたものがございますか?」

「…遺すって、いうか…そこに姉のお骨がちょこっと入ってるけど…」

 骨と聞いて、火葬の文化が無いのだろうアルフォンスは若干頬を引き攣らせたが、すぐに真顔になった。

「では、ご遺骨が目標地点と定められたのだと推測されます」


 遺骨を、聖女だと認めるって?


 アルフォンスが言う仮説が正しいのなら、一体その見知らぬ土地で、お姉ちゃんはどれほどの徳を積んで来たんだかと呆れて笑った。私と違い優しいあの姉なら、ありえなくもなさそうな話だ。


「って言うかさ、あんたは降臨したファンタジーな聖女はいなくて、人間の誰かが聖女してたと思ってたんでしょ?その100年も前にいたっていう聖女がまだ生きてたと思ってたわけ?あんた達の世界では本当に、聖女のその後を全く把握してなかったの?」

「聖女様について我々が存じ上げていることは、世界の危機に降臨なさったこと、いくつかの聖物を残されていたこと、神殿に少しばかりの期間身を寄せられていたこと、のみでございます。その後の消息などは全く不明で、後世に生きる我々はお役目を終え次第、常世(とこよ)にお戻りになられていたとばかり思っておりました。常世(とこよ)は神の世界。我々の理と違っても、時の進む速ささえ違ったとしても、何も不思議はありません。」

「下手に魔法みたいなファンタジーなものがあるからか…アルフォンスの線引きがわかんない。聖女は信じてるけど、降臨したのは信じてなくて、聖女として存在してたのは人間だって思ってるくせに、常世(とこよ)を信じてるの?」

「おっしゃる通りでございます。」

「だああっもう!…小難しくてわけわかんなくなってきた。もういい!この話はやめやめ!」

「大変身勝手なお願いとは百も承知でございます。このアルフォンスの身であれば如何様になさってくださってもかまいません。」

「…あんた、そんな美少女な面してそんなこと初対面の人間に簡単に言っちゃだめだからね。そんで。帰還の条件は?」

 それまで淀みなくスラスラと質問に答えていたアルフォンスの言が止まった。不思議に思い首を傾げると、アルフォンスは苦渋の決断をしたかのように声を絞り出した。


「…“魔王を倒す手段を手にする事”、です。」


「…は?」


 予想もしていなかったあまりにも途方の無い条件に、口をあんぐりと開けてしまった。そもそもそれを求めにここまで来たんじゃないっけ?


「帰還の術式を自力で発動させるとなると、対価となる条件も莫大な物を要求されたのです。」

「いや、まぁ、うん…けど打開策あっての仕様なんでしょ?」

「もちろんでございます。」

 大きく頷きながらも、アルフォンスの顔はどこか浮かない。私は首を傾げて先を促した。


「言葉遊びのような条件でございました。“魔王を倒す手段”それは私の身の内から起こす魔法で事足りるはずだったのです。聖女様がいらっしゃった場合も、私に触れてくださっていれば共に移動が可能となります。何の問題も…無いはずだったのです。」

 なるほど、魔王を倒す為の明確な手段はわからなくても、魔王を倒すであろう魔法でも間違いではないのだ。口ぶりからアルフォンスも魔法が使えるであろう。その魔法を使えば、彼は難なく家に帰れるはずだったのだ。いや、王子様だから、お城だろうか。

「じゃあそうすればいいじゃん」

「…使えないのです。魔法の、一切が。」

「はぁ?」

常世(とこよ)に来てから…魔法の渦が掴めないのです。何度呪文を唱えても、一切の魔法が、発動しなかったのです。」

 その言葉に、私は頭を抱えた。魔法が使えない理由はわからない。アルフォンスにも聞いても、きっとわからないだろう。女性が子供を産む前と産んだ後で体質が変わるように、世界を渡ってきたせいでそんな変化が生じたのか。もしくはトコヨという場所が悪いのか。そんなの全て、推測だ。そんなしょうもない理由探しをしていたところで、徒労に終わる。解決策は、魔法を使えないアルフォンスにはきっとない。


 私は腹をくくって、アルフォンスを見据えた。

 アルフォンスは、今にも泣きだしそうな顔をしている。最初に会った時の態度と随分と違うような気がしないでもないが、もうそんなこと今更考えても仕方がない。

 私はため息を吐いてアルフォンスに聞いた。


「…あんた、何ができるのよ」

「棒、槍、剣、双剣、斧、弓は一通り習得しておりますので、身を張る仕事でしたら―――」

「ばっ!かっ!そんな危なっかしい仕事、現代日本にあるわけないでしょ!」

 盛大に頭を抱えた。まさかこんな不良物件だったとは夢にも思わなかった。もう少しこう、レジ打ち世界一とか、日商簿記2級とか、窓を拭かせたら右に出るものはいない、とか。いやないか。ないよな。別の世界の王子様だもんなー!掃除ができるかどうかも怪しいレベルだ。


「料理、洗濯、掃除。あと私のレポートの手伝いとか…覚える気ある?」

 最後のは、ほんのちょびっとやましい気持ちがてんこもりな提案をアルフォンスに投げかける。アルフォンスは、ちぎれるんじゃないかと思うほど、ブンブンと首を上下に振った。


「私、あんたを王子様として扱わないからね。」

 これでも一応、怪我を治療したり飲み物を出したりと、客人に対する礼は払っていると思っていた私に対し、アルフォンスは絶句した後にぎこちなく首を縦に振った。

「なによ!」

「いえ、何でもございません。」

 目線を泳がせるアルフォンスの中では、私はとうに王子様扱いをしていなかったらしい。

「文句あんの?」

「いいえ、滅相もございません。」

「いい?私が、あんたを、養ってあげるの。そのことを理解した上でなら、少しの間なら許可してあげる。」

 アルフォンスは、枯野に花が一斉に咲いたかのように、沈んだ表情から笑顔を浮かべる。本当に物語の王子様のように私の足元に跪き、恭しく手を取ると、自分の額に手の甲を押し付ける。


「寛大なご恩寵を決して忘れません。翠様に生涯我が忠誠と愛を尽くすことを誓います」

「なんじゃそりゃ。結婚式かいっ」


 恥ずかしさに負けた私はパッと手を引き抜いて勢いよく離れた。その様子をアルフォンスはからかったりしないで、慈愛に満ちた瞳で見つめていた。




***




 話し合いが終えたころにはすでに朝になっていた。眠かったが、今から眠って1限目に起きる自信はない。


 一先ひとまず、この男の衣服や生活用品を調達せねばなるまい。と身長、肩幅、足の長さを適当にメジャーで計っていく。どこを計ればいいかなど見当もつかないので、この適当採寸を店に持って行って見繕ってもらえばいいやと思ったのだ。ちくしょう、今週はほしいDVDが発売する予定だったのに、確実に延期となるだろう。どのぐらいの期間いるかもわからないから、寝間着と外着と下着をそれぞれそこそこの枚数買っていたほうがいいだろう。もちろん、購入先は安さが売りな某大手量販店だ。


 家を出るまでに、トイレの使い方だけでも教えていかないと大変なことになる。しかし、女の一人暮らしのトイレなんて男に堂々と見せれるものじゃない。床に散らばっていた紙くずや埃をサッとふき取ると、実演ついでに流しておいた。トイレットペーパーの紙質や水洗トイレにアルフォンスは大げさに驚いて仕組みを聞きたがったが、そんなもん設計者でもないのに知っているはずがない。

 絶対に座ってするように!とそこだけは気迫を込めて厳命すると、アルフォンスは大人しく頷いた。


 蛇口の使い方も知らなかったので説明すると、これもまた仕組みを聞きたそうな顔をしたが、今度は先回りをして知らないと答えた。冷蔵庫、電子レンジ等家電製品についてもほぼ同じ路を辿った。


 今日の講義のスケジュールを見てノートパソコンが必要ないことを確認すると、私はネットで検索をかける。覗き込むアルフォンスに文字は読めるか聞くと、首を横に振られた。送還魔法で世界を渡る際に不便のないように取り計らったらしいが、文字までは無理だったようだ。これで日本語まで達者であったら、私よりも日本語が上手な外国人と言うトラウマを植えつけられるところだった。


 適当に検索していたら、『主婦の一日』という御誂おあつらえ向けなブログを発見した。都合よく洗濯や掃除の仕方が細かく乗っている動画を、ブログ筆者が纏めているのだ。

 文字が読めなくても動画ならわかりやすいだろうし、今どき小学生でも使えるのだからパソコンの操作自体はそんなに難しくないだろう。これを見たいときはここを押して、次にここを押して、と、一度説明するだけですんなりと覚えることができた。


「今日は一日これを見てるだけでいいから。暇になったらゆっくりしてなさいよ。疲れてるだろうし…なんかこれじゃあんたの母親みたい」

 21で母親って。と頭を抱える私に、アルフォンスが驚いたように目を見開いた。

「どうしたの?」

「いえ」

「アルフォンス、約束事その2。なんか思った時は言う。はいっ」

 ちなみにその1は私のペット契約だ。昔こんな題名のドラマがあったなぁと思いを馳せる。

 アルフォンスは少しの間悩んだ後、おずおずと口を開いた。


「…母上に、そのようなことを言ってもらったことがなかったもので。」


 あぁ幻滅した。馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。私は馬鹿野郎のタコ野郎だ。アルフォンスがいなかったら、ここで自己嫌悪に明け暮れていたことだろう。


 前にニュースで見たことがある。某国の王室は前王妃が改革に乗り出すまで、子供と触れ合える時間は朝の30分とティータイムだけだったらしい。そんな生活をアルフォンスもまた当たり前のように過ごしていたことだろう。それを私は、察してあげるべきだった。なのに、それを本人に言わせてしまった。深い後悔が胸を突く。


「母上に、ってことは、他の人には言ってもらったことがあるの?」

「はい。従軍時代の上官にはよくしていただきました。」

「そう、よかった。」

 ほっと胸を撫で下ろす私を見て、アルフォンスもほっとした顔をしていた。そうか、私の反応を慮って控えてくれていたのに、私がそれを吐露させるような真似をしてしまったのだ。昔なじみの友達ではなく、昨日知り合ったばかりのいろんな意味で別世界の人間なのだと自覚しようと深く反省した。今まで培ってきた常識も、育ってきた環境も何もかも違うのだ。私の価値観を押し付けてはいけない。


「アルフォンス。さっきはなんでも言いなさいって言ったけど、言いたくないことは言わなくていいから。ごめんね。」

「翠様が謝られることではありません」

「許してくれる?」

「もちろんです」

「じゃあ、私が帰ってくるまでに『翠』でも『早乙女』でもいいから、様なしで呼ぶ練習しといてね。」


 じゃあ行ってきまーす、夕方には帰るから!と、コートを羽織って大学に出かけた私を、アルフォンスはぽかんと見つめていた。




***




 その日の講義を終えた後、私は大慌てでアルフォンスの服を買い、バイト先の本屋に寄って子供向けの絵本や図鑑、ひらがなドリルなどを購入した。今月ピンチなのってお兄ちゃんにSOSメールでも送ろうかな…と財布の中身を心配しながらスーパーに寄り、夕食の材料を買って帰る。もちろん自分で作るためではない。アルフォンスの練習用だ。私はこれからの左手団扇な生活を想像すると、残留を渋々了承したというのに楽しみでならなかった。


「ただいまー」

「おかえりなさいませ」

 コタツに入り言いつけ通りパソコンを見つめていたアルフォンスは、私が帰ると大慌てで駆け寄ってきた。何をするのかと思えば、片手を背中に、もう片手を胸に当ててお辞儀をしている。

「え、なにそれ。メイドごっこ?」

「メイドはこうです。」

 両手を揃えて臍のあたりに添えると、ゆっくりと腰を曲げていく。その綺麗な所作に、ほぉ~と手を叩いて褒めてやった。

「すごいすごいアルフォンス!何それ特技?」

「お出迎えをしようと思いまして」

「へぇ誰の?」

「み、翠―――さまの」

「惜しい!どうしたの?恥ずかしいの?翠って呼んでいいのよ。ん?ん?」

 買ってきたものを冷蔵庫に入れ、手を洗い終えた私はアルフォンスの顔を覗き込んだ。ほんのりと頬を染め照れている姿がまた何とも言えない。うーん、小さなころ大好きだったオカメインコのピィちゃんに似ている。そう思えば、このはた迷惑な同居人も可愛く見えてくるのだから不思議だ。


「『ただいま』には『おかえりなさい』でいいよ。お辞儀もいらないし、もっと言うならわざわざ出迎えもいらない。」

「ですが」

「養ってやってるのを覚えてろって言ったのは、私に主人として尽くせってことじゃなくって、まぁ強いて言うならチャンネルの主導権は私にあるとか、私の好きなご飯を作れとか、レポートで疲れた時に肩を揉めとか、あとまぁ。いくらムラムラしても襲うなとか?」

「ありえません。」

 きっぱりと言い切った男の頭を買ってきた牛乳で殴る。

「追い出すわよ」

「翠様!そういうつもりでは」

「他にどういうつもりだっていうのよ。あーん?せっかく牛乳買ってきてやったのに!」

「赤子ではありません」

「口答えしおって!コーヒー飲ますわよ!」

「口答えするようにと、今朝おっしゃったのは翠様です」

「あーそーですね。様なしで呼ぶように練習しとけって出した宿題は?」

「家族でも、ましてや恋人でもない女性を呼び捨てなど、はしたなくてとても呼ぶことなど適いません。それに聖女様の縁者の方を呼び捨てに等できるはずがありません。」

 その返答に何だか面白くなくなって私はふんと顔を逸らした。

「それもそうね!私だって、好きな相手にさえ呼び捨てにしてもらえないのに、あんたにしてもらわなくったって全然いいし!これからも翠様とお呼び!」

 はいこれ宿題!と買ってきたひらがなドリルを意地悪く突きつけると、私の予想とは違い喜んで受け取られてしまった。




***




 初心者はカレーでしょ。に倣い、一番簡単にできそうなカレーを指導中に、アルフォンスが今日していたことをまるで母親に語るかのように楽しそうに話していた。

 動画を全て見たこと、大抵のことを理解できなかったこと、それでもなんとか覚えたこと、手始めに今朝飲んだマグカップを二つ洗ってみたこと、電気のつけ方を覚えたこと…途切れることなく溢れてくるアルフォンスの話を、私はこそばゆい気持ちのまま聞いていた。


 野菜の皮を剥く手際も、均等に切る手さばきも私よりも断然上手で、横で監督として立っているだけ馬鹿らしく感じた。これなら明日も明後日もおいしいご飯にありつけそうである。


「“そうじき”があれば魔王を討ち果たせるやもしれません」

「んな馬鹿な。人は吸えません。しかしねぇ、魔王を倒す手段って言われても…。爆弾とか、核兵器とか…?無理よ。ずぇったい、無理。」

「武器類に依存するつもりはありません。未知の武器は、例え魔王を倒すことが出来たとしても、その後の現世うつしよに新しい混乱の種を撒くことになるでしょう。」

「うん、そうしよう。そうしましょう。もし仮に武器を手にした途端あんたが帰れたとしても、そのあと私が捕まるわ。普通に。うーん、でも、それ以外ねぇ。」

「物理的な物でなくともかまわないのです。」

「例えば?」

現世(うつしよ)は摩訶不思議な物で溢れかえっておりました。また、知識も我が国よりも幅広く遍満している模様でありました。」

「はぁー…知識、知識かぁ。まぁ色んな情報はネットで検索できるだろうけど…魔王倒す情報なんてネットに落ちてるかぁ~?」

「手助けになるような知恵でもよろしいのです」

「うーーん…武器や攻撃の方法以外ってなると…片っ端から魔王を倒す系の小説…でも読んでみるとか…?」

常世とこよにはそんなにも魔王が存在し、廃してきたのですか?!」

 驚愕に目を見開いたアルフォンスが包丁を握ったまま振り返った。驚いて飛び退くと、同じく驚いたアルフォンスが謝罪する。うっかりうっかり、じゃないよ。心臓に悪い。


「どれだけアルフォンスのいたウツシヨと違うのかわかんないけど、こっちには、娯楽小説というものがあって。人が想像して色々書いてるの。それに魔王とか勇者とかが活躍する児童文学とかもあるってだけで。近年じゃ眼鏡をかけた魔法使いが一大ムーブメントを起こしたなぁ。ま、アルフォンスがひらがなドリル終わったら、今度は漢字ドリルを買ってきてあげる。いや、漢字ドリルを片っ端から買ってたら破産するな…漢字辞書にしよう。ひらがなを覚えたら今日買ってきた図鑑や辞書も読めるようになると思うし、漢字に慣れたら物語も買ってきてあげるから。それまではテレビでも見てなんかヒントでも探してて。昼間とかは2時間サスペンスとかあるし。魔王を殺した犯人を見つけるヒントになるかもね。」

 私の言葉を理解しているのか理解していないのかわからないが、アルフォンスはお行儀よく是と返事をした。


「まぁ私も、バイト中に探してみるよ。あ、明日はバイトの日だから。後でシフト表貼っとくから毎日確認してね。バイトの日は遅くなるから、ご飯とかは先に食べちゃってていいし。」

「バイトとは?」

「アルバイト。短期雇用の仕事?」

「学生なのに仕事を請け負っているのですか?」

「珍しいことじゃないよ。うちはそんな裕福なほうじゃないし。」

「…一瞬の内に湯が出る管や、魔法でもないのに部屋中を明るく照らす仕掛けを持っておいでなのにですか…?」

「いや、その両方とも、最近の賃貸じゃ当たり前についてるし。」

 私の言葉にアルフォンスの瞳は驚愕に見開かれる。そうか、あれはアルフォンスの世界では驚異的なことなのか、と勝手に推測して話を続けた。


「まぁ~うちも色々あったし。なるべく両親に負担掛けないようにしたいから、自分のお小遣いぐらいは自分で稼ごうかなーって。もちろん、本業の勉強を優先するからそんなに大した金額じゃないんだけどさ。でもまぁ、あんたの衣食住代くらいは私が賄えるから、この翠様に大いに感謝しなさい。」

 踏ん反り返って言う私に、アルフォンスは野菜を切る手を止めて深々と頭を下げた。そんなアルフォンスの黄色いつむじをこしょぶる。

「ピィちゃんよしよーし」

「ピィちゃん?」

「昔飼ってたインコの名前。もっと黄色くてもっと可愛いんだけど、あんたピィちゃんに似てる。」

 よーしよしよしと撫でれば、アルフォンスは苦笑したまま大人しくしている。

「その、バイトの日はそんなに遅いのでしょうか?」

「うーん、片付けとかもして帰る日もあるからまちまちかな。一番最後まで残ってたら9時ぐらいまでいるかも。」

 アルフォンスの世界では時計が無く、教会が奏でる鐘の音で時間を把握しているらしい。しかし、時計の読み方もアルフォンスはすぐに理解した。本当に天才とはいやになる。


「あ、あまりにも遅くないですか?」

「大丈夫でしょ。歩いて帰れる距離だし」

「歩いて?!よもや女性をそんな時間まで働かせておいて馬車での送り迎えもないというのですか?!」

「よし、アルフォンス。今日はご飯を食べながらドラマを片っ端から見よう。トコヨのお勉強よ。」

 さっあとは炒めて煮るわよー!とフライパンを掲げて言うと、アルフォンスは渋々私の言葉に従った。





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