5ー6 再開
滅級、龍型イーター。
数あるイーターのランクでも、上位の中で上から二つ目という、圧倒的な力を持つ存在。
稀にいるとされている人の形をしたイーターと同じく、高い知能を持ち、そしてよくファンタジーに出てくるような、圧倒的な力を持っている、化け物の中の化け物だ。
倒すためにはSランクの幻操師が最低でも一○人は必要だろう。
雪乃やリリーはSランク、それもかなりの上位に値する力を持っているが、それでも到底勝てるものではない。
「に、逃げるのですぅっ!私たちが相手を出来るような相手じゃないのですぅっ!」
「そ、そうね……」
雪乃はリリーが言う通り、自分たちでは到底手に負えないと判断し、リリーと共にこの場から撤退しようとするが、龍型が口から火球を何度も吐いている場所に視線を移すとそこには。
「人っ!」
「えっ!?」
龍型イーターは、雪乃たちが予測していたように、どうやら人間と戦闘を行っているようだった。
(龍型は知能も高い。人間が厄介な存在だということは知っているはず。あの人間が龍が怒るほどのことをしたってことだね)
人間と龍型は終わりの見えない追いかけっこをしていた。
人間の方はまだ年もいかない少女だ。
年齢的には雪乃たちより一つ下か同じくらいだろう。
龍型から逃げ回る少女は駆け出しのシードがよく着ている、レザーアーマーを着ていた。
立派に防具の形をしているとは言え、所詮は革だ。龍型の咆哮には一瞬ももたないだろう。
「リリー、あの子を救出するわよっ」
「わ、わかりましたのですぅっ!」
雪乃たちは少女を助けることにすると、二手に分かれていた。
(リリーの能力には時間が掛かる。リリーには罠を張ってもらって、その間あたしは時間を稼ぐっ!)
「リリー、行くよっ!『心装、攻式、六花の糸剣』」
雪乃は心装を発動すると、龍型の気を引くために、龍型の頭に向かって六花の糸剣を投擲した。
「もういっちょっ!『心操、千氷雨斬』」
雪乃は陽菜との模擬戦時にもやったように、投擲した心装を無数の雨のように増殖させると、その全てを龍型の頭、その中でも最も防御力が低いと思われる、目玉に向けていた。
雪乃の心操、千氷雨斬が龍型の頭に当たる瞬間、龍型は顔をそちらに向けると、飛んでくる多量のナイフに向けて咆哮を吐いて、全てのナイフを溶かしていた。
雪乃の心装は法具を媒体としていない、しかし、ただ法具を媒体としていないだけで、媒体は存在しているのだ。
雪乃の媒体、それは雪乃が作り出す氷だ。
雪乃は幻操術で氷を作り出し、氷で作ったナイフに心力を纏わせることによって心装を発動していたのだ。
法具を媒体にしていないため、法具としての機能を己の心装によって付加する手間はあるが、媒体自体を己の幻力で作ることによって、心装による効率を上げているのだ。
始めて心装するのは、確かにその難易度は通常通りに心装するよりも、遥かに高いが、一度心装してしまえば、後は自由自在だ。
さらには媒体と心装の相性が、媒体に対する使用者の思い入れだけでなく、形作るものから相性の良いこのやり方でやると、通常心装よりも五倍近い効率を持っているのだ。
(これも全部、帰ってこないバカ主が作った技術だけどねっ!)
効率が良いおかげで、最初の一本を心装すれば、二本目からは容易に一瞬で複数の氷を心装化させることが出来るのだ。
心装しているおかげで幻操術の実力も上がるため、氷によるナイフの造形もよりスピーディーになる。
心装による補助を利用した、高速連続心装、それが雪乃の技、心操、千氷雨斬だ。
しかし、心装の核たる媒体は所詮氷なのだ。龍型の咆哮は炎の咆哮だ。いくら雪乃の氷が冷たいとはいえ、高温の炎を拭きかけられては、一瞬で解けてしまうのだ。
(まったく、相性悪いなー)
雪乃は文句を言いながらも、次々と心装をすると、龍型の周りを飛び回りながら、ネチネチとその目玉に向かって大量のナイフを投擲していた。
(リリーはまだかな?)
雪乃はリリーのことが気になり、龍型に対する警戒を怠らないようにしながら、そちらに視線を移すと、ちょうど良いタイミングで、雪乃に向かってサムズアップしているリリーの姿があった。
(合図っ!よしっ)
リリーには罠の準備が終わったら、なにか分かりやすい合図を出すように言っていたため、リリーのサムズアップがその合図だと判断した雪乃は、龍型にナイフを投げつけながらも、龍型をリリーの作った罠におびき出していた。
龍型の意識を少女から逸らし、自分へと引き付けた雪乃は、龍型の意識が少女に戻らないように、何度も目玉に向かってナイフを投げながら、やっとリリーのいる地点まで辿り着いていた。
リリーが作った罠は消氷を利用した、地雷だ。
消氷によってサークルを作り、サークル内に誰かが侵入した瞬間、消氷の予め決めたものを消滅させること能力を利用し、相手の意識を一時的に消滅させるのだ。
生き物の意識となると、永遠に奪うことは出来ないが、数分程度なら十分奪うことが出来るのだ。
それだけの時間があれば、十分に少女を助け、逃げることも可能だろう。
そう思ったからこその策略だったのだがーー
「ワシをそう簡単に欺けると思うたか?」
「なっ!?」
「喋ったですぅっ!?」
後一本というところで、龍型は立ち止まると、あろうことか雪乃たちに向かって話し掛けていた。
「人間風情がワシに楯突くなど笑止。灰にしてくれようぞっ!」
龍型イーターは口を大きく開けると、今までとは比べ物にならないくらい、多量の幻力を口に集中させ、雪乃とリリー、二人を巻き込むようにして、特大の咆哮を吐いていた。
「ちっ!リリーっ!」
「はいなのですぅっ!」
リリーが消氷を使って、龍型の咆哮を防ごうとするが
(間に合わないですぅっ!)
そして、二人は特大の咆哮に飲み込まれていた。
咆哮が晴れた後に、二人の姿は綺麗さっぱり、無くなっていた。
「ふんっ。やはりこの程度が人間。次は貴様だっ!小娘っ!」
雪乃とリリーの姿が消えたことを確認した龍型は、視線を逃げ回っていた少女に移すと、大きく吠えていた。
少女は自分を助けようと、目の前で二人の人間が綺麗に消えてしまったことで、その場にへたり込み、心が完全に折れてしまっていた。
龍型は再び、その口に計り知れない量の幻力を集中させると、少女に向かって、雪乃たちを消した特大の咆哮を放っていた。
「……おねぉちゃん。助けてよ……ーー」
自分に死の咆哮が向かってくるなか、少女は恐怖に染まった顔で、小さく呟いていた。
「ーー助けてよっ!お姉ちゃんっ!!」
「お姉ちゃんじゃないけど、助けてあげる」
少女の叫び声に呼ばれたのか、純白の刀を右手に握り、肩に少し掛かるほどの長さの黒髪を靡かせて、黒の和装を身に纏っている少女は、逃げていた少女を消そうと、凄まじい勢いで向かってくる咆哮の前に立つと、咆哮に向かってパッと手を翳していた。
少女は翳した手とは反対の手で持っている純白の刀を、片手で構えると、龍型よりも離れた場所にいるというのに、その刀を上段から振り下ろしていた。
『六月法=弾月』
黒和装の少女が刀を振り下ろすと、同時に刀から純白の弾丸が発射され、純白の弾丸は一直線に龍型の瞳に向かっていた。
己の咆哮を武器も使わずに掻き消されると思っておらず、硬直してしまっていた龍型イーターは、黒和装の少女の一撃をモロに喰らうと、手で右眼を覆い、やけくそとばかりに、口に多量の幻力を集中させていた。
「この童がっ!!」
龍型の口から、今までとは違ってドス黒い咆哮が放たれていた。
その狙いはもちろん黒和装の少女だった。
当たればひとたまりもないだろうドス黒い咆哮を向けられている少女は、はぁーっと小さくため息を付くと、刀を両手で握り締める、上段に構えていた。
「所詮は蜥蜴の亜種。爬虫類風情が私たちに喧嘩を売らないで」
黒和装の少女がそう言い放ちながら刀を振り下ろすと、今後は弾丸では無く、斬撃が放たれていた。
『六月法=斬弾月牙』
斬弾月牙。
それはその名の通り、まるで月の牙を思わせる斬撃の弾を撃ち出す技だ。
六の基礎術からなる幻操術、六月法。
六月法には上がある。
二つの六月法を合わせることによって、応用技を発動することが出来るのだ。
今のは六月法基本術、弾月と斬月の応用技だ。
六の基本とそれから無数に別れる応用技の数々、それが六月法、本当の恐ろしさだ。
少女の放った飛ぶ斬撃は、既に弾月によって大きなダメージを与えられていた右眼に致命的なダメージを与えていた。
龍型イーターは大きな叫び声をあげながら苦しむと、まるで逃げ帰るかのように両翼をはためかせると、そのまま何処かに飛んでいっていた。
「お疲れ様です。結花」
突如、黒和装の少女の後ろから現れた、まるで黒和装の少女とは対のような姿をしている、長い銀髪を靡かせ、純白の和装に身を纏って少女は、黒和装の少女にそう気遣うように声を掛けると、逃げ回っていた少女に声を掛けていた。
「あなたが梨花ちゃんですか?」
「ど、どうして梨花の名前を知ってるの?」
「私たちはあなたのご両親に依頼されて、あなたを探していたんです」
「お父さんとお母さん?」
逃げていた少女の問いに、白和装の少女は優しい笑顔を浮かべ「はい」っと微笑んでいた。
「あのーー」
「ひ、姫っ!」
ないかを言いかけた少女を遮って、突然現れた雪乃は大声で叫んでいた。
雪乃の後ろにはリリーの姿もあった。
あの時、龍型イーターの特大咆哮によって、消滅されそうになった瞬間、雪乃とリリーは白和装の少女に助けられていたのだ。
二人は白和装に保護され、その間黒和装が少女を守りつつ、龍型イーターと戦っていたのだ。
「久振りですね、雪乃、リリー」
「久振りじゃないわよっ!二ヶ月よ?二ヶ月っ!どれだけ待たせてるのよっ!奏っ!」
二ヶ月も待たされた挙句、まったく悪いと思っていない様子の、姫改めて奏の様子に、雪乃は激怒していた。
「そんなに叫ばないで、雪乃」
「……お礼なんて言わないからね……バカ主」
龍型を撃退した黒和装の少女は、雪乃たちのところまで近付くと、大声を出していた雪乃にそう注意をしていた。
雪乃が龍型から助けてもらったことについて、そっぽを向きながら言うと、黒和装の少女は、クスクス笑いながら微笑んでいた。
「主に向かってその態度はなんですか?雪乃、結花にちゃんとお礼を言って下さい」
「うっ。わ、わかったわよ。あ、ありがとね、バカ主」
注意されているにも拘らず、変わらずにバカ主と呼ぶ雪乃に、奏はこめかみを抑えながら、はぁーっとため息をついていた。
黒和装の少女、改め、結花は奏に気にしていないと言うと、改めて助けた少女に振り返っていた。
「そういえば、さっき何かを言いかけてた?」
さっきの恐怖が抜けていないのか、プルプルと震えている少女に、結花は出来るだけ優しくそう問い掛けると、少女はバッと顔を上げると、決意をした表情で言った。
「お……」
「お?」
少女は決意をした表情から、徐々に泣き出しそうな表情になっていた。
「お姉ちゃんを助けてください」
少女の目からは大粒の涙が零れていた。
評価やお気に入り登録、アドバイスや感想など、よろしくお願いします。
次の更新は明日の午前12時になります。




