5ー5 絶望の存在
魔境、北幻峡。
幻理世界の中でも特に出現イーターのレベルが高い場所の一つだ。
出現するイーターはほとんどが上位。幻理世界の北に在するため、環境も厳しく、高い山に挟まれた場所のため、太陽の日もまともに当たらないため、基本的に気温は氷点下であり、寒い時は氷点下一○○度を下回ることもある、正に魔境だ。
そんな魔境に向かって、雪乃のリリーの二人は向かっていた。
「うぅー、どうしてリリーまでなのですかぁー」
「あはは、リリーはあたしのパートナーでしょ」
雪乃に半ば、いや完全に無理矢理連れて来られたリリーは、泣きそうな顔でそう呻いていた。
雪乃は泣きそうになっているリリーの隣を歩きながらも、笑って誤魔化していた。
「それにリリーだって早く二人と会いたいでしょ?」
「うー、確かに師匠やお嬢様とは早く会いたいですけどぉ、でもぉー」
リリーはそう言うと今向かっている場所について考えていた。
(魔境、北幻峡。怖いのですぅ)
リリーは体をブルブルと震わせていた。
雪乃は震えているリリーを見て、「悪いことしたかな?」っと気まずそうに頬を掻いていた。
「そういえば、北幻峡にはどんなイーターがいるよかリリー知ってる?」
「知らないで向かってたのですかぁっ!?」
「う、うん……ごめん」
「はぁー、仕方がない人なのですぅ。北幻峡には主に上位イーターが住んでいるのです」
リリーの説明に雪乃はうんうんと頷いて答えていた。
「上位イーターといえば、もうボスのような強さなのですよぉっ!それなのに調べもせずに向かうなんて自殺行為なのですっ!」
「ごめんってば。そんなに怒らないでよ」
「本当に反省してるのですかぁ?」
「してるしてる」
雪乃が適当に返事をしていると、リリーはそんな雪乃にジト目を向けていた。
ジト目を向けられた雪乃はそっぽを向いて知らんぷりをすると、北幻峡に向かって道を急いでいた。
北幻峡を目指して半日、雪乃たちはとうとう北幻峡との境目、つまり北幻峡の入り口まで辿り着いていた。
入り口と言っても、別に門などの仕切りがついているわけではない。
北幻峡とはその名に峡とついていることからわかるように、山に挟まれた谷なのだ。
山に挟まれることによって出来ている谷ならば、当然谷の両端には始まりとなる場所がある。
しかし、この北幻峡は独特な形をしており、上から見ると、渦巻き状の形をしているのだ。
糸を渦巻き状にしてしまえば、片方は渦の中心になってしまうため、この北幻峡には境目、つまり入り口と呼ばれるものはこの一つしかないのだ。
「あのぉー、雪乃さん?」
「えぇーと、なにかな、リリー?」
「あのぉ凄く禍々しいのですぅ」
雪乃たちが辿り着いた北幻峡の入り口から先には、一目見ただけで、やばいと本能的に悟ってしまうような、そんな暗く禍々しい力が集まっていた。
この幻理世界には一つの概念として幻力というものがある。
この幻力は空気中にも含まれているため、もちろん空気中の幻力濃度というものもある。
この空気中の幻力濃度が高いと、そこにいるイーターはいるだけで幻力を吸収し、さらに大きく、そして強く育ってしまうのだ。
こういった幻力濃度が高い場所、つまり幻力の溜まり場のことを幻操師の用語で幻集地と呼ぶ。
幻集地はその集まった幻力の影響で、見た目も変わることが多い。
つまり、幻集地は異常地帯なのだ。
「本当に入るのですぅ?」
「あ、当たり前でしょっ。ここに二人がいるかもしれないじゃないっ」
「そうかもしれないですけどぉ、いないかもしれないじゃないですかぁー」
「そ、そんな例えばの話なんてキリがないわっ。ほらっ、早く行くわよ」
雪乃がリリーの手を取って、無理矢理引き摺っていると、リリー「あーれー」っと涙目で叫んでいた。
魔境、北幻峡に入った雪乃とリリーの二人は、探し人を見つけるために、北幻峡を中心に向かって一直線に進んでいた。
「あれ?これって」
「どうかしたのですぅ?」
「リリー、ちょっとこれ見てみなさいよ」
北幻峡に入ってから既に一時間が経っていた。
この一時間、雪乃たちは上位イーターに襲われたりと、何度も戦闘を行っていた。
ついさっきも蛇のような形をした上位イーターに襲われたばかりであり、二人は息の合ったコンビネーションによってそれを消滅させたばかりなのだ。
さすがの雪乃たちも、上位イーターとの連戦は辛く、ちょうど座るのに手頃な大きさの石があったため、そこで休んでいたのだ。
雪乃のがふと座っている石を見ると、そこに明らかに人為的に書かれたと思われる文字が書いてあったのだ。
そこにはーー
「こ、これって」
ーー『タスケテ』
っと書かれていた。
「人の書いた文字ですぅっ!」
「えぇ、信じられないことだけど、ここに人が迷い込んだってことでしょ」
「助けに行くですぅっ!」
「助けに行くって言っても、どこにいるかわからないのよ?」
冷静さを欠いているリリーに、雪乃がそう指摘すると、リリーは焦った表情でソワソワしていた。
「で、ですがっ!」
「くっ、あたしだって出来ることなら助けてあげたいわよっ!でも、どこにいるのかもわからないのに北幻峡の中をイタズラに歩き回るだけじゃミイラ取りがミイラになるだけよ」
雪乃は悔しそうな表情で浮かべ、下唇を強く噛んでいた。
雪乃の言葉を聞いて、リリーも無理だと思い始め、落ち込んでいた。
しかし、突然二人の耳に大きな爆発音が届いていた。
二人が音がした方角に振り向くと、二人がいる場所からそう遠くない場所からもくもくと黒い煙が上がっていた。
「爆発っ!?なんでっ!」
「っ!?もしかしたらあそこに人がいるのかもしれないですぅっ!」
「そうね。うん、リリー、向かうわよっ!」
雪乃の言葉にリリーは「はいっ!」っと力強く返事をすると、体に流れている幻力の活動を高め、無意識に行われている身体強化を意図的に増強させると、雪乃と二人、煙が立ち込めている場所に向かって走り出していた。
大きな爆発音を聞き、音の発信源に向かっている間、二人の耳にはその後も連続で激しい爆発音が届いていた。
リリーの言った通り、仮に人がいたとしても、その生存の確立はかなり低いだろう。
(あのタスケテって文字を書いた人?それとも別の……まさか、姫と主?)
爆発音が聞こえるということは、そこで誰かが戦っているということだ。
何故かはわからないが、イーター同士で戦うことは無いと言っても問題ないほどに少ない。
そのため、この北幻峡で戦っているとすれば、幻操師VSイーターだろう。
爆発音の発信源が幻操師の幻操術ではなく、イーターの能力だと考えると、もしかしたら人は幻操師ですらないかもしれない。
雪乃はそう考えると向かうスピードを上げた。
(着いたっ!)
雪乃が現場だと思われる場所に辿り着くと、そこに広がっていたのが地獄のような光景だった。
「あ、あれって……」
氷点下を下回るこの地域だけに生えている、この地域特有の木々が何本もその根元から折れ、直径一○mにも及ぶクレームが何個も出来上がっていた。
そして、この惨状を作り出したと思われる影を見て、雪乃は目を見開いていた。
「なんで止まってるですぅっ」
雪乃を後から追ってきていたリリーは、急に立ち止まった雪乃にそう文句を言っていると、雪乃の様子がおかしいことに気付き、雪乃が見詰めている方に視線を移していた。
雪乃が見詰めているものを見たリリーもまた、「えっ……」っと声を漏らし、その顔に驚愕を浮かべていた。
「あれって、まさか……」
そこにいたのは幻操師にとって、絶望の形とも言える存在。
「上位、滅級。龍型イーター」
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