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01 : 招かれざる訪問者

「この度の無作法な推参を、どうぞ温情をもってご寛恕いただきたく、伏してお願い申し上げます。ご拝謁賜り、望外の喜びでございます。恐れ入りますが、貴方様におかれましては、正しく聖女様であらせられましょうか」


 静寂に満ちていた夜の部屋に、まるで糸を極限まで張り詰めたような緊張感に満ち溢れた男の声が聞こえた。


 その声は朗々と狭い室内に響き渡り、浅い眠りをたゆたっていたみどりの元までしっかりと届く。あまりにも芯のあるその声に魅かれるように目を開ければ、まだ辺りは真っ暗だった。私はずり下がっていた羽根布団を肩までかけなおし、暖を求めて布団の中に潜り込んだ。


「姉に用ですか。そこにいるので、お線香でもあげておいてください。」

 寝ぼけている今、男の話す言葉の半分も頭の中に入ってはこなかったが、そこに『聖女』という単語が入っていることだけはわかった。となると、一時期毎日のように訪れていた姉の友人達の誰かだろう。もう月命日になっただろうか。昔はあれだけ忘れられなかった日付を、今は意識しないと思い出せなくなっている。


 私は丸まった布団の中から右手だけを外気に晒すと、ついと指さした。指をさした先には、毎日祈るのを欠かさない姉の遺影と、心ばかりの仏具が置かれている簡素な仏壇があった。


 真っ暗闇の中の出来事だというのに、まるで全てが見えているかのように、男は狼狽して息を詰めた。それは、想像していたのとは違う反応に戸惑った為であり、また、男にとっては馴染みない精密な“絵姿”を“姉”と呼んだ事に対してだった。


「度重なる失礼をお詫び申し上げます。お許しを賜りますれば、御作法をご教示いただけますでしょうか?」

 再び惰眠を貪ろうとしていた私に、堅く、けれどもこちらを伺うような声が届いた。


 もうっ!と布団を跳ね除け、ずかずかと私は狭い部屋を歩く。ほんの数歩でたどり着いた壁のスイッチに手を掛けて電気をつければ、立っている男を寝ぼけ眼で見つめ納得した。


「あぁ、外国の方ですか…線香はですね、まずは正座で、火をつけます。お線香に火を移します。ブッ刺します。はい、手と手の皺と皺を合わせて、がっしょー!」


 男にとっては初めて見る一連の流れに目を奪われている内にそれは終えていた。翠は『わかりましたか?』と、確認を取る言葉を放ったが、相手の反応を待つつもりはなかったらしい。男の返事を聞く前に布団に戻り、再び掛布団の中に潜って身を丸くした。




[ 聖女の、妹 ]




 私は、思いっきり起き上がった。

 地上に打ち上げられた魚のように、3日間足を抑えつけられていたバッタのように。それはもう、自分でもびっくりなほどの驚異的な速さで身を起こした。


 部屋の明かりはついている。先ほど自分がつけたのだ。間違いない、と私は見開いた眼のまま記憶をまさぐる。大丈夫、頭はしっかりしてる。私は自分にそう言い聞かせると、ゆっくりと顔を横に向けた。


「え。ダレ。不法侵入者?警察呼びますけど…」


 そこには、足が長いせいか不格好な正座を組み、両手を合わせ、姉の遺影に向かって45度にお辞儀をしている美貌の持ち主がいた。最初に声を聴いていなければ、背の高い女性と間違ったかもしれないほど中性的な美しさを持つ人物だった。


 真っ白なくすみひとつない肌に、翡翠のような緑色の瞳。そして見たこともないような、染め斑が一切ないブロンドの髪。そして何よりも驚くのはその美貌だった。人に対して、“美貌”なんて大仰な言葉を使ったのは初めてのことだった。だけど、目の前の男にはきっとその言葉が誰よりも似合う。それほどまでに品があり、美しく、麗しかった。


 更に、およそ日本人が持ちえない特徴ばかりを持つこの男が、流暢に日本語を操っている現実は非常に不気味だった。

 しかも、その男はあろうことかこの部屋の主の私よりも悠然としている。たった今習ったばかりの作法を寸分間違いなくこなすと、体のブレを感じさせないモデルのような動きで静かに立ち上がりこちらを向いた。男が口を開く、その瞬間、私は叫んでいた。


「靴!人の家に、何を土足で上がってるんですか!靴脱いで!」

 私は見ず知らずの男にそう叫ぶと、大慌てで靴を脱ぐように急かした。美貌の男は険はないものの真剣な表情をしていたのだが、私の叫び声を聞くとほんの僅かばかり瞠目して、自分の足元を見下ろした。そして器用に立ったまま靴紐を解くと、流れるような所作で靴を脱ぐ。こんな風に靴を脱ぐ姿ですら絵になるような人物に、残念ながら私は心当たりの一人もいなかった。



 私は今、自室である1DKの小さなアパートで見知らぬ男と対峙している。

 しかも時計を確認すれば時刻は夜中の2時近く。人の家を訪れるには、少しばかり常識はずれな時間と言えよう。それに、寝る前にしっかりと施錠を確認している。密室状態のこの部屋に如何にして忍び込んだのか、それも問題ではあるが、その忍び込んだ輩がこれほど堂々としていることも多いに問題だろう。忍び込んだのなら忍び込んだらしく、こそこそと室内をうろつけばよかったのだ。

 加えて言えば、布団に潜ったのが日付を越した頃だったので、まだ2時間しか寝ていないことになる。


 そんな寝不足な頭のせいで幻覚が見えるのかと思ったが、どうやらそういう訳ではないらしい。男の存在感は寝ていた私を起こすほどに、生命力に溢れていた。今まで見たどんな人物よりも突出しているその存在感に、私は知らず知らず虚勢を張るために言葉を放っていた。


「どちら様ですか?何の用で我が家へ?今何時だと?見ての通りこんな小さくてぼろい家なもんで、金目のものなんかそこの線香立てる香炉ぐらいしかありませんよ。それもセールで3割引きで買ったやつです。質屋に持って行ったところで二束三文で買い取られるのがオチですよ。それとも他に目的が?強姦、恐喝、誘拐目的なら今すぐ110に連絡させてもらいますけど」


 男が言葉を発する前に、主導権を握れるように次から次へと矢継ぎ早に言葉を発した。こんな風に初対面の相手に喧嘩腰で話せたのは、彼から真剣味はあれど怒気を全く感じられなかったからだ。切羽詰まった表情に若干の不安はよぎるが、そこに困惑はあれども狂気はない。私は男の目を見つめながら強気を貫いた。

 枕元に置いていた携帯には、もうすでに110を打ち込んである。あとは通話ボタンを押せばいいだけ、というところで、男が私の目を見つめながら恭しく膝を折った。


 その体勢は、俗にいう、跪くというものである。

 覆いかぶさるでも、逃げるでも、襲うでも、殴りかかる、でもなく。

 目の前の男のあんまりな行動に、私は言葉を失う。


「先ほどよりの数々の非礼をまずはお詫び申し上げます。大変失礼致しました。」

「そんなのいいから。いやよくないけど、とりあえず今はいいから。貴方誰なの?そんな宝塚のトップスターみたいな衣装着て夜這いとか、変態なの?警察呼ばれたい?」

「御混乱はごもっともです。姫君、貴方様は、聖女様ではあらせられないのですね?」

「あら、あらせ?って、姫?姫って何、もしかして私?似合わな過ぎて笑えるんですけど」


 身を、見えない槍で刺されているかのような悲痛な男の声に我慢できなかった。なんとか場の雰囲気を変えようと茶化してみたが、目の前の男は決してぶれることなく私を見つめていた。


 その男の沈痛な面持ちに耐えきれなくなった私は、こんな不審者丸出しの会話も通じない相手に折れてやることにした。私がどれだけ振り回そうと試みても、会話の主導権を取れないからだ。相手に何度突っ込んでも相手の聞きたいことを結局話している。これは無駄に反発するよりもさっさと話し終えてしまおうと、私は会話をするスタンスに入った。

 男が聞きたいことを聞き終えない限り、私に危機はないだろう。逃げると言っても、玄関はちょうどいい具合に塞がれている。とりあえず話を聞いてやろうと、翠は姿勢を正した。


「…聖女って、うちの姉の事でしょ?早乙女さおとめ ひじり

「―――サオトメヒジリ様、とおっしゃられたのですね。彼の方の御尊名は。至極恐縮ではございますが、浅学ゆえに存じ上げませんでした。申し訳ございません。」

 舞台役者のような大層な物言いのせいで、真剣な表情を浮かべる男がひどく間抜けに見える。毒気を抜かれてしまい、翠はくすりと笑った。

「ちょっと私も、貴方を存じ上げないんですけど。」

「度重なる無礼をお詫び申し上げます。私はティガール王国第三王子アルフォンス・セルヴィード・ルド・マリウス・ティガールと申します。」

「はぁ、てぃがーるさん。どこぞの虎みたいな名前ですね。」

「姫君におかれましては、御尊名を賜っていなかった為失礼致しました。なんとお呼びすればよろしいでしょう。」

「ちょっとその仰々しい物言い、やめてもらえませんか?学がないんで、なんて言ってるかぜんっぜんわからないんですよね。」

 これ以上この美しい男を滑稽なピエロにさせないためにも、こんな一市民の小娘に対して、大国の女王様のように振る舞うのを止めさせたかった。今すぐにでも止めてもらわなければ、翠はこのシリアス面に向かって吹き出してしまうところだった。

 男は目に見えて狼狽した。これまで、何を言ってもこの男の表情を崩せなかった為、翠は一人満足していた。

「ですが」

「ですがもへちまもへったくれもない。貴方、今何処にいると思ってるの。私の部屋です。郷に入っては郷に従え、翠さまの前に立っては翠さまに従いなさい。」

「畏まり―――」

「堅い。」

「了解致し―――」

「まだ堅い!」

「わかりました。」

 ひどく困惑した表情で返事をする男に、うんうんと首を縦に振った。


「それで。王子様がなんだって?本気で言ってるなら警察を呼ぶし、罰ゲームかなにかならいい加減悪乗りを止めて正直に話してくれない?私明日も大学なんだけど。」

 正直なところ、不法侵入され睡眠を妨害され意味不明なお芝居に付き合わされ、それら全てをさっきから何度も聞いている『申し訳ございません』で片づけられたらたまったものではないが、翠はいい加減この男から解放されたかった。相変わらず明日は早いし、夜遅くまで煮詰めていたレポートの為疲れ切っている。


 翠の言葉に表情を曇らせたままの男は、それでも目線を逸らさずにじっと見つめてきた。

「…聖女様にお目通り願いたい。直接お話し致します。」

「姉はいません。4年前に亡くなっています。」

 私の言葉に、男は一瞬体をこわばらせた後、唇を戦慄かせ落胆を隠そうともせずに膝をついた。絶望に顔を染め上げて、地面を睨みつけていた。


「…そんな…そんなことが…」

「ちょっと、虎王子。どうしたのよ」

 姉の知人にこの言葉を告げて、『お悔やみ申し上げます』以外の言葉を聞いたのは初めてだった。しかし、そのことを気に留める余裕はなかった。男のあまりの深刻な表情に、私は狼狽えたのだ。これまで見たことがないほど威風堂々としていた男が、声を震わせるとは思ってもいなかった。

 男―――王子は土気色にした顔を私に向ける。絶望の色を隠しもしなかった。


「姫君、私は現世うつしよから参りました」

「はぁ?うつしよ?」

 そんな名前の芸能人がいたような気がするが、今そんな話をしているわけではないだろう。『ウツシヨ』という国があったかどうか必死に思い出そうとしたが、残念ながら私は全く聞いたこともなかった。


「まぁいいや。ウツシヨからきた。それで?」

「100年前に聖女様のご助力により我が世界が救出された旨を、姫君はご存知でしょうか?」

「…もしかして、その聖女とやらがうちの姉だとか言うんじゃありませんよね?」

「私は100年前に世界をお救い下さった聖女様の元に推参致しました。」

「なんかその言い方じゃ、違う世界からきたみたいなんだけど。なにそれSF?すこしふしぎなの?」

「ご明察の通り、常世とこよに住まわれる姫君にとって我らが生きる大地―――現世うつしよは別の世界だとお考えになられて結構かと思います」

「はぁ。まぁじゃあそんで、ウツシヨの世界を救った聖女が姉だって貴方は言ってるわけですか。」

「姫君は、聖女様とお聞きになられすぐに姉君だとご推察なさいました。」

「いやまぁ、そりゃ急に現代日本で『聖女』なんて言われてもうちの姉ぐらいしか思い浮かばないし…それと、ちょっと。話し言葉気を付けてよね。」


 私が眉をひそめて注意すると、ジャガー王子(ちょっとどこぞのプロレスラーみたいで笑える)は、はっとした顔をして、慇懃に頭を下げた。ちょっと、そもそもよく知らないけど、王子なのにそんなに簡単に頭下げたり敬語使ったりしていいわけ?私は目の前の現実をどう処理していいかわからずに大きなため息をついた。


 『聖女』と呼ばれれば姉。それは私が物心ついたころから当たり前の日常だった。しかしそれにも、大層な理由があるわけではない。

 単純に、『早乙女さおとめ ひじり』の名前を逆から読んで、『聖女』というあだ名がついただけだ。姉が稀に見るほどの清廉潔白だったとかいう、そういうわけではない。優しい人だったが、人の枠組みから外れることはなかった。

 姉の知り合いに会えば、『聖女の妹って貴方?貴方の名前は?』とよく名前を聞かれたものだ。私の名前は『みどり』なので、残念ながら後ろから読んでも何にもならない。そのことにもれなく残念がられた。言っちゃ悪いが、そんな語呂で遊ぶような名づけをされていたら、ただでさえひねくれまくっているこの根性は、収拾がつかないほどにひねくれていたに違いない。


「でもまぁ別人だと思いますよ。姉は100年前には生れてもないし、国を救ったりできるような人じゃなかったんで。」

常世とこよに参るため、聖女様のお持物を媒体に致しました。こちらに見覚えはございませんか?」

 ジャガー王子は幾重もの布に包まれ懐に大事に納めていたものを取り出し、私に差し出してきた。


「んー…見覚えがないかって言われてもなぁ。仮に姉のだったとしても一々全部の持ち物覚えてないし…」

 6年前なら、覚えていたかもしれない。当時は行方不明になった姉の持ち物を必死に思い出し、張り紙に記載して日夜町中で聞きまわっていたからだ。


 しかしそんな生活も、4年前に終わりを告げる。

 行方不明から2年後、姉の白骨遺体が見つかったのだ。


 見る影もなくなったその姿が姉のものだと判明した理由は、虫歯の治療の際にとっていた歯型だった。そして、たった2年間の劣化とは思えないほど薄汚れてしまった姉の持ち物たちも決め手となった。それは行方不明当時に身に着けていたと思われるスーツと靴等で、恋人の多野さんが見覚えがあると証言したからだ。彼は家族である私たちの手前言葉を濁していたけれど、もしかしたらあれは多野さんがプレゼントしたものなんじゃないかと、当時高校生だった私は思った。


「聖女様のお持物は全て王城にて保管しておりましたが、ある時盗賊により奪い去られてしまったという記録がございます。しかし、こちらだけは聖女様が降臨後に身を寄せていた神殿の者に預けていたらしく、その後も大事に保管されておりました。どうぞ、ご査証ください」

 揺るぎない瞳に逆らえず、私は彼が両手で恭しく差し出している塊を手に取った。そしてそっと布を開いていく。


「…これは、腕時計?」

「やはり姫君は、この物体が何かをご存じなのですね」

 その言葉に、はっとした。

「かまをかけたの?」

「いいえ、それが聖女様の持ち物ということに何の偽りもございません。ですが、私達はその物体が何か、全く分からなかったのです。」

 腕時計を知らない?そんなバカみたいな戯言を笑い飛ばせないのは、やはり男の真摯な瞳のせいだった。


「姫君、あなたは間違いなく、聖女様の妹御であらせられましょう」

 ブレない視線に抑揚の少ない、けれど聞き取りやすい明朗な声。選挙の演説だってこれほど人の心を掴みはしないだろう。私はこの男の冗談のような内容の、真剣な言葉をもう疑えなくなってきていた。


「言葉づかい。」

「失礼致し」

「グーで殴るよ」

「すみませんでした」


 腕時計を見るが、何の変哲もない古びた時計だった。だけど、それが私を嫌な思いでいっぱいにする。姉のものだという、不自然に古びた持ち物。それは否が応にも過去の記憶を鮮明に呼び覚ました。


 そして気づいてしまった。姉の好きだったブランドのロゴが入ったこのデザインが、たったの6年間でこんなに…まるで本当に100年間も人の手にあったかのように、錆びつき、手垢に汚れくすんでしまうものなのだろうかと。

 遺体とともに見つかった服や靴には、2年しか経過していないというにはひどい状況であったが、これほどまでの劣化はなかった。よほど服や靴の保存状態が良かったのか、保存していた期間が違うのか、それはわからない。けれど、この腕時計の不自然さだけは、専門知識など全くない私にもよくわかった。


「それで。もし仮に、そうだったとして?」


 私は自分の頭を整理することに必死で、目の前の男がどんな顔をしているのか。全く見る余裕すらなかった。

 だって、4年前に整理したつもりでいたのだ。2年間の姉の不在は思っていたよりもずっとずっと長く辛く、もう生死だけでもいいから知りたいとさえ願っていた。家族はみんなもう限界で、先の見えない中どれほど全力で走っていればいいのだろうという不安に押し潰されそうだった。


 そしてようやく、4年前に死んでいたことが判明したのだ。警察も、当時のあまりにも現状証拠の少なさにお手上げ状態で、今では捜査も下火になっている。状況から見て誘拐、他殺の可能性が高い姉の死ではあるが、一学生の私に犯人捜しなどできるはずもなく、私にできることといえばお骨を両親に分けてもらい、毎日線香をあげて姉のお腹をほんの少しでも満たしてあげることぐらいだった。


 なのに。それなのに、もしかしたら目の前に姉の死の真相を知っているかもしれない男がいる。姉の行方不明だった時期を、知っているかもしれない男が。


「つまり、何?あんたはなんて言いたいの?6年前に2年間行方不明になっていたうちの姉は、もしかしたらそっちで聖女様をやってました。って、そういうこと?そんでもってそっちで何かがあって姉がいなくなって、また困ってるから自分勝手にも姉を頼りたい、って。そういうこと?」

「姫君、落ち着いてください」

「落ち着いて?落ち着いてるよ。私は落ち着いてる。つまり、あなたたちは姉に助けてもらったにも拘らず、姉の生死すら知らなかったって。そういうことだよね?普通世界を救った大恩人が死んだか死んでないかなんて、知ってるもんなんじゃないの?死んだって聞いて、すぐに心配するのは自分の世界のこと?普通何か一言あっていいんじゃない?この、恩知らず!!」

 徐々に大きくなっていく声は既に悲鳴じみていて、私は知らず知らずのうちに目の前の男に向かって怒鳴り散らしていた。

「あんた、王子なんでしょ?救ってもらった世界の、王子なんでしょ?あんたたちが、ちゃんとお姉ちゃんを守ってくれてれば、お姉ちゃんはあんな、あんな真っ白な、あんな姿じゃなくて、ちゃんとしたお姉ちゃんの姿で帰ってきてたかもしれないんじゃない!!あんたたちさえ、ちゃんとお姉ちゃんを守ってくれてれば!!」


 震える拳をきつく握りしめた。発見された姉の姿は、本当にあのころの幸せそうな溌剌とした姉の見る影もなくて。両親と一緒に駆け付けた時に、恋人の多野さんは姉の姿を前に、人目も憚らずに声を上げて号泣していた。


「私たちが、どんだけ、どんだけ探したと思ってるの!どんだけ心配したと思ってんのよ!!お父さんは早期退職して、ずっと毎日町中歩き回ってビラ配って。お兄ちゃんも向うの生活全部振り切って、地元に帰ってきて私たちを支えてくれた。恋人だった多野さんも、お姉が帰ってきたときのためにって、その時にもし、なにかあった時のためにって、それまで以上にがむしゃらに働いてお金貯めてくれて、万が一、姉がどういう状況になっていても、一生面倒を見てられるようにって!!お姉が死んだってわかった後も恋人の一人も作らない多野さんに、月命日の度にうちに現れる多野さんに、うちの親がもうやめてくれって、もう娘に囚われないでくれって、頭下げるのがどんだけ辛かったか!あんたにわかる!?その真心を、その誠意を、あんたたちはどうして踏みにじったのよ!知りたくなかった、知らなきゃよかった。そうしたら、犯人をずっと憎んで暮らせてたのに!」


 幸せな最期ではないと、わかっていた。行方不明の間、あまりにも状況証拠の少なさに当初は家出だと取り扱われていた。しかし、会社でも特にトラブルもなく、恋人との関係も良好。何か月も音沙汰がない状況をもってようやく、警察は重い腰を上げたのだ。

 その時点で、私も姉が何らかの事件に巻き込まれたのだと覚悟をしていた。自分から飛び出したんじゃなければ、幸せな未来は待っていないだろう。そう覚悟していたはずなのに、帰ってきた真っ白な姉の姿を見て、どうしようもなく取り乱してしまった。


 痛かっただろうか、辛かっただろうか。お腹は、空いていなかっただろうか。こんなに細くなって、帰ってきて。この姿じゃ、わからない。姉に何があったのか、何に耐えてきたのか。白い骨はそこに横たわっているだけで、何も教えてくれなかった。


 どうして、もっともっと、姉のことが大好きだと、尊敬していたのだと、たまに作ってくれる卵焼きが好きだったのだと、多野さんと幸せになってくれと、伝えてあげられなかったのだろうか。



「滅んじゃえばいいのよ、そんな世界!」


 その言葉を聞いた時の彼の顔を、私は全く見ていなかった。まるでこの世の終わりを一人で背負ったかのような。世界の滅亡が確定したかのような。解けない呪いをかけられたかのような。姉が死んだと知らされた時よりもずっと強い絶望に染め上っていたその表情に、私は全く気づきもしなかった。


「出てって!出てってよ!私の前から消え失せろ!!」

 髪を振り乱して叫ぶ私に関せず、目の前の男は真っ直ぐに突っ立ったまま動かなかった。そんなふてぶてしい態度が辛抱できなかった私は男の体を押して強引に玄関まで連れて行った。


 乱暴にドアを開けると、男を押した。いくら力いっぱい押そうとも、運動も格闘の心得もない一般的な女子学生の力等たかが知れている。にも関わらず、男はまるで綿毛のようにふわりと部屋の外に押し出された。

 私はそんな男に一瞥も与えることなく、大きな音を立てて乱暴にドアを閉めた。





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