5ー3 宝院の天才
陽菜の挑発とも言える発言によって堪忍袋の緒が切れた雪乃は、
「今日の授業はあたしたちの戦闘の見学よ。よく見たらこの子、この間の戦いの時にいなかったでしょ?クラスメイトの力の把握はチームワークやフォーメーションのためにも重要よ。この機会で実力を知りなさい」
っというと、生徒たちとリリーを連れて宝院の実習室へと向かった。
訓練室と実習室はそれぞれ十あるのだが、姫が宝院と契約をした時に訓練室は全て姫側の物。実習室は全て宝院の生徒用と決めたのだ。
広さはどちらも同じぐらいで、それぞれの第何訓練室などと、番号が小さくなるにつれて、部屋の体積は広くなるのだが、この二つの部屋の違いはその強度だ。
まだ開花もしておらず、幻の逸材でもない宝院の生徒たちと、幻の逸材であり既に才能を開花させている元T•G一組の生徒たちとでは、術一つをとってもその威力がまるで違う。
宝院は姫たちの一団が幻の逸材だとは知らないが、姫たちの実力が果てし無く高いことは知っている。
だからこそ教師役として招き入れ、尚且つその力で院自体を壊さないようにするために強度が実習室の五倍から十倍ある、訓練室を提供したのだ。
今回使う部屋は一対一なのだが、他の生徒たち、観客がいるため少し広い第七実習室を借りていた。
ちなみに雪乃という姫側の人間がいるにも拘らず、強度の低い実習室を借りたかというと。
(どうせ殺しちゃわないように手加減するし。まっいっかっ)
そういうことだ。
「本当にやるのですぅ?」
「当然でしょ?あんなこと言われたらシメるしかないでしょ?」
「……怖いのですぅ」
「あっ、念のためにリリーの能力で結界張っといてね?」
万が一にでも、見学している生徒たちが怪我をしないようにリリーにそう言うと、雪乃は陽菜を連れて部屋の中心まで移動した。
(本当は優しい人なのですぅー)
リリーは優しい笑みをこぼしていた。
「そ、それではこれから雪乃VS陽菜の模擬戦を始めるのですっ」
リリーが審判として開始の合図をすると、先に動いたの陽菜だった。
(初動が速いっ!?)
陽菜は懐から昔、日本に居たと言われる、忍びが使っていたとされる忍具の一つ、苦無を一本取り出すと、それを右手の逆手で持ち、まだ動けていない雪乃に右から振るった。
陽菜の苦無が雪乃を斬り裂いたと思った瞬間、見えない壁のようなで弾かれてしまっていた。
弾かれた瞬間、眉をひそめた陽菜は、すぐにバク転によって距離を取ると、さっきの事態を冷静に分析していた。
「……結界?」
「そっ、よくわかったね」
雪乃がやったのは正確には結界術ではない。
雪乃の能力は氷だ。
六花衆は皆それぞれ氷を操る幻操師だが、その氷が持っている特徴が一人一人違うのだ。
その中でも、雪乃の氷の特徴は硬度だ。
氷に限らず、温度の低いものというのは、それだけ分子の動きが少ないということだ。計算上分子の動きが停止となり、それ以上温度が低くならなくなる温度のことを絶対零度と呼ぶのだが、雪乃の氷は特別冷却能力が高い訳ではない。
温度が低くなれば硬度は増すのだが、雪乃は冷却ではなく、氷の分子一つ一つの結合力を高めるのだ。
そうすることによって薄い氷の膜を発生させるとだけで、充分の強度を持った即席の盾になるのだ。
大量の氷を一度に作るのは難しい。
それは氷に限らずそうなのだが、水や火、土や雷など、一度に大量のものを作り出したり、操ったりするのは難しいのだが、雪乃のレベルまでなれば、薄い膜程度ならばその創造は刹那で終わる。
だから雪乃は相手の攻撃を防御する際に、薄い氷の膜を十層重ねて創造しているのだ。
雪乃が手加減するのは生徒たちを舐めているからではない。
万が一相手の実力が高く、手加減していたら一瞬でやられてしまうとしても、初撃を防ぐ絶対の自信があるからだ。
相手の一撃を防ぎ、相手の力量を計ってから本気を出しても遅くは無い。雪乃はそういう戦闘スタイルをとっていた。
(まっ、このスタイルが危ないことは知ってるけどさ)
「今の一撃、なかなか良かったよ。あたしの防御膜が三層も斬られちゃった。」
「……三層?今までの最高は?」
「……口数少なくて何が言いたいかちょっと分かりづらいけど、そーだね。十層全部かな」
「……そう」
陽菜は楽しそうに笑っていた。
今の陽菜が抱いている感情は歓喜だった。
(見つけた。私を満足させてくれる人。……でも、その前に)
「……あなたを舐めてた」
「へ?」
「……私はあなたを先生として認める。だから、本気を出す」
陽菜は雪乃のことを先生と認めていなかった。
というより、陽菜はまだ姫側の授業を受けたことがなかったのだ。
陽菜はこの宝院で、次期当主候補になるほどの実力者だった。
だから陽菜は一年前から年上の先生と共に修行の旅に出ていたのだ。
そして一年に渡る修行の旅が終わり、師匠と離れ宝院に帰ってきたら、自分と歳の変わらない子が先生として粋がっている。
対した実力も無いくせに偉そうにしている。
陽菜はそう認識していたのだ。
(でも違った。この人、強い)
だから陽菜は雪乃のことを強者として、先生として認めた。
(あの結界を十枚斬るなんて、凄い)
そして、雪乃の結界を突破した人物に興味を抱いていた。
「本気?へぇー。まだ上があるんだ」
驚いたのは陽菜だけじゃなかった。
雪乃もまた、自分の膜が三層も破られるなんて思っていなかった。
すでに、雪乃の中に陽菜に対する悪いイメージは消えていた。
今あるのは純粋な気持ち。
(この子。凄い)
賞賛だった。
(あたしたちは姫や他の六花衆、とにかく強い人が他にいっぱいいる日々の中で強くなってきた。だけだ、この子のレベルについてこれる子はいない。一人の鍛錬と複数人での鍛錬じゃ、得られる経験値がまるで違う。あたしたちと同い年なのに、よくここまで)
陽菜の才能は自分たち、六花衆よりも上ではないかと思っていた。
「私の本気、見せてあげる。『心装、攻式ーー』」
「っ!?」
心装。
それは、幻操師にとっての奥義であり奥の手だ。
幻操師の中でも、心装まで至ることが出来る術師は少ない。
心装を使える者と使えぬ者との間には、決して交わることのない壁が存在する。
(この子、本物だ)
だからこそ、雪乃は驚嘆していた。
「『ーー雷忍苦無刀』」
陽菜の持っている苦無から、刃を延長するかのような雷の刃と、同じ雷で出来た鍔が生まれ、その姿はまるで雷の刀だ。
「わぉ、すごいねそれ。付け刃じゃなさそう。十二分にコントロールしてるね」
陽菜が一年間してきたこと。それこそが心装の修行だ。
様々な強敵と戦い、その中で己の心装、雷忍苦無刀を鍛え続けてきたのだ。
「はぁー。しゃーない。あたしも本気出すかな」
「本気?」
「そっ、心装相手に通常で勝てるわけないしね」
雪乃は驚いた表情をしている陽菜にそう言うと、二人のことを思い出していた。
(まぁ。あの二人はどうにかしちゃいそうだけど)
「ほらっ行くよ?『心装、攻式ーー』」
「っ!?」
雪乃がやったこと、それもまた、心装だった。
心装やは心装を。
これは幻操師にとっての常識ーー
ーーではない。
何故なら、心装は全ての幻操師が知っているわけではないからだ。
幻操師にはランクという制度がある。このランクでS以上になった者だけに心装の存在は教えられるのだ。
たとえSランク以上でなくても、心装使いから認められた者は心装の存在を教えられる。
心装を全ての幻操師に教えない理由は単純、危険だからだ。
心装使いとそうでない者とでは絶対的に近い壁が生まれてしまう。
もともと幻操術の使えない一般人と幻操師の間には溝があるのだ。全ての幻操師が心装使いとなってしまえば一般人が迫害されるかもしれない。
何より心装を一般化してしまうと、悪意のある人間の力を増幅させてしまうことになる。
そしてもう一つ、心装使いになるだけで幻操師はその実力を飛躍的に上昇させることが出来る。
しかし、それは心装の力で幻操師の力ではないのだ。
心装に頼り切ってしまい、幻操師としての修行を怠ってしまえば、その者の成長はすぐに止まってしまう。
それを防ぐためにも、心装は既に幻操師として最高に近いSランクをラインにしているのだ。
T•Gは正式なガーデンでないため、ランクという制度がない。しかし賢一は既に心装使いだ。そして何より奏も心装使いだ。
T•Gでは二組は違うが、一組の生徒は皆ランクで言えばA以上。
上位勢は皆Sランクの力を持っている。
だから問題無いと判断した賢一と奏は一組全員にに教えたのだ。
「『ーー六花の糸剣』」
心装とは法具を媒体に心力を使用する法具を作り出す技術のことだ。
しかし、雪乃は手首に着けている腕輪型法具ではなく、何もないところから心装を発動していた。
「……媒体は?」
陽菜は雪乃の手に握られている、透明のナイフを見詰めながらそう聞いていた。
「媒体?」
「心装は法具を媒体に発動する。これは常識」
陽菜の言う通り、それが常識だ。
しかし、陽菜は一つ見落としていた。
「じゃあ聞くけど。心装に必要なのはなに?」
「……使い慣れた法具」
陽菜の答えに雪乃はふふんっと楽しそうに笑っていた。
「何がおかしい?」
「ねぇ、陽菜って勘違いしてない?」
雪乃の言葉に、陽菜は首を傾げていた。勘違いしている?一体何が?それが陽菜の今の心情だ。
「まぁー。勘違いしてるのは陽菜だけじゃないよ。ほぼ全員。まぁ、こんな偉そうなこと言ってるけど、あたしもずっとそう思ってたから」
雪乃は恥ずかしそうに、空いている左手で頬をポリボリかいていた。
「心装に種類があることは知ってる?」
「……攻式と守式?」
「そっ。武器を媒体に発現させる攻式。着てる服や防具を媒体に発現させる守式。それはオーケー?」
疑問の顔を浮かべ、雪乃の言葉に陽菜は頷くことによって答えた。
「なんで法具なの?」
「え?」
「知ってるんでしょ?心装に必要なのは、武器か防具だって」
「……っ!?」
陽菜は雪乃が言わんとしていることに気がついて、眠たそうにしていた目をまん丸に見開いていた。
「攻式と守式じゃ習得難易度が違い過ぎる。守式に比べると、攻式の難易度は何段も低い。あたしたち幻操師の武器はほとんどの場合が法具としての機能を搭載してる。守式より攻式の難易度が低い理由はこれだよ。攻式では法具としての機能を媒体自体が持ってる。それに対して、守式で必要とする防具や服はほぼ確実に法具としての機能なんて無い。つまり、法具としての機能を自分で付け足さなければならない。ここまで言えばわかるよね?幻操師が心装を覚える際、最初に覚えるのは攻式。そして、その攻式では法具を媒体にしている。だから、心装には法具が必要だとほとんどの人が錯覚してるの。守式が使えないからそう勘違いするのかもしれないけど、実際にそのことに気がついているのは守式使いも含めて少数。だから恥じることはないよ」
陽菜は雪乃の説明を聞いて、目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべていた。そして、雪乃の説明を最後まで聞くと、驚愕から楽しそうな表情へと変わっていた。
「……つまり、守式と同じ難易度で攻式をしてること?」
「……そうなるね」
嬉しそうに質問する陽菜に、雪乃はたじろぎながらも答えると、陽菜はやはり楽しそうに笑っていた。
「私はまだ守式が使えない。だから素直に思う、あなたは凄い」
陽菜は雪乃に尊敬の眼差しを向けていた。
陽菜の真っ直ぐな眼差しに、照れ臭くなった雪乃は、ほほをポリポリと掻くと、ナイフを構え直していた。
「話はお終い。せっかく互いに心装したわけだし、ちょっとだけやろっか」
「……でも、部屋は大丈夫?」
宝院の人間は訓練室と実習室の違いを知っている。そのため陽菜は強度の低い実習室で戦うことに遠慮があるようだった。
「あー、そのことなら大丈夫だよ。そーだよねっリリー」
雪乃がそうリリーに声をかけると、リリーは「はいなのですぅー」っと元気に返事をしていた。
「あの子がこの部屋全体に結界みたいなの張ってくれたし、防壁も準備されてるから観客に迷惑かけることもないよ」
「……わかった」
雪乃の言葉に安心したのか、陽菜もまた己の心装を構え直していた。
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