5ー2 宝院
訓練室の中に入った三人の目の前に広がっていたのは、訓練室の面影もなくなるほどに崩壊した部屋だった。
「二人ともぼさっとしないっ!早く探すよっ!」
壁の至る所に大きな穴が空き、天井からも大きな瓦礫が幾つも落ちてきている部屋の様子に、思わず唖然としている小雪とリリーを雪乃は叱りつけると、瓦礫の駆除作業に移っていた。
そんな雪乃のかいあって、正気に戻った二人もまた瓦礫の駆除作業に移っていた。
(一体何があったの?幻操術の失敗?もしそうだとした部屋だけじゃない。姫や主まで危ういかもしれない)
部屋の惨状からして、訓練室に幻操術が暴走して爆発したと推測した雪乃は焦りを滲んだ表情で懸命瓦礫を駆除していたが、瓦礫の数があまりにも多く、このままやっていたら三人でも最低でも三○分は掛かるだろう。
「一気になるから二人とも下がぅててっ」
「わかりましたのですぅーっ!」
「わかったにゃっ!」
三○分では時間が掛かり過ぎると判断した雪乃は、二人を下がらせると右手首に着けている法具の電源を入れて、いつでも発動出来るようにスタンバイした。
(『ターゲット捕捉』『幻操式多重展開』『氷操、氷結=柱』起動っ!)
雪乃は落ちている瓦礫一つ一つにターゲティングをすると、一つの幻操式を同時に多数展開していた。
(別の幻操式を同時展開するのは無理だけど、同じ式の重複展開ならあたしでも出来るっ!)
雪乃はターゲティングした瓦礫のしたから氷の柱を伸ばすことによって部屋中に散らばった瓦礫を全て持ち上げていた。
雪乃はそのまま氷の柱を固定すると、小雪とリリーを連れて二人を探していた
が
「い、いない?」
瓦礫の下どころか、この部屋のどこにも二人の姿を確認することは出来なかった。
「あのぉー、雪乃様ぁ?」
「ん?どうしたのリリー、なにか見つけた?」
「は、はいなのですぅ。これ……」
リリーは雪乃と小雪を手招きで呼ぶと、床に書かれている文を読ませていた。
「えーと、なになに、『ちょっと旅に出てきます』……はっ!?」
そこには床を凍らせて書いた文字でそう書いてあった。
雪乃は手を目元にやるとはぁーっとため息をついていた。
「雪乃雪乃」
「……なに?どうしたの小雪」
「追伸があるにゃ」
「……嫌な予感しかしないけど、あたし読む元気ないから読んでくれる?」
「わかったにゃ。『追伸、この部屋の片付けよろしく』」
「やっぱりかぁーーっ!!あのバカ主帰ってきたら一発、いや十発は殴り飛ばしてやるぅーーっ!」
部屋の中には雪乃叫び声が響いていた。
「なんだ、二人は欠席なのか、それはつまらないのだよ」
部屋の片付けを後回しにした三人は、二人が旅に出たことを知らせるために一度生十会室に戻っていた。
「つまらないとかじゃないからね?後、この後部屋の片付けみんなでやるからね?」
「む?何故そうなるのだ?雪乃が一人でやれと書いてあったのだろう?」
「書いてなかったよっ!」
「あっ、そういえば書いてたにゃ『追伸の追伸、雪乃、後は任せた』って」
「追伸の追伸ってなに!?そんなのはじめて聞いたよ?てかなんであたし一人にやらせる気満々なの姫とバカ主は!?」
「仕方にゃいにゃ。ご主人様は雪乃で遊ぶのが大好きだにゃ」
「でなの?とじゃないの!?」
小雪と雪乃がそんな漫才を繰り広げていると、それを見ていた美雪はクスクスと手を口元に当てながら上品に笑っていた。
「それにしても、すっかり雪乃はツッコミ役になってしまいましたね」
「弄られキャラとも言えるのだよ」
「弄るなっ!」
みんなで雪乃をからかうのがいつの間にか生十会で恒例のこととなっていた。
始まりはやっぱりあれだろう。六花衆の皆が主と呼ぶ少年とのやり取りが原因だろう。
雪乃の主はよく口論を交わしていたのだが、最初の方は途中で美雪や姫が仲裁に入るのだが、いつの間にか仲裁に入るのがバカらしくなってきたらしく、二人が仲裁に入らなくなると、だんだんと雪乃が言い負かされるようになっていったのだ。
結果雪乃は弄りがいのある奴という認識が皆の頭にこびりついてしまったのだ。
「ですが、お二人はどこまで旅に出たのですか?」
「それが書いてなかったにゃ。『帰る時に帰る』って書いてあったにゃ」
「結局いつ帰るのかはわからないんだ」
雪乃はがっくりと肩を落としていた。
二人が旅に出てから既に一ヶ月が経っていた。
「あぁーっ!!二人ともおっそーいっ!」
「お、落ち着いてくださいなのですぅ」
いつもなら二人を除いた全員が揃っているはずの時刻。生十会室に雪乃のリリー、二人しかいなかった。
「そういえば他のチームは何の仕事に行ってるんだっけ?」
「美雪チームは遠方で上位イーターが出たらしいので、その討伐なのですぅ。小雪、雪羽チームは美雪チームとはまだ別の場所でイーターの討伐ですぅ」
雪乃とリリーを除いたメンバーは現在仕事に出ていたためここにいなかったのだ。
今のリリーたちがいるこの学校の表の正式名称は『宝院』という学校の形をした所謂孤児院(今で言う児童養護施設)だ。
この孤児院では少し特別な体制を取っている。
幻操師の力は記号持ちでなければ遺伝などによる継承を行うことが出来ない。
しかし、この宝院ではトップに強力な幻操師を置くことによってずっと存続し続けているのだ。
宝院はもともと記号持ちになろうとしていたのだが、世界がそれを認めてくれず、記号持ちになれなかった者、記号落ちになったのだ。
記号持ちで無ければ、優秀な幻操師の家系として名を示すことが出来ないのだが、宝院はあることをすることによってそれを解決していた。
そのあることこそ、宝院の行なっている特別な体制だ。
宝院は孤児院だ。
幻理世界にはイーターという化け物がいるために、早くして両親を失う家庭が多いのだ。
そうして身寄りの無くなった少女を宝院は保護するのだ。
それもただ保護するだけじゃない。保護した少女たちに最高の環境を与え、最高レベルの教育と幻操師としてのレッスンまでしてくれるのだ。
そして、そうして教育していった子供たちの中から、数年に一人を決めるのだ。
選ばれた少女には、宝院の名字を与えられる。そしてその子が宝院の跡取りとなるのだ。
そうすることによって宝院は血統は違えど、養子にすることによって代々強大な力を持つトップを持った組織となったのだ。
幻操師の主な教育場であるガーデンやギルドと比べるとその規模は遥かに小さいが、ちゃくちゃくとその名を広げていた。
リリーたちの一段はその宝院とある取り引きをすることによって、宝院の地下に自分たちの居場所を作ったのだ。
「私たちはこれから授業なのですぅ」
宝院と交わした契約の一つが、宝院での教師役だ。
宝院は今まで人材不足により、教育の初期で才能のある子を選んで、その子を重点的に教えていく体制だったのだが、幻操師には早熟型と晩熟型がいる。
この方法では早熟型の子しか見つけることが出来ない。
宝院は晩熟型の子の才能も発掘するために、一人でも多く幻操師としての知識を与えることのできる先生が欲しかったのだ。
姫がその話を何処かで聞き、ならば私たちと取り引きをしませんか?っと持ち掛けたのだ。
「分かってるわよ。そろそろ時間だし、リリー教室に向かうわよ」
「はいなのですぅ」
雪乃のリリーが向かったのは、宝院でも雪乃たちと同年代の子たちがいる学年だった。
「ほらー、今日の授業始めるからみんな座りなさーい」
雪乃は教室に入りと、すでに時間だというのに立っている生徒にそう注意をすると、相手は同年代だというのにみんな大慌てで自分の席に着席していた。
(さ、流石は鬼先生なのですぅ)
教師役をやるのはそういう取り引きなので、定期的にそういう依頼が来るのだが、最初は教師役を出来るだけの実力を持っている者全員で交代でやっていたのだが、ある日雪乃がリリーと共に教師役をやると、その日の授業が終わった後にとある連絡が入ったのだ。
「今日の先生は実に素晴らしかって たですっ!他の先生方も年齢に合わない規格外な実力を持っていましつが、あの人たちの教え方はまさに飴と鞭ですっ!」
っと、絶賛を受けたのだ。
その理由としては連絡と内容にもあった飴と鞭だろう。
よく飴と鞭と聞くと、うまく行けばご褒美が貰える、そんなイメージだろうか?
しかし、雪乃がやったのはそんなことではなかった。
雪乃がやったこと、それは
生徒が全員完全に絶望するまで叩き潰したのだ。
「すでに幻操師として最低限のことは出来るんでしょ?よし、みんな同時でいいから、あたしに襲い掛かってみなさい」
依頼を受けた最初の日に雪乃はそんなことを言っていたのだ。
同い年の子に同時でもいいからだなんて、そんなことを言われ頭にきた生徒たちは、雪乃の思惑通りに全員で襲い掛かっていた。
しかし、雪乃は天才の溜まり場であるT•G一組で同列三位の実力だ。
才能があろうが、まだまだ経験も力の開花もしていない生徒たちが勝てる相手ではなく、当然のごとく雪乃の圧勝だったのだ。
ちなみに戦った時に雪乃は殺さないようにする以外は全力を出していたのだ。
同じ幻操師として絶対に勝てないほどの実力差を見せ付けられたところで、リリーが一生懸命生徒たちを励ましたのだ。
リリーの手によって、絶望から救われた生徒たちは、リリーのことがまるで天女のようだったと言っていた。
こうすることによって雪乃は生徒から恐れられ、リリーは生徒から絶対の支持を得たのだ。
雪乃が鞭となり、リリーが飴となる、役割分担した飴と鞭なのだ。
「さて、これから今日の授業をするわけだけど……何する?」
開始して早々、そんなことを言う雪乃に、生徒たちは呆れてしまったが、ここでそんな態度を出してしまうとボコボコにされると思い一生懸命にポーカーフェイスを作っていた。
「……そんなことも決めてないの?」
しかし一人の女子生徒がそんなことを言った。
「あれ?あんたは確か……」
「……陽菜。担当クラスの生徒の名前くらい覚えよ?」
その少女、陽菜の挑発するようなまるで命を捨てるに等しい行動にクラスメイトたちは目をいっぱいに見開き皆盛大に驚いていた。
「へぇー。陽菜ちゃんかー。ごめんね。どうも人の名前を覚えるの苦手でさっ」
雪乃はそう言ってあははと笑っていると、始終無表情の黒髪ポニーテールは、眠たそうな目で雪乃の目を真っ直ぐと見詰めていた。
そして
「……バカみたい」
爆弾を落とした。
陽菜が言った瞬間に教室内の温度が体感でわかるほどに大きく変わっていた。
正確に言うと
「さ、寒いですぅ」
室温が凄まじいスピードで低くなっていたのだ。
「あんた、陽菜だっけ?あんたのその生意気な態度調教してあげる」
評価やお気に入り登録、アドバイスや感想などお待ちしておりますっ!
次の更新は明日の午前12時になります。




