番外編 : 聖女の、帰郷
番外編 : 聖女の、帰郷
「私のお願いを、どうぞ聞いてくださいね」
幸せな脱力感に襲われながら、皺だらけの血管が浮き出た決して美しくない私の手を、世界一の宝物に触れるかのようにそっと握りしめる彼に微笑んだ。
彼の遠慮がちな私への触れ方は、一緒になって三十五年間、ずっと変わらなかった。
かつて聖女と呼ばれ人々に傅かれたとは言え、今は脛に傷を持つ身だ。そんなはずれくじのような十も年上の嫁を貰い、私のせいで色んな制限をかけられて生きてきた彼。本当なら、世界を救ったその両の手を掲げ、威風堂々と世界中を闊歩出来ていたはずなのに。誰よりも光り輝きながら、華々しい道を歩むことだって出来たはずなのに。世界中のどんなものも望むままだったというのに、彼はその全てを私のために捨てた。
三五年間で、彼に『愛してる』だの『好き』だのという、愛の言葉をもらったことは一度もなかった。
だけど、そんな言葉よりもずっと、誠実で真っ直ぐな愛をずっと注いできてくれた。彼の実直な愛は疑うまでもなく、私が不安になりそうな時はいつも一番最初に気づいて、彼に愛されてることを忘れられないほどの愛を注いでくれた。
私を導く手に、私を支える足に、私を見る目に、その全てをこの三五年間感じ続けてきた。私は、この世界一の果報者だろう。こんなにも、愛してくれる人がいたのだから。
私は、彼の愛に少しでも返せただろうか。大きな海のような心で包み込み、守ってきてくれた彼に、私は何を返せただろうか。それだけが、去りゆく我が身の心残りだった。
マスコミやメディアなど影も形もないこの世界では、こんな辺境の地には王都の出来事など何一つ真実のまま伝わってくることはなかった。いや、もしかしたら私の耳に入ることが無かっただけなのかもしれない。私は本当にずっと守られて過ごし、そして私はその庇護を一切拒絶しなかった。
聖女時代に広く配布されていた姿絵はこの辺境の地にまで届いていた。しかしその余りにも抽象的な絵を見て、私と同じ人間だと分かった者はきっといないだろう。髪と目の色と、目鼻口の数が同じ、程度の印象しか与えることはなかった。
その為私が身を寄せる為の変装は、稀代の魔法使いと名高いハルベルトさんの魔法で、瞳の色を変えてもらうだけで事足りた。
世界の荒波に立ち向かっていく気概は既になく、私は大切な家族たちと、そして友達と共に、ここで細々とだが平穏な日々を過ごしていたのだ。
彼は私の為にこの辺境の地に留まり続け、一日たりとも私の傍を離れずにいてくれた。どうしても遠出しなければならない場合は、魔法使い特製の魔法陣で往復し、夜には絶対に戻ってきて私の隣で眠った。それがどれほど大変なことだったのか、階級社会とは縁遠い世界で育った私は知らなかった。
だが、子が育ち、孫が生まれ、ひ孫を抱いたころには、どれほど彼に守られながら生きてきたのか、はっきりとわかるようになっていた。
風の噂で、あの国が滅んだと聞いたのはいつのことだったか。既に、孫はいた気がする。聞き返せば、それは私の処刑後すぐのことだったらしい。何でも隣の大国が密かに陽動し、クーデターを起こさせていたらしい。その後あの国は、隣国に呑み込まれたという。
爵位を賜っているのに大丈夫なのかと不安になって問いかければ、仕える国が変わっただけのことと彼は安心させるように穏やかな声で言ってくれた。爵位などあってもなくても構わないが、私に淋しさを感じさせずに何不自由ない生活をさせてあげたい為に必要なのだと告げる彼に、年甲斐もなく頬を染めたものだ。話を逸らされたのだと気付いた頃には、もうその話も気にならなくなっていた。
あの事件から安全の為にと一時森に身を隠していた私は、正式に叙任された勇者に迎えられて食客としてこの地で過ごしていた。熱烈なアプローチに、誠実な愛は留まるところを知らず、私は気付けば彼の優しくも情熱的な眼差しが無ければ生きていくことが出来ないと感じるようになっていた。
燃え上がるような情愛ではなかった。ときめくような恋情でもなかった。それでも、静かに胸の中にあり続けるこの恋慕を、私はしっかりと自覚したのだ。
私はそこで、初めて決意した。この世界で生きていこうと。彼の傍で、生きていこうと。
この世界に呼び出されて七年後。結婚していなかったとは言え、結婚を考えている人がいたのだ。道理は通したかった。失踪宣告の期間を待ち、私は彼を受け入れた。
世界を越えようとしたこともあった。
けれど、その全てが適わなかった。魔法を家族に繋げるために必要なものを、私は何一つ持っていなかった。私が持っていたものは、すべて私のもので――私は既に、ここの住人として世界に認識されてしまっていたから。
王城に置き忘れてきた私の持ち物を取り返してきてくれた忍者さんが、魔法使いさんと共に魔法を試してくれた時に、それは明らかとなった。あぁ、もう戻れないのか――ストンと心に落ちてきた私を待っていたのは、大爆発音。帰還の術式で、私が元の世界に帰るのだと勘違いした彼が、魔法陣を描いた部屋を丸ごと破壊したのだ。
私の腰に追い縋り、引き止める言葉を、私が首を縦に振るまで彼は延々と紡いでいた。
あの時の私は、破壊された部屋の掃除が大変そうだとは思っていても、帰れなかったことを残念だとは思わなかった。それが全てだと、何故か思った。
その時の判断を後悔したことは数知れない。
だけどいつも、彼の強引な愛の前に、その後悔は打ち砕かれる。何度後悔しても、何度でも彼は私の後悔を打ち砕いてくれた。私はここにいるべきだったのだと、私が必要だったのだと、私はここで幸せだったのだと。思わせてくれる人は、いつも彼だった。それは、途方もない幸せだった。
彼はいつも、私の為に生きていた。生きてくれていた。重くて逃げ出したかったそれがいつからか、とても心地いい重荷になっていることに気付いた。その荷物は増え続け、今では私も一緒になって持っている。幸せと言う名の思い出たちが、私を押し潰そうとするほど、重くなっていた。
「貴方を、燃やすなど」
どうして出来ましょうか。呟く彼の声はひどく掠れて震えていた。誰に対しても威風堂々としているくせに、最後まで私にだけは強く出れなかった。誰よりも何よりも私に甘かった。そんな特別扱いを、どれほど嬉しく思っていたか。
私は嬉しさをそのまま表情で伝えた。そんな私の笑顔を見て、彼もまた眦を下げる。その瞳からは、先ほどから止め処なく涙がこぼれている。
彼の整った顔立ちは三五年の時を経ても衰えることはなかった。息子の嫁と連れ立っているとまるで夫婦のように見えていた彼だったが、最近では目尻の皺が濃くなり、ようやく相応の年齢に見えるようになってきていた。
その彼にそっくりの子供たちが彼の周りで私を見守っていた。皆目に、涙を浮かべている。私も釣られて目が潤んだ。私は、正真正銘幸せだった。何よりも大切な家族に見守られて、穏やかに最期を迎えられるのだ。これ以上の幸せが、どこにあるだろうか。
「どうぞ私に、あの世界で生まれ育った、証をくださいな」
私の言葉に、手を握り締めたまま強く頭を振る彼の姿を微笑んで見ていた。彼はきっと叶えてくれるだろう。私の願いを叶えてくれなかったことなど、一度もなかったのだから。
盲目的に信じられるほど、彼は私に尽くしてくれた。愛してくれた。そんな彼に残酷なことを告げているとは分かっていても、どうしても、最後だけは火葬してほしかった。
煙と共に天に昇れば、天国できっと父と母に会えるはずだから。
こちらに渡ってきた時に持っていたものと火葬してくれ――初めてそう頼んだ時に、貴方に浮かんだ絶望の色は忘れられない。
違うの。私は、この世界にいたことを、貴方の傍にいたことを後悔したわけじゃないの。心も体も、この世界に置いていくから。どうか、魂だけは――子を見守る幸せを知ったからこそ、父と母の元へと送ってやりたかった。この世界で幸せだったのだと、曾孫まで抱いたのだと、自慢したかったのだ。
「大丈夫だから、母さん」
「俺たちがしっかり見届けるから、大丈夫だよ」
「心配しないで。父さんのことなら任せてね」
「でも母さんがここにいないんじゃ、きっとすぐにそっちに行くと思うけど」
「父さんのこと、呆れないで待っててやってね」
口々に聞こえる子供たちの言葉に、私は何度も何度も小刻みに頷いた。その動作でさえ、辛くなってきた。緩やかな死が、確実に私に向かって来ていた。
三五年一緒にいたのに、決して抜けなかった敬語。二人きりの時でさえ、どれほど近くにいる時でさえ、貴方は決して私に敬語を崩さなかった。
それが、貴方の愛の形だと受け止めてはいたけれど、淋しくなかったと言えば嘘になる。だけどそれは、きっと彼も同じだったのだろう。
私たちは、愛の言葉を紡がなかった。紡げなかった。どれほどお互いの愛を信じていても、紡げない愛の言葉が、私たちの間に隙間を作っていた。
「リリームはまだなのか」
「お庭までは来ているようなのですが…… 私を待っているのなら、行かないと。私が行けば、曾おばあちゃまの心残りが無くなってしまうから、絶対に行かないと」
「何を馬鹿なことを言っている! 引きずってでも連れてこい!」
「伯父さん、僕が行きます」
「私も行くわ。待ってて、おばあちゃま」
「お母さん、待っててあげてね。リムは、ちょっと意地っ張りだけど。お母さんが大好きだったの」
わかっている、と言葉にしたかったが出なかった。濡れた瞳でしっかりと瞬いた。
私は、なんて幸せなのだろう。言葉が出なかった。幸せで、幸せで。それだけは、絶対に誰にも違えさせることの出来ない真実だ。
みんな、みんな覚えている。
産むときの苦痛も、その苦痛から解放された時の、安堵よりも勝る幸福も。初めて抱き上げた血濡れたままの子供たちの重さも、乳を飲むのが下手だった子も、逆に吸い付いて離れなかった子も、首が据わった時も、初めて立ち上がった時も、マンマと呼んでくれた時も、追いかけっこで負けた時も、夫に剣術の練習で打ちのめされた時も、針を教えてと膝に駆け寄ってきたときも、好き嫌いを克服できた時も、沢山困らせてくれた時も、お嫁に行く時も、一生を支えたい女性を見つけたのだと相談してきた時も、人の親になったと感謝を伝えてくれた時も。
何もかも、何もかもを覚えている。その全てを、与えてくれた人の手を最後の力を振り絞って握り返した。
この三五年間の幸せをくれた人に、どうしても伝えたい言葉が、次から次に溢れて、溢れて。
「いや! おばあちゃま!」
「待って! 今すぐに連れてくるから!」
「最後は家族全員でお見送りするんだっ! 馬鹿リムをさっさと呼んで来い!」
瞼が重くて重くて仕方がない。私はゆっくりと瞼を閉じていく。
「曾おばあちゃま!!」
「このバカ娘! 早くおばあ様にご挨拶なさるんだ!」
「お母さん! リムが、リリームが来ましたよ!」
「曾おばあちゃま! いやよ、まだ、まだ行かないで! まだ物語の最後、教えてくれてないじゃない! リムに教えてくれるまで、行っちゃいやよ! 曾おばあちゃま! 曾おばあちゃま!!」
あぁリム。
意地っ張りで強がりで、泣けない貴方はいつも不貞腐れてばかりで心配が絶えなかった。貴方はとっても、私の妹に似ていたの。大事な大事な、可愛い妹に似た、とってもとっても大切な曾孫だった。これからは、曾おばあちゃまはいないのだから、しっかりと他の人にも甘えるんですよ。
貴方を見ているのは、私だけではないのだから。
「……曾おばあ様、あのお約束、決して違えないと誓います。曾おばあ様の名に恥じぬよう、しっかりと受け継いでゆきます。……リリームはこの通り泣き虫ですが、私が支えてゆくので、どうぞご安心してお眠り下さい」
私の心の声が聞こえたかのように、別の曾孫から芯の通った声が届けられた。リムが半狂乱になりながら、『あんた何言ってんのよ!』と涙をひっこめて騒いでいる。あぁ、頼んだよ。その子の涙の面倒を見てくれると、約束したからね。
家族全員に見守られながら、愛されながら旅立つ私は、なんと幸せだろうか。あぁ、幸せだ。本当に本当に、私は幸せでした。貴方が、あの時私に誓ってくれたように、私が置いてこざるを得なかった物全てになってくれた。全てを与えてくれた。
先に逝って、両親に挨拶をすませておきます。結婚の許しをもらっていないことを、貴方はずっと気にかけていましたから。父に一杯飲ませていい気分にさせておきますね。だからどうか、貴方はゆっくり来てください。だからどうか、もう一度ポレアの花を。
「……愛して、いるわ」
その言葉が誰に向けたものであったのか、わかってくれるのは貴方一人でいい。
皆に向けた言葉の中に、初めての愛の言葉を忍ばせた、最後まで臆病な私をどうか笑わないでください。どうしてもどうしても、伝えられなくて、どうしてもどうしても、伝えたかった言葉なの。
ヒジリ、――。
貴方が呟いた言葉の先を、天国でもう一度伝えてくれると、信じていますよ。
***
果たして、聖の帰郷は無事に叶った。
最後の彼女の願いを聞き届けた勇者が、魔法使いに助言を受け神官に遣いを出したのだ。魔王討伐後、その功績を認められて神殿の最高位である教皇になっていた神官は、お忍びで勇者の住む辺境の地に足を運んだ。決してもう若くはない体に鞭を打ち、それでも彼がやってきた理由は一つだった。
この世界を救った聖女の、たった一つの願いを叶える為。
教皇自らこっそりと持ち出してきたもの――それは、神殿の最奥部に大事に保管されている、“原初の炎”であった。その炎は、教皇を持ってすら自由にできるものではなかった。
その禁忌を犯した教皇は、共犯者の目をする魔法使いにそっと手渡した。魔法使いは珍しく慎重な手つきで恭しく受け取った。
ポレアの花に囲まれた遺体に魔法をかけ、棺の上で炎を膨張させる。どんどんと大きくなる炎は、どれほど大きくなっても熱を持たなかった。聖の姿が炎にくべられ見えなくなっていく。その炎を瞳に映して、かつて勇者と呼ばれた男はただ立ち尽くした。
燃え上がった炎が鎮火した時、そこに聖の姿はなかった。骨さえも残らぬほどの業火に、男はその場を動くことすら出来ずに聖がいた場所に佇んでいた。
「あるべき場所に、帰っただけだ」
「原初の炎は全てを元に戻すのです。かつての姿で、御父母様の元へ旅立ったでしょう」
「そうだったのか。目印になるようにと、若返りの呪文をかけておいたが無駄骨だったな」
「またそのように禁術のような魔法を……よく次から次に思い浮かぶものだ。炎の在り方は神殿の極秘事項故、さしもの貴方ですら知らずとも問題はなかろう」
「ふむ。いいことを知った」
「協力は今回きりだ。彼女の為と思ったからこその力添えである。貴方の研究の為には“ビタイチモン”だって渡さぬよ」
旧友同士の軽忽な応酬の隙間に、ぽつりと囁きが聞こえた。
「――言えなかったのだ」
唐突な男の言葉に、魔法使いと教皇は耳を傾けた。
俯いたままの男の背中は、この数日で何倍にも老け込んでしまったかのように、溢れ出んばかりだった覇気をそぎ落とされていた。
この秘密の会合を誰にも漏らされぬようにと、薄紅色の木々に囲まれた庭の周りには、力自慢の男衆が見張りに立っている。その見張りを掻い潜り刺客が現れてしまえば、一瞬で命を散らすだろうと思うほどの消沈ぶりだった。
「言葉にしてしまえば、この夢が終わりそうで。どうしても、言えなかったのだ」
魔法使いと教皇は、顔を見合わせた。お互いあの頃から随分と年を取った。魔法使いは悪趣味にも未だ青年のような姿のままだが、重ねた年月は変わりない。皆等しく年を取った。皆等しく彼女を尊んだ。だが彼の彼女に向けた愛情だけは、等しくなかった。世界と彼女を天秤にかければ、何の迷いもなく世界を壊すだろうほどに。そんな彼の心を支えれる相手は、この世のどこにもいないだろう。
「介錯なら早く言え。私は旅に出るぞ」
「生を受けた世界が違えども、魂の行き着く場所は常世のみ。案ずることはありますまい」
薄情な友人達の言葉に、男は僅かに口角を上げた。
「そうだな――さっさと天寿を全うして、逝くとしよう」
「おや、魔王を廃した勇者なれど、やはり女房は怖いですか」
「あれは怒ると口を利いてくれなくなる」
そう続けた男に、教皇は笑顔で頷いた。魔法使いは、男の言葉でこの場に留まる興味を失くしたとばかりに旅立ちの準備をし始めた。そんな友人達の傍で男は目を細める。
その目線の先には、彼女が好んだ薄紅色の花が咲き誇っていた。
聖にかけた若返りの魔法は、早乙女家の面々が聖のことを分かるようにという友情から、魔法使いがかけた特別な魔法だった。
まさか、大事な娘が白骨遺体として帰ってきたことで、残してきた家族たちが更なる悲観に暮れることになろうとは夢にも思っていなかった世間ずれした魔法使いは、聖の最後を見届けると自分の役目は終えたとばかりに、召還魔法を殲滅する旅に出た。
旅立ちの際に、世間では禁術扱いをされるだろう知識を大量に勇者邸に保管してもらったのは、ここがどんな堅牢な王城よりも安全だと判断したからである。魔法使いにとって知識とは何物にも替えられない財産。決して公表できない禁じられた魔法も、葬ることなど出来なかった。
そして勇者邸は、代々この魔法を守り続けてゆくことになる。
当主を継いだリリームの孫、リュカにより金庫の鍵が明けられるまで百年の間、禁じられた魔法は長い長い眠りについた。
常識ずれした魔法使いを心配した盗賊……聖がその見た目から忍者だと思い込んでいた友人も合流し、二人は世界中の召喚魔法を忘却の彼方に追いやっていった。もう二度と、聖のような人を生ませないため――
魔法使いはその類稀なる魔力から、人よりも長い寿命を持っていた。友人が逝き、一人になっても、止まり木を無くした魔法使いは長い旅を続けた。時には、世界を渡り、時を渡り、世界を救ったり、混乱に陥れたり、気まぐれに友の妹の大切な人の仲間を助けたり……。
様々な時代が彼を迎えたが――これはまた、別のお話。
聖が世界を救い、魔法使いと友情を築き、アルフォンスが聖の妹である翠と親交を深め、大切な存在になったからこそ。夢に訪れた聖により先の世を知った魔法使いは、アルフォンスを助けようと時を渡った。
聖女の概念が吟遊詩人の歌のままであったゲームでは描けるはずもない、物語の真実であった。
奇跡のようなその流れは、やはり聖女の祝福として、後世に残ってもよかったかもしれない。
だがその事実は歴史書に記されることも、吟遊詩人が歌うこともなかった。
その軌跡を知る者は、孤独な魔法使いただ一人である。




