5ー7 新たな依頼
「お姉ちゃん?」
梨花の言葉を確認するように結花は繰り返していた。
「はいっ!お姉ちゃんを、優花お姉ちゃんを助けてください」
「助けるとは?」
梨花の言葉によって、四人の視線が集める中、梨花は優花について話出した。
「私は少し前にある病にかかってしまったんです」
「病?」
「はい。病名は幻一化症候群」
「幻一化症候群っ!?」
幻一化症候群。
この幻理世界特有の病気であり、原因はまだ解明されていないが、何かが引き金となって発病する。
どんな病気かというと、物理世界では全て原子や分子、もっと細かく言えば、中性子に電子、陽子によって構成されている。
対して、この幻理世界は物理世界同様、原子や分子などに値するものはあるのだが、根本的な性質が物理世界と異なり、一括りにしてしまえば全てが幻子で構成されている。
物理世界でなにもしなければ、突然原子や分子が分解されないように、幻理世界でも幻子による結合は勝手に起こるものではない。
しかき、この幻一化症候群というものは、発病者の体を徐々に分解し、幻子へと戻してしまうのだ。
幻子と分解された人間は、そのまま世界の幻子と混ざり合い、空気中に漂う幻力となってしまうのだ。
「なるほど、それでここに……」
「主〜、何か分かったの?」
「えぇ、どうして梨花がここにいたのか」
「どうしてなんですかぁ?戦う力を持っている幻操師にとっても、ここは危険地帯なのですよぉ?見る限り梨花さんは一般人ですぅ」
疑問顔で首を傾げているリリーに説明をしたのは、奏だった。
「ここにあるんですよ」
「何がですぅ?」
「幻一化症候群を治す、唯一の特効薬ですよ」
奏の説明に、雪乃とリリーは納得したように「なるほど」っと頷いていた。
奏の説明で納得したのも束の間、雪乃は「あれ?」っと首を傾げていた。
「どうかしたのですか?雪乃」
「うん。なんで梨花ちゃんここにいるの?」
「それは、特効薬のためなのですぅーあれ?」
「幻一化症候群になったのは梨花ちゃんなんでしょ?見る限り、梨花ちゃんが幻一化症候群にかかっているようには見えないけど?」
雪乃の言葉に梨花は俯くと、真実を話し出していた。
「間違いだったんです。最初は幻一化症候群と診断されたのですが、後からただの幻低病」
幻低病。
幻操師だけでなく、一般人だろうと心から生み出される力、幻力は持っている。
幻低病は体内の幻力の活動を低下させる病気だ。
体内の幻力の活動が低下すると、無意識で行われている身体強化が鈍り、体が重く感じたりと、肉体が幻子へとなっていく、幻一化症候群に似た症状があるのだ。
最終的には死へと至ってしまう幻一化症候群とは違い、幻低病は放っておくだけで治るのだが、病状が似ているせいで、よく間違えられるらしい。
「つまり、誤診だと判明する前に、優花さんはあなたを助けるために、この北幻峡に来ているということですか?」
奏の質問に、梨花は泣き出しそうな表情を浮かべ「はい……」っと蚊の鳴くような声で呟いていた。
「一般人が北幻峡で生き延びるのは至難。それも幻一化症候群の特効薬を探し出すことはさらに至難です」
梨花の姉、優花が探している幻一化症候群の特効薬とは、この北幻峡だけにある自我の実のことだ。
この自我の実は、食べた者の自我を、つまり意識を増幅させる効果がある。
そういう効果があるため、高い自我を持たないイーターにとっては、ご馳走となっているのだ。
この北幻峡が魔境へとなってしまったのは、この自我の実を求めた上位イーターたちが何匹も集まってしまったからとも言われている。
「優花さんが北幻峡に向かったのはいつですか?」
「……もう一週間も前になります」
「それは……」
一週間。
それはあまりにも絶望的な日数だった。
たとえ一日だとしても、幻操師でさえ生き延びることが難しいというのに、七日、それも優花は幻操師ですらないらしい。
優花の生存は絶望的だろうと、皆が諦め掛けた時、結花は一人、頭を傾げていた。
「どうしたの?」
結花の様子がおかしいことに気付いた奏が、結花にそう問い掛けていると、結花は不思議そうな顔を皆に向けていた。
「一つ、疑問に思った」
「疑問?」
「あの龍型はどうして梨花を襲ったの?」
「そりゃ、龍型の縄張りに入ったからじゃないの?」
「それにしては、あの龍型はまるで梨花を恨んでるようだった」
「恨み?」
「そう。梨花、なにかしなかった?」
結花の問いに、梨花は考え込むように手を顎にやると、首を横に振って、否定していた。
やっぱりもう優花の生存は無理だと思い、みんなの表情は暗く重いものとなっていた。
特に、実の妹であり、関節的にだが、自分のせいで姉を殺してしまったかもしれない梨花は、皆よりも一層その表情を暗くしていた。
梨花の瞳からは、一筋の涙が零れていた。
梨花の涙を横目で見ていた結花は、梨花の正面まで移動すると、俯きながら泣いている梨花の頭を優しく撫で続けていた。
「梨花、一つ聞いてもいい?」
結花からの思いがけない、突然の問いに、梨花は驚きながらも顔を上げると「なんですか?」っと聞いた。
「あなたとお姉ちゃんは似ている?」
「……よく似ていると言われましたが、それがどうかしましたか?」
結花は梨花の答えを聞いて、嬉しそうに「そう」っとつぶやくと、同じように梨花の言葉を聞いていた奏に声を掛けていた。
「奏」
「そうですね。可能性は高いと思います」
結花と奏の会話に追い付いてこれていない、三人は「え?」っと混乱していた。
「ちょっと、二人ともなに嬉しそうに話してるのっ!?」
「そ、そうなのですぅー、説明してくださいなのですぅ」
説明を求める二人に、結花と奏は「わかった」っと承諾の返事を返すと梨花を含めた三人に、二人の考えていたこと奏は話し出した。
「結論から話すと、梨花、あなたのお姉さん、優花さんはまだ生存しているかもしれません」
「えっ!?ど、どういうことっ!?」
「龍型はどうして梨花に対して、あれほどの恨みを抱いていたのでしょうか?」
「それは……わからないけど」
「それは恐らくですが、あの龍型が恨みを覚えていたのは、梨花ではなく、梨花とよく似た別人、つまり、梨花のお姉さん、優花さんなのではないですか?龍型とまでなると、自我の実は食べた経験のあるデザート。一度食べ、その味を知ってしまった龍型にとって、そのデザートを他人に奪われることは恨むに値します。そもそも、イーターは食べる欲求が強いですから。優花さんは梨花さんのために、自我の実を求めていたのでしょ?恐らく自我の実を求めて争ったのではないでしょうか。もちろん、この場合争うとは戦闘ではなく、あくまで比喩的表現ですが。そして、優花さんは龍型から上手く逃げたのではないでしょうか。それで龍型は優花さんに似ている梨花さんを優花さんだと思い込んだのでは?」
奏の説明にみんなは驚いていた。
「ちょっと待って」
しかし、そこで待ったの声が掛かっていた。
声の発信源に皆の視線が向かうと、そこにいたのは雪乃だった。
「どうかしたのですか?雪乃」
「確かにそれなら優花さんが生きてる可能性はあるよ?でも、ここにいるのは龍型だけじゃない。他にも多くの上位イーターがいる。龍型から逃げられるなら、龍型以下の上位イーターなら逃げられると思ってるなら、それは間違いだよ。イーターは一つの分野に特化してる場合があるし、優花さんは幻操師じゃないんでしょ?だからこの場合はスピードに特化した上位イーターがいるとすれば、優花さんが生き残ることはできないよね?」
雪乃の言い分も正論だ。
奏の話しを聞いて、姉が生きてるいるという希望を与えられていた梨花は、雪乃の言葉によって、もう一度絶望していた。
しかし、奏と結花、二人の笑みが絶えることは無かった。
「雪乃の言葉も正論。だけど、一つ見落としてる」
結花が笑みを浮かべたまま言うと、雪乃は鋭い言葉で「なにを?」っと言った。
「どうして梨花はここまでいるの?」
「……あ」
今みんながいるのは、渦巻き状という、特殊な形をしている北幻峡の道なりに数えると丁度中間らへんだ。
どうして幻操師でもない梨花がここまで来れたのか。
逃げた?
それはおかしい。
もし、ここまでの道のりを一般人である梨花が逃げ切れたというのならば、優花もまた逃げ切れるはずだ。
そして、どうやら梨花はここまで例の龍型以外、他のイーターとは一切遭遇していないらしいのだ。
雪乃たちはここまで来るまでに、何度も戦いを行っている。
まるで、梨花に龍型以外のイーターが寄り付かなかったように。
これまでの情報から、皆の頭に浮かんだことは一つ。
龍型は恐らくこの北幻峡の主だ。
優花を自分の手で始末したいと思った龍型は、優花に手を出さないように、この北幻峡にいる全てのイーターに伝えたのではないだろうか。
人間と話せるのは知能の高い龍型や人型以上だが、イーター同士であれば、信号を送り合うことによって会話をすることができる。
そしてその優花に似ている梨花も襲われなかった。
そう考えると辻褄が合う。
「龍型が梨花ちゃんを優花だと思って攻撃したのなら、まだ龍型は優花さんに少なくともトドメを刺していないということ」
「確かに……つまり、まだ生きてるっ!」
「そうなのですぅー。梨花さんよかったのですぅー!」
優花の生きているかもしれないという、可能性が浮かんだおかげで、梨花の表情も少しずつ明るいものになってきていた。
「奏、探索できる?」
「当然です」
結花の問いに、奏は胸を張って答えると、念で操る、氷の玉、操作弾を五十作っていた。
「すごい……」
「相変わらず、奏の幻操術には圧巻だよね」
「そうなのですぅー。姫はすごいのですぅー」
「それでは、探索を始めます。結花」
「わかってる」
奏と結花は静かに見つめあい、互いに頷き合うと、奏は操作弾の操作に集中していた。
結花は意識をほとんど操作弾に割いてしまっているため、立っていることもままならない奏の体を優しく抱きとめていた。
「いました」
「やたっ!」
「よかったのですぅっ!」
「お疲れ」
結花が奏のことを労わりながら優しく頭を撫でていると、姉が生きていとわかった梨花は、思わず涙を零していた。
「ですが」
しかし、奏の一言で、再び場に緊張が張り詰めていた。
「これはマズイです。すぐに向かいます。着いてきてください」
「はいっ!」
奏の焦っている表情から、緊急性を感じたみんなは、奏の言う通り、すぐに向かうことにした。
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