5ー4 新たな仲間
静かに互いの心装を構え、向かい合っている二人、先に動いたのは
陽菜だった。
「はっ!」
陽菜は雪乃に向かって走り出すと、控えめな掛け声とともに、某アニメに出てくるような光の刀を左から右に薙ぎ払っていた。
雪乃は上に飛ぶことで回避した。
一○mは飛んでいるだろうか、雪乃は自分の下で雷の刀を振りかぶった姿勢でいる陽菜に向かって、その手に握る透明のナイフを投げ付けた。
(自ら武器を手放す?)
雪乃の陽菜の距離は一○mはある。雪乃の投擲スピードは確かに速いのだが、これだけ離れてしまえば、雪乃の攻撃を陽菜が避けることなんて容易い、それがわからない雪乃ではないはずだ。
(焦った?つまり、判断ミス)
心装は使用者の心の一部を物に纏わせる技術だ。心装は使用者の手から離れるとその効力を無くしてしまう、だから心装を投擲するなど、相手に当たる当たらない以前の問題でありえないのだ。
しかし、陽菜は自分の考えが違うことに気が付くことになる。
(心装が解けてないっ!あれは、糸剣)
剣の柄頭に糸を取り付け、剣本体を投擲しても糸で術師と繋ぐことによって幻力の供給を可能にした武器、それが糸剣だ。
陽菜は心装が解けると思い、余裕を持って、ゆっくり回避しようとしていたが、心装が解けない、つまり投擲スピードが落ちない。陽菜は焦りながらも避けようとすると、次の瞬間、目を見開いていた。
「『心操、千氷雨斬』」
雪乃の投げたナイフは一瞬でその数を増やし、まるで雨のように降り注いだ。
「くっ!」
陽菜は避けることを諦めると、己の心装の力をもって全てのナイフを斬り落とそうとした。
「ぐっ……」
しかし、雨の全てを斬り落とすことなど出来るはずも無く、陽菜は数発のナイフに体を斬られていた。
(あれだけの量を造形したのに、あれだけの傷と済むなんてね)
千とまではいかないが、それでも雪乃が作り出したナイフは夥しい数だ。
それなのに陽菜は数箇所の浅い切り傷で済んでいた。
「……死ぬかと思った」
「よく言うよ。あっさり防いじゃった癖に」
「……防げてない」
「そんなの防いだのと一緒でしょっ!」
自分の怪我を指差しながら言う陽菜に、雪乃は怒気を含んだ声で叫んでいた。
「まあ、それは置いといて、どうするこのまま続ける?」
雪乃は陽菜が浅いとはいっても、怪我をしてしまったため、そう提案していた。
「……続ける」
「大丈夫なの?」
「……問題ない」
今のままでは負けたようなものだ。だから陽菜はムスッとした表情で心装を構え直していた。
そんな陽菜の心情を悟った雪乃は、ニッと笑うと「わかった」っと自分もまた心装を構え直した。
二人は向かい合い、そして二人が同時に走り出すとした瞬間
キーンコーンカーンコーン
「あっ」
「……チャイム」
チャイムが鳴り、授業の終了を知らせていた。
授業が終わったため、雪乃と陽菜は不満が残った表情を浮かべながらも、渋々心装を解除し、みんなの元に戻っていた。
「お二人ともお疲れ様なのですぅー」
「ありがと、リリーもありがとね」
リリーは「そ、そんなことないのですぅー」っと照れていた。
雪乃の心操、千氷雨斬はナイフの一本一本に凄まじい威力が込められているのだが、強度が低いはずの実習室には小さな痕も残っていなかった。
(ほんと、リリーの『消氷』は便利だよね)
リリーの能力、消氷は、予め指定した物だけを消す力を持っている特殊な氷を作り出す能力だ。
リリーは部屋中にその氷で作った膜を張ることによって、二人の攻撃を無効化したのだ。
「あっ、そうそう、陽菜は後で生十会室に来てくれる?」
「……わかった」
雪乃はその場で解散宣言をすると、ふと思い出したかのように陽菜にそう声を掛けると、生十会室に戻っていった。
リリーは陽菜にぺこりと頭を下げると、先に行った雪乃の後を追い掛けていた。
生十会室に戻った雪乃とリリーは陽菜のことを思い出していた。
「それにしても陽菜さん凄かったのですぅ」
「ほんとだよ。宝院にあんな逸材がいたなんて聞いてないって」
「あはは、それは仕方かないですぅー。陽菜さんと戦っている時に生徒さんたちに聞いたのですが、どうやら陽菜さんは素質を認められて一年ほど前から先生と共に修行の旅に出ていたらしいのですぅ」
「先生?」
「はいなのですぅ。名前は確か……あっそうです、名前はユウリさんです」
「ユウリ?どんな字なの?」
「……聞いてなかったのですぅ」
リリーはシュンっといじけてしまっていた。
雪乃が慌ててフォローしていると、リリーは何かを思い出したかのように「あっ」っと声を漏らしていた。
「どしたの?」
「そういえば、最後、陽菜さんを呼び出してましたが、どうかしたのですぅ?」
「あぁー、そのことね。まあそれは陽菜が来た後に、ねっ」
雪乃はリリーにウインクをすると、陽菜を待っている間、目を瞑り精神統一をしていた。
精神統一とは主に心を落ち着かせるための行為だ、心を落ち着かせることによって体をリラックスさせる。
幻操師にとって心とは力の源だ。
精神統一をすることによって、幻操師としての修行になるのだ。
雪乃が精神統一を始めたため、リリーもまた精神統一を始めていた。
二人がそれぞれ精神統一をして約一○分後、部屋の中に控えめなノック音が響いていた。
ノック音で現実に戻ってきたリリーが「はぁーいなのですぅー」っと扉を開けると、そこにいたのは、案の定、陽菜だった。
「おっ、いらっしゃーい」
「……失礼します」
「あれ?やけに丁寧だね?まさか緊張してる?」
「……いえ、あなたは先生ですので、今までの非礼をお許し下さい」
陽菜はそう言って頭を下げると、下げられた雪乃は両手を胸の前で振り、「いいからいいから」っと若干慌てていた。
雪乃の慌てっぷりに苦笑いしながらもリリーが「どうぞ、座って下さいなのですぅ」っと助太刀に入ったおかげで陽菜は頭を下げるのをやめ、着席した。
雪乃はふぅーっとため息をつくと、陽菜に向かって本題に入っていた。
「ねえ陽菜?」
「……なに?」
「これからは授業じゃなくて、私たちとの訓練に参加してみない?」
雪乃の誘いに陽菜は眠たそうにしていた目を見開いていた。
「宝院に入ったままあたしたちと一緒に行動してみない?」
雪乃がしていること、それはつまり勧誘だ。
しかし、陽菜は宝院の時期当主候補、そんな子を引き抜いたりしたら問題になってしまう。だから雪乃は宝院に入ったままと言ったのだ。
「一年間修行の旅に出てったんでしょ?それの延長だと思って、あたしたちの依頼に付き合ってみない?」
雪乃の誘いに陽菜は考えるように手を顎につけていた。
暫くそうして考えていた陽菜は、顔を上げると雪乃の目を真っ直ぐと見ながら言った。
「……お願い」
「やたっ!」
陽菜の返事に雪乃は思わずガッツポーズをしていた。
事態に追いつけていないのか、リリーはアワアワとしながら「え?え?」っと混乱していた。
こうして、陽菜は宝院と合わせて二つ、ダブルスクールすることになった。
陽菜が雪乃たちの依頼に参加するようになってから、一ヶ月が経っていた。
「あぁーもうっ!姫たちはまだ帰らないのっ!」
あれから既にもう二ヶ月も経っているのに、二人はまだ帰っていなかった。
帰ってこない二人に、雪乃は怒りを募らせていた。
「そう声を荒立てるものではないのだよ。雪乃もレディならば慎みを覚えるべきなのだよ」
「なのだよが口癖の雪羽に言われたくないわよっ。まったく……」
「……まるで恋人を待っている乙女みたい」
「なっ!?だ、誰がバカ主の恋人よっ!」
帰ってこない二人のことを思って、苛立ちを隠せていない雪乃は、みんなにとってからかく絶好の獲物となっていた。
「あぅー、落ち着いて下さいなのですぅー」
「これが落ち着いていられる?無理よっ無理っ!」
興奮している雪乃をリリーが鎮めようとするが、逆に火に油を注ぐことになっていた。
現在生十会室には、雪乃、雪羽、リリー、陽菜の四人の姿しかなく、他のメンバー、つまり小雪と美雪は二人で一緒に依頼に行っていた。
「ふむ、そこまで言うのなら、探してくればいいのではないか?」
雪羽の言葉に雪乃はその手があったかっとでも言いたげな顔をしていた。
「でも、探すって言ってもどこ探せばいいのよ」
「あの二人のことだ。どうせ魔境にでもいるのだよ」
魔境とはこの幻理世界の中でも、強力なイーターが多く生息している地域のことだ。
数本歩いたたげて上位イーターがわんさか湧いてくるような危険地域のため、魔境と呼ばれているのだ。
「魔境?この近くに魔境なんてあったっけ?」
「……ある」
「どこどこ?」
「ここから北の方に行くと北幻峡って魔境がある」
陽菜の説明に、雪乃は「へぇー」っと言いながらニヤリと笑うと、リリーの方を振り向いていた。
「ねえ、リリー?」
「は、はいなのですぅ?」
嫌な予感がし、リリーはその場から逃げようとするも、雪乃に首根っこを掴まれてしまっていた。
「一緒に行こっかっ?」
「ど、どこになのですぅ?」
リリーが最後の希望を込めてそう聞くと、雪乃は満面の笑みを浮かべーー
「魔境、北幻峡に」
ーートドメを指した。
評価やお気に入り登録、アドバイスや感想などよろしくお願いします。
次の更新は明日の午前12時です。




